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最終章前編
幕間
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サンドラの街にある、軍病院。
その施設内にある、付き人用の部屋が隣接した特別病室のベッドに、トラストンは寝かされていた。
薄く開けられていた窓から差し込む夜風が、トラストンの前髪を撫でていた。
銃撃を受けてから、丸一日が経過した。
ティカからの報せを受けたゲルドンスによって、クリスティーナたちはハンム少尉の助けを得られることになった。
マーカスやその部下の手によって、止血だけを処置されたトラストンは、すぐさま軍病院へと運ばれ、手術が行われた。
体内でひしゃげ、一部が砕けた銃弾や破片は取り除かれ、損傷した内臓も運良く繋ぐことができていた。
しかし――。
トラストンが寝ているベッドの横にある棚に、竜の指輪が置かれていた。指輪の真上に半透明な小さなドラゴン――ガランが姿を現した。
食塩水の点滴を受けながら、眠っているトラストンをジッと見ながら、ガランはマーカスとクリスティーナの会話を思い出していた。
軍医はマーカスに、「手術は成功した」と告げていた。それだけなら喜ぶべきところだが、軍医は「ただし」と付け加えたようだ。
『失血が酷く、意識が戻る気配がない。食塩水の点滴はするが、あと四日のうちに、奇蹟が起きて意識が戻れば、助かる見込みはある』
――奇蹟。
トラストンが助かるためには、奇蹟が必要だと軍医は告げたのだ。これは、遠回しな余命宣告に等しい。
ガランには半分ほども理解できていなかったが、マーカスとクリスティーナの会話から、治療に効果のある『輸血』というものは、この世界ではまだ確立されていない技術のようだ。点滴は辛うじて存在するが、『血液型』を判別する手立てがないらしい。
異なる血を入れて不適合だった場合、トラストンの命はない。
また、血を増やすための栄養を点滴するにも、『電解質』を作る技術もないという。電気という技術が存在しないため――ということらしい。
(トトは使っていたが……)
ガランがトトから聞いた話、そして果物電池などを使って電気を起こした記憶を蘇らせていると、隣の部屋からクリスティーナの声が伝わって来た。
余命を宣告されてから、クリスティーナは隣の部屋で祈り続けていた。
「主よ……どうかトトをお救い下さい。彼は人々の命を救うために、これまで何度も奮闘してきました。今回――今回、戦争を防ぎ……多くの、多くの人々の命を救ったのです。そんなトトが……最後に命を奪われるなど、これではあまりにも酷な仕打ち……です。お願いです……心から、お願いします。どうか、トトの命をお救い下さい……」
嗚咽混じりの祈りを聞きながら、ガランは静かに瞼を閉じた。
(神に祈ったところで、無意味だが……)
クリスティーナの想いを理解できるが故に、諫めることはできなかった。
神はただ、種が滅びる時を見定めているだけだ。そして、そのあとに世界を支配する、新たな種を創造する。
かつてのガランたち幻獣が、一斉に滅びたように。
そして――ほ乳類や、知恵を持つ人間種を生み出したように。
神は一個人の想いや運命など、歯牙にも掛けない。
そのような慈悲があるなら、幻獣は滅びなかったはずだ。
ガランは過去の記憶を振り払い、再び青白い顔のトトへ目を戻した。眠っているにしては、呼吸が浅い。心臓の鼓動も小さく、額には冷や汗が浮いている。
トラストンの命が尽き欠けている――そんな状況にも関わらず、なにもできないのが、もどかしい。
死に向かっている友人を見るのが辛くなって指輪に戻ろうとしたとき、ガランは窓の外で影が動くのを見た。
細身の人影が、薄く開けられた窓枠に手をかけ、静かに窓を開けた。
〝貴様は――エキドアっ!〟
「王よ。静かにお願い致しますわ」
スピナルという名の占い師は、そこにはいなかった。
身体の線がはっきりとわかるような、長袖に長ズボンの衣服を身につけ、顔の下半分は布で覆い隠していた。
スピナル――エキドアは半透明のガランに近づくと、恭しく一礼をした。
「王よ。そんなに毛嫌いしないで下さいませ。今日は、取り引きをしたく、参上した次第ですの」
〝巫山戯るな! 貴様などと取り引きなど――〟
「そこの坊や、助けたくはありませんか?」
エキドアのひと言で、ガランは声を詰まらせた。
睨め上げていた目をやや和らげつつも、ガランの声にはまだ疑るような気配が残っていた。
〝なにを……言っている?〟
「なにって、言葉通りの意味ですわ、王よ。わたくしが、その坊やを助ける策をお教え致しましょう。その代わり……王には、わたくしと同じ道を歩んで頂きますわ」
〝なん、だと……?〟
ガランは応じながら、トラストンが気を失う前に告げた言葉を思い出していた。
『ガ……ラン、お願い……お……俺のことは、見……見捨てて、いい……』
そう前置きしたあと、トラストンはこう続けた。
『エキドアが、俺を助ける――手段を餌に、交渉を、持ちかける……かも、しれ、ない。ティアマトが、人の身体を奪ったとき、みたいなやつ……だ。だけど、それは……俺たちの、敗北だ。幻獣が……この世を支配、する世界……だ。だから、俺の命、より……みんなと、エキドアを止め……てくれ』
そう告げたあと、今にも消えて無くなりそうな、か細い声で付け加えた。
『契約が――ここまでに、なって……ごめん』
頭の中で何度も語りかけるトラストンの声に、ガランは心の中で叫び返した。
(友を――我の友人を見捨てるなど、できるわけがながろう!!)
心の中に響き渡る慟哭が収まると、ガランはエキドアを見上げた。
――最終章後編に続く
-----------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
最終章前編は、ここまでとなります。
本文中にあった輸血と点滴の補足ですが、
輸血という医療行為の確立は、1915年くらいとなります。最初の輸血は1667年に、人に人の血を輸血したのは、1827年と、産業革命後のことになります。
結構、近年なんですね。
輸液の起源は17世紀が初。産業革命は18世紀なので点滴は存在しますが、本作の世界では、まだ電気が実用化されていませんので、食塩水の点滴しかありません。
食塩水の点滴も18世紀前にあったか……と言われると、無かったんじゃないかな的な話もあったりなかったりで……そこは、話の都合ということで一つ、御了承下さいませ。
この辺り、かなり近代の医療なんですね。
後編ですが、頭の中に流れはありますが、プロットはまだできてません。
後編は例によって、しばしお待ち下さい……天狗のほうが、アップが早いと思います。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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