9 / 113
二章-1
しおりを挟む二章 不和辣盗
1
アリオナさんを隊商に迎え入れた《カーターの隊商》は、夕方になる前に町を出た。
商売としては、ボロ儲けの部類だったかもしれない。俺のカーターサンドもそうだけど、ほとんどの商人が、普段よりも利益を出していた。
あの腕相撲勝負が、結果的に呼び込みの効果を果たしてくれたんだと思う。
みんなに紹介はしたけど、反応は半々に分かれた。
売り上げの件もあって好意的な者と、嫌悪――いや、むしろ敵対的反応をした者だ。だけど自ら金銭を稼いでいる以上、アリオナさんの雇い入れを反対する理由は、誰にもない。
夕暮れの中、俺たちは次の村へと急いでいた。
先頭を進む厨房馬車の御者台にいる俺は、時折舌打ちをしながら、手綱を操っていた。
「クラネスくん、それって《力》を使ってるの?」
「うん。周囲の状況を調べてるんだ。時間的にも、山賊とか出そうだしね。警戒して損は無いし。名付けて、舌打ちソナー」
この名称をつけたのは、たった今だけど。
得意げ――にしたつもりはないけど、アリオナさんは説明を終えた俺に、呆れ混じりの笑みを向けてきた。
「危険なのは、こんな時間に外に出たからじゃない? もう一泊すればいいのに」
「いやあ……町の宿は高いからね。次の村は近いから、移動した方が経費削減になるんだよ。翌日の朝一から商売できるしさ」
俺は会話をしながら、アリオナさんのことを考えていた。
昨日の夜から色々ないざこざがあった割に、アリオナさんの態度は前と変わらない。無理をしているかと思ったけど、《力》で心拍を聞いたり表情を見たりする限り、彼女は自然に振る舞っている。
怒っていないのは、嬉しいと思うし、好ましい状態ではあるんだけど――なんとなく、釈然としないのも確かだ。
かといって、直接訊くのもなぁ……。
そんなわけで、胸の奥底にモヤモヤとしたものを抱えつつ、俺はアリオナさんとの会話を続けていた。
「次の村は、どんな村なの?」
「別に――普通の農村だよ? 平地にあるから周囲に森はないし、町から近いこともあって、衛兵も駐在してるから治安も悪くない。久しぶりに、護衛のみんなを休ませてあげられそうだよ」
アリオナさんは、怪訝そうな顔をした。
「……治安なら、町のほうが良いんじゃない?」
「町は人が多いからね。それだけ、盗人も多いんだ。村だと余所者はすぐわかるし、衛兵にお金を渡せば、馬車の警護もしてくれる」
「ああ、賄賂ってこと? 意外と、悪党なことするね」
「賄賂とか、人聞きが悪いなぁ。公正な取引だよ」
俺が肩を竦めて見せると、アリオナさんは苦笑した。
それから山賊や狼などを感知しないまま、《カーターの隊商》は日暮れ前にファムノウという村に到着した。
今日はもう、商売をするような時間じゃない。
俺は隊商を代表して、宿の手配をした。だけど、あまり大きくない村だから、一軒しかない旅籠屋に全員は無理だった。
ここは女性を中心に、宿に泊まって貰うことにした。あとは商人たちの中で、年配のかたを優先的に宿泊させるつもりだ。
あとは、馬車の中になるだろうな……せめて村の衛兵に馬車列の警備をして貰って、護衛の傭兵たちにも休んで貰おう。
俺が馬車で寝泊まりの準備をしていると、商人たちが厨房馬車の前を通りかかった。
その中でアーウンさんを始めとする、アリオナさんを快く思っていない商人たちが、冷ややかな視線を送ってきた。
これは……ううん……っと。あまり良くない兆候ではあるかな?
アリオナさんが憑き者だということは、一部の商人たちにとって嫌悪の対象でしかないようだ。
ランタンを片手に厨房馬車を施錠して、もう一台の馬車の中に毛布を敷いた。野宿よりはマシとはいえ、たまにはベッドで寝たいなぁ……。
それよりアリオナさんのことを、どうするか――と考え始めたとき、商人の奥さんに連れられたアリオナさんがやってきた。
「長さん。この子、長さんに会いたいっていうから、連れてきちゃったけど……良かったかねぇ?」
「あ、はい。大丈夫です。ありがとうございます」
俺が礼を告げてから、奥さんはアリオナさんに小さく手を振りながら、去って行った。
アリオナさんに好意的なのは、やはり女性が大半だ。あと、傭兵たち。傭兵や女性たちが味方にいるのは、正直いって心強い。例え、それが表面的なものだったとしても。
俺はアリオナさんに近寄ると、出来うる限り明るい声を出した。
「もう夜だけど、どうしたの?」
「クラネスくん……もしかして、迷惑かけてる? なんか男の人たちが、あたしを睨んでる気がしてて。クラネスくんに、飛び火があったら嫌だし」
「こっちは、まだ大丈夫。商人たちの大半は、アリオナさんのことを……あまり良く思ってないのは、確かだよ。これを払拭するには……残念だけど、正攻法しかない。時間はかかると思うけどね」
「正攻法って?」
やや上目遣いのアリオナさんに、俺は左手で右の二の腕を叩いて見せた。
「ここで、役に立つ存在だということを、立証する。自分が不幸を呼ぶ存在じゃないってことを、行動で示すしかないよ」
「でも、会話もできないから……」
「これも少し時間はかかるけど、簡単なやりとりができる、文字版を作ってみるのはどうかな? 相手が『はい』か『いいえ』で答えられるやつ。これは、ユタさんにも手伝って貰えば、時間は短縮できると思う」
俺の意見を聞いたアリオナさんの目が、僅かに見開いた。
これで少しでも、ここでの生活に光明を得てくれたらいいんだけど。一応は雇用という形を取っているけど、前世では同級生だったんだし、少しでも居心地良く過ごして欲しいと願っているわけだ。
「ということで、諸々は明日からにして、今日は寝ちゃおう。俺も明日は、厨房馬車での商売はしないしね」
なにせ、仕込みをしてあった干し肉などの材料は、今日で使い切ってしまった。明日は仕込みに専念しないと、明日の午後に到着予定の大きな街で、商売ができない。
その時間を使って、文字プレートの案を考えるかな。
ランタンの灯りに照らされるアリオナさんの顔は、最初のころよりは柔らかくなっていた。きっと今の会話で、いくらかは気が楽になってくれたようだ。
「ありがとう、クラネスくん」
「あ、いや、気にしなくていいよ。経緯はどうあれ、アリオナさんを雇ったのは俺だからね。この問題は、一緒にやっていくつもりだよ。さて、色々やるのは明日からにしようよ。今朝も早かったから、もう眠くって。宿の部屋まで送るよ」
俺がランタンを手に取ると、アリオナさんが慌てて声をかけてきた。
「……あの、一つね。お願いがあるんだけど」
「どうしたの?」
俺が振り返ると、アリオナさんは少し顔を右斜め下に背けながら、上目遣いに俺を見ていた。
「あの……ね。あたしも、ここで寝ていい?」
「ここで寝るって、なん――」
最後の最後で言葉の意味を理解した俺は、言葉の途中で顔が真っ赤になった。
だって、毛布だって一組しかないわけだし。それに、それにだ。馬車の中には荷物で一杯だから、二人並んでってのも無理だ。
ということは……。
顔の熱さを自認しつつ、俺は生唾を飲み込んだ。
いやでもまさか……と、俺は無理矢理、冷静さを取り戻した。
「いや、あの……なんで?」
俺は照れを隠すこともできないまま、アリオナさんに訊く。
「……少し、寂しくて。知ってる人が近くのほうがいいかなって。だから、クラネス……音無くんと一緒だと安心できるし……ダメかな?」
上目遣いに問われると、つい承諾しそうになる。
だけど今は隊商内で、俺とアリオナさんが噂になるようなことは避けるべきだ。アリオナさんに悪感情を抱く商人たちに、付け入る隙を与えないほうがいいと思う。
俺は断腸の思いで、アリオナさんに首を振った。
「流石に馬車で寝るのは止めた方が……いいよ?」
「どうして? クラネスくんは、馬車で寝るんでしょ。クラネスくんは、あたしに変なことをしないって信用もしてるから」
「そこは正直に言うけど、自信はないからね」
だって、気になってる女の子と密着させて寝るとか……無理だって。興奮し過ぎて眠れなくなっちゃうでしょ。
俺は咳払いを何度もしてから、背筋を伸ばした。
「馬車は狭いし、二人並んで寝る余裕がないからね。宿の部屋で寝たほうが、絶対にいいよ」
「……そっか」
アリオナさんは少し寂しそうな顔をしたけど……特に反論も無く、俺の言葉に従ってくれた。
アリオナさんを宿まで送ったあと、俺は馬車に戻った。そして毛布にくるまりながら床に座ると、木箱に凭れかかった。
――やるか。
俺は思考を切り替えると、一回目の舌打ちソナーを行った。
今日はほぼ徹夜で、馬車の番だ。盗人への警戒は、やっておいて損はない。俺は一定の間隔で舌打ちソナーをしながら、真っ暗な馬車の中で蹲っていた。
23
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
異世界ラグナロク 〜妹を探したいだけの神災級の俺、上位スキル使用禁止でも気づいたら世界を蹂躙してたっぽい〜
Tri-TON
ファンタジー
核戦争で死んだ俺は、神災級と呼ばれるチートな力を持ったまま異世界へ転生した。
目的はひとつ――行方不明になった“妹”を探すことだ。
だがそこは、大量の転生者が前世の知識と魔素を融合させた“魔素学”によって、
神・魔物・人間の均衡が崩れた危うい世界だった。
そんな中で、魔王と女神が勝手に俺の精神世界で居候し、
挙句の果てに俺は魔物たちに崇拝されるという意味不明な状況に巻き込まれていく。
そして、謎の魔獣の襲来、七つの大罪を名乗る異世界人勇者たちとの因縁、
さらには俺の前世すら巻き込む神々の陰謀まで飛び出して――。
妹を探すだけのはずが、どうやら“世界の命運”まで背負わされるらしい。
笑い、シリアス、涙、そして家族愛。
騒がしくも温かい仲間たちと紡ぐ新たな伝説が、今始まる――。
※小説家になろう様でも掲載しております。
【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。
この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。
ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。
少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。
更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。
そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。
少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。
どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。
少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。
冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。
すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く…
果たして、その可能性とは⁉
HOTランキングは、最高は2位でした。
皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°.
でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )
転生特典〈無限スキルポイント〉で無制限にスキルを取得して異世界無双!?
スピカ・メロディアス
ファンタジー
目が覚めたら展開にいた主人公・凸守優斗。
女神様に死後の案内をしてもらえるということで思春期男子高生夢のチートを貰って異世界転生!と思ったものの強すぎるチートはもらえない!?
ならば程々のチートをうまく使って夢にまで見た異世界ライフを楽しもうではないか!
これは、只人の少年が繰り広げる異世界物語である。
スライムに転生した俺はユニークスキル【強奪】で全てを奪う
シャルねる
ファンタジー
主人公は気がつくと、目も鼻も口も、体までもが無くなっていた。
当然そのことに気がついた主人公に言葉には言い表せない恐怖と絶望が襲うが、涙すら出ることは無かった。
そうして恐怖と絶望に頭がおかしくなりそうだったが、主人公は感覚的に自分の体に何かが当たったことに気がついた。
その瞬間、謎の声が頭の中に鳴り響いた。
【幸せスキル】は蜜の味 ハイハイしてたらレベルアップ
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はアーリー
不慮な事故で死んでしまった僕は転生することになりました
今度は幸せになってほしいという事でチートな能力を神様から授った
まさかの転生という事でチートを駆使して暮らしていきたいと思います
ーーーー
間違い召喚3巻発売記念として投稿いたします
アーリーは間違い召喚と同じ時期に生まれた作品です
読んでいただけると嬉しいです
23話で一時終了となります
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる