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1・踏みつけられた約束
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手当たり次第吐き捨てたい気分に、ぴったりの言い回しだった。
「婚約? そんな話、まだ覚えていたのか」
アロンは冷ややかな目つきで、幼なじみのエミリマと向き合っている。
エミリマの家族が昼間、行商用の品を砂漠へ取りに出かけているのを知っていて、二人になれるときを狙って来た。
「どうしたの、アロン? 忘れるわけ、ないじゃない。ベルちゃんから霊薬の話を聞いた後、アロンはすぐに出て行っちゃったけど……。私の家族も、近所のみんなも、アロンが帰ってくるの、待っていたよ。私だってそう。アロンはあなたのお父さんみたいに、すごく強いってことはわかってるけど、心配だった」
土壁でつくられた質素な家はいかにも貧しく、扉と壁の隙間もみすぼらしい。
そこから無遠慮に風が吹き込んでくると、エミリマのまとう清涼感のあるサボテンの花の香と共に、粗末な布で作られたワンピースが揺れた。
「それは、よかったな。約束通り、砂泉の霊薬は持って帰ってきたんだ。おまえも満足だろ」
「うん。ありがとう。だけどね私、もし霊薬が見つからなかったとしても、アロンが無事に帰ってきてくれれば、それでもよかったんだよ」
栄養状態が悪いせいか、エミリマは相変わらずほっそりとしているが、それでも砂泉の霊薬を飲んだ後から、顔色はずいぶんよくなった。
アロンはそれを、他人事のような気持ちで見下ろし、胸の中で呟く。
俺は変わった。
「おまえはそうでも、俺はせいせいしたよ。ようやく、お守りが終わったから」
「お守り?」
エミリマは、意味がわかっていないようだった。
いつものように、首をかしげて笑いかけてくると、首から下げられたネックレスが揺れる。
その中心に、見覚えのある指輪が飾られていた。
視界に入るのすら苦痛で、アロンは目を背ける。
「お前の調子が悪くなるたび、俺は父さんが責められているような気分だった。村を襲ったサンドワームを倒すのが、遅すぎたせいだって」
「そんな……! それは違う、アロンのお父さんは、命を懸けてこの村を守ってくれたのに」
「そうだよ、それなのに……。いや、もう終わったんだ。これでおまえの顔を見なくていいと思うと、せいせいする」
そこまで非難してようやく、エミリマはアロンの言っていることを理解したようだった。
「アロン、さっきからどうしたの?」
「だから、破棄でいいだろ。婚約破棄」
「待って……きちんと話して。私、聞くから」
「まだ話すのか」
アロンはうんざりしていたが、さっさと終わらせたい一心で言った。
「そんなに聞きたいなら、聞けよ。俺もベルも、トレブ遺跡で霊薬を見つけたんじゃない。王様からもらったんだよ。遺跡でサンドワームに襲われていた姫を助けた褒美にな。そういういきさつで、俺は姫と婚約することになった」
「……姫? 姫って、まさか」
「だから、この国の王の娘、リュシャーヌ姫だ」
予想外の話だったらしく、エミリマは目を大きく開いたまま黙っている。
「ここまで話せばわかるだろ? いい加減、俺の邪魔をするのは、もうやめろ」
エミリマはうつむきがちに、傷んだ床を見つめていた。
「……おかしいよ」
「何が」
「たとえリュシャーヌ姫を好きになったとしても……アロンは、こんな別れ方をする人じゃない」
「あっそ。勝手に思い込んでろ」
アロンは出て行こうと、壊れかけた扉に手をかける。
エミリマはそれに気づき、アロンの腕に手を伸ばした。
「待って! まだ聞きたいことが……」
「うるさい」
アロンが払いのけようとすると、母からいつも褒められていた手が、エミリマの首にかかったネックレスにひっかかり、そしてちぎれた。
──アロンの手は、父さん譲りだね。働きもので、強くて、優しくて……人を助けてくれる、本当にいい手だよ。
安物の指輪が足元に転がる。
「やだ。アロンからもらった指輪……!」
エミリマは慌ててかがみこみ、手を伸ばした。
届く前に、アロンは指輪を踏みつける。
「ああ、そうか。慰謝料が欲しくてごねているのか。気づかなくて、悪かったな」
アロンは準備しておいた金貨の詰まった袋を、無造作に床に投げた。
エミリマが顔を上げる。
傷ついていた。
「アロン……どうしたの?」
「人は変わる。おまえも変われよ。じゃあな。もう会うこともないだろうけど」
アロンはそのまま、家を出る。
「婚約? そんな話、まだ覚えていたのか」
アロンは冷ややかな目つきで、幼なじみのエミリマと向き合っている。
エミリマの家族が昼間、行商用の品を砂漠へ取りに出かけているのを知っていて、二人になれるときを狙って来た。
「どうしたの、アロン? 忘れるわけ、ないじゃない。ベルちゃんから霊薬の話を聞いた後、アロンはすぐに出て行っちゃったけど……。私の家族も、近所のみんなも、アロンが帰ってくるの、待っていたよ。私だってそう。アロンはあなたのお父さんみたいに、すごく強いってことはわかってるけど、心配だった」
土壁でつくられた質素な家はいかにも貧しく、扉と壁の隙間もみすぼらしい。
そこから無遠慮に風が吹き込んでくると、エミリマのまとう清涼感のあるサボテンの花の香と共に、粗末な布で作られたワンピースが揺れた。
「それは、よかったな。約束通り、砂泉の霊薬は持って帰ってきたんだ。おまえも満足だろ」
「うん。ありがとう。だけどね私、もし霊薬が見つからなかったとしても、アロンが無事に帰ってきてくれれば、それでもよかったんだよ」
栄養状態が悪いせいか、エミリマは相変わらずほっそりとしているが、それでも砂泉の霊薬を飲んだ後から、顔色はずいぶんよくなった。
アロンはそれを、他人事のような気持ちで見下ろし、胸の中で呟く。
俺は変わった。
「おまえはそうでも、俺はせいせいしたよ。ようやく、お守りが終わったから」
「お守り?」
エミリマは、意味がわかっていないようだった。
いつものように、首をかしげて笑いかけてくると、首から下げられたネックレスが揺れる。
その中心に、見覚えのある指輪が飾られていた。
視界に入るのすら苦痛で、アロンは目を背ける。
「お前の調子が悪くなるたび、俺は父さんが責められているような気分だった。村を襲ったサンドワームを倒すのが、遅すぎたせいだって」
「そんな……! それは違う、アロンのお父さんは、命を懸けてこの村を守ってくれたのに」
「そうだよ、それなのに……。いや、もう終わったんだ。これでおまえの顔を見なくていいと思うと、せいせいする」
そこまで非難してようやく、エミリマはアロンの言っていることを理解したようだった。
「アロン、さっきからどうしたの?」
「だから、破棄でいいだろ。婚約破棄」
「待って……きちんと話して。私、聞くから」
「まだ話すのか」
アロンはうんざりしていたが、さっさと終わらせたい一心で言った。
「そんなに聞きたいなら、聞けよ。俺もベルも、トレブ遺跡で霊薬を見つけたんじゃない。王様からもらったんだよ。遺跡でサンドワームに襲われていた姫を助けた褒美にな。そういういきさつで、俺は姫と婚約することになった」
「……姫? 姫って、まさか」
「だから、この国の王の娘、リュシャーヌ姫だ」
予想外の話だったらしく、エミリマは目を大きく開いたまま黙っている。
「ここまで話せばわかるだろ? いい加減、俺の邪魔をするのは、もうやめろ」
エミリマはうつむきがちに、傷んだ床を見つめていた。
「……おかしいよ」
「何が」
「たとえリュシャーヌ姫を好きになったとしても……アロンは、こんな別れ方をする人じゃない」
「あっそ。勝手に思い込んでろ」
アロンは出て行こうと、壊れかけた扉に手をかける。
エミリマはそれに気づき、アロンの腕に手を伸ばした。
「待って! まだ聞きたいことが……」
「うるさい」
アロンが払いのけようとすると、母からいつも褒められていた手が、エミリマの首にかかったネックレスにひっかかり、そしてちぎれた。
──アロンの手は、父さん譲りだね。働きもので、強くて、優しくて……人を助けてくれる、本当にいい手だよ。
安物の指輪が足元に転がる。
「やだ。アロンからもらった指輪……!」
エミリマは慌ててかがみこみ、手を伸ばした。
届く前に、アロンは指輪を踏みつける。
「ああ、そうか。慰謝料が欲しくてごねているのか。気づかなくて、悪かったな」
アロンは準備しておいた金貨の詰まった袋を、無造作に床に投げた。
エミリマが顔を上げる。
傷ついていた。
「アロン……どうしたの?」
「人は変わる。おまえも変われよ。じゃあな。もう会うこともないだろうけど」
アロンはそのまま、家を出る。
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