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最終章後編
エピローグ
しおりを挟むエピローグ
エキドアを封印してから、八日が経った。
俺は五日前から、店を通常営業させていた。それまでの三日間は、エキドア関係の残務処理や、諸々のことを終わらせていたわけで。
なにせ木箱に収められていた十数人の男たちが全員、遺体として発見されたのだから、かなり大がかりな事件として扱われることとなった。
エキドアの復活を止めるべきだったか――と思ったが、ガランやヴォラによれば、俺が到着した時点で、あそこまで儀式が進んでいたなら、もう手遅れということだ。
とりあえず事情聴取やら、現場検証などに付き合っていた三日間だった。
それからの五日間は、久しぶりに店の業務に追われる日々を送っていた――と、言いたいところだが。
客が来るまで暇な時間を過ごすのは、相変わらすなのである。まだ午前中だけど、客の来訪はゼロだ。
こうした暇な時間に一人っきりだと、なにもせずにボンヤリとすることが増えた気がする。
……そう。今現在、店の中にいるのは俺一人だ。
長年、共に暮らしてきたガランは、ここにはいない。
今は使われていない街の地下水路の中にある、石化したドラゴンの身体の中で、ガランの魂は眠っている。
エキドアを封印した夜、一晩かけて説得をしたんだけど、ガランの意志は固かった。
〝我の親友である、トトしか――いや、トトだからこそ、頼みたいのだ〟
とかなんとか言われちゃったら……親友として断れないわけで。
街に戻った早々に、俺はガランを本体のところに送って行ったのである。
そのときのことを思い返しながら、俺は首から下げた竜の指輪に触れた。
ガランの魂が封じられた品だが、今はただの石の指輪だ。思い出の品として――という訳ではないが、ガランに頼み込んで、これだけは手元に残していた。
「トト――?」
店の扉が開いて、クリス嬢が店内に入ってきた。
なにやら大きなトランクを持ったクリス嬢は、真紅のドレスの裾を左右に揺らしながら、俺の元へと近づいて来た。
「クリス嬢、そんな荷物を持ってどうしたんです?」
「これを見て下さい、トト!」
トランクを開けてクリス嬢が取り出したのは、純白のドレスだった。胸元は宝石、ドレスのスカート部分には真珠で模様が施されている。
純白のベールには銀の飾りがついている。
ドレスの全体像を検分した俺は、「かなり高価な品」という判定を下した。
「良いドレスですね。今日は、それを売りに?」
俺のひと言で、クリス嬢の目が点になった。
どことなく重く、居心地の悪い沈黙が店内を覆ったな――と思っていたら、肩を振るわせていたクリス嬢が、いきなり怒り出した。
「どうして――あなたって人は、そうなんですか!? これは、わたくしのウェディングドレスに決まっているでしょう!?」
「え……ええっ!? クリス嬢、結婚されるんですかっ!!」
流石の俺もこのひと言を聞いて、ボンヤリしていた頭がシャキッとした。完全に寝耳に水――いや、青天の霹靂と言うべきか。
驚いた俺が立ち上がると、クリス嬢の柳眉が、これ以上ないくらいに逆立った。
「ほんっとに――どうしてトトは、こういうところは馬鹿なんです! わたくしたちの式に使うための、ウェディングドレスに決まっているでしょう!? 将来のことなんかも話したいと行ったのは、あなたですのに!」
「えっと、あの、ちょっと待って下さい。確かに、そんなことは言いましたよ。言いましたけど――まだ俺たち、なんの話もしてませんよね?」
この八日間、俺とクリス嬢はお互いに忙しかったのである。俺も屋敷を一度だけ訊ねたが、クリス嬢は仕事に行っていて留守だったわけだし。
顔を合わせたのは、クリス嬢が仕事の隙間に店を訪れた三回、合計で数分にも満たない時間だけである。
そんな俺の追求に、クリス嬢は少し拗ねた顔をした。
「だって……このところ全然、会えてないですし。トトがお屋敷に来てくれたときは、会えませんでしたし。わたくしだって、仕事の合間に少しだけ……」
「それはお互いに、仕方ないじゃな――」
「でもトトはガランに、四回も会いに行ってましたわよね?」
俺の言葉に被せながら、クリス嬢が問いかけてきた。
いや……その口調は『問いかけ』よりも『追求』に近いかもしれない。どこで、どうやって、俺がガランに会いに行っていたことを知ったのか――というのは、今は重要じゃない。
最優先なのは、俺の身の安全である。
俺は次の言葉を発しかけた口を行儀良く閉じてから、必死に言い訳を探した。
「あの……ですね? まあ、封印されている場所も知ってるわけですよ。なら、長年の友だちに会いに行くいらいは、してもいいんじゃないかな……と、そう思ったわけでして」
「そうですわね。でも、トトがこの街に帰ってきてから五日のあいだに、四回も。ほぼ毎日、会いに行ってるだなんて……わたくしが少しばかり嫉妬してしまって、少しばかり先走ってしまっても、仕方ないと思いません?」
「……はい。思います」
満面の笑みを浮かべたクリス嬢の迫力に、俺は否定の意見を封じられてしまった。
そんな俺に、クリス嬢はもう一度、純白のドレスを見せてきた。
「トト? このドレス、どう思います?」
「そうですね……とっても素敵だと思います。お似合いですよ」
「そうでしょう? これを着たわたくしを隣に式を挙げるなら、トトも嬉しいですよね?」
「……はい」
……完、全、敗、北。
いや、ここで否定をした日には、俺はクリス嬢に殺されかねない。
それに……そういった話をするつもりだったのも事実だし。事実なんだけど! この展開は、ちょっとないと思う。
「でも、ドレスの完成が早くないですか? あれからまだ、二十日も経ってないのに」
「お爺様が、こういうことは早いほうがいいって仰有って。お針子さんたちを沢山雇って、造って頂いたんですって。これから式は勿論ですけど、お店のことも考えませんとね」
……なるほど。これはローウェル伯爵の入れ知恵か。
孫娘のためとはいえ、手段を選ばなさ過ぎるだろう……さすがにこれは。大体、孫娘の結婚相手なのに、こんな――俺でいいのかとか、もう少し吟味するべきなんじゃないか?
頭が痛くなってこめかみを軽く押さえたとき、再び店のドアが開いた。
「トト――いるかい?」
ストラス元将軍――ストーンカを伴ったマーカスさんが、店に入ってきた。
マーカスさんは真っ直ぐに俺の前まで来ると、切符らしい用紙をカウンターに置いた。
「トト、ヘレナ市で幻獣によると思われる火災が連続して起きている。手を貸してくれないか?」
「……マーカスさん。俺のところにはもう、ガランはいないんですよ? 俺が出張ったところで、なんの役にも立たないと思いますけど」
「ガランの力に頼りたいんじゃない。君の頭を借りたいんだ。手を貸してくれるね?」
「なに――我は王の意志を継ぎ、あなたに手を貸すと決めたのだ。戦いは任せてくれていい。これは……今まで行ってきたことへの贖罪でもある。あなたに従おう、トラストン・ドーベル」
ストーンカは罪を償うため、マーカスさんの組織に所属したらしい。
俺に従うとか、心強い言葉をくれたのはいいんだけど……なあ。
俺は溜息を吐いてから、マーカスさんに半目を向けた。
「まだ、示談金とか慰謝料を貰ってないんですけど? 少なくとも支払いを終えてから、こうした依頼をして欲しいところですね」
「それは……その。そのうち……払うから。ほら、あんな大金を、こんなすぐに払えないじゃないか。それより今は、事件の解決に手を貸してくれないか?」
マーカスさんの顔から目を逸らすと、俺は溜息を吐いた。
こうした事件と関わるのが、すっかり日常になってしまった気がする。移動する前に、ガランに幻獣の目星だけはつけて貰わなきゃな。
とまあ、それはそれとして。
俺は勝手に、示談金の支払い期限を一ヶ月と決めていた。なんか、こうでもしないと、いつまでも払ってくれそうにないし。
それを過ぎたら、強姦未遂事件のネタを新聞社に売り込もう――ちょっと本気で、そう考え始めていた。
完
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
「転生して古物商になったトトが、幻獣王の指輪と契約しました」、これにて終劇とあいなりました。
ここまでモチベーションが続いたのも、本作を読み続けてくれた方々のおかげです。
本当に、ありがとうございました。
最後なので、色々とした話を少し。
この作品、中の人は二つのルールを決めていました。
一つ目は、トラストンが使う物理というか理科ネタは、小・中学校レベルを基本とすること。
薬草とか、そういうのもやりましたけど……物理・科学分野は、大体そんな感じです。
最後の、幻獣が酸素に対応出来てないの下りも、小中学生向けのサイエンス漫画に、そのことに触れた回がありましたので……OKとしました。
ちなみにその本、まんがサイエンス(学研)でして。取りあえず、対象の回のある巻は、購入致しました。
二つ目は、ラスボス(幻獣の憑いた人間)は、ある種の地位を持つ、ということ。
市長や教会の司祭、貴族に警備隊の隊長、医者、将軍、占い師……と、ある程度の地位(やコネ)のある人物としていました。
所謂、刑事コロンボ方式ですね。
刑事コロンボって、アメリカの古い刑事ドラマなんですけどね。この作品の犯人は、ほぼすべてセレブという規則性がありまして。
ちょい参考にしました。
これを書いている段階では、本作が終わると、作品的には『屑スキル~』のみ。
久しぶりに、一本のみの状態になります。
……どうしようかな。
などと考えつつ、これにして失礼致します。
少しでも楽しんで頂けたなら、幸いです。
他の作品も、よろしくお願いします!
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