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第三章『不条理な十日間~闇に潜む赤い十文字』
一章-6
しおりを挟む6
ミロス公爵のおせっか――計らいで、《カーターの隊商》は城塞都市ムナールテスで三日目の朝を迎えた。
補填があったからこそ不満は最低限で済んだけど……商人たちは予定の変更をしたことに、いい印象を持たなかったみたいだ。
出発が一日遅れれば、帰郷が一日遅れる。待っている家族を心配させたくないだろうし、人によっては借金返済の期日も気になるところだろう。
とにかくミロス公爵の我が儘には、出来る範囲で付き合った。あとはもう、知ったことじゃない。
早朝の鐘が鳴る前に、俺は対象の皆を集めて、出立の準備を始めていた。ミロス公爵がなにを企んでいようとも、貴族である彼らが日の出前から動くとは思えない。
善は急げというわけじゃないけど、三十六計逃げるにしかず――だったかな。前の世界では、そんな言葉もあったことだし、厄介ごとからは急いで離れようと思ったわけだ。
皆の準備ができたのを確認してから、俺は小さく手を挙げた。
「出発!」
隊商の馬車は、この街に入ってきた南門へと向かった。本当は次の町へ行くために北門から出たかったけど、そのためには領主の屋敷の近くを横切らなくてはならない。
どこで誰が見ているかわからないから、なるべく爺様たちに見られる危険の少ない、南門から出ることにしたんだ。
隊商の馬車列が南門に到着したとき、まだ城門は閉じられていた。街の門は鐘が鳴ると同時に開くはずだから、開門したら速攻で街から出る計画だ。
御者台で鐘の鳴るのをジッと待っていると、衛兵の一人が駆け寄ってきた。
「そこの馬車列、責任者は誰だ!?」
「……わたしですが」
俺が小さく手を挙げると、まだ若い衛兵が羊皮紙を取り出した。
「おまえの名前を聞こう」
「……クラネス・カーターと申します」
俺が名を告げると、衛兵は驚いた顔で目を瞬かせた。
「まだ若いな……いや、すまない。おまえへの伝言を預かっている」
衛兵は俺に、先ほど取り出した羊皮紙を差し出してきた。
受け取った羊皮紙を見た俺は、「うげっ!」と声を挙げたくなった。閉じられた羊皮紙には、公爵家の封蝋が施されていたからだ。
俺は羊皮紙の中身を見るのを、かなり躊躇った。その理由は、ただ一つ。確実に、厄介ごとしか書かれていないからだ。
衛兵を使って伝言を伝えてきたということは、これと同じものを各城門にばらまいたに違いない。
伝言を貰ってない――と、無視をしてもいいんだけど。ただその場合、伝言を渡す役目を担った衛兵が、処罰される可能性だってある。
そうなるとわかって無視をするのは、流石にサイコパスと言われても仕方の無い所業だ。
俺は観念をして、羊皮紙を広げた。
『クラネス・カーターへ。
この手紙を読んでいるということは、早朝に出立をする予定だったのだろう。だが、どうか我らが街を出るまで、待っていて欲しい。
このあとの行程を考慮するに、少なくとも途中までは同じ街道を進むことになる。そこでだ。
我らは、そなたらの隊商と行動を共にしようと考えた。我が護衛が、おまえたちの隊商を護ることになる。そちらにとっても、悪い話ではないだろう。
二回目の鐘がなるころ、北門にて合流したい。
冷静な判断を、どうか期待させてくれ。
ミロス・カーター・グレイス公爵』
伝言を読み終えた直後、俺の口から盛大な溜息が漏れた。
イヤな予感が、的中してしまった。良い予感というのは滅多にないというのに、どうしてイヤな予感というのは頻繁に来て、しかもよく当たるんだろう?
陰鬱な顔を上げると、伝言を持ってきた衛兵は「確かに渡したぞ」と言い残して、足早に立ち去っていった。
……めっちゃ返却したかったのにぃ。
逃げられた(?)ら、それも出来ない。俺が暗い顔をしていると、アリオナさんが不安げな顔をしなが御者台に上がってきた。
「どうしたの?」
「最悪の事態になっちゃって。これから、ユタさんとフレディ、それに商人たちを話をしなきゃならない」
アリオナさんに羊皮紙を見せると、おおよそ俺と似たような顔をした。つまり――憂鬱そうな顔ってことだ。
「なにこれ?」
「だから、最悪の事態なんだってば。とにかく、商人たちに話をしないとね」
俺が御者台から降りると、アリオナさんも付いて来た。
後ろの馬車では、先頭の騎馬に跨がったフレディや、後ろの馬車のユタさんは、すでに俺の様子に気付いて、厨房馬車から降りた俺に目を向けていた。
「クラネス君、なにかあったの?」
「ユタさん。すいませんが、手分けして商人たちに集まるよう声をかけて下さい。予定を変更しないとならなくなりました」
「あら、どうしたの?」
「えっと……公爵様から、合流したいという書簡が届きました」
「あちゃあ……面倒ごとよね、絶対」
よくわかっていらっしゃる。
俺が苦笑しながら頷くと、ユタさんは「それじゃあ、手分けしてクラネス君のところへ集まるよう、声をかけてくるわ」
「お願いします」
ユタさんが小走りで各馬車に声をかけ始めてから、体感で二分ほど。隊商の商人たちと護衛兵の一部が、俺のところに集まってきた。
なにごとか――という表情をした彼らに、俺は溜息を吐いてから予定の変更を告げた。
「……というわけで。気乗りはしませんが、公爵様の馬車列と合流することになりました。これから北門に移動して、公爵様たちを待つことにします」
「気乗りしないなら、合流なんかしなきゃいいじゃん」
欠伸を噛み殺しながら、クレイシーがお気楽に言う。正直、それが出来たら、やっているわけで。
俺の立場では、公爵の頼みを断りにくいと――上手く説明をする言葉が思いつかない。
「ただの商人が、公爵様の申し出を断れるわけないじゃないですか」
「そういうものかい? 面倒だねえ」
その意見には同意するけど……ね。
その一方で、隊商の商人たちは諸手を挙げはいないが、賛同の意を示してくれた。その主立った理由は「護衛をして貰えるなら……」という、かなり後ろ向きなものだった。
俺たちは馬車を北門に移動させて、公爵が来るのを待つことにした。正直、昨日から半日以上の遅れとなっているから、少しでも急ぎたい――というのが、皆の本音だろう。
そして各城門が開いてから、二度目の鐘が鳴る頃、領主の屋敷のある街の中央方向から、仰々しい馬車列がやってきた。
公爵家の紋章が描かれた旗を持つ騎馬を先頭に、二〇を超える騎士や騎馬に護られた数台の馬車だ。
ミロス公爵の馬車列は、周囲にいる住人や旅人などの衆人環視の中、隊商の真横で止まった。
よく見れば、俺の爺様も一緒だ。どうやら、見送りらしい。
俺のいる厨房馬車の真横で停まった豪華な馬車から、ミロス公爵が出てきた。
「クラネス・カーター! 無理を言ってすまないな」
「いえ……公爵様。わざわざ、我々の護衛までして下さるとは、恐縮でございます」
「そう畏まるな。もっと気楽にしてくれて構わぬぞ」
「いえ、流石にそれは……」
ただでさえ、公爵様に話しかけられて注目を浴びているのに、気楽に話なんぞしていたら、要らぬ噂が立ってしまう。
俺は色々と誤魔化すように、一度だけ空を見上げた。
「公爵様。そろそろ出発しませんと、夕暮れまでに次の街に辿り着けません」
「おお、そうか。それでは、そろそろ出発だな。バートン、世話になった」
ミロス公爵に声をかけられた爺様は、慇懃に頭を垂れた。
「いえ。大した持て成しも出来ず、心苦しく思っております。是非、またおいで下さい。今度は、わたくしがお勧めしたいワインを仕入れておきますれば」
「はっはっは! うむ。楽しみにしておるぞ!」
爺様とミロス公爵が喋っているあいだ、俺は警戒のために〈舌打ちソナー〉を使った。
なにせ、街の領主と公爵が一緒にいる状況だ。暗殺などを狙っている者が居るなら、今は絶好の機会だ。
俺が二回目の〈舌打ちソナー〉を使ったとき、近くの家屋の屋根に人の反応があった。骨格から察するに、恐らくは男性だ。
野次馬にしては、変なところに――と思っていたら、その男はなにかを手に持つと、頭上へと振りかぶった。
――え?
振り向くより先に、身体が動いた。俺は爺様とミロス公爵の元へ駆け出すと、二人の腕を掴んで、勢いよく引っ張った。
屋根の上の男が何かを放り投げてきたのは、その直後だ。
なにか小さなもの――投擲用のナイフだ――が、さっきまでミロス公爵がいた場所へと飛来し、そのまま公爵が乗っていた馬車を引く馬の後ろ足に突き刺さった。
最初は痛みに激しく嘶いただけの馬が、いきなり竿立ちとなったと直後に暴れ始めた。口から泡を吹きながら馬車を揺らしていた馬は、唐突に倒れてしまった。
俺が屋根の上を振り返ったとき、もう誰もいなくなっていた。
絶命したらしい馬を見ながら唖然としていると、エリーさんとメリィさんがやってきた。
「クラネスさん、どうしたんですか?」
「このナイフが刺さったら、いきなり馬が暴れだして……」
俺が答えているあいだに、メリィさんがナイフを引き抜いて、刀身を凝視した。
「……恐らくは、毒です。馬が絶命するほど、強力なものみたいです」
メリィさんの言葉を聞いていた俺の中で、イヤな予感だったものが、確認に変わった。
間違いなく、これはミロス公爵を狙った暗殺だ。厄介ごとってレベルじゃない。俺たちは間違いなく、国家規模の隠謀に脚を突っ込んでしまった……らしい。
そんな考えが頭の中に浮かんだ俺は、思わず宙を仰いでいた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
さて、ようやく……敵らしい敵が出てきました。死角からの遠距離攻撃は、やはり効果的なんですよね。特にエルダースクロールシリーズとk……いえ、なんでもないです。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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