屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか

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第十一部

三章-3

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   3

 王都タイミョンを出ると、これまでの町並みから田園風景に変わってしまう。その風景の格差からくる違和感は、もうすっかり無くなっていた。
 どこの領主の持ち物なのか――農民たちが農作業をしている様子を、馬上の役員が見回っている。
 俺たちはキティラーシア姫が手配したという馬車で、森の手前まで移動していた。ここから先は徒歩になるが……馬車は森の手前で待機してくれるらしい。
 馬上――ジココエルだ――で、レティシアはテレサへと目を向けた。


「それでは、案内を頼む。わたしがともに先頭を行こう。ランドは殿を頼む」


「それはいいが……俺が前衛じゃなくていいのか?」


 レティシアは頷くと、近寄ってくるテレサを待って馬首を森へと巡らせた。
 テレサは緊張した面持ちで、レティシアを森へと促した。


「……こちらです」


「わかった。それで、心当たりはあるのか?」


「はい。森の奥に、古い砦跡があるんです。わたしと兄は幼い頃、そこを星の塔と呼んでいました」


「幼い頃……か。となると、そこそこ近いのか?」


 幼い子が移動できる範囲には、限りがある。無限に近い体力があると、メイオール村の夫婦からよく聞かされていたが、歩き疲れるだろうし、唐突に体力が切れて、眠ってしまうこともしばしばあるらしい。
 レティシアも同じ考えだったんだろうが、テレサは小さく首を振った。


「それほど近くはないと思います。なにせ、森の中に入ったあと、迷いに迷った挙げ句、辿り着いた砦ですから。崩れた外壁から森の中が見えていましたが、枝葉の隙間から差し込む陽光が、まるで星々のようで。わたしたちは、星の砦と呼んでいました」


「なぜそれを、早く言わぬ!」


 テレサの真後ろで、鎧兜に身を包んだゲルシュが怒鳴り声をあげた。
 驚きと怯えの混じったテレサが振り返ると、面頬を上げながら怒りの形相で詰め寄った。


「その砦の話を知っていれば、わたしがゴガルンを討伐できたのだ。そうでなくとも、王に居場所をお伝えできたはず。そうすれば、我が家の権威と地位を戻す足がかりに――」


「やめていただこう、ゲルシュ殿。今は一刻も早く、ハイム老王殿下をお救いするのが先決です」


「しかし――」


「わたくしの指示には従って頂きます。それに、あなたの地位のために同行を許したわけではないことを、お忘れなく」


 そのレティシアのひと言で、ゲルシュは悔しげに口を閉ざした。
 こんなところでテレサを叱責したところで、ハイム老王を取り戻せるわけではない。このド正論に、反論の術はない。
 馬上からゲルシュへと険しい目を向けたレティシアは、テレサに先に進むよう促した。
 テレサとレティシアを先頭に、俺たちは森の中へと入った。途中までは街道に沿って進んだが、一時間ほど進んだところで街道から逸れた。
 草や低木の枝葉を掻き分けながら進んでいると、不意に血臭が漂って来た。


「……レティシア」


「わかっている」


 馬上で抜剣をしたレティシアは、周囲を警戒しながら手綱を操った。
 ジココエルが慎重に歩を進めると、斬撃の音が聞こえてきた。そして、獣の断末魔を思わせる、絶叫が響き渡った。
 ドサッという巨躯が倒れる音がしたあと、疲れ切ったような荒い息づかいが聞こえて来た。
 レティシアを先頭に前に進むと、炎の剣を手にした銀髪の青年が佇んでいた。
 青年の目の前には、ホブゴブリンの死骸が転がっていた。胴体や首を切断された死骸が、数体分だ。
 血の海となった中央で、青年――ユバンラダケは俺たちへ目を向けた。


〝やっと、ここまで来たのか〟


 待ちくたびれた――と呟いたユバンラダケは、炎の剣を鞘に収めた。
 俺は少し前に出ると、周囲を見回した。


「ウァラヌと二人でやったのか?」


〝いや――我のみだ。これ以外にも、多くの魔物がいたぞ。このあたりは、魔物の巣窟になっているのか?〟


「そんなに魔物がいる場所じゃねぇんだがな。もしかしたら、ゴガルンの仕業かもな」


〝ゴガルンが? 奴は魔王にでも成ったというわけか〟


「いや、そうじゃないんだ。とある鬼神が持っていた、魔物を召喚する杖を手に入れやがったんだよ。それを使って、魔物を召喚してるのかもな。しかし、ウァラヌはどうしたんだ? 使い魔もいつの間にかいなくなってたし」



〝今頃は、本体に戻っているだろう。それまでは魔術も使えないからな。安全なところで休ませている。そのうち、追いつくだろうさ。それより、ゴガルンとかいうヤツの居場所を探すなら、我も同行しよう〟


「それはいいが……レティシア?」


「……わかった。許可しよう」


 少し諦め気味だったが、レティシアはユバンラダケの同行を許可した。
 それからまた、テレサとレティシアを先頭に森の中を進み始めた。騎馬がギリギリ通れるしかない木々のあいだを進んでいくが、時折にある枝や雑草が邪魔をする。鎧を着ているゲルシュや馬上のレティシアはいいが、瑠胡やセラは歩きにくそうだ。
 俺は最後尾から、できるだけ二人の邪魔をしそうな枝や雑草を、手で押さえるしかできない。


〝邪魔だな〟


 瑠胡やセラの前を歩いていたユバンラダケが、炎の剣で枝や雑草などを切り払っていく。


「……悪い」


〝なにがだ? 我の邪魔をする枝を切っただけだが〟


 どうやら本当に、瑠胡やセラたちを気遣ったことではなさそうだ。それでも、その行為には感謝しかない。
 俺に瑠胡、セラの三人のあいだに、少しだが和んだ空気が流れたが、それも長くは続かなかった。
 前方から微かに、腐臭と血臭が漂ってきたからだ。それは天竜族に昇華した俺やセラ、それに元から天竜族である瑠胡だから、感じ取れた程に微かな臭いだった。
 この臭いに気付いたのは、ジココエルとユバンラダケだけらしい。
 ほぼ同時に表情を険しくし、警戒するように歩の速度を緩めた。それに気付いたレティシアが、怪訝な顔でジココエルを見て、すぐに俺たちを振り返った。


「ランド、セラ……どうした?」


「血の臭いがします。レティシア、警戒を」


 セラの返答に、レティシアは微かに周囲を見回した。だが、臭いを感じなかったのだろうか、少しばかり怪訝な顔をしたものの、すぐに前へと向き直った。


「……わかった。皆、警戒を」


 レティシアは抜いていた長剣を油断無く構えながら、左手で手綱を操った。テレサはチラチラと上方へと視線を移しながら、先を歩き始めた。俺も視線を上へと向けてみたが、木々と空しか見えるものがない。
 なにかを目印にしているんだろうか――そう思っていたとき、テレサが前方にある馬上のレティシアを見上げた。


「レティシア団長。あの木の裏に見える砦が、目的地です」


「砦……?」


 レティシアは前方を凝視したが、すぐに怪訝な顔をした。
 俺もテレサが示す方を見たが、砦らしいものは見えなかった。それは瑠胡やセラも同様だったようで、一様に怪訝な顔をしていた。
 ゲルシュはもちろんだが、意外なことにユバンラダケもテレサが示している砦が見えていないようだ。
 俺たちとは異なる視界を持つであろうユバンラダケなら、なにか見えると思ったんだが……砦は見えていないようだ。
 そんな俺たちの様子に、テレサは目を瞬かせた。


「あの……どうかされましたか?」


「どうやら皆、わたし同様に砦が見えていないようだ。正確には、どの方角なのか教えてくれないか?」


「え? あの――もう、すぐ目の前なんですけれど。木々のあいだから、石造りの砦が見えませんか?」


 戸惑うばかりのテレサが、改めて目の前を指で示した。だが、少なくとも俺の目には生い茂る木々と草花しか見えていない。
 どういうことだと思っていたら、瑠胡が俺の腕に触れてきた。


「ランド……セラも。精霊の声を聞くときのように、目を意識しながら、精神を集中させて下さい」


 言われるままに、俺は意識を集中させた。少し目に力を入れる感じに集中すると、視界が一変した。
 周囲の景色が灰色に染まった。その灰色の景色の向こうに、微かに巨大な影あった。なにか建物のようにも思えるが、影がぼやけていてはっきりしない。
 目を凝らした俺とセラが驚いていると、瑠胡が束ねた髪を揺らしながら、俺たちを交互に見た。


「見えましたか? この辺りに、特殊な結界が張り巡らされております」


「結界……でも、どうしてテレサには砦が見えたんでしょう」


「それはわかりませんが……これをゴガルンが作ったとは思えません。恐らく、あのゴガルンに力を貸すものの仕業でしょう」


 俺たちの会話を聞いていたレティシアが、苦々しげな顔をした。


「力を貸す――あの蝙蝠の仕業か」


 蝙蝠――メイオール村で、ゴガルンに退くように勧めたアイツか。これだけの結界を作れる存在ってことは、かなり強力な魔族なのかもしれない。
 これは、さらに気を引き締めないと返り討ちに合いそうだ。
 結界の影響を受けていないテレサを頼りに、俺たちは周囲を警戒しながら砦へと進んだ。レティシアたちにも感じるくらいに血臭と腐臭が強くなってきたとき、突然に朽ちかけた砦が姿を現した。
 円筒形をした砦は所々、外壁が崩れていた。正面には出入り口らしい、アーチ状の開口部があった。扉はすでに朽ちていて、地面に残骸を残すのみだ。
 血臭は、その出入り口の奥から漂っていた。
 手前で下馬したレティシアは、ジココエルの首にそっと手を触れた。


「ここで警戒を頼む」


 ジココエルは周囲を見回してから、小さく頷いた。テレサやゲルシュがいるために、喋るのを控えたんだろう。
 俺とレティシアが前衛に並ぶと、砦の中に入った。その瞬間に、俺たちは揃って息を呑んだ。
 砦の一階は円筒形の空間になっていて、奥に階段が見える。構造的には単純だが、問題は目の前に広がる光景だ。
 床や壁のほぼ全面に、乾いた血がこびり付いていた。床には、獣や人間の亡骸が至る所に散乱している。そのほぼすべてには、獣が食い散らかしたような損傷がある。
 蠅が集り、ウジ虫や黒光する昆虫などが、亡骸に集っている。そこそこに原型を留めていることが、残忍性と残酷さを強めていた。
 まさに地獄絵図といった光景だが、俺の注意はその奥へと向けられていた。その仕草から、ここに残っていた亡骸を喰っているらしい。
 黒い体毛に覆われた、全高二マーロン(約二メートル五〇センチ)を超える巨躯だ。類人猿種の獣に見えなくも無いが、ここらで見かける猿とは大きさが違い過ぎる。
 太く長い腕と比較すると、短い脚部。長い尻尾があり、胸板には体毛がない。やや面長の顔は類人猿の特徴が濃いが、それにしては口から覗く牙が剣呑すぎる。
 背中には鴉のような漆黒の翼が生えているが、その大きさは本体である巨猿もどきよりも大きい。
 その巨猿は俺たちの侵入に気付くと、牙を剥きながら身体の正面を向けてきた。
 巨猿もどきが突進しようと四肢を屈めたとき、炎の尾をなびかせた影が、俺の背後から飛び出した。


〝この魔族――ウィンキーは任せろ〟


 炎の剣を手にしたユバンラダケが、ウィンキーという巨猿もどきに斬りかかった。ウィンキーは長い尾を使って、剣を振り下ろす寸前だったユバンラダケを横殴りにした。
 その一撃で壁まで吹っ飛ばされたものの、ユバンラダケは空中で身体を捻った。そのまま身体を屈めた姿勢で壁際で着地をすると、すぐさまウィンキーへと挑んでいく。
 俺は魔剣を抜くと、後ろを一瞥した。


「行こう」


 前にある亡骸は、申し訳ないが〈遠当て〉で吹き飛ばすことにした。俺はともかく瑠胡とセラが進み難いから、速さを優先したい今、こうするよりほかはない。
 ユバンラダケがウィンキーと戦う様子を横目に、俺たちは砦の上階を目指した。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうざいます!

わたなべ ゆたか です。

今回出たウィンキーの元ネタは、いつもの悪魔の辞典――ではなく、オズの魔法使いからです。空飛ぶ猿というか、ウィングモンキーだったかな……そういう種族です。

ちょっと引っ張る感じになりましたが、書いている本人、移動と合流で四千文字超えたのが驚きです。

あと業務連絡的なものですが……

10月と11月のどこかの水曜は、アップできそうもありません。地味に勤め先関係の用事で、バタバタする予定です。御理解の程、よろしくお願いします。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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