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最終章前編
四章-2
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サンドラの街の宿で、ティカは帳簿とにらめっこしていた。
滞在を延長して、もう数日が経つ。そろそろ決着をつけないと、ゲルドンスも痺れを切らすに違いない――そう考えると、ティカは身震いをした。
孫娘には甘いとはいえ、商売に関することとなると、話は別である。
(なんたって、『利益は明日の糧』が口癖ですものね。お爺様が、これ以上の不利益を許すはずがない……か)
ティカは帳簿を閉じると、宿の店主に伝言を頼んでから、街へと出た。
(占いの代金はいらないって言ってくれてるけど……)
スピナルの占いは、よく当たる。ただし彼女の占いは、とても時間がかかる。一日で終わればいいほうで、噂では十日以上もかかったことがあるそうだ。
それでも常連客がいるのは、占いが当たるという評判故だ。
スピナルの店へと向かう最中、ハンム少尉と歩いているゲルドンスと、出くわした。
ゲルドンスがなにかを言う前に、ハンム少尉が笑みを浮かべた。
「おや、お嬢さん。ああ、スピナル女史の店へ行かれる途中ですかな?」
「こんにちは、少尉さん。ええ、その……まあ、その通りです」
ティカが肩を竦めると、ハンム少尉はホッホッと笑った。
「スピナル女史の占いは、当たりますからな。当てにしたという、お気持ちは理解できます」
「ありがとうございます、少尉さん。それで、お爺様とは商談ですか?」
ティカの質問に、ゲルドンスが窘めるような顔をした。
――あまりにも不躾な質問だぞ?
そんなことを言いたげな祖父に首を竦めたティカだったが、ハンム少尉は鷹揚な態度を崩さなかった。
(こういう、女性に甘いのが少尉の欠点だな)
ゲルドンスは内心で溜息を吐いたが、今はその甘さ――トラストンなら、有無を言わさず『単なるスケベ爺じゃねぇか』と言っただろう――が、有り難かった。
ハンム少尉は少し声を落とすと、ティカに耳打ちをした。
「実は、うちの兵の家族が人質になる事件があってね。それを解決したのが、どうやらトラストン・ドーベルと、その仲間たちのようなんだ」
「え――そうなんですか?」
ティカは辛うじて、大声を出すのをこらえた。
トラストンは商人だと聞いていたのに、そんな事件も解決しているのか――という疑問が沸いたが、それ以上に好奇心が疼いて仕方がなかった。
「なんか、凄いですね」
「恥ずかしながら、今回は彼に助けられたよ。あと一歩遅ければ、我が配下の兵士がブーンティッシュ国へと、銃撃戦を仕掛けるところだった。商人なのに戦争を止めるなど、大ボラ吹きだと思っていたが……いや、大したものだ」
「戦争を……止める」
「ティカ。あまり首を突っ込むものじゃない。挨拶をしたいだけ――そう言っていただろう?」
ゲルドンスの言葉は、先ほどよりも強かった。
ティカは「もちろん、そのつもりです」と答えたが、表情まで隠し通せているかは自信がなかった。
二人に最敬礼をしたティカは、駆け足でスピナルの店へ向かった。
店に到着すると、ノックをする前にドアが開いた。
「やっぱり。丁度、来る頃だと思ってましたわ。ティカさん、いらしゃいませ」
わざわざ出迎えに出てきたスピナルに、ティカは笑顔で応じた。
「スピナルさん、こんにちは。今日の占いをお願いします!」
興奮覚めやらぬ面持ちのティカに、スピナルは苦笑をしながら店の中へと促した。
ティカは扉が閉まるのを待って、先ほど聞いたトラストンの話を始めた。
「聞いて下さいよ! トラストンって、戦争を止めたらしいですよ! なんでも人質……事件を解決したんですって」
「ティカさん、落ちついて。話が読めないわ」
苦笑するスピナルに、ティカは落ち着きを取り戻すべく、深呼吸を繰り返した。
ハンム少尉から聞いたことを、ティカは順序立てて話した。最初は笑みを浮かべていたスピナルだったが、話が終わるころには、どこか思案下な顔をしていた。
「あの……スピナルさん? どこか、話が変でした?」
「……え? いえ、そうではないの。ただ……いえ、なんでもないわ。それより、彼がどこに現れそうか、少しわかりかけてきたわ」
「え!? もう占ったんですか?」
驚くティカに、スピナルは肩を竦めながら首を振った。
「いいえ。残念ながら。ただ、ちょっと知り合いから手紙が届いて」
「手紙……?」
「ええ。ラントンの街にいる知り合いからね。トラストンって人は今、その街に滞在しているみたいなの」
「本当ですか!? あ、でもそれって、占いじゃないですよ……ね?」
首を傾げるティカに、スピナルは苦笑してみせた。
「ええ。でも、わたしも予想外でしたのよ? ちょっと話題に出しただけなのに、たまたま――知り合いのいる街にいたなんて」
これも巡り合わせというヤツかしらね――そう言って、スピナルは戯けるように肩を竦めて見せた。そのお気楽な仕草に、ティカも釣られて苦笑してしまった。
「こういうのも、運ってことなんですか? でも、ラッキーです。その街に行けば――」
「いいえ。そう簡単にはいかないようなの。ここから先は、占いで見てみましょう」
スピナルはティカをテーブルに座らせると、自分はその真向かいに座った。
てっきり、いつものように外に出るものだと思っていたティカは、少し拍子抜けした顔で、水晶に手をかざすスピナルを見ていた。
「今日は、水晶なんですね」
「ええ。手紙を貰って少しだけ占ったのだけど、街から移動する光が見えたの。だから、今回の占いで、その行き先を見てみるわ」
水晶に蝋燭の炎をかざしながら、スピナルは左手を規則的に動かしていく。やがて、手の動きを止めると、スピナルはティカへと微笑んだ。
「吉報――と言っていいかしら。明日の晩、トラストンはこの街に来るわ。街と言っても、少し南のに行ったところですけど。恐らく……お友達も……一緒みたいね。これは……避ければ、あたしも同行しますけど」
「本当ですか? それは助かります! でも明日の夜……かぁ。お爺様と相談しなきゃですね。なんか、明日には発ちたいって雰囲気ですし」
「あら。それは大仕事ね」
「ええ。でも一日ですから、なんとか……してみます」
表情に『気合い』という文字が浮き出ていそう――そんな感想を抱かせる表情で、ティカは握り拳をスピナルに見せた。
*
ティカが帰ったあと、スピナルは接客のための部屋に残っていた。
テーブルに両肘をつけて、声もなく笑っていたスピナルに、ここで寝泊まりをしている少年が、怪訝そうに問いかけた。
「……どうしたんです、スピナル女史」
「あら……レニーさん。いいえ、なんでもないわ」
少年――レニー・エノクは、まだ笑みの収まっていないスピナルの様子に、半目になっていた。
そんなレニーに、スピナルは一枚の手紙を見せた。
「巡り合わせ――そういったものに、感謝をしていたところです。まさか、この一通の手紙が、すべての流れをこちらに引き寄せたんですから」
スピナルが手にしている手紙は、ストラス将軍――ストーンカからのものであった。
トラストンの仲間であるマーカスと、交渉の日時を調整した――という内容の手紙には、交渉場所と日時――明日の夜九時だ――が、簡潔に記されていた。
「レニーさん、あなたの望みも叶うかもしれませんね。トラストン・ドーベルに会うことができそうです」
「本当ですか? 是非、お願い致します」
「ええ。準備はできていますか?」
「はい」
レニーは頷くと、寝泊まりしている部屋に戻った。そして戻ってきたときには、長いものを包んだ布を、よろよろとした足取りで持って来た。
「お手伝いしますわね」
スピナルが包んでいた布を取り除くと、その下からはフリントロック式の銃が現れた。
銃身を指先で撫でるスピナルは、レニーへと蠱惑的な笑みを浮かべた。
「レニーさん。これで、あなたの宿願を果たさせて差し上げましょう」
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
主人公に対して殺意高めな中の人が、お届けしております。
とりあえず、引くだけは引きました。といっても、前半部分の分だけですが。とりあえず、前半は、あと三回を予定しています。お付き合い頂けたら――できたら後半までお付き合い頂けたら、嬉しいです。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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