【完結】もしそこに、姫が

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆

文字の大きさ
10 / 10

その後

しおりを挟む
 走る足が、水をはじく。
 アロンとベルは息を切らし、ひとけのない道を選び、ベルがよく知る飲み屋街の裏道から、抜け道の地下水路へと進んでいた。

 炎が有効だったのか、今のところ追手の気配はない。
 それでもアロンは、一度だけ振り返った時に見た、あの不気味に佇んだ女のシルエットが執拗によぎり、いつになっても逃れた心地にはなれなかった。

「ごめん」

 沈んだベルの声に、アロンは意識を戻す。
 三角帽子のつばで隠れて、小柄なベルの表情はわからなかった。

「私、エミリマが村にいないことに気づいたんだ。体調もまだ心配だったし、もしかしてあんたを追いかけて王都に行ったんじゃないかって、胸騒ぎがして来てみたけど……遅すぎた」

 アロンの中に、しんしんと悲しみが湧き上がってくる。
 ベルが傷付いている。
 そしてそれは、信じたくないことが起こったのだと、アロンに自覚させた。

「ベルのせいじゃない。俺が……」

 声がかすれた。
 アロンは霊薬を持って帰ってから、エミリマにひどい言葉を投げつけて、大切にしてくれた指輪を踏みつけたことを思い出す。
 そんな自分を心配して、エミリマは体調の不安を抱えながら王都まで来てくれたというのに、近衛騎士に追われたり、苦しいほど走らされて、それから迎えたあの姿を思い出すと、身をよじるような後悔が襲ってくる。

「全部、俺が引き起こしたことなんだ」

 ただ、元気になって欲しかった。
 幸せでいて欲しかった。
 それだけだったはずなのに、何が悪かったのか。

 エミリマの笑顔を思い出そうとしても、背中に剣の突き刺さった、あの無残な最期が浮かぶ。
 それはふと、エミリマからベルに変わった。
 耐え難い予感だった。

 このまま逃げれば、一緒にいるベルにまで危害が及ぶのは明らかだった。
 これ以上、誰一人も、失いたくない。
 たとえ会えなくても、生きていてくれると思えるのは、どれほど幸せなことか。
 アロンは震える息を吐いた。

「ベル、来てくれてありがとう。ここでお別れだけど、元気でな。酒、飲みすぎるなよ」
「アロンは?」
「俺……?」
「アロンはどこへ行くの」
「俺には、姫が待っている」
「じゃあ私は?」
「今は逃げて……それでいつか、元の姿に戻れたらいいな」

 ベルは無表情でアロンを見上げた。

「何言ってんの」
「何って……」
「だってそうだよ。このままだと私、殺される」
「だからだよ。俺はそうならないために、姫の元へ戻る。それなら多分……失うのは、俺の手首ひとつくらいで、」
「ふざけんな」

 ベルはアロンの服のすそを掴み、強く引いた。

「その手は、エミリマが命を懸けて守った、特別な手なんだよ。手首ひとつ? 簡単に言うな!」

 地下水路に、少女の声が反響する。
 アロンは自分の袖をつかむ小さな手が、ぶるぶると震えていることに気付く。
 ベルは泣いていた。
 気丈にふるまっていても、何も感じていないわけがない。
 ただアロンを助けようと、エミリマを失った罪悪感や身の保身は後回しで、ひたすら無理をしていただけだった。

「助けてよ……」

 ベルは食いしばるように嗚咽を漏らした。

「私だって、怖いに決まってるじゃない。ひとりにしないで」

 遺跡で見た、出会った魔物にも恐れず立ち向かうベルが、心細さに泣きじゃくっている。
 アロンはひるんだ。
 どうするのが正しいのか。
 自然とてのひらを握りしめると、エミリマの言葉がふと胸をつく。

──アロンの手は、働きもので、強くて、優しくて……人を助けてくれる、本当にいい手だって。そうなんだよ。大切な手なの。

 アロンは歯を食いしばる。
 泣いている場合ではなかった。
 ここに立っていることができるのは、自分だけの力ではないのだと、アロンは改めて思いなおす。
 命も、手も。
 自分だけで守ってきたものは、何ひとつない。
 エミリマが自分のことをどれだけ思っていてくれたのか、今になってわかったような気がした。

 アロンは一歩、足を踏み出す。
 隣にいたベルは、赤く腫れた目で、アロンを見上げた。

「アロン、私……」
「行くぞ」

 ベルは驚いたように、口を開いたまま言葉を返さなかったが、代わりにちいさく頷いた。
 二人は再び、地下水路を進み始める。
 どちらも無言だった。

 背中に、痛いほどの視線を感じている。
 だから、アロンは振り返らない。
 逃げ切ってやる。

 もしそこに、姫が待っていたとしても。


しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

大好きな幼なじみが超イケメンの彼女になったので諦めたって話

家紋武範
青春
大好きな幼なじみの奈都(なつ)。 高校に入ったら告白してラブラブカップルになる予定だったのに、超イケメンのサッカー部の柊斗(シュート)の彼女になっちまった。 全く勝ち目がないこの恋。 潔く諦めることにした。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

投稿インセンティブで月額23万円を稼いだ方法。

克全
エッセイ・ノンフィクション
「カクヨム」にも投稿しています。

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

25年目の真実

yuzu
ミステリー
結婚して25年。娘1人、夫婦2人の3人家族で幸せ……の筈だった。 明かされた真実に戸惑いながらも、愛を取り戻す夫婦の話。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

処理中です...