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最終章前編
四章-3
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マーカスさんに連れられて、俺は国境を越えていた。
日が暮れてから、もう二時間ほど経っている。マーカスさんの部下たちは、すでにサンドラの街へ入ってる。それにクリス嬢も正式な手続きで、サンドラの街へと入っているはずだ。
しかし、お話する場所がスコントラード国っていうのは、なんの冗談なんだろう。
イヤな予感しかしないわけなんだが……こちらの手が足りないから、一方に戦力を集めるしかない。
俺の読みは、あくまでもスコントラードに戦端を切らせるだろうってことだから、現存する戦力はサンドラに集めたんだが……マーカスさんだけでも、ラントンに残すべきだったかな。
まあ、今更なんだけど。
俺とマーカスさんは、塹壕の近くまでやってきた。
ストラス将軍が指示してきたのは、この場所だ。星空の下で周囲を見回したが、誰も居なさそうだ。
「……今って、何時ですか?」
「ええっと……八時少し前かな?」
「約束の時間は、八時でしたよね。どこにいるんでしょうね。ガラン……精神接続」
〝うむ。承知した〟
少し戸惑ったようだけど、ガランはすぐに了承してくれた。
ガランの意識が俺と繋がった――これで、俺には感じることのできない幻獣の気配や、細かい変化をガランも――出来る範囲だけど――察知してくれる。
四つの目に、二つの思考と判断力。これで、死角はほぼ無くなる。
念のため奇襲や狙撃を警戒しながら、俺はふと思いついたことをガランに尋ねてみた。
「ガラン、エキドアやストーンカたちは、ラーブみたいに元の身体を欲していると思う?」
〝わからぬ。だが、彼奴らが元の身体を手に入れた場合、この世界は破滅の危機に陥るかもしれぬ。鉄砲――だったか。あの程度では、エキドアらを斃すことは困難だ〟
「そんなに強力なわけね……でもさ。なんで、そんな幻獣たちが滅んだの?」
俺の問いに、ガランから溜息を吐くような気配が伝わって来た。しばらくして、やや重い口調で、答え始めた。
〝我らが滅んだ原因は、我にも分からぬことなのだ。息を吸うたびに毒が体内に入り、身体が冒されていったのだ〟
「毒……噴火があったとか?」
〝いや。我らが繁栄した時代では、世界は苔と荒れ地ばかりだった。我らが滅びたときには、植物がかなり増えていたし、幻獣以外の動物や昆虫も増えていたが……関連は、我にはわからぬ〟
「そうなんだ」
俺は無意識に頷きながら、頭ではガランから聞いたことを、組み立て始めていた。
植物に、毒か……。
俺が頭の中で関連性を結びつけていると、遠くで何かが光った。
〝トト――注意しろ。馬車というものが来るぞ〟
ガランに言われて光った方角を凝視すると、ブーンティッシュ国からではなく、サンドラの街の方角から近づいて来る馬車が、ガランの視角によってぼんやりと見えた。
ランプの灯りだけは、要注意が必要だな。
俺が馬車の接近を伝えると、マーカスさんは緊張した面持ちで身体の向きを変えた。
黒塗りの馬車は、少なくとも軍所有のものではなさそうだ。俺はランプの灯りから視線を逸らしながら、マーカスさんと馬車が到着するのを待った。
ほんの二、三分くらいで、馬車は客車の左側を向けるようにしながら、俺たちの前で止まった。
御者台にいた中年の兵士が素早く降りると、客車のドアを開けてから、中へ敬礼をした。
「……ご苦労。君は戻っていい」
低いが、穏やかな声と共に、勲章を下げた軍服姿の男が出てきた。目つきの鋭い、初老の男のようだ。年齢のわりに筋骨逞しい大男で、腰には長剣を下げていた。
周囲が暗いから顔はぼんやりとしか見えていないが、全体的な印象には、どこか見覚えがあった。
中年の兵士は戸惑っていたようだが、力のない声で返事をすると、御者台の上に乗った。
兵士の操る馬車がゆっくりと去って行くと、大男は俺たちに数歩だけ近づいた。
「お初にお目にかかる――では、なかったな」
「……ファーラーで、だよな?」
「と、トト……落ちついてくれ」
マーカスさんは、立場など考えていない俺の口調を窘めてきた。だが、キマイラを殺したことが蘇ってくると、怒りが込み上げてきた。
それは、冷静になれ――という、幼い頃からの習慣を凌駕しかけていた。あとは、なにかの切っ掛けさえあれば、俺の箍が外れるかもしれない。
舌打ちをしながら深呼吸をしてから、俺はほとんど無表情な大男の顔を見上げた。
「もう御存知だろうが、俺がトラストン・ドーベルだ。あんたが、ストラス将軍――か?」
「その通りだ。なかなか、面白いものの言い方をするのだな」
「そんで、幻獣のストーンカってことで、間違いはないか?」
俺がぶん投げた質問に、ストラス将軍は僅かに目を見広げた。
静かに、しかし長い息を吐いたあと、ストラス将軍は口元に薄い笑みを浮かべていた。
「ほお……一度、目の前で力を見せただけだというのに。我の正体を見破ったのは、王か? それともヴォラかな」
「残念だけど、両方とも外れだ。うちにはまだ、博識なヤツがいたんだよ。教える義務なんざねぇから、言わねぇけどな。それで、互いに自己紹介がしたくて、俺を呼びつけたわけじゃあ、ねぇんだろ?」
「その通りだ。本題に入るとしよう」
ストラス将軍――いや、ストーンカは表情を引き締めると、まっすぐに俺だけを見てきた。
「新たな王――エキドア様はおまえと古き王に、敵対心しか抱いて居らぬ。しかし、我は違う。トラストン・ドーベル、それと古き王の精神的な強さ、判断力、そして爆発的な戦闘能力に、ある種の敬意と賞賛の念を抱いている」
〝……なにが言いたい〟
「褒め千切ったって、駄賃をくれてやる気にはならねぇけどな」
ガラン、そして俺の声が被った。
ここまで、ストーンカの真意が掴めないのは、ガランも同じだったみたいだ。そんな俺たちに、ストーンカは僅かに眉を顰めた。
「ふむ。古き王はともかく、トラストン――人間というのは、褒められれば喜ぶものだと思っていたが」
「そんなの、互いの立場によるだろ」
「ふむ……そういうものか。ならば下手な前置きは、せぬ方が良いようだな。単刀直入に言おう。トラストン、それに古き王よ。我の仲間となれ」
「……は?」
〝我に、貴様らの配下になれというか!〟
すぐにストーンカの発言の意味が掴めなかった俺とは違い、ガランは王という誇り故に怒鳴り声をあげていた。
しかし、ストーンカは静かに首を左右に振った。
「配下などではない、古き王よ。仲間――対等の立場として、ともに幻獣たちを蘇らせるのだ。身体を取り戻し、この世界を再び支配しようではないか」
「俺には、なんの利点もねぇな」
なにか反論をしかけたガランよりも早く、俺は率直な感想を口にした。幻獣たちを蘇らせる――それはそのまま、人類の衰退を意味するわけで。
挑発するように睨んでみたが、ストーンカは静かに首を振っただけだ。
将軍の地位にいるのは、伊達じゃないってことらしい。安っぽい挑発に乗るほど、軽率ではなさそうだ。
ストーンカはあくまでも無表情のまま、静かな口調で応えた。
「人類にも利はある。トラストン・ドーベル――おまえが仲間になれば、身体を取り戻した幻獣が世界を支配したあとも、人類への虐殺はせぬと誓おう」
「虐殺は――か。でも、喰うのは変わらないって口調だな」
「聡いな。その通りだ」
ストーンカは予想通り、俺の言葉を否定しなかった。
「大きな街であれば、日に一人か二人は、赤子が産まれるだろう。領地単位、国単位であれば、数百は産まれているはずだ。我が考えているのは、日に産まれた数と同じだけ、人間を幻獣の食料とすることだ。これであれば、人間という種を滅ぼすことはない」
「……家畜にするつもりか?」
「人間たちとて、牛や羊を家畜にしているだろう。それと同じだ。滅びることに比べれば、悪い話では無いと思うが」
さも当然、自分の発言には一片の誤りもない――ストーンカは、そんな顔をしていた。
俺はマーカスさんと目を合わせると、お互いに小さく頷いた。こんなの、どう考えたって承服できない。
「残念だが、あんたの仲間にはなれねぇな」
「……おまえには、二つの選択肢しかないのだぞ? 我らの仲間となり、人類を存続させるか。それとも、我らに滅ぼされるか――だ」
「それじゃあ、他の選択肢を探すだけだ。例えば、あんたとエキドアを止めて、人類を護ってみせるさ」
「大した覚悟と決意だが……我には勝てぬ。古き王は、どうだ?」
〝知れたこと――我が意見は、トトと同じだ。貴様らの野望など、食い止めてみせよう〟
ストーンカは一瞬だけ目を伏せたが、すぐに顔を上げながら、腰の長剣を抜いた。どうやら、この場で俺たちを斃すことを決めたようだ。
「惜しいな――殺すのは、とても惜しい人材だ」
片手で長剣を構えるストーンカが一歩前にでると、俺たちも素早く動いた。
マーカスさんが二歩だけ下がるのを横目に、俺は腰の投擲用ナイフの位置を確かめてから、拳を固く握り締めた。
「ガラン……悪いけど、あいつを止める」
〝承知しておる。彼奴らの野望は、防がねばならぬ〟
俺はストーンカと睨み合いながら、ガランに「ありがとう」と呟いた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
昼一で、車の定期点検に行っていました。少し遠いので、早めに昼食を摂って、二時半くらいに帰宅。そんなわけで、通常よりもアップが遅くなりました……。
面倒臭いけど仕方ないですね、こればかりは。
ちなみに、ストーンカの計画について、トトは第五回で惜しい推測をしています。ただ、もうちょっと力業な計画だったというですね。
まあ……とあるインディーズのゲームで、人間牧場(食用)を作っていた身としては、勝手に増える食材はコスパがいいなぁ……と。
思ったり思わなかったりです。しかし、色んな意味で、アレなゲームで御座いました。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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