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最終章前編

四章-4

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 ストーンカの能力への対抗策は、結局は思いつかなかった。
 正確には思いつきはしたけど、この世界の技術レベル、そして手持ちの材料では、とうてい無理だった。
 速攻でガランの持つ封印の力を放つのが最良手なんだが、これも万能じゃない。有効範囲はあるし、なにより一日一回の使用制限がある。
 いや……もしかしたら、実際はもっと少ないかもしれない。もう一人の〝俺〟が告げてきたことを思い出し――てる余裕なんか、まったくない。
 ストーンカが長剣を振りかぶりながら迫ってくるのに合わせて、俺は腰から抜いたナイフを投げた。迫るナイフを前に、足を止めたストーンカは、長剣でナイフを弾く――この繰り返しを、もう何度も繰り返している。
 ストーンカが一々足を止めているのは、別にヤツの剣技が拙いわけじゃない。
 自慢できるほどの腕じゃないが、数インテト程度の距離なら狙った場所に、八割から九割の確率で命中させられる。躱すのが難しく、かつ足を止めなければナイフを弾きにくい箇所を狙っている、というわけだ。
 俺はストーンカが足を止めた隙に、数歩分の距離を離した。
 呼吸を整えていると、ストーンカはどこか感心した声で言った。


「良い腕だ。殺すには惜しい……我が部隊に、欲しいくらいだ」


「生憎、殺し合いってのは性に合わなくてね」


「自己矛盾な発言だな。今は殺し合いではないと?」


「……生き延びるために、やってるだけだ」


「なるほど。だが、いつまでも持つまい。投げているナイフは、あと何本ある?」


 ストーンカに長剣の切っ先を向けられ、俺は言葉を詰まらせた。もう、投擲用のナイフを半分以上は使っている。このままではジリ貧だが、そんなのはわかりきっていたことだ。
 こんな状態だが、マーカスさんは戦いに巻き込まれないよう、俺たちから距離をとっている。
 まあ……期待はしてなかったけどさ。援護くらいしてくれてもいいんじゃねーかな、ホントに。


〝トト――あまり無理はするな。機会があれば、迷わずに力を使え〟


「……わかってるんだけどね。やるなら、確実な一発じゃないとさ」


 以前、ラーブが取り憑いていたスコットという少年は、ガランの力から逃げている。ストーンカも、封印を使われることには警戒しているようだし。
 ストーンカが攻めてくる際、切っ先から指先程度の距離で斬りかかってくる。俺がガランの力を使ったとき、すぐに逃げるためだ。
 だから確実に仕留めるには、ガランの力はゼロ距離で放つ必要がある。
 俺が身構えると、ストーンカは今まで正眼だった剣を、大きく振りかぶった。微かに振動しているのか、長剣の刀身が羽音のような音を立てている。


「では、そろそろ本気で行くぞ」


 そう言うなり、ストーンカは地を蹴った。
 瞬く間に間合いを詰めてきたストーンカは、空を切り裂く音を立てながら長剣を振り下ろしてきた。
 俺は咄嗟に横に跳んで躱したが、爆発した地面から飛び散った石や破片が身体に当たった。
 深い傷はないけど、かなりの痛みがある。
 足首と、背中、左の肩胛骨あたり――が、特に痛みが大きい。顔を顰める俺を見て、ストーンカは再び長剣を正眼に構えた。


「よく避けた。だが、その痛む身体で、我が剣をどこまで避けられるかな?」


「くそ――」


 俺は続けざまに、三本のナイフを投げた。痛みが引くまでの時間稼ぎと思ったけど、残念なことに簡単に収まってくれそうにない。
 ストーンカは最初の二本を長剣で弾き、胴体に突き刺さった一本を、左手で無造作に引き抜いた。
 胴体にナイフが当たったときに金属音がしたから、ストーンカは服の下に鎖帷子かなにかを着込んでいるようだ。


「万策尽きたか――哀れだな。この距離であれば、王の封印からも逃げるのは容易い」


 ストーンカは、抜き取った俺のナイフを左の手の平に包むように持ち直した。僅かに出ている刀身が、振動を始めていた。
 くそ……今の俺じゃ、ナイフはともかく飛来する破片や石は避けられない。それに、避けた隙を狙って、ストーンカが斬りかかってくるのは間違いがない。
 となりゃ、あとは賭だ。
 ストーンカが投げつけてきたナイフが、真っ直ぐに俺へと飛来した。
 タイミングを計れる速度ではないから、俺は直感だけを頼りに、身体を反らしながらナイフの柄へ手を伸ばした。
 俺の手は、ナイフの柄をなんとか掴んだ。しかしその直後、ナイフの振動が激しくなり始めた。


〝こいつはダメだっ!!〟


 俺の上着のポケットから、レヴェラーの声がした。
 ナイフの振動が空気にまで広がったのと、レヴェラーの半透明な身体が俺を包み込むのは、ほぼ同時だった。
 激しく震える空気を、レヴェラーの身体がほとんど防いでくれた。


「――ったれっ!!」


 俺は手に伝わる振動による痛みを我慢しながら、ナイフをストーンカに投げ返した。
 ストーンカは反射的に長剣でナイフを弾いたが――その直後にストーンカを巻き込む形で、激しい振動が空気を揺さぶった。
 長剣が砕ける直前、ストーンカは咄嗟に柄から手を離したが、右腕や右脚の軍服が破れて血が飛び散った。
 跪くストーンカを注視しながら、俺はポケットに手を添えた。


「おい、レヴェラー……大丈夫か?」


〝こ、これしき……なんともありやせんぜ。い、言ったでしょ……俺様は、ヤツの声に耐えたことが……あると〟


「そんなことを言ってた気はするけどな……でも、無茶はするな。声が辛そうだぜ?」


〝そいつは、お互い様ってもんでしょう〟


 レヴェラーの声を聞きながら、俺はストーンカへと歩き始めていた。


「――させぬ!」


 ストーンカは大きく口を広げると、雷鳴のような叫び声をあげた。耳をつんざくような雄叫びに、遠くにいたマーカスさんは、耳を押さえながら跪いていた。
 こいつの雄叫びには、身を竦ませる効果があるのかもしれない。
 しかし、俺は平然と歩き続けていた。アルミラージという幻獣の叫び声のときと、同じだ。どうやら、俺には恐怖とか、そういった精神に効果を及ぼす力は効かないらしい。
 俺が目の前に立つと、ストーンカはガックリと項垂れた。


「色々と、問いたいことはあるが……なぜ、我が放ったナイフを掴もうなどと考えた? そのまま手を失うとは思わなかったのか?」


「正直、レヴェラーが居なかったら、今のあんたと同じだったと思うけど。掴もうと思ったのは、長剣で地面を砕いたとき、あんたの手が無事だったからだ。ナイフと違って、刀身や柄が長いって部分は、考慮してる余裕がなかったんだよ」


「たった……それだけ、だと?」


「それだけあれば、充分だ」


 俺の返答に、ストーンカは口元に薄い笑みを浮かべた。


「なるほど……我らが敵わぬわけだ。だが、勝負に勝ったのは、我だ。我が戻らなければ、街に潜入させた配下の者たちが、一斉に坑行動を起こす。切っ掛けなど、どちらでもよいのだ……この場所から、戦火が広がるだろう」


「ああ、やっぱりな。そんなことだろうと思ったぜ。実は、そっちも対策済みだ」


「な……んだと?」


 信じられないような目で俺の顔を見上げたとき、マーカスさんが手を振ってきた。


「トト!」


 俺が振り返ると、縛られた数人の男たちを連れた、四人の男女が近づいて来るのが見えた。
 赤毛を除いたマーカスさんの部下と、クリス嬢だ。
 クリス嬢は俺の横まで来ると、ストーンカに軽い会釈をした。


「ご機嫌よう、将軍さま。あなたの配下の方々は、わたくしたちで取り押さえましたわ」


「馬鹿な……精鋭を連れてきた……のだぞ? 民間人に捕まるなど」


「ええ。ですが、わたくしには、とても強い協力者がいるんですのよ。ティアマト?」


〝ええ。わかりましたわ〟


 クリス嬢のドレスから、水の蛇が姿を現した。
 ティアマトの力を目の当たりにして、ストーンカは静かに目を閉じた。


「……我らの負けだ。戦士の努めである。我の声が効かぬ――世界のルールから外れた者よ。おまえに、我が命を差し出そう」


「その前に、一つだけ訊かせろ。エキドアはどこにいる?」


「それは――」


 ストーンカが口を開きかけたとき、少し離れた場所から少女の声が聞こえてきた。

   *

 トラストンとストーンカが戦っていた塹壕から、少しばかり北西に離れたところに、ティカは連れの二人と歩いていた。
 時折聞こえてくる爆発のような音に首を竦めるティカに、連れの一人であるスピナルは苦笑した。


「大丈夫ですよ、ティカ。火薬の音ではないみたいですから」


「そ、そうなんですか? でも、なんでしょうね、これ」


「さあ……夜間工事でもしてるのかしら?」


 冗談めかしたスピナルの返答に、ティカは何とも言えない顔で、曖昧に首を傾げた。
 しばらく歩いてると月明かりの下、跪いた軍服姿の男の前に、トラストンと思しき姿が朧気に見えてきた。
 そこへ、ドレスを着た女性が近づいていく。他にも軍服を着た男たちや、背広姿の男女が数人ほど、周囲に佇んでいる。
 手にしたランプを身体の後ろに廻してから、スピナルは少し目を細めた。


「彼ね。間違いがないわ」


「本当ですか?」


「ええ。なんなら、話しかけてみたら?」


「えっと、そうですね! そうします!」


 ティカはスピナルに小さく手を振ると、なにか細長い包みを抱えた少年を一瞥してから、トラストンの居る方へと駆けだした。



 あとに残されたスピナルと少年は、手分けをして包みからフリントロック式の銃を取り出した。


「レニー、わたくしが手伝います。あなた一人では、撃てないでしょう?」


「あ、ありがとうございます。スピナル女史。けれど、この暗さでトラストン・ドーベルを狙うのは難しいです」


「あら。狙うのは、隣に居るドレスのお嬢さんよ。それが、一番確実ですから」


「……え?」


 目を瞬かせるレニーへ、スピナルは妖艶な笑みを浮かべてみせた。

   *

「おーい! トラストン君!」


 聞き覚えのある声――確か、ゲルドンスさんの孫娘のティカって女の子だ。
 ティカは俺たちのいる近くまでくると、血まみれのストーンカや砂まみれになった俺の姿に、目を見開いた。


「これ……なにがあったの?」


「ええっと……色々と」


「トト、こちらは……?」


「あの、ゲルドンスさんの孫娘さんです」


 クリス嬢に答えたとき、俺はティカの背後に小さな光点を見つけた。ガランと精神を繋げていた俺が目を凝らした直後、光点の近くで爆発の光のようなものを見た。
 その光に怯えるより、身体が反射的に動いていた。
 俺はクリス嬢を押し除けるように、身体ごとぶつかった。


「え――?」


 戸惑うクリス嬢の声が聞こえた直後、俺は腹部に激しい灼熱感を覚えた。
 それから少し遅れて、液体が地面に落ちる音。俺が地面に倒れたあと、二人の女性の悲鳴が辺りに響き、マーカスさんが部下に指示をだす怒声が聞こえてきた。


〝ホホホホホホッ! やっと、邪魔者を排除できたわ!!〟


 どこか木霊のような女の声が、あたりに響いてきた。
 この声は、エキドア……か。
 腹部の激痛、そして口の中に鉄の味が込み上げてきた。クリス嬢が俺を呼ぶ声が、徐々に小さくなっていく。
 俺は首元にある竜の指輪――ガランを口元に寄せた。


〝トト――無事か? なにがあった!?〟


 頭の中に直接響くガランの声だけは、はっきりと聞こえてきた。
 俺が意識を失う前に、伝えたいことがある。じゃないと、ガランのことだから、俺のために、不利な……交渉も、受けかねない。
 友だちだから……そのくらい、は……わかる。


「ガ……ラン、お願い……お……俺のことは、見……見捨てて、いい……」


 言いたいことが、すべて伝えられたか……すでに、わからなくなっていた。瞼は開いている……はずなのに、視界は、とっくに、真っ暗……だ。
 思考が途絶える瞬間、〝馬鹿野郎っ!!〟という、〝俺〟の声が聞こえてきた。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうざごいます!

わたなべ ゆたか です。

主人公への対応は、めっちゃ厳しい中の人がお届けしております。
これは話の都合であって、決して八つ当たりとかじゃないです。例えば、短距離の育成が上手くいってないとか、そういう理由ではございません。
……イベント間に合うかなぁ。

次回で、前編は終了となります。

少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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