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四章-2
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カマーゴという町に到着した《カーターの隊商》は、広場の隅に馬車列を停めた。
もう夕暮れが近いので、今日は商売をしない。買い付けは個々に任せるとして、隊商としての商売は、明日の朝からだ。
モーリさん夫妻の馬車は、ここで隊列から離れた。モーリさん夫妻は、この町までの契約だからだ。
「カーターさん、今回もお世話になりました」
「いえ。また、隊商に参加してくれたら嬉しいです」
モーリさんと別れの挨拶を交わしていると、俺の横に居たアリオナさんに、サラマンドラさんが抱きついた。
「アリオナちゃん、今回は本当にありがとう」
「え? あの、え?」
サラマンドラさんに抱きつかれたのはいいんだけど、アリオナさんには、お礼の言葉すら届かない。
俺が通訳――じゃないか。サラマンドラさんの言葉を伝えると、それでようやく、アリオナさんはどういう状況か理解したようだ。
アリオナさんはサラマンドラさんを、そっと抱き返した。
「こちらこそ、ありがとうございました。また……また、会いましょう」
アリオナさんとサラマンドラさんが離れるのを待って、モーリさんは御者台に登った。
モーリさんの馬車が去って行くのを見送ってから、今度は二人の傭兵と別れの挨拶を交わした。
最後の報酬を受け取ると、傭兵の二人は次の仕事を探しに、町の中へと去って行った。
少し寂しくなるけど、隊商では普通にある風景だ。新しい参加者や傭兵の募集もしたいところなので、悲しんでもいられない。
先頭にある厨房馬車に、商人と傭兵を募る羊皮紙を釘で貼り付けたところで、背後から鎧の鳴る音が聞こえてきた。
早速、傭兵が訊ねてきたのか――と思って振り返ると、そこにいたのは冒険者のアランたちだ。
生憎、冒険者は募集していないんだけどな……なんてことを考えていると、アランは険しい顔で話しかけてきた。
「おい。おまえ、なにをしたんだ?」
「はい? なにをしたって……いつも通りの商売しかしてませんけど」
「本当か?」
俺の返答を疑うような目をしているアランに、俺は戸惑いを隠せなかった。なにかあったんだろうか――と思っていると、神官でもあるチューイが前に出てきて、アランの背中をポンポンと叩いた。
「落ち着け、アラン。ああ、クラネス。先日に立ち寄った冒険者の店でな、おまえさんの隊商の行き先を聞かれたんだ。なんでも、おまえたちを探している人がいるらしい」
「冒険者の店で?」
この話は、まさに寝耳に水――あ、これは前世の世界での言い回しなんだけど、そんな状況だった。
俺の行き先を探す人……コールナン家の人たちじゃないと思うけど。駄目だ、想像ができないや。
俺は考えるのを止めると、二人に目礼をした。
「とにかく。教えてくれて、ありがとうございます。できるだけ、気をつけるようにはします」
「ああ、それが良かろう。ではな。御主たちに、祝福と武運のあらんことを」
チューイが指で丸に横棒を描いた。これはどうやら、チューイの信仰する宗派の印らしい。
「じゃあ、気をつけろよ」
アランたちが立ち去ったあと、アリオナさんが駆け寄ってきた。
「クラネスくん! なにか言われたの。大丈夫?」
「うん、大丈夫。なんか、気をつけろって言われただけ」
俺の指揮する《カーターの隊商》を探す存在。それが何処の誰で、どんな目的なのかがわからない以上、警戒しなくちゃ。
ただ、町にいるあいだは〈舌打ちソナー〉での警戒は難しい。住人たちの動きと、襲撃者との線引きが、音の反射だけでは難しいんだ。
必然的に目視が必要になってくるから、あまり少数で動かない方がいいかな。
「クラネスくん?」
アリオナさんに呼ばれて、俺はハッと顔を上げた。
「どうしたの? なんか怖い顔をしてたけど」
「え? うそ。こんなに平和主義者なのに」
両手で自分の頬を撫でると、アリオナさんは苦笑した。
あまり不安がらせるのも良くない……と思うし。俺は両手を離してから、笑顔を浮かべた。
「それで、どうしたの?」
「御飯、食べに行かないの?」
「ああっと……そうだね。ある程度は仕込みが終わってから、かな。アリオナさんは、ユタさんたちと食事に――」
答えながら厨房馬車に入ろうとした俺の腕を、アリオナさんが掴んできた。
なにごとかと振り返った俺に、少し膨れっ面のアリオナさんは、上目遣いに訴えてきた。
「クラネスくん、ただでさえ働き過ぎなんだから。たまには、一緒に食事……食べようよ」
「え? ちょ――ちょっと待って」
抗いたかったけど、腕力ではアリオナさんに敵わない。悔しいと、思わないと言ったら嘘になる。嘘になるんだけど――そういう《力》の持ち主なんだから、こればかりは仕方がない。
俺が抗うような姿勢でいるにも関わらず、まったく抵抗できないのを見て、アリオナさんはクスッとした笑みを零した。
「もう、抵抗しないの。ほらほら、行きましょ」
「いや、馬車の警備だってしなきゃだし!? 傭兵たちにも休養を……」
「クラネスくんだって、休養は必要でしょ? 文句を言わないの。それに全然、抵抗できてないじゃない」
ずるずると引っ張られる俺を見て、アリオナさんの表情に理解の色が滲み出た。
「そっか。クラネスくんも、あたしの腕力に勝てないんだ……それなら、無理矢理迫っても――」
「……アリオナさん?」
どこか獲物を狙う獣の目をしたアリオナさんは、俺の呼びかけで我に返った。
頬に朱が差したアリオナさんは、プイッと前へ向き直った。
「ほら、はやく行きましょ」
アリオナさんが俺を引っ張る力が、いきなり強くなった。
早足で馬車から離れたとき、近くにいたユタさんが俺たちに手を振ってきた。
「あら、二人で夕食? 馬車は見ててあげるから、ごゆっくりぃ」
「お、お願いしますぅぅぅ!」
ユタさんへの返事を叫びながら、俺はアリオナさんに引っ張られるままに、少し離れた酒場へと入っていった。
パンにスープ、それにチーズという夕食だったけど、味は悪くなかった。
スープは野菜がメインで、そこにニンニクや牛脂などで味付け。タンパク質は川魚の切り身と豆しかないが、庶民にとって牛肉や豚肉は高価だから、こればかりは仕方が無い。
チーズやニンニクが、庶民の肉と呼ばれている理由でもある。
この店は、隊商の馬車が停まっている広場から、ほどよく近い場所にある。すぐ近くに冒険者の店があるのが、難点といえば難点なんだけど。
ほら、冒険者は騒ぐのが好きだから。ここまで、ドンチャン騒ぎの声が聞こえてきたりしてる。
酒場では時折、視線を感じた。けど、周囲を見回しても怪しい人影はわからなかった。
若い男女が二人で食事をする姿というのは、酒の肴にするには丁度いいってだけかもしれないけど……アランたちの話を聞いたあとでは、心配になってしまう。
食事を終えた俺たちは、酒場を出た。
「ああ……腹一杯」
「やっぱり、疲れすぎだったんじゃない? ね、食べに来て良かったでしょ」
身体の後ろで手を組んだアリオナさんが、俺の顔を覗き込んできた。
そんな、たわいない会話だったのに、俺は頬の辺りが熱くなるのを覚えて、それを誤魔化すため、頭上に浮かぶ月を見上げた。
今日は、満月だ。
もう日も沈んだのに、月明かりもあって周囲はそれなりに明るかった。
「今日は、月が綺麗だね」
「え、うん。そうだね」
ほかの客の出入りの邪魔にならないよう、俺とアリオナさんは、酒場から少しだけ離れた。停まっている荷馬車の横を通って、十字路の角へ移動してから、俺たちは二人並んで星や月が輝く夜空を見上げた。
「……ゆっくり食事をしたのも、夜空をのんびりと見上げたりとか、随分と久しぶりな気がするよ」
深呼吸をして気を落ちつかせてから、俺はアリオナさんに微笑んだ。
「確かに、食べに出てきて良かったよ」
「うん」
アリオナさんは、小さく頷いた。
いつのまにか、そしてどちらかが近寄ったのかもわからないけど、俺たちは互いの腕が微かに触れるまでに近寄っていた。
どこか胸の奥が熱くなる感覚を覚えながら、俺は数歩だけ前に出た。
「それじゃあ、戻ろうか。ユタさんが、宿の手配をしてくれてると思うしさ。湯で汗を拭いたり頭を洗ったりして、さっぱりしたいしね」
「……うん。そうだね」
俺たちは前方にある、隊商の馬車が停まっている広場へと歩き出した。
こんなふうに、アリオナさんとの会話に夢中になっていた俺は、周囲への警戒をおろそかになっていた。
馬車まで、そんなに離れていなかったのも、理由の一つだ。
だからか――鎖の鳴る音が聞こえてきたことに、気付くのが遅れた。音のした方角を振り返ったとき、アリオナさんの上半身は太い鎖に一巻きされていた。
薄汚れた服を着た二人の男が、鎖を巻かれたアリオナさんの身体を、両側から持ち上げた。
「アリオナさん!?」
「く――クラネスくん!」
俺はアリオナさんを取り戻そうと駆け出したが、手が届く直前に、駆け込んできた荷馬車の荷台に放り込まれてしまった。
「アリオナさん!」
アリオナさんを呼んだとき、俺は荷馬車にいた女と目が合った。荷馬車を追いかけようとした俺の前に、先ほどの二人組が立ちはだかった。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
冒険者と再接触後、途中ぶつ切りで終わったわけですが……あくまでも予定通りです。
ここでは書けることが……チーズとニンニクが庶民の肉というのは、史実通り……だったような。
肉は一般的じゃない感じ。
この世界では干し肉であれば、ある程度は庶民の口にも入ります。
山の中の魚までは、税金はかかりません……って感じです。豚を放し飼いにして、冬前に食べる風習はありますが、生肉を調理するのは、そのときくらい……という感じで書いてます。
冒険者は、そこらへんの常識から一歩外れた存在なので、狩りなどは平気でやってます。放浪をしている分には税金もなし。
その代わり、災害などがあっても、領主などからの援助は受けられない……という感じ。
自己責任の世界ですね。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回も宜しくお願いします!
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