屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか

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第十一部

三章-2

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   2

 ランドたちがテレサの実家を訪れてるとき、ゴガルンは隠れ家にしてる砦跡へとようやく戻った。
 飛ぶのに慣れていない上に、左腕に抱えているハイム老王という負荷のせいで、飛行速度が出せなかったのだ。肩で息をしながら砦の最上階に降り立つと、ハイム老王を砂の積もった砦の縁へと押しやった。
 蹈鞴を踏んで積もった砂の上に倒れたハイム老王は、怯えを堪えながら身体を起こした。


「……ゴガルンと言ったか。王国を敵に回して、どうするつもりだ?」


「敵……と言ったか?」


 確認するように問い返しながら、ゴガルンはハイム老王へと首を向けた。


「ここは俺の王国にしてやるんだ。王国の敵という表現は、正しくねぇなぁ。今の王家の敵ではあるが――あの姫は《ダブルスキル》として神に選ばれた、俺の所有物にしてやろう。王家の血筋だけは残してやるから、安心して死ね」


 歯を剥くような笑みを浮かべるゴガルンに、ハイム老王は浅い呼吸を繰り返しながら、平静を装った。
 数秒経ってもゴガルンが動かないのを注視しながら、低い声で問いかける。


「死ねというわりには、わたしを殺そうとはせぬな」


「てめぇは、人質だ。殺したら意味がねぇ」


「人質……なるほど。それほどまでに、ランドが怖いか――」


 発言を終える直前、ハイム老王の左横にあった外壁に穴が空いた。ゴガルンが放った、〈遠当て〉によるものだ。
 パラパラと、外壁の欠片が落ちていく。その音を聞きながら視線を向けるハイム老王へと、ゴガルンは怒りの形相で近づいた。


「ランドなんぞ、怖いと思ったことはねえ。巫山戯たことをほざくようなら、二度と喋れなくなるまで、顔面を変形させてやるからな」


「……忠告には従おう。大人しく、黙っておればよいのだな?」


「ああ、そうだ。ここで大人しくしてろ。いいな」


 ゴガルンはハイム老王から離れると、胸元を押さえながら砦の縁まで移動した。そこで
翼を広げたゴガルンは、外へと飛んでいった。
 一人残されたハイム老王は、大きく息を吐いた。


「……大人しくしていろ、か。逃げられぬと思っているか」


 ハイム老王は立ち上がると、服の砂を払った。
 周囲を見回すと、下への階段を見つけた。長い年月のあいだ手入れをしていないにしては、階段は無事だった。
 ハイム老王がゆっくりと階段を降りると、かすかに血の臭いがした。


(もしや怪我人――いや、死体でもあるのか?)


 上階への開口部から差し込む光で、一つ下の階は薄ボンヤリとしていた。広々とした室内はガランとしているが、隅には朽ちかけた長剣が立てかけてあった。
 ハイム老王が長剣に近づいて手に取ろうとしたが、完全に錆びており、使い物にはならなさそうだ。
 改めて周囲を見回すと、下への階段を見つけた。どうやら血の臭いは、下の階から漂っているようだ。
 近づくと、血の臭いに混じって腐臭も漂って来た。


(やはり死体か――)


 ハイム老王が階段を降りた先は思いの外、明るかった。壁の上部が崩れていたことで、日の光が差し込んでいたからだ。
 しかし、真っ暗闇だったほうがマシだったかもしれない。外光に照らされた砦の一階の光景は、まさに地獄絵図だった。
 どれだけ殺したのか――無数の死骸が、捨て置かれていた。蠅がたかり、蛆が湧いている死骸は、鹿や熊、それに野犬などの獣だけでなく、人間のものまである。老若男女の人間が多数殺され、喰われたようだ。
 しかも死体の一部には、喰う前に弄んだ形跡まで見て取れた。
 あまりにも凄惨な光景に、ハイム老王は吐き気を堪えながら目を背けた。


(なんという……姿だけでなく、心までも魔に堕ちたか。とにかく……ここから出て王都へ戻らねば)


 隠れ家の場所さえわかれば、軍を率いて討伐するだけだ――と、ハイム老王は一切の甘さを捨てた。
 一刻も早く外に出よう――遺体を踏むことも躊躇わず、階段を降り始めた。出入り口に向かっている途中で、一匹の蝙蝠がその前を横切った。
 突然の羽音を警戒して立ち止まったハイム老王は、逆さに停まった蝙蝠を見た。出入り口の手前にある梁にいる蝙蝠は、ハイム老王へと目を向けると、右の翼を少し広げた。


〝悪いことは言わないから、最上階に帰るんだね。さもないと、死ぬよ〟


「貴様は――誰だ?」


〝誰だっていいじゃないか。それより、言うことを聞いて上に戻りなよ〟


 蝙蝠は再度、戻るように促した。
 しかしハイム老王は、その場で立ち止まったまま、蝙蝠を睨め上げた。


「御主らが、なにを企んでおるのかは知らん。だが遅かれ早かれ、助けが来る。そうなれば、御主もゴガルンも終わりだぞ」


〝助け……ねぇ。その希望は、捨てたほうがいい。なにせ、この場所には誰も来られやしないからさ〟


「なんだと? ならなぜ、ゴガルンはここを根城にしておるのだ」


 問い詰めるようなハイム老王の発言に、蝙蝠は首を小さく振った。


〝知ったところで、なんの得にもならないけどねぇ。この周辺には、ちょっとした仕掛けを施してある。この廃墟を知らない者は、決してここまで来ることができない。五感を惑わす結界――みたいなものって、思ってくれればいい〟


「結界……」


〝そうさ。だから、あんたの手下……兵士とか騎士っていうんだっけ? そういった連中は、ここを見つけることすらできないのさ。さあ、わかったら上に戻りな。怒り狂ったゴガルンに、殺されたくはないだろう?〟


「ここから出れば、ゴガルンもわたしを探すのに苦労するだろう。逃げ切れる可能性はある」


〝ああ、無駄無駄。あたしが、あんたの居場所を教えるからさ。だからって、あたしを追い払うことは、あんたには無理だよ。わかったら、さっさと戻りなよ〟


 蝙蝠はしつこいほど、戻るように促してくる。そのことに、ハイム老王は訝しんだ。


「戻ってやってもよいが……最後に一つだけ、質問をさせてくれ。御主はゴガルンの仲間なのだろう? なぜ、わたしの命を救おうと助言するのだ」


〝仲間? ああ、そうか。人間の価値観では、そういう風に見えるんだねぇ〟


「……違うというのか?」


 眉を顰めながら問うハイム老王に、蝙蝠は小さく笑ったかのように、首を微かに震わせた。


〝ああ、違うね。あたしはただ助言と、時間稼ぎをしているだけさ。そこには、あたしなりの打算と目的がある。とはいえ取り引きをした相手だから、そのくらいは手伝ってやってるだけさ〟


 明け透けな蝙蝠の返答に、ハイム老王は息を呑んだ。


「……つまり、利用していると?」


〝利害の一致と言って欲しいねぇ。さあ、問答は終わりだよ。さっさと戻りな〟


 蝙蝠に促され、ハイム老王は階段を登り始めた。最上階に戻ると、砂の上に腰を降ろして、蝙蝠との会話を何度も思い返した。
 脱出なり、ここにいるという合図を送るための打開策を考えるためだが――しばらく悩んでいても、なにも思い浮かばなかった。
 それからしばらくすると、ゴガルンが戻って来た。口や胸元が血まみれだったことから、食事を終えて戻って来たらしい。
 嫌悪感から視線を逸らしたハイム老王に、ゴガルンは葉っぱに包まれた塊を投げて寄越した。
 汁気のある塊から、血臭が漂っていた。
 ハイム老王はゴガルンに葉っぱに包まれたまま、塊を差し出した。


「……すまんが、生では食えぬ」


 葉っぱに包まれた塊――鹿の心像だ――を返されたゴガルンは、ハイム老王からの指摘を、初めて知ったという顔で聞いていた。
 しばらく塊を手に立ち尽くしていたが、すぐに踵を返した。


「じゃあ喰うな」


 それだけを言い残すと、ゴガルンは左手に白い杖を握ったまま、あたりを見回した。


「おい――いねぇのか? 杖の使い方を訊こうと思ったのによ」


〝いるわよ。なにが訊きたいのさ〟


 いつの間に三階まで上がったいたのか、蝙蝠が天井にぶら下がっていた。
 ゴガルンは蝙蝠へ、白い杖の先端を向けた。


「こいつで、もっと魔物の大軍を呼び出したい。どうすればいい?」


〝ああ……まだ無理だねぇ。あんたが杖に――いや、杖との相性ってのがあるんだ。今のあんたじゃあ、一度に多くの魔物を呼び出すのは無理だね。こればかりは、長い時間をかけて杖の力に取り――融合しなきゃ。その代わり、強力な魔物であれば召喚する方法はある。そっちなら、教えてあげるけど?〟


 途中で言葉を変えたことには気付いていたが、それよりも今のゴガルンには、強力な魔物の召喚方法のほうが気になった。


「……どうすればいい?」


〝焦るんじゃないよ。今から教えてあげるから〟


 蝙蝠がその方法を語り始めると、ゴガルンの顔に残忍な笑みが浮かんだ。

   *

 森の中を捜索していたユバンラダケは、オーガの襲撃にあっていた。
 棍棒の一撃を身体を捻って躱し、その身体の捻りを利用して、炎の剣を一閃した。たった一振り――それだけで、オーガの胴体は下半身と生き別れになった。
 絶命したオーガを見下ろしながら、ユバンラダケは大きく息を吐いた。


〝なぜ――こんな人里に近い場所に、オーガなどが出る?〟


 もっと山奥や辺境に近い場所であれば、オーガが出ても不思議では無い。だが、王都タイミョンという、兵力のある都の近い森の中に出るというのは、いささか不自然だ。


〝ゴガルンとかいう化生の隠れ家も、まったく見つからん。なにがどうなっている? これでは……まるで、魔界そのものではないか〟


 気配を感じたユバンラダケが振り向くと、牙黒狼に跨がったゴブリンが迫っていた。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

本文中、蝙蝠が説明した結界のことですが……。

あまり良い喩え話が思いつきませんが、強いて挙げれば表札を別の名前に変えてしまうって感じです。

一例ですが、山田一郎さん宅が○○町にあると仮定します。そこに行くAさんは、○○町に山田さんの家があるのは知っていますが、正確な住所はわからない。電話番号もしらないし、SNSのIDも知らない。近所に交番や警察署もない。
こんな状況で、誰にも場所を訊かずに山田一郎さんの家へ行く場合、虱潰しに一軒一軒の表札を確認するしかないのですが。

でも表札が変わっていると、山田一郎さんの家の前を通っても、山田さんの家だとわからない。だけど最初から家の場所を知っていれば、表札が変わっていても山田一郎さんの家には行くことができる――的な。

なので今回の場合も砦は目の前にあるのに、砦だと把握できない状況ってことですね。

あと余談ですが、ユバンが相手をしている魔物は、ゴガルンが狩りのために召喚して、そのまま放置していたものです。

ほんのちょっぴり迷惑ですね。

追記

お気に入りが240名……ありがとうございます!

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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