恋慕

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私の知らない夫の話

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夕方気持ちが触れ合ったのは、夫が歩み寄ってくれたからだと思う。

離婚を切り出した私に呆れることもなく、うんざりするには十分すぎる時間なのに、夫は私に歩み寄ってくれた。

それなのに、私は結局今日も部屋で1人、夫の部屋の前でコロが鳴くのを聞いている。


せっかく抱きしめられたこの身が惨めで、寂しくて、ベッドから起き出して部屋を出た。

コロが私に気がついてこちらを見上げる。

今日は力を貸してちょうだいね、と抱き上げると、
彼女はお呼びじゃないとばかりに不満げな顔をした。

私の腕の中で甘く鳴くコロの声に呼ばれて、夫が扉を僅かに開け、コロが入ってこないのを不審に思ったのか、大きく扉を開き、私の顔を見てぎくりとした顔をした。
それに心が折れそうになるのを堪えて、馴染みのない夫の部屋を覗くと、床に敷かれた布団が目に入った。

私と寝るのを拒否したいための言い訳じゃなく、本当にベッドがないのだとわかって、ほっとする反面、なんで布団になんか寝ているんだろう、と心配になった。

「修司さん、ベッドがないって、本当だったんですか?」

ここへくるまでの緊張のせいで、声が僅かに震えてしまった。

夫は驚いた顔をしてそれを認め、私に嘘はつかないと言った。


ほどよく長身の彼は、扉の前に立ったまま、部屋の中から私を見下ろしている。

黒い眺めの前髪が、眼鏡とおでこの間に挟まっている。
慌てて起きてきたんだろうことが伺えた。

いつもきっちりとしている、夫のそんな姿は見たことがなくて、寝顔だとか、寝相がどんななんだろうとか、そんなことがたまらなく知りたかった。

私はきっとあの高校生の頃から夫のことが大好きで、
この顔が、仕草が、長い指が、欲しくて欲しくてたまらなかったから、だらりと下された夫のパジャマ代わりの長袖のTシャツの裾をつまんで、

なるべく顔が見えないように俯いて、

自分の部屋で寝るようにねだった。

長い髪は私の表情をすべて覆ってくれて、
それを耳にかけると、夫が部屋を出る仕草をしてくれたので、夫の袖を摘んだまま自分の部屋へ誘った。

夫の部屋へ下ろしたコロが、不思議そうに私たちの後をついてくる。

私のベッドに腰を下ろした夫が見慣れなくて、合成写真みたいに思える。


寝支度を整えて、掛け布団を捲って夫に入るように促すと、夫はそこに横になり、腕を広げてくれた。

そっとそこに入り込む。

腕の中の体温、優しく回される腕の重み、絡み合う素足の感触、体の中心に押し当てられる熱い男性の証、

そのどれもが私には刺激が強すぎて、縋るように夫に抱きついた。

誤魔化しに始めた夫のベッドの話題は、少しも頭に入ってこなかった。


どうしても居た堪れなくて、夫の表情を確認しようと顔を上げると、思ってたよりずっと夫の顔がそこにあって、目が合うとすぐに夫が顔を寄せてきた。

何もできずに唇を受け入れて、ぬるりと入り込む舌に応えていると、夫は私の体に自分の体を絡めて、擦り寄せるように私を抱きしめた。

その時だった。
下腹部に当たっていたそれが、激しく上下して、夫は声を漏らして、見たこともないような色っぽい顔をして私の顔から離れた。
びくん、びくんと震える彼がからだを
僅かに起こすと、彼は自室で寝ると部屋を出ていった。


私は、今怒ったことがなんだったのか、はっきりとは認識できないまま、冷えた自分の手の甲を熱くなった頬に当てて繰り返し顔の火照りを冷ました。

夫の恍惚とした表情や、蒸気した顔、歪んだ表情、そのどれもが私の知らないものばかりで、胸が苦しくてその夜はろくに眠れなかった。

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