25 / 112
四章-3
しおりを挟む3
俺の前に立ちはだかったのは、頬に傷のある茶髪の男と、やや小太りで禿げた男だ。
二人とも薄汚れたチェニックやズボンを履いて、革製のブーツを履いていた。町の住人にしては、手にした短剣や手斧が物騒過ぎる。
「ここから先へは、行かせねぇぜ?」
「そうそう。こんな時間じゃ、出歩いてるヤツも少ないしな。殺したって、明日の朝まではバレねぇよ」
にやけた笑みを浮かべた〈小太り〉は、俺に丸めた羊皮紙を投げて寄越してきた。
「あの小娘を助けたければ、そこに書かれた場所に来い。それと、そこに書かれた物も一緒に――」
俺は〈小太り〉の言葉を、最後まで聞いていなかった。
右足で思いっきり、地面を叩き付けた。同時に、〈範囲指定〉をしながら、〈固有振動数の指定〉をされた音波を放った。
言葉の途中で《力》を込めた音波を受けた〈小太り〉は、全身を硬直させながら、仰向けに倒れた。
「なっ――おい、どうした!?」
相棒を振り返った〈茶髪〉の隙を突いて、俺は一息で間合いを詰めた。至近距離から、俺は指を鳴らした。
手加減なんか、してやらない。〈茶髪〉の太股のみ影響が出るように〈範囲指定〉と〈威力強化〉、そして〈固有振動数の指定〉を複合した音波を喰らわせた。
俺の力は音と声を操る《力》だ。距離が遠ければ、それだけ効果が落ちる。接近すれば、それだけ本来の威力を与えられる。
俺の《力》を受けた男のズボンが、左右の太股のところで赤く染まった。音波が〈茶髪〉の太股の皮膚と肉をズタズタにしたんだ。
両膝からしゃがみ込んだ〈茶髪〉は驚愕の表情で、俺を見た。
「て、てめぇ……なにをしやがったっ!」
怒鳴りながら、〈茶髪〉は短剣を無茶苦茶に振り回した。
俺は安全な距離まで離れてから、もう一度、指を鳴らした。さっきと同じ《力》が、今度は〈茶髪〉の右腕全体をズタボロにした。
「ぐああああっ!!」
痛みに短剣を落とした〈茶髪〉から視線を逸らした俺は、舌打ちをしながら、そのまま〈小太り〉が落とした手斧を拾い上げた。
苦悶の表情を浮かべる〈茶髪〉の目には、怒りと怯えが入り交じっていた。割合としては、二対八くらいか。
俺は背後から手斧の刃ではなく、背の部分を男の左腕の押しつけた。
「アリオナさんを、どこへ連れて行ったか話せ」
「は!? てめえ、巫山戯てんのか? 羊皮紙に書かれた場所で取り引き――」
俺は回答ではない言葉の途中で、手斧の刃を指で弾いた。先ほどと同じ複合の《力》が、〈茶髪〉の左腕の肉を浅く抉った。
激痛に短い叫び声をあげた〈茶髪〉が身体を仰け反ると、俺は舌打ちをしながら、手斧の背を鼻孔に押しつけた。
「質問に答えろ」
「てめぇ……言っておくが、俺たちが戻らなきゃ、あの餓鬼はさんざんなぶった上で殺――」
「余計なことは喋るな。質問に答えないなら――」
効果的に言葉を途切れさせてから、俺は手斧の刃を指で弾く。かなり限定的な《力》を受け、〈茶髪〉の鼻孔から鼻血が垂れ始めた。
そして今度は、鈍い痛みに顔を顰める〈茶髪〉の頭を手で押さえながら、口に手斧の背を宛がった。
「今のヤツを喉の奥に放つ」
「な――なにを言ってやがる。意味がわからねぇぞ」
「この程度の想像力もないなら、教えてやるよ。さっき鼻血を出させた攻撃を喉に受けると、少なくとも二十日程度は、飲み食いできなくなる。なにかを飲んだり、食べたりしても、飲み込めなくなるからな。
おまえは二十日間、ほとんど飲み食いできないまま、飢えで苦しみながら死んでいくんだよ」
ここで初めて、〈茶髪〉の顔に恐怖が浮かんだ。
「な――そこまでできるって言うのかよ」
「鼻血を出させたのなんか、最弱の力でしかないからな。その程度なら、余裕でできる」
もちろん、これは嘘だ。
ただし、嘘というのは『最弱』の部分だけど。威力はそれこそ、肌で感じない程度から、最大で高さ一〇ミクン(約九メートル八〇センチ)以上もある岩石を、粉々にするまでは経験済みだ。
昏倒した相棒、そして自分の両脚と両腕、それに鼻血と、俺の《力》を目の当たりにした〈茶髪〉が、生唾を飲む音が聞こえてきた。
俺は感情を押し殺した声で、尋問を続けた。
「素直に話せば、命だけは助けてやる。最終的には、町の兵士に引き渡しはするけどな。飢えで苦しむよりは、マシだろ。わかったら、さっさと話せ」
「本当……なんだな?」
「ああ。その代わり、嘘を言ったら容赦しない」
俺の返答に、〈茶髪〉は躊躇いつつも喋り始めた。
「あの女は……ホマ山にある、大昔の砦跡だ。そこが俺たち《血の女豹》のアジトになってる。かなり目立つから、行けばわかる」
答えたあとで大きく息を吐いた〈茶髪〉から、俺が手斧を離したとき、隊商側からフレディが駆け寄って来るのが見えた。
「――若っ!」
来るのが遅い――と思いたかったが、護衛の傭兵たちだって夕食や仮眠は必要だ。それに盗人の警戒はしていても、町中の騒動にまで気を配るのは難しい。
俺はフレディを振り返ると、短く告げた。
「この二人を拘束して」
「なにがあったんですか?」
「……アリオナさんが、連れ去られた」
俺は短く答えてから、舌打ちをした。アリオナさんを連れ去った馬車は、もう〈舌打ちソナー〉でも捉えきれない距離まで行ってしまった。
俺は〈茶髪〉動きを封じながら、〈舌打ちソナー〉で馬車の位置を確認してた。そのときにはもう、走っても追いつけない距離だった。
だから俺は〈茶髪〉を気絶させることから、尋問に切り替えたんだ。
「フレディ。二人を馬車の後ろに繋いでおいて」
「……町の衛兵に引き渡すのでは?」
「それは、この男の言ったことが真実か、わかってからだよ。嘘を言っていたら、即座に殺すから。あと、馬を貸して」
「若……なにをなさるおつもりですか?」
もう俺のすることを察しているらしく、フレディの表情は固かった。この先の言動まで容易に想像ができるが、だからといって意志を曲げるつもりはない。
「もちろん、アリオナさんを助けに行く。明日の朝、フレディはユタさんと隊商を率いて、予定通り次の町へ行って」
「若――その指示には従えません。アリオナ嬢の救出へ行くなら、わたくしも参ります」
多分、俺を怒鳴りつけたかったんだと思う。フレディの声は、強く感情を押し殺したように聞こえた。
でも、その提案を飲む訳にはいかなかった。この件は、俺の油断と不手際が招いたことだ。ほかの商人たちに、不利益を強いる訳にはいかない。
俺はまっすぐにフレディを見据えながら、やや早口に指示を出した。
「駄目だ。商人たちの商売に悪影響を出す訳にはいかない。それに、俺一人のほうが動きやすい」
「しかし若――っ!」
フレディが反論を述べようとしたとき、数人分の足音が近づいて来た。
騒ぎを聞きつけた衛兵かとも思ったが、振り返ってみれば足音のヌシはアランたち一行だった。
冒険者の店も近かったから、野次馬に来たのかもしれない。
酒を飲んでいるのか、やや赤ら顔のアランが、俺を見て怪訝な顔をした。
「なんだよ、おまえらか。なにかあったのか?」
俺が簡単に事情を説明すると、アランは呆れた顔をした。
「だから気をつけろって言ったろ」
「……わかってる。責任は俺にあるから、一人で助けに行くんだ」
「駄目です! 若を一人で、山賊どものアジトになんて向かわせられません」
フレディとのやりとりは、平行線を辿りそうだ。なにか横からの一撃を加えないと、時間の浪費にしかならない。
なにかないか――と考えると、俺の脳裏に一つの閃きが差し込んだ。
「なら、アランたちを雇って、一緒に行って貰う。それなら良いよね」
「な――」
「はぁ?」
驚くフレディと、目を点にしながらぽかんと口を開けるアレン。俺はアレンたちへ向き直ると、腰から革袋を外した。
「アリオナさんを救い出すため、山賊のアジトへ行く。アランたちには、その援護を頼みたい。これは、前金。成功報酬に、銀貨五〇〇枚を払うけど、どう?」
「若、それは借金の返済用では――」
俺はフレディの発言を手で制すと、アランたちの返答を待った。
「わたしは構わんぞ。婦女子を護るというのも、神の思し召しだろうて」
「あたしも。クラネス君が冒険者を雇うなんて、こんな珍しいこと滅多にないもの」
チューイとマリーは即座に賛成してくれた。グラガンはそのあと、無言で小さく頷いただけだ。これは、賛成ってことでいいと思う。
アランはちょっと迷ってから、大きく肩を揺さぶった。
「ま、いいだろ。貸し一つを込めて良いなら、乗ってやるさ。フレディさんよ、それでいいか?」
アランに問われ、フレディは躊躇うような表情を浮かべながら、大きく息を吐いた。
「若が……それでいいと仰有るなら」
渋々といった感は否めないけど、言質は取れた。
俺は急いで長剣などを準備すると、厨房馬車の御者台へと上がった。
----------------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
冒険者との共闘ルート突入です。これから、ラスボス戦へ突貫することになります。
どうか、最後までお付き合い下さいませ。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回も宜しくお願いします!
11
あなたにおすすめの小説
暗殺者から始まる異世界満喫生活
暇人太一
ファンタジー
異世界に転生したが、欲に目がくらんだ伯爵により嬰児取り違え計画に巻き込まれることに。
流されるままに極貧幽閉生活を過ごし、気づけば暗殺者として優秀な功績を上げていた。
しかし、暗殺者生活は急な終りを迎える。
同僚たちの裏切りによって自分が殺されるはめに。
ところが捨てる神あれば拾う神ありと言うかのように、森で助けてくれた男性の家に迎えられた。
新たな生活は異世界を満喫したい。
前世で薬漬けだったおっさん、エルフに転生して自由を得る
がい
ファンタジー
ある日突然世界的に流行した病気。
その治療薬『メシア』の副作用により薬漬けになってしまった森野宏人(35)は、療養として母方の祖父の家で暮らしいた。
爺ちゃんと山に狩りの手伝いに行く事が楽しみになった宏人だったが、田舎のコミュニティは狭く、宏人の良くない噂が広まってしまった。
爺ちゃんとの狩りに行けなくなった宏人は、勢いでピルケースに入っているメシアを全て口に放り込み、そのまま意識を失ってしまう。
『私の名前は女神メシア。貴方には二つ選択肢がございます。』
人として輪廻の輪に戻るか、別の世界に行くか悩む宏人だったが、女神様にエルフになれると言われ、新たな人生、いや、エルフ生を楽しむ事を決める宏人。
『せっかくエルフになれたんだ!自由に冒険や旅を楽しむぞ!』
諸事情により不定期更新になります。
完結まで頑張る!
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)
わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。
対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。
剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。
よろしくお願いします!
(7/15追記
一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!
(9/9追記
三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン
(11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。
追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~
石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。
ありがとうございます
主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。
転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。
ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。
『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。
ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする
「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる