転生して古物商になったトトが、幻獣王の指輪と契約しました(完結)

わたなべ ゆたか

文字の大きさ
172 / 179
最終章後編

七章-3

しおりを挟む

   3

 マーカスたちが切っ掛けとなった大騒動の翌日、今はガランの魂が身体を支配しているトラストンが、店のカウンターに座っていた。
 もう十時を過ぎようというころだが、まだ客どころか、クリスティーナも店に来ていなかった。
 もっとも、クリスティーナの場合はトラストンの記憶障害を心配して店に通い詰めていた訳だから、症状の正体がガランだと判明した以上は、店に来る必要はないのだが。
 薄暗い店内に一人でいたガランは、ぽつりと呟いた。


「うむ……暇だな」


 トラストンはよく平気でいられたものだ――そんなことを考えられるようになったのは、昨日の大騒動のお陰かもしれない。
 トラストンの魂が無事だということ、そして皆に嘘をつく必要がなくなったこと――この二つが、今のガランにとって大きな転機になった。
 昨日までとくらべて、心が軽い。
 馬車や通行人が店の前を往来する音を聴きながら、ガランは久しぶりにくつろいでいた。
 一際大きい蹄と車輪の音が店の前で停まったのは、もうすぐ十一時になろうという頃だった。
 それから軽い足音がすると、クリスティーナが店に入ってきた。


「トト――あ、違いましたわね。ガランでいいのかしら?」


「ああ。おはよう、クリスティーナ」


「はい。おはようございます。トトは……わたくしの声が聞こえているのかしら?」


「昨日のことを踏まえれば、聞こえていても不思議ではないが」


「ああ、そうですわね。トトも、おはようございます」


 にっこりと微笑むクリスティーナだったが、トラストンが出てくる気配がないことに、少し残念そうな顔になった。
 ガランは心の中で、トラストンに(出てくるか?)と訊いたが、あっさりと拒否されてしまった。
 ガランはトラストンの身体で、肩を竦めた。


「エキドアに知られたくないから、我が代わりに挨拶をしておいて――だそうだ」


「あら。寂しいこといいますのね」


 クリスティーナは苦笑しながら、戯けたように首を振った。
 ガランは口元を微かに綻ばせながら、立ち上がった。


「それで、今日はどうしたのだ? トトの記憶障害の原因がわかったんだから、心配ごともないだろう?」


「あら。恋人を訪ねるのに、理由なんて必要ありませんわ。今はガランが身体を動かしているにせよ、身体はトトですものね」


 そう言いながら、クリスティーナは懐から鍵を取り出した。


「地下水路の品を取りに行くのでしょう? 鍵を借りてきましたから、お屋敷の中から行けますわよ」


「……そうか。そのために、来てくれたのだな」


「ええ。今は、トトの考えに従おうと思いまして。お爺様から借りてきましたわ」


 にっこりと微笑むクリスティーナは、鍵を手の平で包み込んだ。


「それで、今から地下水路に参りますか?」


 誘うように問いかけるクリスティーナに、ガランは少し考える素振りを見せた。


「ふむ。満月まで、あと八日……いや、七日ほどか。先に、なんとかという市長がいた屋敷に入りたいのだが」


「アントネット市長のお屋敷――どうしてですの?」


「そこに、祭器の欠片があるかもしれぬのだ。確認をしろ……ということだ」


「そうでしたの。地下水路の地図は、そのためにも使うつもりでしたのね。それでしたら……お爺様から、警備隊に話して頂きましょうか? あそこはまだ、空き家らしいですから」


「頼めるか?」


 短く問うガランに、クリスティーナは「もちろん」と答えた。鍵を懐に戻してから、ポンと手を合わせた。


「考え方によっては、七日しかありませんもの。急ぎませんとね」


「……すまない」


 クリスティーナが屋敷に戻りかけたとき、男が店に入って来た。以前も来た、エキドアの使いだ。
 男はクリスティーナの存在に驚きながら、今はガランでもあるトラストンへと会釈した。


「手紙を預かってきた。依頼主からは、一人で見るようにと」


「ああ……わかった」


 手紙をカウンターに置くと、男は二人に会釈をしてから店を出て行った。
 クリスティーナは怪訝そうに手紙を見ると、小首を傾げた。


「どなたからの手紙ですの?」


「……あれは、エキドアからの使いだ。祭器の欠片を持っていく場所と日時か、マーカスたちと接触を控えろと書いてあるのだろう」


 カウンター上の手紙に手を伸ばすと、ガランはズボンのポケットにねじ込んだ。
 男たちと入れ替わりに、マーカスと女性の部下が店に入ってきた。


「暇だと思っていたが……今日は来客が多いな」


 ガランが呆れたように呟くと、マーカスに促された部下が、折り畳んだシャツを差し出した。


「昨日着ていたシャツ……か?」


「はい……出来る限りの修繕はしましたので……その、新聞に情報を売るのは止めて頂くよう、何卒お願いをしたします」


 部下の陳情を聞きながら、ガランがシャツを広げた。脱がせるときに切り刻まれた袖が、縫われていた。縫い跡は目立つが、着用には耐えられそうだ。
 あれが直るものなのか――と感心したガランだったが、その顔が少し強ばった。その表情の変化に不安を覚えたのか、女性の部下が恐る恐る問いかけた。


「あの……なにか?」


「トトからの素直……な感想があるのだが。話しても良いだろうか?」


「は……はい」


 女性の部下が怯えながらも頷くのを見て、ガランは溜息を吐いてから話を始めた。


「三〇点。当て布がないのを踏まえても、縫い跡が酷すぎる。一晩かかってこんな出来なら、俺が……ああ、これはトトのことだが、自分でやったほうが綺麗に治せる。よくこんな裁縫の腕で、子どもが三人とか、結婚が夢とか言えたものだな――と。あと、新聞がどうとか、金を払ってから言え。身分証やバッジも、それまでは返さない……らしい」


 ガランは少しばかり表現を柔らかくしたのだが、最後の部分になると女性の部下は半泣きで聞いていた。
 そしてマーカスを振り返ると、泣きそうな声で告げた。


「マーカスぅ……あたし、仕事を辞めて花嫁修業したいんだけど、いいよね?」


「ま、待ってくれ。ガラン――というかトト! もう感想じゃなくて言葉の暴力になってるから、少しは優しくしてあげてくれ」


 マーカスの言葉を無視したのか、トラストンからの返答はなにもなかった。
 ガランはただ、首を横に振って、そのことを伝えた。心なしか脱力したマーカスは、クリスティーナを振り返った。


「それで、なんの話をしていたんですか?」


「ああ……前の市長さんのお屋敷に行こうって話を。祭器の欠片がないか、探しに行きたいんですって」


「なるほど……我々もお手伝いをしましょう」


「……いや、止めておけ。またトトに文句を言われるだけだ」


 ガランに諭されたマーカスは、呆けたようにクリスティーナへと首を向けた。
 クリスティーナは首を苦笑しながら、大袈裟に肩を竦めた。

   *

 この日の夜、ガランはクリスティーナやクレストンたちを伴って、アントネット市長の屋敷を訪れた。
 中は無人となっており、手入れがされていないためか、かび臭さや誇りっぽい臭いが充満していた。
 二階の部屋に入っていたクレストンが、盛大な溜息をついた。


「遺物の欠片って、マーカスが回収したんじゃねぇのかよ」


「まだ、欠片が残っているらしい。かなり飛び散ったようだからな」


 ランプを手に辺りを見回すクレストンに、ガランは答えた。
 あのとき、ラーブが起動させた祭器は、部品の一つが偽物だった。そのため儀式が完成する前に、組み上げられた祭器は力の負荷に耐えきれず、爆散してしまったのだ。


「とはいえなぁ……見つかる気がしないぜ」


 クレストンが溜息を吐いたとき、ベランダの下からサーシャの声がした。


「エイヴが、それっぽいの見つけたって!」


 ガランとクレストンが庭に出ると、サーシャとエイヴ、それにクリスティーナが、植え込みの根元をランプで照らしていた。
 そこには折れているものの、元は直方体だったらしい石材が転がっていた。
 やってきたガランとクレストンに、エイヴがにっこりと微笑んだ。


「あのね、ユニコーンがこれだって」


「……確かか?」


 ガランが訊くと、エイヴの代わりに子どものような甲高い声が応じた。


〝もちろんです、王。力をヒシヒシと感じますからね!〟


 ユニコーンが自信満々に答えると、ガランは祭器の欠片を持ち上げた。
 ずっしりとした重さがあるそれは、直に触ってみると、まだ微かに儀式の余韻ともいえる力を残していた。
 ガランは石材を眺めてから、皆を見回した。


「……一先ずは、これでいいだろう。あとは、地下水路の中にあるものを手に入れなければ」


「それでしたら、明日にでも取りに行きませんこと?」


 クリスティーナに促され、ガランは真剣な顔で頷いた。


「そうだな。明日、行くことにしよう」

--------------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

前回、見送ったネタを使おうと決めていた今回です。どこかって……女性の部下さんのところなんですけどね。
当初はその部分に地下水路の描写ですが、ただ物を取りに行くのも書いててつまらんな……と思いまして、急遽予定を変更した次第。
なので次回は、そこをかっ飛ばしての話となります。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!

ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。 ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!? 「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」 理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。 これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます

竹桜
ファンタジー
 ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。  そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。  そして、ヒロインは4人いる。  ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。  エンドのルートしては六種類ある。  バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。  残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。  大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。  そして、主人公は不幸にも死んでしまった。    次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。  だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。  主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。  そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。  

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

1歳児天使の異世界生活!

春爛漫
ファンタジー
 夫に先立たれ、女手一つで子供を育て上げた皇 幸子。病気にかかり死んでしまうが、天使が迎えに来てくれて天界へ行くも、最高神の創造神様が一方的にまくしたてて、サチ・スメラギとして異世界アラタカラに創造神の使徒(天使)として送られてしまう。1歳の子供の身体になり、それなりに人に溶け込もうと頑張るお話。 ※心は大人のなんちゃって幼児なので、あたたかい目で見守っていてください。

処理中です...