14 / 28
私の知らない夫の話
しおりを挟む
夕方気持ちが触れ合ったのは、夫が歩み寄ってくれたからだと思う。
離婚を切り出した私に呆れることもなく、うんざりするには十分すぎる時間なのに、夫は私に歩み寄ってくれた。
それなのに、私は結局今日も部屋で1人、夫の部屋の前でコロが鳴くのを聞いている。
せっかく抱きしめられたこの身が惨めで、寂しくて、ベッドから起き出して部屋を出た。
コロが私に気がついてこちらを見上げる。
今日は力を貸してちょうだいね、と抱き上げると、
彼女はお呼びじゃないとばかりに不満げな顔をした。
私の腕の中で甘く鳴くコロの声に呼ばれて、夫が扉を僅かに開け、コロが入ってこないのを不審に思ったのか、大きく扉を開き、私の顔を見てぎくりとした顔をした。
それに心が折れそうになるのを堪えて、馴染みのない夫の部屋を覗くと、床に敷かれた布団が目に入った。
私と寝るのを拒否したいための言い訳じゃなく、本当にベッドがないのだとわかって、ほっとする反面、なんで布団になんか寝ているんだろう、と心配になった。
「修司さん、ベッドがないって、本当だったんですか?」
ここへくるまでの緊張のせいで、声が僅かに震えてしまった。
夫は驚いた顔をしてそれを認め、私に嘘はつかないと言った。
ほどよく長身の彼は、扉の前に立ったまま、部屋の中から私を見下ろしている。
黒い眺めの前髪が、眼鏡とおでこの間に挟まっている。
慌てて起きてきたんだろうことが伺えた。
いつもきっちりとしている、夫のそんな姿は見たことがなくて、寝顔だとか、寝相がどんななんだろうとか、そんなことがたまらなく知りたかった。
私はきっとあの高校生の頃から夫のことが大好きで、
この顔が、仕草が、長い指が、欲しくて欲しくてたまらなかったから、だらりと下された夫のパジャマ代わりの長袖のTシャツの裾をつまんで、
なるべく顔が見えないように俯いて、
自分の部屋で寝るようにねだった。
長い髪は私の表情をすべて覆ってくれて、
それを耳にかけると、夫が部屋を出る仕草をしてくれたので、夫の袖を摘んだまま自分の部屋へ誘った。
夫の部屋へ下ろしたコロが、不思議そうに私たちの後をついてくる。
私のベッドに腰を下ろした夫が見慣れなくて、合成写真みたいに思える。
寝支度を整えて、掛け布団を捲って夫に入るように促すと、夫はそこに横になり、腕を広げてくれた。
そっとそこに入り込む。
腕の中の体温、優しく回される腕の重み、絡み合う素足の感触、体の中心に押し当てられる熱い男性の証、
そのどれもが私には刺激が強すぎて、縋るように夫に抱きついた。
誤魔化しに始めた夫のベッドの話題は、少しも頭に入ってこなかった。
どうしても居た堪れなくて、夫の表情を確認しようと顔を上げると、思ってたよりずっと夫の顔がそこにあって、目が合うとすぐに夫が顔を寄せてきた。
何もできずに唇を受け入れて、ぬるりと入り込む舌に応えていると、夫は私の体に自分の体を絡めて、擦り寄せるように私を抱きしめた。
その時だった。
下腹部に当たっていたそれが、激しく上下して、夫は声を漏らして、見たこともないような色っぽい顔をして私の顔から離れた。
びくん、びくんと震える彼がからだを
僅かに起こすと、彼は自室で寝ると部屋を出ていった。
私は、今怒ったことがなんだったのか、はっきりとは認識できないまま、冷えた自分の手の甲を熱くなった頬に当てて繰り返し顔の火照りを冷ました。
夫の恍惚とした表情や、蒸気した顔、歪んだ表情、そのどれもが私の知らないものばかりで、胸が苦しくてその夜はろくに眠れなかった。
離婚を切り出した私に呆れることもなく、うんざりするには十分すぎる時間なのに、夫は私に歩み寄ってくれた。
それなのに、私は結局今日も部屋で1人、夫の部屋の前でコロが鳴くのを聞いている。
せっかく抱きしめられたこの身が惨めで、寂しくて、ベッドから起き出して部屋を出た。
コロが私に気がついてこちらを見上げる。
今日は力を貸してちょうだいね、と抱き上げると、
彼女はお呼びじゃないとばかりに不満げな顔をした。
私の腕の中で甘く鳴くコロの声に呼ばれて、夫が扉を僅かに開け、コロが入ってこないのを不審に思ったのか、大きく扉を開き、私の顔を見てぎくりとした顔をした。
それに心が折れそうになるのを堪えて、馴染みのない夫の部屋を覗くと、床に敷かれた布団が目に入った。
私と寝るのを拒否したいための言い訳じゃなく、本当にベッドがないのだとわかって、ほっとする反面、なんで布団になんか寝ているんだろう、と心配になった。
「修司さん、ベッドがないって、本当だったんですか?」
ここへくるまでの緊張のせいで、声が僅かに震えてしまった。
夫は驚いた顔をしてそれを認め、私に嘘はつかないと言った。
ほどよく長身の彼は、扉の前に立ったまま、部屋の中から私を見下ろしている。
黒い眺めの前髪が、眼鏡とおでこの間に挟まっている。
慌てて起きてきたんだろうことが伺えた。
いつもきっちりとしている、夫のそんな姿は見たことがなくて、寝顔だとか、寝相がどんななんだろうとか、そんなことがたまらなく知りたかった。
私はきっとあの高校生の頃から夫のことが大好きで、
この顔が、仕草が、長い指が、欲しくて欲しくてたまらなかったから、だらりと下された夫のパジャマ代わりの長袖のTシャツの裾をつまんで、
なるべく顔が見えないように俯いて、
自分の部屋で寝るようにねだった。
長い髪は私の表情をすべて覆ってくれて、
それを耳にかけると、夫が部屋を出る仕草をしてくれたので、夫の袖を摘んだまま自分の部屋へ誘った。
夫の部屋へ下ろしたコロが、不思議そうに私たちの後をついてくる。
私のベッドに腰を下ろした夫が見慣れなくて、合成写真みたいに思える。
寝支度を整えて、掛け布団を捲って夫に入るように促すと、夫はそこに横になり、腕を広げてくれた。
そっとそこに入り込む。
腕の中の体温、優しく回される腕の重み、絡み合う素足の感触、体の中心に押し当てられる熱い男性の証、
そのどれもが私には刺激が強すぎて、縋るように夫に抱きついた。
誤魔化しに始めた夫のベッドの話題は、少しも頭に入ってこなかった。
どうしても居た堪れなくて、夫の表情を確認しようと顔を上げると、思ってたよりずっと夫の顔がそこにあって、目が合うとすぐに夫が顔を寄せてきた。
何もできずに唇を受け入れて、ぬるりと入り込む舌に応えていると、夫は私の体に自分の体を絡めて、擦り寄せるように私を抱きしめた。
その時だった。
下腹部に当たっていたそれが、激しく上下して、夫は声を漏らして、見たこともないような色っぽい顔をして私の顔から離れた。
びくん、びくんと震える彼がからだを
僅かに起こすと、彼は自室で寝ると部屋を出ていった。
私は、今怒ったことがなんだったのか、はっきりとは認識できないまま、冷えた自分の手の甲を熱くなった頬に当てて繰り返し顔の火照りを冷ました。
夫の恍惚とした表情や、蒸気した顔、歪んだ表情、そのどれもが私の知らないものばかりで、胸が苦しくてその夜はろくに眠れなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
財閥御曹司は左遷された彼女を秘めた愛で取り戻す
花里 美佐
恋愛
榊原財閥に勤める香月菜々は日傘専務の秘書をしていた。
専務は御曹司の元上司。
その専務が社内政争に巻き込まれ退任。
菜々は同じ秘書の彼氏にもフラれてしまう。
居場所がなくなった彼女は退職を希望したが
支社への転勤(左遷)を命じられてしまう。
ところが、ようやく落ち着いた彼女の元に
海外にいたはずの御曹司が現れて?!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる