転生して古物商になったトトが、幻獣王の指輪と契約しました(完結)

わたなべ ゆたか

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最終章後編

五章-1

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 転生して古物商になったトトが、幻獣王の指輪と契約しました
 最終章 二つの魂、一つの体 後編


 前回までのあらすじ

 転生者のトラストン・ドーベルは、祖父から受け継いだ古物商を営みながら、古の時代に生きていた幻獣の王、ガランと共に様々な事件を解決していた。
 そして幽霊屋敷の事件から恋仲となった、転生者のクリスティーナ・ローウェルや、諜報機関に所属する転生者のマーカスらと、幻獣が引き起こす事件に深く関わっていくことになる。
 戦争が引き起こされるのを防ごうと、軍の工作活動を防ぎ、幻獣が身体を乗っ取った将軍を打ち破ったトラストンは、幻獣の新王を名乗るエキドアによる凶弾に倒れた。
 軍医から余命四日の宣告をされた夜、病室に侵入したエキドアが、ガランに取り引きを申し出た。


「その坊やを助ける策をお教え致しましょう。その代わり……王には、わたくしと同じ道を歩んで頂きますわ」


 ガランはトラストンを見捨てることは出来ぬと、エキドアを仰ぎ見たのである。


 五章 違和感の渦


   1

 トラストン・ドーベルがサンドラの街の軍病院へ入院してから、四日目の正午過ぎ。
 雨期以外では滅多に振らない雨が、街を激しく打ち付けていた。外からの雨音がトラストンの微かな呼吸を打ち消す勢いで、病室の中にまで響いていた。
 瓶の容器から半透明で歪な管を介して、食塩水が点滴としてトラストンの左腕に繋がっていた。
 病室には軍医のほかに、クリスティーナとマーカスがベッドの脇で立っていた。


「午後十二時二四分――トラストン・ドーベル、昏睡から目覚めず。これより、点滴を外し、安楽死の処置を行いますが――宜しいですかな」


「待って下さい。あと一時間……一時間だけでも、待って下さい」


 嗚咽を堪えながら訴えるクリスティーナに、軍医は首を左右に振ることで応じた。
 無言の否定に対して、クリスティーナは咎めるような目を向けた。しかし、軍医の意志は変わらなかった。


「お嬢さんの気持ちは理解しますがね。これ以上は、苦しみを長引かせるだけです。この勇気ある少年の魂を、休ませてあげるべきです」


 軍医が説得するように告げると、クリスティーナは膝から崩れ落ちた。
 マーカスは無言のまま、クリスティーナを気遣うように手に触れた。なんの反応も返って来なかったが、マーカスは気にしなかった。
 軍医は先ず、点滴の針を抜いた。針の先端から滴る食塩水は、二つ折りにした管を器具で挟むことで止まった。
 トラストンの左腕では、血が水滴のように膨れあがっていた。本来なら止血をするところだが、軍医は出血を無視して注射器の準備をし始めた。
 虚ろな目をしたクリスティーナが、幼子のように手を伸ばした。


「……やめて。トトを――奪わないで」


 今にも消え去りそうなか細い声は、軍医に届いたかどうか、それは本人にしかわからない。確実に言えるのは、彼女の訴えが例え聞こえていようおとも、軍医の行動には影響を及ぼさなかったということだろう。
 小瓶に入った薬品を注射器で吸い取ると、軍医はトラストンの左腕を掴んだ。


「やめてっ!!」


 クリスティーナの叫び声が病室に響いた。


「……誰、か?」


 囁きよりも小さな声が、雨音に紛れてクリスティーナの耳に届いた。
 それは他の者も同様で、注射針を刺す直前の姿勢のまま、軍医はトラストンの顔へと目を向けていた。


「腕を、掴んでいるのは……誰だ」


 トラストンが薄く目を開けると、軍医は注射器を下げながら、力なく首を左右に振った。


「……信じられん。まさか、意識が戻るな――ど!?」


「トトっ!!」


 目を丸くしている軍医を押しのけて、クリスティーナがトラストンが寝かされているベッドへと駆け寄った。


「トト、トト……意識ははっきりとしておりまして? 痛いところは?」


「ク――リスティーナ?」


「トト……?」


 トラストンの口調に違和感を覚えたクリスティーナが、怯えたような顔をした。
 まだ焦点の合っていない目をしたトラストンは、そんなクリスティーナの変化には気付いていないようだ。
 クリスティーナが振り返ると、軍医はトラストンの顔を覗き込み、指で目を広げて瞳孔の様子を観察したり、手の平で熱を測ったりし始めた。
 次第に目の焦点が合ってくると、軍医はトラストンから離れた。


「奇跡としか言いようがありませんが……このまま意識を保てていれば、容体も安定するでしょうな」


「でも先生……トトは大丈夫なんでしょうか。わたくしのことをクリスティーナと呼んでましたし。いつもは、クリス嬢と呼んでくれてましたのに」


「ふむ……危篤状態から、意識が戻ったばかりです。記憶が混乱するというのは、よくあることですよ。しばらくすれば、記憶も戻っていくでしょう」


 軍医の返答を聞いて、クリスティーナは一礼をしてから、トラストンに向き直った。


「トト……気分はどうです? 点滴の管が動物の内臓を使ったものだとか、わたくしはもう不安で……」


「気分……そういえば、空腹――ああ、腹が減って……ます」


「四日も食べてませんから……少し待って下さいね。パンやチーズを――」


「いや、お嬢さん。それはダメです。内臓も完治していないでしょうし、なにより空腹の期間が長い。流動食以外は許可できません。看護婦に言って、食事の準備をさせます。それまでは、水以外は口に入れてはなりません。いいですね?」


 軍医が病室から出て行くのを見送ってから、マーカスがトラストンのベッドに近寄った。


「トト、意識が戻って良かったよ。このまま借りを返せてないんじゃ、僕も目覚めが悪いしね」


 マーカスなりの冗談に、クリスティーナは横目で軽く睨んだ。
 トラストンは視線だけを動かすと、浅い呼吸を繰り返していた。何度目かの呼吸のあと、ようやく言葉を発した。


「おまえは誰……いや、マーカス……さん、だな」


「おいおい。僕のことも忘れたのかい? しかも、そんな他人行儀な言い方で……本当に、記憶が混乱しているんだね。でも、生きていてくれて良かった。ヴォラも心配していたからさ」


 マーカスが宝石の填まった指輪を取り出すと、半透明な人馬が彼の手の平の上に現れた。


〝心配なんか、してないわよ〟


「相変わらず、素直じゃないなぁ……君は」


 苦笑するマーカスの横で、クリスティーナも宝石の飾りを取り出した。
 手の平の上に、上半身が女性に似た竜族のティアマトが姿を現した。


〝トラストン、一時はどうなることかと……良かったですわね〟


 トラストンは二体の幻獣を交互に見ながら、瞬きを繰り返した。


「ああ……ヴォラにエキドア……か。わかる……かん――いや、ありがとう」


 どこか言葉を選んでいるような口調のトラストンは、最後に溜息のような息を吐いた。
 クリスティーナはトトの額を撫でながら、穏やかな微笑みを浮かべた。


「まだ、無理をしてはいけませんわ。あまり喋らせても――あら?」


 クリスティーナは周囲を見回し、棚の上にある竜の指輪で目を止めた。指先で竜の指輪を突きながら、首を傾げた。


「ガラン? ガランはトトの意識が戻ったというのに、どうして黙っているのかしら。嬉しくはありませんの?」


 クリスティーナが声をかけて数秒経ってから、棚の上に半透明の小さなドラゴン――ガランが現れた。


〝トトの……意識が戻ることは、信じていた。クリスティーナの邪魔をせぬよう、喋るのを控えていただけだ〟


「ガラン……あ、いえ。お気遣い、ありがとうございます」


 一瞬だが表情を失ったものの、クリスティーナはすぐに表情を改めた。ガランに微笑みながら、仰々しく一礼をした。


「お気遣い、ありがとうございます」


「トト? どうした!?」


 慌てるようなマーカスの声に、クリスティーナが振り返った。
 先ほどまで開いていた目が閉じ、顔も青白さが増していた。呼吸だけはしているが、今のトラストンは今朝までの容体へと戻っているかのようだ。


「トト……トト!? 目を――目を開けて下さいまし!」


 クリスティーナが身体を揺すり始めてから数秒して、トラストンは目を開いた。


「すま――すいません。意識が遠くなって」


「あまり、喋らせてはいけませんわね。看護婦さんが来るまで、トトは安静にしていて下さい」


「それじゃあ、話だけを聞いてくれ。君が寝ているあいだの状況だ」


「マーカス……」


 咎めるようなクリスティーナに視線に、マーカスは「必要なことなんだ」と、片手を挙げた。


「君を撃ったのは、レニー少年だ。彼は、我々が拘束したよ。動機は君も知っての通り、父親を捕らえた恨みだ。取り調べをしているが、頑固でね。これ以上は、黙秘を続けている。ただ、ティカさんのほうは協力的だ。どうやら、スピナルという占い師が、レニー少年に協力していたようだね。ティカさんは、状況から察するに利用されたみたいだね」


 そこで一端、マーカスは言葉を切った。


「ヴォラが言うには、スピナルがエキドアかもしれないらしい。占いと未来予知――関連はあると思うんだ。ゆっくりと推理をしておいてくれ」


 マーカスが言い終えた直後、食事を持った看護婦が入って来た。
 クリスティーナがスープ状の食事を受け取るのを、トラストンはジッと眺めていた。その目には倒れる前と違い、一切の感情が浮かんではいなかった。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

ちょっと期間が空きましたが……最終章後編の始まりです。
ギリギリ7月のアップということで……スイマセン

更新はまったりになりそうですが……是非、最後までお付き合い下さいませ。

本文中、点滴の管が動物の内臓――という内容がありましたが。

初期の点滴は、羊の内臓に針を付けたものだったようです。実験も含めて、輸血なども行われたようです。ですが、死亡率はかなり高いというか。
血液型も判別せずに輸血をしていたようですから、そりゃねぇ……という。

プラスチックのない時代ですから、代用品ということで、点滴の管も内臓にしてみました。実際とは異なると思いますが、異世界ということで……。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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