173 / 179
最終章後編
七章-4
しおりを挟む4
地下水路から魂器の祭器の部品である、石の球体をガランが手に入れた翌日の朝、トラストンの古物商に連絡役の男がやってきた。
店の前に青い布を垂らしているのが、祭器の部品を手に入れた合図になっていた。
男は今はガランの魂が操っているトラストンに近寄ると、大きな袋をカウンターに置いた。
「手に入れた遺物をここに。それから、交換でと頼まれていた手紙がこれだ」
少し長い間、男が持ち続けていたのだろう。皺の寄った封筒を受け取ったトラストンに、男は少しホッとした顔を見せた。
「これで、やっと仕事も終わりが見えてきたな。やっと、ミス・エインとおさらばできるってものさ。今回の手紙も、四日くらい持ってたわけよ。無くしたら大変だしな……気が気じゃなかったぜ」
もうすぐ仕事を終えることができる安堵感からか、男は普段よりも饒舌だった。
ガランが遺物を入れた袋を右肩に担ぐと、男は顔の前で小さく手を振った。
「そういえば、この前の手紙にはなんて書いてあったんだ?」
「大したことではない。期限が迫っているからと、急かされただけだ」
「あらら……色っぽい話もなしかい? 寂しいねえ」
男はそう言ってから「いや、あの人とは勘弁か、お互いに」と、冗談めかしたように左手を上に挙げた。
「それじゃあな。会うのは、これで最後かもしれんが」
「ああ……達者で暮らせ」
トラストンが片手を挙げるのを一瞥だけして、男は店から出て行った。
手にした封筒を眺めていたトラストンは、カウンターの脇に置いてあったナイフを手にすると、少々もたつきながら開封した。
手紙の内容は、至極簡単なものだった。
『王よ。
これを読んでいるということは、祭器の欠片と地下にある祭器の一部を手に入れたようね。祭器はほとんど完成しているの。あと頭頂部と、柱の欠けた部分が揃えば、完成するる。もし――いいえ、きっと興味があると思うから王よ、あなたをお誘いするわ。満月の日の夕刻、店の前に迎えの馬車を送るわ。満月を映し出す湖の畔で、新たな王が玉座に座る姿を祝って下さいませ?
ミス・エイン』
手紙の内容に、トラストンの中いるガランの中に、憤りにも似た感情が沸き上がった。
ガランにも王としての誇りがある。それを茶化したような文面に、ガランは怒りを覚えたのだ。
一方、ほとんど休眠状態だったトラストン本人の魂は、この手紙で一気に覚醒した。
「トト――ああ、わかった」
頭に直接語りかけてくるトラストンの声に従い、ガランはカウンターの上に、ドラグルヘッド周辺の地図を広げた。
「これから、どうするのだ、トト――」
ガランは内にあるトラストンの魂に問うが、返答は無い。何ごとだとガランは無意識に顔を上げかけたとき、トラストンの魂が怒鳴るように制した。
「な……地図を見ていればいいのか?」
ガランはトラストンに言われるままに、再び地図に目を落とした。
ドラグルヘッド周辺には、湖が三つある。東側にある、三つのうちで一番大きなジェコブ湖。山と森に囲まれており、東側にはホッコロ山の崖があり、他に三つの山に囲まれている。ここは小さな漁村が西側の湖畔にあり、漁が盛んだ。
そのジェコブ湖のさらに東には、一番小さなマルコ湖がある。この近くには廃墟となった集落がある。数十年以上前に無人になったらしいが、こうした集落には珍しく、石造りの家屋が多かったため、現在でも当時の痕跡を残していた。
街の北西にある山間の、二番目に大きなピコリ湖。ここはドラグルヘッドから一番遠く。また街道からも大きく外れていた。街道から外れているため、人の往来は少ないが、湖の周りには村が二つほどある。
トラストンの魂が、その三つの湖へと意識を向けているのが、ガランにもわかった。やがて、トラストンが一つの結論に達すると、ペンと羊皮紙を用意するよう指示を出してきた。
ガランがその通りにすると、指示通りに書き置きをした。
「これは……本当か? そこにエキドアがいると……? なら、マーカスに――」
その言葉を発した直後、トトが駄目出しをした。
前回、それでエキドアを取り逃したことを思い出し、ガランは静かに唸った。それからトラストンに言われるまま、新たな羊皮紙へ、箇条書きにした伝言を書き記すと、最後に『羊皮紙代、四ポン(銅貨四枚)』と付け足したガランは、緊張を解くように「ふうぅ」と息を吐いた。
「それでは、これをどうするつもりだ? ああ……クリスティーナに渡せばよいのか」
ガランはどこか納得した顔で羊皮紙を丸めると、紐で閉じた。
*
クリスティーナが店にやってきたのは、正午になる少し前のことだった。
馬車を前に待たせたまま店に入ってきたクリスティーナは、カウンター内のトラストンに近寄ると、にっこりと微笑んだ。
「ごきげんよう――ガラン。中にいるトトも」
「ああ、クリスティーナ。こんにちは……というのだったか?」
「はい。その通りですわ、ガラン」
クリスティーナは鷹揚に応じると、ポンと手を打った。
「ガラン、もうすぐお昼ですし。御食事はどうされます? よかったら、我が家で昼食を食べませんか?」
「ふむ……いや、止めておこう。トトならともかく、我ではクリスティーナたちの会話に対応しきれぬ」
「そのときは、トトを――」
出してくれれば、と言いかけて、クリスティーナはハッとした顔で口を閉ざした。
小さな溜息を吐くと、俯き加減に下げた両手を組んだ。
「……ごめんなさい」
「トトに会いたいのだな。気持ちはわかる。我も、このような状態ではなく、トトの魂が脈打つ、トト自身に会いたいのだ」
「……ガランも? だって、あなたは」
「トトの魂は、ここにある。この身体を操っているときは、その魂を感じることもできる。だが、物足りなさというべきか……トトとの友人関係を長くやり過ぎたのかもしれぬな」
うっすらと微笑むトラストンの表情を見て、クリスティーナは僅かに目を背けた。
「なんだか……妬けますわね。二人の関係は、わたくしよりも長いと、知っているはずですのに」
「あ、いや……すまぬ」
謝るトラストンに、クリスティーナは首を振った。顔には僅かに笑みが浮かんでいたが、その表情はどこか寂しげだ。
「それでは、今日はもう帰りますわね。わたくしの計画も潰れてしまいましたし」
「ああ、待ってくれ、クリスティーナ。渡さねばならぬものがある」
トラストンが丸めた羊皮紙を差し出すと、クリスティーナは躊躇いながら受け取った。
「これは?」
「マーカスに渡して欲しいそうだ。トトの――本人は嫌がるかもしれぬが、推理が書き記してある。それに作戦の概要と、注意点というものが書いてある。期日まで、あまりないが、できるだけ準備をして欲しいそうだ」
「最終決戦のための――ということですわね。ええ、わかりましたわ」
クリスティーナが頷くと、トラストンは何かを聞いたように目を瞬かせた。
「ああ……と。ティアマトやストーンカと話がしたい……ということだが」
「え? ティアマトなら、お屋敷で保管しておりますから、急ぎであれば今日中にも連れてきますわよ? ストーンカは……マーカスさん次第だと思いますけれど」
クリスティーナの返答を聞いたあと、なにかを待つようにトラストンは黙っていた。数秒ほどして、トラストンは少し困ったように告げた。
「できれば、両方――ということだ。明日、明後日までは猶予がある。頼めるか?」
「……はい。でも、わたくしとお喋りしたい、ではなくて残念ですけれど」
少し恨めしげなクリスティーナに、ガランは苦笑いをした。
「それについては、さっき文句を聞いたばかりだ。『二人して俺に会いたいとか、あんな話を当人の前でされて、どんな顔で出ればいいんだよ』――ということだ」
「あら、まあ」
クリスティーナは口元に手を添えると、クスリと微笑んだ。
「これは、お互いに失敗しましたわね、ガラン」
「どうやら、そのようだ。この決戦が終わるまで、辛抱するしかないだろうな」
互いに微笑み合ったあと、二人は別れた。
店を出たクリスティーナの心には、エキドアとの決戦に対する、明確な意志が芽生え始めていた。
--------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
とりえず、トト本人の台詞な無しで、ガランの反応と伝言という形式にしてみました。
わかりにくいかもしれませんが、御了承下さいませ。
次回は間話です。そしてあとは八章とエピローグを残すのみ――です。
最後までお付き合い頂けたら、感謝感激でございます。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
0
あなたにおすすめの小説
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
無能と言われた召喚士は実家から追放されたが、別の属性があるのでどうでもいいです
竹桜
ファンタジー
無能と呼ばれた召喚士は王立学園を卒業と同時に実家を追放され、絶縁された。
だが、その無能と呼ばれた召喚士は別の力を持っていたのだ。
その力を使用し、無能と呼ばれた召喚士は歌姫と魔物研究者を守っていく。
悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます
竹桜
ファンタジー
ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。
そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。
そして、ヒロインは4人いる。
ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。
エンドのルートしては六種類ある。
バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。
残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。
大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。
そして、主人公は不幸にも死んでしまった。
次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。
だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。
主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。
そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる