最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

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第三章『不条理な十日間~闇に潜む赤い十文字』

一章-7

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   7

 俺たちの出発は、暗殺者の襲撃から二十数分ほどあとになった。
 襲撃で死んでしまった、馬の代わりの準備もあったけど、一番の理由は俺と爺様が揉めたからだ。
 暗殺者に狙われている以上、ミロス公爵は領地の兵も出して警護をすべき――という俺の意見に対し、兵を出すよりも俺の隊商の兵力にて護るべきという爺様の意見が、真っ向から対立したんだ。
 最終的にはミロス公爵自ら、


「暗殺者が、わたしとバートンのどちらを狙ったか解らぬ以上、カーター家としても兵力を分散はできまい。ここは、わたしの顔に免じてクラネス――バートンの案を受け入れてやって欲しい」


 という感じで仲裁をしてくる始末だ。
 俺と爺様の諍いを止めようとしてくれたんだろうが、その内容は明らかに爺様寄りの意見だ。
 だからといって住民たちが見ている前で、公爵へ反論を言うわけにはいかない。俺がどう見られようと構わないが、ミロス公爵が貴族の誇り――要はプライドだ――を傷つけられたと感じた場合、俺に対してどんな懲罰を科してくるかわからない。
 俺は仕方なく、公爵の意見に従うことにした。
 街を出発してから、二時間ほど――今のところは、順調な旅路だった。出発の際に、隊商の商人たちへの説明と説得に骨が折れた――こと以外は。
 なにせ護衛兵や一部の商人(エリーさんとメリィさんのことだ)以外は、普通の商人ばかりだ。厄介ごとなんか、歓迎されるはずがない。
 結局は、護衛して貰えることへの安全性から、商人たちは公爵の馬車列に入ることを承諾した。
 ……まあ、内緒の話、『暗殺者が狙っているのは公爵だから、商人たちへの被害はほとんどないはず』という言葉が効いたんだと思う。
 公爵の命を囮にするようで心苦しいが、巻き込まれた立場である以上、このくらいの茶目っ気は許して欲しいところだ。
 馬車列は、だく足で進んでいた。俺は厨房馬車の手綱を操りながら、例によって〈舌打ちソナー〉で周囲の警戒をしていた。
 馬車列から少し離れた場所に、三頭の騎馬――旅人かもしれないけれど――の反応があるだけで、ほかの人影はない。
 暗殺者は一人なのか、仲間がいるのか……後ろの騎馬は、暗殺者にしては近すぎる気がするし――などと考え事をしていると、エリーさんの馬車が厨房馬車に並んできた。


「クラネスさん。あの貴族の御方は、クラネスさんの関係者なのでしょうか?」


「そんな馬鹿なですよ。うちの爺様とは、関わりがあるみたいですけど」


「それでは……クラネスさんは、貴族の出なのですか?」


「そんなこと、あるはずありませんって。俺の父は商人でしたしね」


 俺が肩を竦めると、エリーさんは少し困った顔をした。


「そう……ですか。いえ、公爵様との旅路は光栄なんですけれど、困ったことにならないか心配で」


「暗殺の件については、すいません。ですが、そのくらいで済むでしょ。流石に、俺たちへなにかをしよう……って人じゃないと思います。その、喋ってみた感想ですけど」


「……それなら、いいんですけど」


「ちょっといいかい?」


 前を歩いていたフミンキーが、フレディの腕を引っ張りながら、俺とエリーさんの会話に入り込んできた。
 フミンキーは俺を見てから、前を進む公爵の馬車を一瞥した。


「あの公爵を狙った暗殺者な。ちょっとした噂があるぜ」


「噂? っていうか、顔とか見たんですか?」


「いいや? だが毒を使い、貴族や裕福層を中心に暗殺する――ってヤツがいるらしいぜ。確か、〈赤十字〉って呼ばれているらしい」


「……そんなヤツがいるんですか」


 ちょっとネーミングセンスが悪いけど、貴族とかを中心に狙う暗殺者がいるのか。毒を使うという部分は一致するけど、それだけでその暗殺者と断定できるんだろうか?


「断定は出来かねますが、毒の種類や凶器などで、推測することは可能です」


 俺の疑問に固い声で答えたフレディに続けて、フミンキーが話を始めた。


「そういうことだ。馬を即座に殺せる毒なんか、そうはねぇぞ。というわけで、おまえさんの直感というか……周囲を警戒する《パワー》っていうのが頼りだ。正直、公爵の兵士は役に立ちそうにねぇからな」


「……それについては、了解だよ。それと、背後にも注意して。街から、ずっと付いて来る騎馬が三頭いるから」


「承知しました。護衛兵を二名ばかり、後ろに下がらせましょう」


 フレディはそう言うと、馬首を巡らして馬車列の後方へと移動を始めた。フミンキーはそれを見ながら、俺へと顔を向けた。


「そういえば、長さんよ。俺に馬は貸してくれないのかい?」


「……悪いけど、そこまでの余裕はないんだよ。ユタさんの馬車か、徒歩での随伴でお願いしますね。だく足だから、そのまま移動できるでしょ?」


「……ったく、しゃーねぇな。それじゃ、ご婦人の横にお邪魔するとしますか」


 フミンキーは頭を掻きながら、俺の後ろを進む馬車へと歩いて行った。
 エリーさんはボサボサ髪の傭兵を見送ってから、再び俺を見た。


「それで……その、先ほどのお話の続きをしても?」


「ええ。といっても公爵側から、エリーさんたちに関わってくることはないと思いますし。隊商の面々はなるべく固まって動きましょう。俺の《力》で、周囲の警戒はしますし。なにかあれば、すぐに報せます」


「そうですね。今はそうするより、仕方が無い……と」


 エリーさんの悪戯っ子のような表情に、俺は苦笑しながら肩を竦めてみせた。


「ぶっちゃければ、そういうことです。公爵様に逆らうと、あとが怖いですからね」


「それは、正しい意見だと思います」


 エリーさんは微笑みながら頷くと、メリィさんに手綱を手渡した。
 薬草の調合をするというエリーさんが馬車の中に入っていくと、代わりに手綱を操るメリィさんが、俺に話しかけてきた。


「申し訳ありません。お嬢様が、突然に。隊商の運営は、クラネスさんに任せるのが筋なのに……」


「そんなこと、気にしないで下さい」


「すいません。お嬢様は、その……貴族が苦手でして」


「それは、俺も同じです。できるだけ、近寄りたくはないですね」


 俺の返答に、メリィさんは苦笑しながら馬車を後ろに下げた。
 隊商を率いていて、こうした不安要素は胃が痛くなるばかりだ。結局のところ、暗殺だけが、問題じゃないわけだ。
 公爵家と行動を共にすること自体に、皆が忌避感を持っている。それは権力者への怖れということもあるが、『なにを言ってくるかわからない』ことに尽きると思う。
 命令、束縛、処罰――その気になれば、俺たち隊商の商人を囮にするかもしれない。そんな可能性が頭に過ぎるほど、貴族の身勝手さに右往左往した経験があるんだろう。
 とにかく、なんとかして公爵の馬車列から離れることを考えよう――。


「クラネスくん、どうしたの?」


 考え事に埋没してしまった俺に、アリオナさんが気遣わしげに声をかけてきた。
 エリーさんの心配事や暗殺者についてなど、俺は先ほどの会話の内容をアリオナさんに説明し始めた。

   *

 公爵とクラネスの隊商の馬車列から、数十分ほど先行する男がいた。
 男は騎乗した赤毛の馬を駆って、森の中へと入って行く。少し進んだところで、男は手綱を操り、馬を立ち止まらせた。


「……ここまで来ればいいか。本当なら、もう仕事は終わっていたはずなのに」


 公爵を助けた少年のことを思い出すと、はらわたが煮えくりかえるほどの怒りが沸いてくる。
 たまたま自分の姿を見たのだろうが、そこからの素早い動きには、敵ながら見事を言えた。まさか二人同時に助けるとは――。


(くそ……冷静になれ)


 あれは偶然の産物だ。そう何度もできるものじゃない。それに、今度はあんな偶然では防げない手段を使えばいい――。
 そんなことを考えながら、男は懐から硝子の小瓶を取り出した。
 硝子というのが、まだ希少価値の高い世界である。それを小瓶などという入れ物にしているだけでも、それが高価な品だという証左になる。
 男は小瓶の蓋を開けると、中の液体を周囲に振りまいた。
 程なく錆びた鉄とツンとする刺激臭の混じった臭いが、地面から漂い始めた。


「……払った金の分は、効果を発揮して貰うとしよう」


 男は赤毛の馬の手綱を操ると、急いでこの場から離れた。

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本作を読んで頂き、誠にありがとう御座います!

わたなべ ゆたか です。

やっとこさ旅の再開となった今回です。色々な不協和音がありつつ、馬車列が進んでおります。
次回から二章に入ります。
状況的に、ここで書けることが少ないですね……強いて挙げるなら。

Elinはやっと給料が税金を超えました。これで少しは楽になります。
なにが、とは聞かないであげて下さいませ。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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