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第一〇部『軋轢が望む暗き魔術書』
おまけ ~ 幕間・戸惑う者たち
しおりを挟むおまけ ~ 幕間・戸惑う者たち
俺――ランド・コールは王都から帰還すると、すぐにリリンと《白翼騎士団》の駐屯地を訪問した。
執務室で面会をしたレティシアに、俺は正式にリリンを養子――妹として迎えることを伝えた。家族に合って色々と目の当たりにしたこと、借金のかたにリリンを地方の貴族へ嫁がせようとしていたこと――それらの事情と説明を聞いたレティシアは、ふかぁい溜息を吐きながら、恨みの籠もった目を俺へ向けてきた。
「……また、か。おい」
「いや、なんで怒るんだよ。前に、一応は説明したろ」
ジト目のレティシアに、俺は軽い頭痛を覚えた。
「別に、騎士団を退団するってことじゃねぇわけだし」
「それは、ランドお兄様の仰有る通りです。わたしは騎士団を辞めたりはしません」
リリンの発言に、レティシアは絶句したように目が大きく開かれた。
パクパクと口を動かしたあと、まるで異質な物を見るような目で、レティシアは俺に告げた。
「……おまえに、そんな趣味があったとはな」
「なんで、そーなるんだよ」
いや、この状況を見れば、そう思われても仕方ないか。しかし、これは誓って―― 俺の半生を賭けたっていい――俺から求めたわけじゃない。
困り顔の俺を見かねたのか、リリンが自分の胸に手を添えた。
「レティシア団長。これは、わたしが願い出たことです。瑠胡様をお姉様と、お呼びしております。それに合わせるため、ランドお兄様と呼ばせて頂いている、という次第です」
「……なる、ほど」
表面上は納得したような口ぶりだが、レティシアの表情には、まだ疑念が残っていた。
執務机の天板を指先でトントンと忙しく叩きながら、レティシアは俺とリリンとを交互に見やった。
しばらくして、レティシアはぼそりと、やや暗い声で言った。
「このことは、ジョシアには伝えたのか?」
ジョシアというのは、王都に住んでいる実の妹だ。レティシアとは知り合いだったらしく、王都へ出向いたときには、俺の近況なんかを伝えてくれているらしい。
この前の一件では、王都と鉱山を往復していたから、リリンのことを伝えることはできたが――。
俺は問いに対して、力なく首を振った。
「え? いいや……まだ言ってない。なんか、説明が難しそうな気がしてさ」
「そうか。それなら、わたしからジョシアには伝えておこうか?」
「……勘弁してくれ。変に勘違いをして、怒鳴り込んで来るのが目に見えてる」
ジョシアはこれまで二度ほど、メイオール村に来てくれたが――そのどちらも、早とちりや思い込みによる暴走をしている。
だから、ジョシアにリリンのことを伝えるためには、瑠胡やセラも交えた上で、説明をする必要がある。
なにせ、俺への評価が著しく低いジョシアのことだ。迂闊にリリンのことを伝えれば、『神裁――天誅と同義――』とか言いながら、焼き討ちに来かねない。
でも、いつまでもジョシアに教えないわけにはいかない。
リリンのことを伝える日のことを考えると、頭が痛くなる――そんなことを考えながら、俺はレティシアとリリンの荷物を神殿に運ぶ段取りを相談し始めた。
*
メイオール村から数キロン(一キロンは、約二キロ)離れた森の中に、一人の男が佇んでいた。
二〇代らしい男性で、頭髪は白と見間違えるほどに薄い銀髪をしている。傭兵らしく長剣を下げていて、地面から三マーロン(約三メートル七五センチ)のところにある木の枝に腰掛けていた。
彼の目は、まっすぐにメイオール村の方角を見ているが、木々に遮られて直接は村の様子どころか、輪郭すらも見ることはできない――はずである。
しかし男は確かに、メイオール村の様子を伺っていた。
(……魔族が入り込んでいる様子はなし、か。それにしても、相も変わらず警戒心が薄すぎるぞ。いいのか、あれで)
ランドの言動に呆れている男の耳に、草の鳴る音が聞こえた。
虚空から現れたフワッとした影は、男のいる木の根元に降り立つと、呆れたように腰に手を添えた。
「ユバンラダケ? いつまで遊んでいるつもりかしら」
薄い生地のドレスに身を包んだ、妙齢の美女だ。炎のような赤毛は結い上げられ、唇には真紅の紅が塗られている。
真っ赤なドレスは袖がなく、肩から指先まで白い肌を露出させていた。凜と引き締まった目が、頭上の男――ユバンラダケを軽く睨んでいる。
その視線を一瞥しただけで、ユバンラダケは目をメイオール村の方角へと戻した。
「ウァラヌか。別に遊んでいるわけじゃない」
「それじゃあ、なにをしているのかしら?」
「少し前――ランドとかいう天竜族に魔族、それも高位の存在が接触した。しかもランドが魔族を滅ぼすのを目撃している。となれば、奴らのとる行動は一つ――ランドという天竜族に対し、なにかの謀略を企てる可能性が高いとうことだ」
「……普段よりも分かり易い説明で、助かったわ。でも、そんなことを考えていたのね。まあ? 今は魔族全体の活動は控え目で、神魔大戦が起きる可能性は低いから、あなたが居なくても、なんとかなるけど」
「……相変わらず、わかっていないな」
ユバンラダケは枝の上からウァラヌを見下ろすと、右の人差し指を立てた。
「一つ、教授してやろう。神魔大戦とは古より、人の行いが切っ掛けになる。神や魔族は、それを利用するだけだ。富、名誉――そして不死。ああ、どれも愚かだが、その中でも最も愚かな不死をもだ! だが、それらに人は強く惹かれものだ。欲望に負けたものが、神魔大戦を引き起こす――過去に行われた二度の大戦は、いずれもそうだったはずだ」
「そうね。だから、あたしたちみたいな存在が生まれた。世界を護るための存在として……そんなことを、同胞たちのあいだで話をしたことがあったわね。それで、次の切っ掛けはその天竜族なわけ?」
「違う。元は人だが、今は天竜だ。となれば、彼が原因になるとは思えないな。だがきっと、巻き込まれる。俺は――そう予想している」
ユバンラダケの声には、迷いはなかった。ウァラヌはそんな彼を見上げながら、肩を竦めた。
「あなたなにしては、凄い入れ込みようね。惚れた?」
「惚れ――いや、呆れてはいるが。ヤツは警戒心が薄すぎるからな」
真面目な顔で答えるユバンラダケに、ウァラヌは大袈裟に肩を上下させた。
「まあ、いいわ。手が必要なら。呼んで頂戴。あたしは、隣の国に行ってるから」
ユバンラダケが下を見たとき、すでにウァラヌの姿はなかった。
(なにしに来たんだ?)
同胞の行動が理解出来ぬユバンラダケは、息を吐いてから目をメイオール村に戻した。
そこではレティシアに「そんな趣味があったとはな」と侮蔑の目を向けられたランドの姿があった。
困り顔で隣にいた少女――リリンに助け船を出されているランドの姿に、ユバンラダケは静かに溜息を吐いた。
(今度は……神魔大戦を防げぬかもしれんな。あの低落、頼りなさ――アハズと戦ったときと、差が激しすぎるだろ)
――印象差萌えなんか、しねーからな。
呆れ過ぎたからか、ユバンラダケは妙な思考で突っ込んでいた。
そんな善なる魔霊のことなど露と知らず、メイオール村は平穏な日常(?)を過ごしていたのだった。
完
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
おまけ――といいつつ、幕間を兼ねております。
何気に、ジョシアの言動がトラウマと化しているランドですが……妹とか、そーゆーものですよね。根拠は中の人の実の妹だったりしますが。
ランドに対するレティシアの反応は、順当なものだと思ってます。いきなり「お兄様」と呼ばれているのを見たら、誰だってそう思うんじゃないかと。中の人も、同じことを思ってどん引きします。
さて。
本編ですが、おそらくは来週の日曜になると思います。ちょいちょい、プライベートで色々と舞い込んでまいりました。
文字通り家庭の事情なんですが……不幸とか幸的なものではありません。こちらも文字通り、面倒事ってだけです(泣
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回も宜しくお願いします!
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