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第十一部
三章-1
しおりを挟む三章 清き浸食
1
王都タイミョンの王城は、まるで戦前夜を思わせる争乱っぷりを見せていた。
兵士や騎士たちが招集され、中庭に集められていた。武器庫から真新しい槍や刀剣の類いが運び出されていた。
そんな城内の喧噪を聞きながら、俺と瑠胡、セラ、それにレティシアとリリンの五人は、キティラーシア姫からハイム老王の救出とゴガルン討伐を懇願された。
最重要なのはハイム老王の無事――ゴガルンについては、王国へ反逆した罪がある以上、生死は問わないということだった。
直接は会っていないが、国王からの勅令ということらしい――が、キティラーシア姫当人も、今回の件には色々と思うところがあるように見える。
ゴガルンから、なにかしらの要求が来るかもしれない――と予想されたが、それを大人しく待つつもりはない。
ゴガルンの居場所を特定するため、俺たちはテレサに会いに行くことにした。
テレサは衛兵の仕事に戻っておらず、王都にある実家でほぼ監禁状態ということだ。屋敷の外は、兵士によって見張られていて、外出は自由にできないということだ。
俺たちはキティラーシア姫から、許可証を渡された。これで、テレサの実家に入ることができるらしい。
そういうわけで今の俺たちは、王都にあるテレサの実家へと向かっていた。
街中では王城での騒ぎのことが、噂になっていた。王城に魔物のような男やワイアームが飛来したとなれば、当然の反応だろう。
貴族などが暮らす区画の端に、目的の小さな屋敷があった。
周囲の兵士に許可証を見せたあと、俺たちはテレサの屋敷の門を潜った。
玄関にあるノッカーを叩いてしばらくすると、白髪の女性が出てきた。
「……どちらさまでしょう?」
「キティラーシア姫からの依頼で参りました」
受け答えをしたレディシアは、女性に許可証を見せた。
「テレサ殿と話をしたいのですが。よろしいでしょうか?」
「は……はい」
騎士の装いのレティシアはともかく、俺や瑠胡とセラの装いに、女性は訝しみながらも屋敷の中に入れてくれた。
応接室に通された俺たちが椅子やソファに座って待っていると、白髪混じりの金髪、それに無精髭を生やした中年男性が入って来た。
中年男性は俺たちに、慇懃に一礼をした。
「お初にお目にかかる。テレサの父である、ゲルシュと申します」
「御丁寧に。わたくしは、レティシア・ハイントと申します。こちらは、わたしの部下であるリリン・コールと申します。あとは、わたくしの協力者であるランド・コールに瑠胡殿、セラ・コールです」
ゲルシュは紹介をされた俺たちにも、礼をした。
俺たちと対面になるように椅子を移動させると、ゲルシュは腰を降ろした。
「なにやら、王城で騒ぎがあったようですが……その件でしょうか?」
「仰有る通りです。ですが詳しい話は、テレサ殿が来てから話を致しましょう」
レティシアがそう告げると、ゲルシュは目を釣り上げながら、なにかを言いかけた。しかしすぐに表情を改めると、静かで深い呼吸を繰り返した。
「……わかりました。娘は、すぐに来るでしょう。それまで、しばらくお待ち下さい」
その言葉を最後に、応接室内は居心地の悪い沈黙に支配された。
テレサが応接室に入ってきたのは、それから少し経ってからだった。旅着だったチュニックにズボン、革のブーツのままで応接室に入った彼女は、俺たちの姿に驚いた顔をした。
「みなさん……なぜ、ここに?」
「テレサ、まずは座れ」
ゲルシュに言われ、テレサはその隣に座った。
テレサは俺や瑠胡に視線を向けていたが、ここで主導権を握っているのはレティシアだ。小さく咳払いをしてから、口を開いた。
「それでは、話を始めましょう。テレサ、ゴガルンが潜んでいそうな場所を教えて欲しい」
「兄さ……いえ、兄が潜んでいる場所、ですか?」
「そうだ。先ほど、王城で騒ぎがあったのだが、それには気付いたか?」
「……はい。なにか化け物が空を飛んでいたのが見えましたから」
その化け物は、もしかしたらジココエルかもしれない。化け物呼ばわりされたら機嫌を損ねそうだが、今はどうでもいい。
レティシアは無表情に頷いた。
「それならば、話が早い。あれは、ゴガルンの仕業だ。彼は王城を襲撃し、ハイム老王を攫って逃亡した」
「そんな……」
「なん、だと……?」
テレサとゲルシュは揃って絶句していた。王城を襲撃した上に、ハイム老王を誘拐したというのは、重罪なんて言葉では済まない。
下手をすれば、一族諸共に投獄だ。
あまりの出来事に言葉を失っていた二人に、レティシアは表情を変えなかった。
「恐らくは明日明後日くらいには、なにかしらの要求があるでしょう。ですが、それを待っているつもりはありません。攫った直後である今このときが、一番の好機だと考えております。そこで、テレサ。ここで先ほどの問いに戻るが――ゴガルンが潜みそうな場所を教えて欲しい」
レティシアの問いかけに、テレサは表情を固くした。
なにか心当たりがある雰囲気だが、口を閉ざしたまま語ろうとしない。チラチラと父であるゲルシュを見る素振りから、答えたあとのことを不安がっているようだ。
俺に目配せをしてきたリリンに、俺は首を振った。ここは俺が出しゃばるのは、却って拗れそうな気がする。
逆に、俺はリリンへ小さく手を振った。それで俺の意図を汲んでくれたようで、リリンは俺に頷いてから、レティシアに目を向けた。
「レティシア団長、発言をしてもよろしいでしょうか?」
「いいだろう」
レティシアはリリンの意図を汲み取ったようだ。
許可を得たリリンはテレサに一礼をしてから、口を開いた。
「確実な心当たりというのは、難しいでしょう。幼い頃の思い出や、彼と交わした会話の中に、それらしい場所がありませんか? それらを教えて頂けたら、あとは我々が捜索します」
「ですが、それで間違っていたら……」
「それは、あなたの責任ではありません。情報が少ない今、間違っていたら間違っていたで、それは今後の捜索範囲が減ったことになり、捜索が進んだ証となります」
リリンの言葉に、少しだが緊張が和らいだようだ。リリンの発言の目的は、テレサの責任を和らげる――ことじゃない。なにか情報を知っていて隠していたとなれば、ゲルシュが激高しかねない。
それを思い出として語るという口実を与えた――ってことだ。
テレサは少し考える素振りをしてから、顔を上げた。
「あの……一つだけ。幼い頃に、二人で迷い込んだ……古い砦があるんです。王都の側にある森の中……なんですが」
迷いは見えたが、テレサはようやく答えてくれた。
大きく息を吐いて言葉を途切れさせたが、すぐに手を胸に添えながら言葉を続けた。
「よろしければ、御案内します。口で言って説明するのは、難しいですし」
「それは助かるが……辛い結果を目の当たりにするかもしれん。それでも、来てくれる覚悟はあるか?」
レティシアの問いに、テレサはハッと息を呑む仕草をした。
目の前で兄を殺されるのを黙認できるか――その覚悟を問われたわけだが、俺たちから目を逸らしながらも、大きく頷いた。
「覚悟は……できている、つもりです」
テレサの返答に対し、レティシアは悩んでいるように見えた。テレサに感情の揺らぎがあることくらい、俺でもわかる。
それがゴガルンとのやり取りの場で、どう影響するか。その判断に迷っているんだと思う。
リリンに意見を求めたいところだが、今後のことを考えると、テレサやゲルシュの前で弱さを見せたくないだろ。交渉やゴガルンとの対応で、二人に出しゃばられると厄介あからだ。
ここは、レティシア自身で決めるしかない。
二秒ほど経過してから、レティシアは顔を上げた。口を開きかけたところで先にゲルシュが、早口に喋り始めた。
「よく言ったぞ、テレサ。不安かもしれぬが、安心せよ。わたしも共に行くとしよう。ゴガルンは……家の責任に置いて、我が剣によって討伐せねばならぬからな。レティシア殿、我らの同行を許可して頂けますかな?」
「もとより、テレサ殿には同行を願うつもりでした。同行は許可しますが、わたくしの指示には従って頂きます。そこは……承認して頂けますか」
「それは当然でしょう! 我が剣が未だ錆び付いてないのを、是非ともお目にかけたいですな」
ドンと胸を叩くゲルシュに、レティシアは曖昧に頷いた。
どうやら時間を優先して折れた、ということなんだろう。目に見える厄介ごとを背負い込んだと理解しているのか、静かだが長めの溜息が俺にも聞こえて来た。
それにしても……これが騎士の家系というものか。
俺がゲルシュから目を逸らしたとき、レティシアが座ったまま一礼した。
「……それでは、すぐに出発しましょう。お二人はできるだけ急いで、準備をお願いします」
外で待っております――と最後に告げて、レティシアは立ち上がった。
屋敷の外に出ると、瑠胡がレティシアへと目を細めた。
「御主も随分と甘いものよのう。あれは、断ってよいと思うたが」
「至極もっともなご意見ですが……今は時間を優先したかったのですよ。ゲルシュ殿は、言い出したらテコでも聞き入れないと思いました。それに、見えぬところで勝手な行動を取られても困りますし。例えそれが、森へ行くことではなくても」
そう答えたレティシアは、口から気が重そうな溜息を吐いた。
二人の会話を黙って聞いていた俺の顔を、セラが覗き込んだ。
「浮かない顔をしてますが、どうかしました?」
「あ、いや……名誉とかのために、親が子を殺すって言うなんて」
少しくらいは庇う素振りがあっても――というのが、俺の素直な感想だ。しかしセラは、騎士としての修練も摘んでいたからか、小さく首を振った。
「それは……王への忠誠を示すためでしょう。騎士は領地を護り、忠誠を示すために戦うのですから」
「よく言われる、名誉とか誇りのためっていうのは?」
「その次くらいでしょう。戦でも、身代金で助かるという立場ですから」
セラの返答を聞いて、俺はなぜか気が重くなった。
故郷であるインムナーマ王国に敵対し、親からも見放された――そこまでして、なにかを求めるように魔を受け入れたゴガルンが、どこか哀れになってしまった。
だが、ハイム老王に危害を加える前に、ヤツを捕らえる必要がある。俺は同情心を心の底に追いやりつつ、長剣の柄を握り締めた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうござます!
わたなべ ゆたか です。
騎士が身代金で助かる――というのは、よくある話ではありますが、全部が全部、そうではありません。歩兵にめった刺しという例もあったはず(諸説あります
余談ですが、本作中では剣が多いですが、騎士のメインウェポンは槍や打撃武器だと思うんですよね。槍はともかく、打撃武器は格好良くないかな……と思ったりしますが。
ピコピコハンマーとかで戦う騎士とか、一度見てみたいです。
追伸 大賞への投票をして頂いた方々、ありがとうございます! 励みになります。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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