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5・助けてあげる
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「私たちが小さいころ、あの町は今より貧しくて、食べ物が足りなくて死んでしまう子だっていた……だからアロンはいつも、棒のように細かった私のことを悲しんでいた。心配してくれた」
「昔のことなんか、忘れたよ」
「それに、王様からリュシャーヌ姫を助けた褒美を聞かれたとき、ベルちゃんはアロンと一緒に、砂泉の霊薬を頼んだって言ってた」
「……酔っ払いの言うことなんて、真に受けるほうがおかしい」
「おかしいのはアロンよ。あなたの嘘はいつもそう。私が知っているのは、お腹を空かせた私の家族に『余ったから』って食べ物を持ってきてくれるときと、アロンのお母さんが亡くなったのに『悲しくない』ってごまかしたとき。私は知ってる。アロンは相手のためにしか、嘘をつかない」
「そ、んなこと」
「ねぇ、何を隠しているの。何におびえているの? 正直に話して」
「……うるさい! もう俺のことは放っておいてくれ!」
「嫌!」
エミリマは鋭く叫んだ。
「何が起きているのかわからないのは、もう嫌なの!」
今まで聞いたことのないようなエミリマの声量に、アロンは返す言葉が出てこない。
エミリマは先ほどの態度から一転、心細そうに声を震わせた。
「こんなの、アロンがベルちゃんと一緒に遺跡に行ったときみたい……。地元の人なら間違っても近づかないような魔物の巣窟に……。あの時の私の気持ち、わかる? 身体を治す霊薬が見つかるかもしれないなんて言われて、楽しみに待っていたと思う? 私は、そんなに強くない。もし、アロンに何かあったら……。嫌なの、怖いの! 今だって……」
てのひらで顔をおおい、エミリマが泣いている。
アロンは思わず、駆け寄っていた。
抱きしめずにはいられず、手を伸ばす。
「誰? その女」
背後で不愉快なほど、とぼけた声が呟いた。
アロンはエミリマに触れる直前で硬直する。
嫌悪すら感じる不気味な気配に、アロンの背筋がぞわぞわと粟立った。
生きた心地がしない。
息を震わせ、おそるおそる、振り返った。
不安定にともる街灯の下で、淡い色のドレスを着た色白の女が、無防備に立っていた。
アロンは恐怖に叫び出しそうになるのを、必死で抑える。
できる限り、冷静で、思いやり深く、紳士的な声を出した。
「今夜は……早めにおやすみになられるのではないのですか、リュシャーヌ姫」
「リュシーよ」
「……リュシー、」
「アラン、先ほどの質問に答えていないわ。誰? その女」
「……道を聞かれていただけですよ」
「嘘」
姫の充血した目玉が、ぎょろりと動く。
「嘘嘘嘘!」
聞くに堪えない金切り声だった。
アロンもエミリマも、異様な迫力に侵され、動けなくなる。
姫は見苦しく荒れた呼吸をくり返していたが、気を取り直したように、突如不気味にほほ笑んだ。
「そうよね。アロンは優しいから、その女をかばっているのね」
「……姫」
「アロンがかわいそう」
姫の唇が薄く開くと、腹の底から響く不穏な笑い声が漏れた。
「わたくしが、助けてあげる」
アロンはようやく、リュシャーヌ姫の背後に、数名の近衛騎士が控えていることに気づく。
「女を殺して」
「昔のことなんか、忘れたよ」
「それに、王様からリュシャーヌ姫を助けた褒美を聞かれたとき、ベルちゃんはアロンと一緒に、砂泉の霊薬を頼んだって言ってた」
「……酔っ払いの言うことなんて、真に受けるほうがおかしい」
「おかしいのはアロンよ。あなたの嘘はいつもそう。私が知っているのは、お腹を空かせた私の家族に『余ったから』って食べ物を持ってきてくれるときと、アロンのお母さんが亡くなったのに『悲しくない』ってごまかしたとき。私は知ってる。アロンは相手のためにしか、嘘をつかない」
「そ、んなこと」
「ねぇ、何を隠しているの。何におびえているの? 正直に話して」
「……うるさい! もう俺のことは放っておいてくれ!」
「嫌!」
エミリマは鋭く叫んだ。
「何が起きているのかわからないのは、もう嫌なの!」
今まで聞いたことのないようなエミリマの声量に、アロンは返す言葉が出てこない。
エミリマは先ほどの態度から一転、心細そうに声を震わせた。
「こんなの、アロンがベルちゃんと一緒に遺跡に行ったときみたい……。地元の人なら間違っても近づかないような魔物の巣窟に……。あの時の私の気持ち、わかる? 身体を治す霊薬が見つかるかもしれないなんて言われて、楽しみに待っていたと思う? 私は、そんなに強くない。もし、アロンに何かあったら……。嫌なの、怖いの! 今だって……」
てのひらで顔をおおい、エミリマが泣いている。
アロンは思わず、駆け寄っていた。
抱きしめずにはいられず、手を伸ばす。
「誰? その女」
背後で不愉快なほど、とぼけた声が呟いた。
アロンはエミリマに触れる直前で硬直する。
嫌悪すら感じる不気味な気配に、アロンの背筋がぞわぞわと粟立った。
生きた心地がしない。
息を震わせ、おそるおそる、振り返った。
不安定にともる街灯の下で、淡い色のドレスを着た色白の女が、無防備に立っていた。
アロンは恐怖に叫び出しそうになるのを、必死で抑える。
できる限り、冷静で、思いやり深く、紳士的な声を出した。
「今夜は……早めにおやすみになられるのではないのですか、リュシャーヌ姫」
「リュシーよ」
「……リュシー、」
「アラン、先ほどの質問に答えていないわ。誰? その女」
「……道を聞かれていただけですよ」
「嘘」
姫の充血した目玉が、ぎょろりと動く。
「嘘嘘嘘!」
聞くに堪えない金切り声だった。
アロンもエミリマも、異様な迫力に侵され、動けなくなる。
姫は見苦しく荒れた呼吸をくり返していたが、気を取り直したように、突如不気味にほほ笑んだ。
「そうよね。アロンは優しいから、その女をかばっているのね」
「……姫」
「アロンがかわいそう」
姫の唇が薄く開くと、腹の底から響く不穏な笑い声が漏れた。
「わたくしが、助けてあげる」
アロンはようやく、リュシャーヌ姫の背後に、数名の近衛騎士が控えていることに気づく。
「女を殺して」
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