最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

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弟四章『地下に煌めく悪意の星々』

四章-1

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 四章 王都密戦


   1

 俺たちは全員、牢の中に入れられた。
 石壁に囲まれた牢には、鉄格子しか開口部がない。そして、その鉄格子の前には、椅子に腰掛けたリチャードがいる。
 俺を始め、長剣は奪われて牢の外に置かれている。見えるのに届かないというのは、なんとももどかしい。
 冷たい石の床に座っている俺たちに、リチャードはずっと話しかけてきた。


「……ほう、偽装船か。ファレメア国の商船が、そのチャーンチの工作船だと?」


「そう申し上げております」


 オーランが辛抱強く受け答えを続けていた。
 こちらからの説明は関心を示す様子もなく、淡々と受けている。その態度は説明をする立場からすると、かかる心理的負荷が甚大だ。
 納得させるための説明が、苛立ちによって恫喝混じりになったり、説き伏せようという心理にズレ兼ねない。
 むしろ、それを狙っているのかもしれない。焦りによる失言から、自白を引き出そうという腹かもしれない。
 ユタさん、そしてオーランの説明を受けてなお、リチャードの表情は変わらない。薄い笑みを浮かべながら、静かな口調でオーランに話しかけた。


「しかし、オーランといったね。君もチャーンチなのだろう? なぜそんな情報を教えてくれるのかな? 裏切った……ということかね」


「いいえ。わたしは……見定めたいのです。我らチャーンチが正しいのか、それとも今の世が正しいのか……を」


「見定める……か、なるほど。しかし、その崇高な使命感は、無意味なものだと思うが。例えばだ。君がチャーンチが誤っていると思ったところで、組織の長……今はファレメア国の王なんだろうが、彼の意志が変わるとは思えないが……どうかな?」


「それは……そうかもしれません。ですが、少しずつでも同じ意見の者と増やしていけば――」


「そうなれば、君たちは反逆者として捕らえられ、人知れず闇に葬られるだけだ」


 リチャードの言葉は、正論で真実に近い内容だろう。他国を侵略することに腐心する者が、裏切り行為を黙って見ているはずがない。リチャードの言うとおりの展開になるだろうことは、想像するに容易い。
 オーランもそれを理解したのか、唇を噛みながら俯いただけだ。
 そんなとき、扉をあけてリチャードの部下らしい男がドアを開けて入って来た。部下はリチャードに近寄ると、俺たちを気にしながら耳打ちをした。
 俺はすかさず《力》を使って、その内容に聞き耳を立てた。


『リチャード様。ファレメア国の商人を名乗る者が、旅籠屋に来ておりますが』


『なに? ファレメア国……』


 リチャードの顔から、一瞬だけ平静さが消えた。


『旅籠で、宿泊を……か?』


『いえ。食料を分けて欲しいということです。三人が寄港し、一人は小舟に残っておりますが、一人は旅籠屋、一人は散歩と称して、町を見て回っているようです。念のため、全員に監視は付けております』


『ふむ。怪しいところがあれば、すぐに報告を頼む。おまえは、中継役に専念せよ』


『畏まりました』


 慇懃に頭を下げた部下を下がらせると、リチャードは俺たちへと向き直った。


「単刀直入に聞こう。チャーンチを見分ける術はあるのかね?」


「……一目で見分けるための特徴を聞かれているのなら、ありません。質問の意図がよくわかりませんので、答えにも困りますが……」


「ファレメア国の船から、商人を名乗る三人が来ているみたいだ。そいつらが、チャーンチが気になっているんだろうな」


 訝しむオーランに、俺は状況の説明をした。どうにもリチャードのやり方が回りくどくて、俺としては時間の無駄としか思えない。
 半分以上は親切心のつもりだったが、リチャードは気に入らなかったようだ。
 険しい顔で俺を睨めつけながら、静かに立ち上がった。


「……読心術か?」


「そんな洒落た技能じゃないですけどね。ただ、そんな話をしているのが、理解できただけで」


 俺が鷹揚に肩を竦めると、リチャードの目に殺意の光が浮かび上がった。


「厄介だな。まさか、他国の間諜ではあるまいな」


「そんなわけないでしょう? それならミロス公爵様が、チャーンチの密売拠点を討伐なされたことに協力はしてません」


「ミロス公爵様――嘘を言うな」


「嘘ではありませんよ。俺の隊商は、ミロス公爵様と王都まで御一緒しましたから。なんなら、公爵様ご本人に、確認をされたらどうでしょう?」


 半ば挑発じみた発言になってしまったが、ミロス公爵の名前は、俺の予想以上に効果があったようだ。
 ここにきて、始めてリチャードの目に迷いの感情が浮かんだ。公爵家といえば、限りなく王家に近い貴族の位だ。そのミロス公爵と知己となれば、無下にはできないはずだ。
 手段としては悪手に近いけど、背に腹は代えられない。ここで悠長に、捕まっていられるような時間的余裕はないんだ。
 俺とリチャードとのあいだで、静かな睨み合いが数秒ほど続いた。
 視線を逸らしたのは、リチャードが先だった。しばらく無言のまま虚空を睨んでいたが、体幹で数十秒ほど経ってから、静かに口を開いた。


「ファレメア国から来た者に、食料などを売った場合……結果的に侵略者への手助けをしたって事実が残りますね」


 俺が率直な感想を述べると、リチャードは苦々しい顔をしながら、足早に立ち去ってしまった。
 俺がその行動の早さに苦笑してると、ユタさんも似たような顔をしていた。
 俺たち以外に誰もいなくなると、俺の長剣からマルドーが姿を現した。


〝呑気に捕らえられているが、いいのか?〟


「といっても、国を相手に大立ち回りをするわけにはいかないし。それに危機感は煽ったから、チャーンチへの補給も絶ってくれるでしょう」


「それでは、町に来た彼らは――」


「まあ証拠が薄いから、普通なら追い出して終わりだろ? まあ、俺たちみたいに捕らえて、ミロス公爵の証言なんかを得てから、最終判断をするかもしれないけどさ。まあ、すぐに殺す殺されるってことはないだろ、普通」


 俺がオーランに答えたあと、マルドーが呆れた顔をした。


〝おまえ、そんな呑気なことを言っている場合か? 奴らには、魔術師がいるんだろ? 予想外の展開になるかもしれんぞ〟


「予想外の展開……か」


 魔術で攻撃され、リチャードたちが全滅……とか。そういう展開までは、考えてなかったけど。そうなった場合、俺たちは囚われたままになる……だけど、そうなった場合は俺の《力》で脱出するだけだ。
 それからしばらく待っていると、リチャードが戻って来た。数人の部下を引き連れながら牢の前まで来ると、やや虚ろな目を向けてきた。


「おまえたち……は、我らの、話が国の敵……なのだな」


「……ちょっと、なにを言ってるのよ」


「黙れ……国賊。貴様らは、我らが盟友であるチャーンチによって……裁きを受ける」


 リチャードの宣告を聞いて、俺たちは――声が聞こえないアリオナさんを除いて――理解した。恐らくはホウの港町でやろうとしたように、チャーンチの魔術師が彼らの精神を操っているようだ。
 このままでは、俺たちはチャーンチの前へと引きずられ、恐らくエリーさんを初めとする二、三人は処刑される可能性が高い。
 こうなると、もう大人しく従うことはできない。
 俺が平手で床を叩こうとしたとき、リチャードたちの背後に半透明の影が現れ、早口に言葉を紡いだ。


〝――ライライ、ホーガヌ〟


 マルドーの呪文が完成すると、リチャードたちが足元から崩れていった。


〝イヤな予感が当たったな〟


「……仰有る通りで」


 俺は鉄格子に近づくと、思いっきり蹴りつけた。激しい金属音が響くが、俺はそれに《力》を乗せた。〈固有振動数の指定〉と〈衝撃〉との組み合わせ――それによって、鉄格子の一部が砕け、俺の身長分の格子の一本が床へと落ちた。


「これで、出られます。フレディとクレイシーは得物を回収。エリーさんも杖を。馬車に戻って、速攻で町を脱出しましょう」


 俺とフレディを先頭に地下牢から脱出すると、そのまま馬車へと駆け出した。
 旅籠屋の近くに、俺たちの馬車が並んで停まっていた。馬もそのままで、餌なのか飼い葉の入った桶に口を突っ込んでいた。


「みんな、それぞれ馬車に乗って! フレディは馬に」


 それぞれに指示を出していたとき、横から若い男の声が聞こえた。


「おまえたち、なにを――」


 振り返ると、ホウの町で会った――あのスリにあった青年がいた。青年の目は、エリーさんで停まっていた。エリーさんも、青年を見て目を丸くしていた。


「騎士ウー……」


「エレノア・フォンダント……だと? おい――」


 抜剣をした青年は、エリーさんへ向かって駆け出した。
 そこに、メリィさんが立ちはだかる。俺はそれに遅れて駆け出すが、青年は素早く長剣を振り上げた。


「邪魔だ、女っ!」


「くそっ!」


 俺は二人のあいだに飛び込みながら、メリィさんへと振り下ろされた剣撃を、真正面から長剣で受けた。


「――おまえはっ!?」


「くそ――おまえ、チャーンチだったのか!」


「おまえが、標的の隊商の――?」


 青年が驚いた顔をした一瞬の隙に、俺は右肩から体当たりを喰らわせた。
 青年が背中から倒れると、俺は皆に急ぐよう指示を出した。


「クラネスくん!」


 厨房馬車を奔らせたアリオナさんが、御者台の上から手を差し出してきた。俺がなんとか手を掴むと、アリオナさんが一気に御者台の上へと引き上げてくれた。
 厨房馬車を筆頭に、三台の馬車は町を出た。

   *

 ウーエイはクラネスたちの馬車を追おうとしたが、すでに町の出入り口を突破しかけたところだった。
 顔を顰めながら立ち上がると、キンペイン導師が近づいて来た。


「ウーエイ……どうしたね。まだ、わたしの魔術で操った者たちが、情報を提供したという者を連れてきておらんようだが」


「……それは、どうやら失敗したようだ。奴らは、ついさっき逃げたばかりだ」


「なんと――牢に捕らえていると聞いていたが」


「相当に、腕は立つようだ。彼らを突破し、逃げ出したようだ。我らは補給が済み次第、出航するぞ! 首都に向かっているらしい、奴らのあとを追う」


「ああ、あのリチャードとかいう男が言ってましたな。承知した」


「そういうことだ。ヴェムを探してくれ。買い出しの品を運ぶ指示をさせる。わたしは……先に小舟に戻っている」


 ウーエイはキンペイン導師に指示を出すと、早足に小舟へと向かった。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

今年最後のアップとなります……大晦日に書くのもなんですが(汗

やっと仕事納めしまして。せめて元旦はゆっくりしようと思います。

今年も終わりですね……。

2025年。完結した「手伝い屋」も含め、作品を読んで頂き、誠にありがとうございます。

2026年も、何卒よろしくお願い致します!

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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