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第十一部
三章-6
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〝さあ――貴様たち、我と戦えっ!〟
マリドは砦の中に入ろうとしたが、巨体すぎて入り口からは入れない。石材の壁を崩そうと、四本の腕で殴り始めた。このまま壁が崩れでもしたら最悪、砦が崩壊しかねかい。
俺は痛みを我慢しながら、魔剣を抜いた。
「ユバンラダケ。俺と一緒に、あいつを入り口から遠ざけるぞ」
〝良いだろう〟
俺とユバンラダケは二人並ぶと、剣を構えながら駆け出した。出入り口の石材を砕き始めていたマリドに、俺は〈筋力増強〉で強化した〈遠当て〉を放った。
本当は〈断裁の風〉を使いたかったが、まだ使えるだけの魔力が回復していないように感じる。《異能》の影響か、最近は魔力の回復が遅い気がする。
不可視の衝撃を受けたマリドが、半歩だけ退いた。そこへ、炎の剣を振りかざしたユバンラダケが、マリドへと斬りかかった。
〝おおっ!!〟
〝くっ――〟
右胸を浅く斬られたマリドが砦から離れると、俺とユバンラダケが外に出た。こうして出入り口から離してしまえば、瑠胡たちも外に出られるし、竜語魔術だって使いやすくなる。
それにレティシアも隙を見て、ハイム老王を逃がすこともできるだろう。
左右に分かれて剣を構えた俺とユバンラダケを交互に見て、マリドは触覚を忙しく動かし始めた。
〝よいな。いいぞ、貴様ら。死なない程度に嬲るのでは、満足できなさそうだ〟
マリドの腕や背中にある、フジツボのような無数の突起から、瘴気が吹き出した。漆黒の瘴気が、まるで煙幕のように全身を包みこんだ。
瘴気の奥で、マリドの二本の右腕が動くのがうっすらと見えた。
〝フッ!!〟
瘴気の奥から気合いの声が聞こえた――その直後、二つの瘴気の塊が飛んできた。
俺とユバンラダケは、それぞれに横に跳んだ。目標を失った二発の瘴気は、俺たちの背後にあった樹木に命中した。
何かが弾けたような音がして、樹木の幹が木っ端微塵になっていた。バキバキと周囲の枝葉を折りながら、樹木が倒れていく。
当たった場所が爆発したというより、消滅したという印象だ。瘴気である以上、俺の〈魔力障壁〉では防げないし、ゴガルンの瘴気の刃のように神糸でも防げないだろう。
厄介な攻撃手段だが、俺やユバンラダケなら避けられない速さじゃない。
「ランド、退いて下さい!」
砦から出てきたらしい、瑠胡の声が聞こえてきた。
俺は素早く位置関係を把握して、瑠胡とマリドを結ぶ直線上から離れた。背後からの眩い光が周囲を照らした瞬間、白光がマリドへと放たれた。
瑠胡が使える最大の攻撃力を持つ竜語魔術――〈神の雷光〉だ。大抵の魔物なら、一発で消滅するし、巨大な相手でも身体に穴を穿つだけの威力がある。
しかし、そんな〈神の雷光〉だが、マリドの身体を包む瘴気によって無力化されてしまった。無力化というのも大袈裟だが、実際は黒い膜を焼きながらも、途切れることのない瘴気の供給によって、白光は本体に達せなかった。
〝ハッ――魔術など、無駄だっ!〟
嘲るようなマリドの声に、瑠胡は顔を顰めながらも、有効な攻撃手段がない現状では次の手が打てなかった。セラも自分の《スキル》が通用しないと悟り、ミスリルの細剣を抜きながらも、その場から動けないようだった。
魔術が通用しないなら、剣で圧倒するまでだ。だが、あの攻防一体の瘴気の前では、斬りかかっても俺の身が危うい。
俺は深呼吸を繰り返すと、魔力の回復に集中した。数秒だけだが、少しは魔力が回復したような感覚がある。
俺はゴガルンと戦ったときのように、魔剣を《異能》の刃で包みこんだ。ゴガルンの瘴気の刃のように、あの瘴気を打ち消せれば勝機はある。
腹部の痛みを堪えながら、俺はマリドへと駆け出した。
〝はっは――来い! 俺を楽しませろ!〟
マリドが再び、瘴気の塊を撃ち出した。
俺は魔剣を振って瘴気の塊を叩き消しつつ、マリドへと迫った。
「ユバンラダケッ!」
俺の叫びで、意図を汲んだようだ。
俺がマリドの瘴気を切り裂くと、なんとか一人分が通り抜けられる隙間が出来た。炎の剣を右手一本で構えながら、ユバンラダケがその隙間を通り抜けた。
裂帛の気合いとともに振り下ろした炎の剣が、マリドの左腕の一本を斬り落とした。
〝――チッ!〟
本体に届かなかった口惜しさから、舌打ちをしたユバンラダケだったが、追撃はできなかった。
マリドの残った両腕から、濃い瘴気が噴き出したからだ。ユバンラダケは即座に退いたが、瘴気を浴びた左腕が焼けただれた。
〝振り出しに戻ったか――ランド。先ほどの連携、もう一度できるか?〟
「なんとか、やってみる」
俺は答えながら、呼吸を整えていた。ゴガルンとの戦いで感じたことだが、あの《異能》の刃は消耗は激し過ぎる。
ほかの《スキル》なら問題はない。だが《異能》については、魔力の消費が多すぎるのか、魔力切れになりやすい。
魔力を回復させたら――と思っていたが、マリドはそれを待ってはくれなかった。
〝どうした! 次は来ないのか!!〟
瘴気に包まれたマリドが、俺たちに向かって来た。自分の身体を包み込む瘴気ごと、俺たちへと殴りかかってきた。
純粋に戦いを楽しんでいるのか、攻撃が途切れる暇がない。
俺はマリドの拳を躱しながら、魔力の回復に努めていた。先ほどと同じ連携で、今度こそ致命傷を浴びせなければ、こちらの体力と精神力が持たない。
数秒の攻防を凌いだあと、俺は再び《異能》の刃を発生させた。
「ユバンラダケ――合わせろよ!」
〝承知している!〟
俺たちが再びマリドへと迫る。しかし俺が魔剣を振る直前、マリドは大きく後ろに跳んだ。
〝やるな! だが、これならどうだ!!〟
マリドが残った三本の腕を身体の前へ突き出す。その途端、マリドの身体を覆っていた瘴気が、三本の手の前に集まった。直系約三マーロン(約三メートル七五センチ)ほどの大きさになると、僅かに身体を反らしながら、瘴気の塊を撃ち出した。
巨大な瘴気の塊の狙いは、俺やユバンラダケではなかった。その軌道は砦へ――その前にいる、瑠胡やセラ、それにウァラヌへと向かっていた。
――ヤバイ!
俺は咄嗟に駆け出すと、瘴気の塊の前へと飛び出した。俺の手にしている魔剣を覆っている《異能》の刃では消滅できない――それが、俺の〈計算能力〉で導き出した答えだ。
となれば、それ相応の力がいる。
俺は即座に《異能》の刃を消すと、新たな《異能》の発動を試みた。
今までの《異能》の刃と同じ効果で、もっと巨大なもの――俺は巨大な障壁を思い描いた。
「《異能》――」
障壁を作ろうと精神を集中させた途端、俺は激しい頭痛に襲われた。
どうやら《異能》を発動することなく、魔力が枯渇したようだ。そして《異能》が不発のまま、足りない魔力を補うべく体力――いや、生命力を奪い始めた。
このままでは《異能》が発動しないまま、俺は瘴気の塊を身体に受けることになる。それはそのまま、俺の死を意味する。
俺は目の前に迫る瘴気の塊に覚悟を決めた――そんなとき、俺の身体の中から魔力とは別の力が膨れあがった。
それは、異形と化したゴガルンと初めて戦ったときに感じたのと、同じような感覚だった。
心身ともに清められるような気配を伴った力だ。
その力が、《異能》を発動させた。
俺の造り出した《異能》の障壁が、瘴気の塊を打ち消した。
〝なんだとっ!〟
驚きの声をあげるマリドに、俺は迫った。
魔剣に再び、《異能》の刃を纏わせる。その刀身は白く輝き、そして魔剣よりも五割は長い刀身を形作っていた。
マリドは腕や背中から噴き出した瘴気で、身体を覆った。それに構わず、俺は間合いを詰めた。
「おおっ!」
短い気合いとともに、俺は魔剣を振り切った。白い刀身が瘴気ごと、なんの抵抗もなくマリドの身体を袈裟斬りにしていた。右肩から左の横腹にかけて、斜めに筋が入った。
〝莫迦なぁぁぁぁぁぁ――〟
信じられないものを見る目を俺に向け、下半身と生き別れになった上半身の半分が、地面に落ちた。
断面から塵になるように霧散していくマリドから目を外すと、俺は自分の身体を見回した。
先ほど《異能》を発動させた力が、俺の身体から消えなかった。むしろ時間が経つにつれ、どんどんと大きくなっていく。
「ランド――」
俺を呼ぶ瑠胡の声に振り返った俺は、戸惑った。
近寄って来た瑠胡の顔は、どうみても恐怖に震えていた。なにがあったのか訊ねようとしたが、その前に瑠胡が口を開いた。
「神気が――そんなにも大きく。ああ……なんてこと」
「神気……これが? でも、そんなに大きいんですか、これ」
「わたくしの所為で……こんなにも神気が」
瑠胡が恐れる理由が、俺にはわからなかった。
俺は瑠胡の両肩に手を添えると、僅かに顔を寄せた。
「落ちついて下さい。なにが、どうなるっていうんです」
〝それは、我が教えよう〟
深い男の声が聞こえた直後、俺たちの周囲を虹色に光る膜――神の結界が覆い尽くした。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
また続いてしまった……その代わり、いつも目標としている3000文字台(三千文字以上から四千文字未満)を達成しました。
そして、神気解放の回。瑠胡がなにを心配していたのかは、次回ということで。
あと少し前に告知しました、10月と11月でアップできない日が御座います――という話なんですが。
来週(10月22日水曜日)はアップ出来ません。職場の事情ですので、御理解の程よろしくお願い致します。当日が云々というより、その週全体がバタバタです。
土日アップ分は、通常通りの予定です(ガンバリマス
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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