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2章

20・明日も明後日も寝かせてあげたくなるのは仕方がない

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 よく見ると、エレファナの唇はなにかを伝えかけたまま眠ってしまったかのように、ほんのり開いている。

 セルディは眉をひそめた。

(このままでは口内が乾燥して、悪いものが侵入しやすくなるはずだ。喉の風邪でも引くことになる可能性すら考えられる……。無論、そんな目に遭わせるわけにはいかない。自室に戻る前に気づいて良かった)

 セルディは撫でるようにエレファナの口元に触れると、形の良い唇は素直に閉じる。

 それを見て安堵の息をつくのとほぼ同時に、エレファナの唇はぱかりと薄く開いた。

「……なぜだ」

 思わず口にしたが、セルディは諦めなかった。

(エレファナに風邪を引かせて、つらい思いをさせるわけにはいかない)

 ただひとつの信念の元、閉じては開く口との応酬を真剣に繰り返す。

 そしてそれは夜明けごろ、彼が膝をついたまま眠りに落ちるという結末を迎えるまで続いた。






 ***

「──と、いうことがあった」

 朝、寝台に突っ伏していたセルディが目を覚ますと、すぐ目の前にいるエレファナが安らかな寝息を立てて眠っている。

 セルディはまず、その口元が閉じていることに注目した。

「……なぜだ」

(あれほど抵抗していたのに、いつの間に閉じたのかは謎だが……まあいい。とりあえず一安心とするか)

 セルディはしばらくそのままエレファナの寝顔に見とれたり、もうひと眠りしようかと彼女のそばで目を閉じたり、しかし眠るのは惜しい気がしてきて珊瑚色の髪を指にくるくる絡めたりしながら過ごす。

(正直なところ、ずっとこうしていたいのだが……そのうちポリーが起こしにやって来るだろうな)

 エレファナをもう少しだけ寝かせてもらうため、セルディは名残惜しい気持ちを奮い立たせて部屋を出ると、通路の奥からポリーが向かってきた。

 セルディは目の下にくまをつくったまま、口を閉じないエレファナが気になってそのまま寝落ちした話をポリーにする。

「あら。それはセルディさまの負けですね」

「ポリー……俺が言っているのは、そういうことではない」

「そうですか? しかしいくら奥さまが大切だとはいえ、セルディさまもしっかりお休みを取ってくださいね、ふふ」

 近頃のポリーは、よく笑うことが増えた。

「それと奥さまの口元が開いてしまうのは、長期間の衰弱により全身の筋肉が衰えているせいかもしれません。よく噛む癖はついてきていますし、これから少しずつ歯ごたえのある食事も増やせば、自然と治るのではないでしょうか」

「そうか」

 そう聞くとセルディもほっとしたのか、ついあくびが漏れた。

「ところで相談なのだが。今日だけはエレファナを、もう少しだけ寝かせておいてくれないか」

 セルディはエレファナをかわいがっているポリーなら二つ返事だと思っていたが、予想に反してポリーはきりっと表情を引き締める。

「まぁ坊ちゃん、奥さまに寝坊をさせるつもりですか?」

「今日だけだ。あとそろそろ坊ちゃんは、」

「いいえポリーはわかっておりますよ! あんなにかわいらしい寝顔なのですから、今日を許せば明日も明後日も好きなだけ寝かせてあげたくなるに決まっています!」

(確かに)

 一瞬で納得したが、「それは仕方がないだろう」と胸の内で言い訳をする。

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