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最終章後編
七章-3
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マーカスたちが切っ掛けとなった大騒動の翌日、今はガランの魂が身体を支配しているトラストンが、店のカウンターに座っていた。
もう十時を過ぎようというころだが、まだ客どころか、クリスティーナも店に来ていなかった。
もっとも、クリスティーナの場合はトラストンの記憶障害を心配して店に通い詰めていた訳だから、症状の正体がガランだと判明した以上は、店に来る必要はないのだが。
薄暗い店内に一人でいたガランは、ぽつりと呟いた。
「うむ……暇だな」
トラストンはよく平気でいられたものだ――そんなことを考えられるようになったのは、昨日の大騒動のお陰かもしれない。
トラストンの魂が無事だということ、そして皆に嘘をつく必要がなくなったこと――この二つが、今のガランにとって大きな転機になった。
昨日までとくらべて、心が軽い。
馬車や通行人が店の前を往来する音を聴きながら、ガランは久しぶりにくつろいでいた。
一際大きい蹄と車輪の音が店の前で停まったのは、もうすぐ十一時になろうという頃だった。
それから軽い足音がすると、クリスティーナが店に入ってきた。
「トト――あ、違いましたわね。ガランでいいのかしら?」
「ああ。おはよう、クリスティーナ」
「はい。おはようございます。トトは……わたくしの声が聞こえているのかしら?」
「昨日のことを踏まえれば、聞こえていても不思議ではないが」
「ああ、そうですわね。トトも、おはようございます」
にっこりと微笑むクリスティーナだったが、トラストンが出てくる気配がないことに、少し残念そうな顔になった。
ガランは心の中で、トラストンに(出てくるか?)と訊いたが、あっさりと拒否されてしまった。
ガランはトラストンの身体で、肩を竦めた。
「エキドアに知られたくないから、我が代わりに挨拶をしておいて――だそうだ」
「あら。寂しいこといいますのね」
クリスティーナは苦笑しながら、戯けたように首を振った。
ガランは口元を微かに綻ばせながら、立ち上がった。
「それで、今日はどうしたのだ? トトの記憶障害の原因がわかったんだから、心配ごともないだろう?」
「あら。恋人を訪ねるのに、理由なんて必要ありませんわ。今はガランが身体を動かしているにせよ、身体はトトですものね」
そう言いながら、クリスティーナは懐から鍵を取り出した。
「地下水路の品を取りに行くのでしょう? 鍵を借りてきましたから、お屋敷の中から行けますわよ」
「……そうか。そのために、来てくれたのだな」
「ええ。今は、トトの考えに従おうと思いまして。お爺様から借りてきましたわ」
にっこりと微笑むクリスティーナは、鍵を手の平で包み込んだ。
「それで、今から地下水路に参りますか?」
誘うように問いかけるクリスティーナに、ガランは少し考える素振りを見せた。
「ふむ。満月まで、あと八日……いや、七日ほどか。先に、なんとかという市長がいた屋敷に入りたいのだが」
「アントネット市長のお屋敷――どうしてですの?」
「そこに、祭器の欠片があるかもしれぬのだ。確認をしろ……ということだ」
「そうでしたの。地下水路の地図は、そのためにも使うつもりでしたのね。それでしたら……お爺様から、警備隊に話して頂きましょうか? あそこはまだ、空き家らしいですから」
「頼めるか?」
短く問うガランに、クリスティーナは「もちろん」と答えた。鍵を懐に戻してから、ポンと手を合わせた。
「考え方によっては、七日しかありませんもの。急ぎませんとね」
「……すまない」
クリスティーナが屋敷に戻りかけたとき、男が店に入って来た。以前も来た、エキドアの使いだ。
男はクリスティーナの存在に驚きながら、今はガランでもあるトラストンへと会釈した。
「手紙を預かってきた。依頼主からは、一人で見るようにと」
「ああ……わかった」
手紙をカウンターに置くと、男は二人に会釈をしてから店を出て行った。
クリスティーナは怪訝そうに手紙を見ると、小首を傾げた。
「どなたからの手紙ですの?」
「……あれは、エキドアからの使いだ。祭器の欠片を持っていく場所と日時か、マーカスたちと接触を控えろと書いてあるのだろう」
カウンター上の手紙に手を伸ばすと、ガランはズボンのポケットにねじ込んだ。
男たちと入れ替わりに、マーカスと女性の部下が店に入ってきた。
「暇だと思っていたが……今日は来客が多いな」
ガランが呆れたように呟くと、マーカスに促された部下が、折り畳んだシャツを差し出した。
「昨日着ていたシャツ……か?」
「はい……出来る限りの修繕はしましたので……その、新聞に情報を売るのは止めて頂くよう、何卒お願いをしたします」
部下の陳情を聞きながら、ガランがシャツを広げた。脱がせるときに切り刻まれた袖が、縫われていた。縫い跡は目立つが、着用には耐えられそうだ。
あれが直るものなのか――と感心したガランだったが、その顔が少し強ばった。その表情の変化に不安を覚えたのか、女性の部下が恐る恐る問いかけた。
「あの……なにか?」
「トトからの素直……な感想があるのだが。話しても良いだろうか?」
「は……はい」
女性の部下が怯えながらも頷くのを見て、ガランは溜息を吐いてから話を始めた。
「三〇点。当て布がないのを踏まえても、縫い跡が酷すぎる。一晩かかってこんな出来なら、俺が……ああ、これはトトのことだが、自分でやったほうが綺麗に治せる。よくこんな裁縫の腕で、子どもが三人とか、結婚が夢とか言えたものだな――と。あと、新聞がどうとか、金を払ってから言え。身分証やバッジも、それまでは返さない……らしい」
ガランは少しばかり表現を柔らかくしたのだが、最後の部分になると女性の部下は半泣きで聞いていた。
そしてマーカスを振り返ると、泣きそうな声で告げた。
「マーカスぅ……あたし、仕事を辞めて花嫁修業したいんだけど、いいよね?」
「ま、待ってくれ。ガラン――というかトト! もう感想じゃなくて言葉の暴力になってるから、少しは優しくしてあげてくれ」
マーカスの言葉を無視したのか、トラストンからの返答はなにもなかった。
ガランはただ、首を横に振って、そのことを伝えた。心なしか脱力したマーカスは、クリスティーナを振り返った。
「それで、なんの話をしていたんですか?」
「ああ……前の市長さんのお屋敷に行こうって話を。祭器の欠片がないか、探しに行きたいんですって」
「なるほど……我々もお手伝いをしましょう」
「……いや、止めておけ。またトトに文句を言われるだけだ」
ガランに諭されたマーカスは、呆けたようにクリスティーナへと首を向けた。
クリスティーナは首を苦笑しながら、大袈裟に肩を竦めた。
*
この日の夜、ガランはクリスティーナやクレストンたちを伴って、アントネット市長の屋敷を訪れた。
中は無人となっており、手入れがされていないためか、かび臭さや誇りっぽい臭いが充満していた。
二階の部屋に入っていたクレストンが、盛大な溜息をついた。
「遺物の欠片って、マーカスが回収したんじゃねぇのかよ」
「まだ、欠片が残っているらしい。かなり飛び散ったようだからな」
ランプを手に辺りを見回すクレストンに、ガランは答えた。
あのとき、ラーブが起動させた祭器は、部品の一つが偽物だった。そのため儀式が完成する前に、組み上げられた祭器は力の負荷に耐えきれず、爆散してしまったのだ。
「とはいえなぁ……見つかる気がしないぜ」
クレストンが溜息を吐いたとき、ベランダの下からサーシャの声がした。
「エイヴが、それっぽいの見つけたって!」
ガランとクレストンが庭に出ると、サーシャとエイヴ、それにクリスティーナが、植え込みの根元をランプで照らしていた。
そこには折れているものの、元は直方体だったらしい石材が転がっていた。
やってきたガランとクレストンに、エイヴがにっこりと微笑んだ。
「あのね、ユニコーンがこれだって」
「……確かか?」
ガランが訊くと、エイヴの代わりに子どものような甲高い声が応じた。
〝もちろんです、王。力をヒシヒシと感じますからね!〟
ユニコーンが自信満々に答えると、ガランは祭器の欠片を持ち上げた。
ずっしりとした重さがあるそれは、直に触ってみると、まだ微かに儀式の余韻ともいえる力を残していた。
ガランは石材を眺めてから、皆を見回した。
「……一先ずは、これでいいだろう。あとは、地下水路の中にあるものを手に入れなければ」
「それでしたら、明日にでも取りに行きませんこと?」
クリスティーナに促され、ガランは真剣な顔で頷いた。
「そうだな。明日、行くことにしよう」
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
前回、見送ったネタを使おうと決めていた今回です。どこかって……女性の部下さんのところなんですけどね。
当初はその部分に地下水路の描写ですが、ただ物を取りに行くのも書いててつまらんな……と思いまして、急遽予定を変更した次第。
なので次回は、そこをかっ飛ばしての話となります。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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