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9・焼け野
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視界が真っ暗になる。
アロンの顔に、温かく重いものがおおいかぶさった。
直後、魔物を切りつけたときとよく似た、嫌な音と振動が伝わる。
清涼感のある花の香がよぎった。
抑えがたい恐怖に突き動かされ、アロンはわめきながら力ずくで身体を起こした。
アロンにおおいかぶさったエミリマの背中に、深々と剣が刺さっている。
その身体から、恐ろしい勢いで生暖かいものが溢れていた。
傷口を直視できない。
それでもわかった。
アロンの喉から喘鳴が漏れる。
叫びだしたいのに声が出ず、助けを求めるように、周りを見回した。
近衛騎士たちは、アロンを取り囲み、無言で見下ろしている。
どうしてそんな、憐れむような顔で見ているのか、アロンは理解できなかった。
拘束を解かれた自分が、エミリマを連れて逃げてもおかしくない状況なのに、彼らは手を緩めている。
どうしてもう、嫌なことを終わらせたような顔をしているのか。
意味がわからず、アロンはうわごとのように繰り返す。
「どうして……どうして……どうして」
「アロンのお母さんも、言ってた……じゃない」
か細い声にはっとした。
アロンの腕の中で、エミリマの動きを感じる。
エミリマの指先が、いつくしむように、アロンの手に触れた。
「アロンの手は、働きもので、強くて、優しくて……人を助けてくれる、本当にいい手だって。そうなんだよ。大切な手なの」
放心し、返事の出来ないアロンを勇気づけるように、エミリマはうっすらと笑う。
「生きて」
「……リ、マ」
「一緒に、行こうなんて、嘘……言わなくて、いい。いいの……。生きて」
エミリマの身体から、すんと力が抜けた。
「……マ」
かすれた声が、ようやく押し出される。
堰を切ったように、アロンから悲鳴とも叫びともつかない声がふきあがった。
「……リマ! エミリマ! エミリマ!」
焼けるような喉の痛みも気づかず、アロンは我を失ったように叫び続け、もう動かない人を抱きしめる。
エミリマは相変わらず細く、そして濡れていた。
名を呼び続けても、返事はない。
動かない。
熱い。
背中が熱くて、どうしようもない。
皮膚が炙られているようだった。
周囲の近衛騎士たちがうめき、焼けるような苦しみに叫びはじめる。
「あ、熱い!」
「なんだ、この火は……!」
熱いのは自分だけではないと気づき、アロンは現実に引き戻される。
夜空には無数の火が、荒ぶる流れ星のように飛び交っている。
それは近衛騎士たちの身体に食らいつき、地を燃やし、傍観しているアロンですら耐え難い灼熱で周囲を襲いつくしていた。
燃えさかる騎士たちは悲鳴を上げて、河川敷から転がり、川へ飛び込みはじめる。
アロンは放心状態のまま眺めていると、ちいさな手に腕を引かれた。
「アロン、こっち!」
三角帽子をかぶった少女は、蒼白な顔色をしている。
「……ベル?」
「騒ぎが広がる前に、早く!」
「だけど、エミリマが……」
「……わかってる。だけど今はお願い。一緒に来て」
「え……無理だろ? エミリマを置いていけるわけない」
「アロン」
「それに俺、痛いんだ。全身が。無理だよ。動けない」
「……思い出して。エミリマは、アロンに生きてって言った」
「何言ってるんだ? エミリマが行かないなら、いないなら。行く意味ないだろ」
淡々と呟くアロンの横面に、乾いた音が弾けた。
平手打ちを食らわせたベルは、恐ろしいほど目をつり上げてアロンを睨む。
「甘ったれるな!」
少女とは思えない、見のすくむような怒声だった。
「いい加減にしろ! そうやって自分の悲しみに酔って、エミリマの気持ちを踏みにじる気か! 私はあんたのことなんて、聞いていない! エミリマの話をしているんだ! 立て!」
アロンは気づくとベルに手を引かれ、焼け野を走っていた。
自分の意志なのか、ベルに引っ張られているせいなのかわからなかったが、腕の中にエミリマがいないことに気づく。
「後ろを見るな」
何度も、たしなめられた。
しかし一度だけ振り返った時に、見えた。
エミリマの亡骸ではない。
燃えさかる炎の中、無表情でたたずむ、姫が。
アロンの顔に、温かく重いものがおおいかぶさった。
直後、魔物を切りつけたときとよく似た、嫌な音と振動が伝わる。
清涼感のある花の香がよぎった。
抑えがたい恐怖に突き動かされ、アロンはわめきながら力ずくで身体を起こした。
アロンにおおいかぶさったエミリマの背中に、深々と剣が刺さっている。
その身体から、恐ろしい勢いで生暖かいものが溢れていた。
傷口を直視できない。
それでもわかった。
アロンの喉から喘鳴が漏れる。
叫びだしたいのに声が出ず、助けを求めるように、周りを見回した。
近衛騎士たちは、アロンを取り囲み、無言で見下ろしている。
どうしてそんな、憐れむような顔で見ているのか、アロンは理解できなかった。
拘束を解かれた自分が、エミリマを連れて逃げてもおかしくない状況なのに、彼らは手を緩めている。
どうしてもう、嫌なことを終わらせたような顔をしているのか。
意味がわからず、アロンはうわごとのように繰り返す。
「どうして……どうして……どうして」
「アロンのお母さんも、言ってた……じゃない」
か細い声にはっとした。
アロンの腕の中で、エミリマの動きを感じる。
エミリマの指先が、いつくしむように、アロンの手に触れた。
「アロンの手は、働きもので、強くて、優しくて……人を助けてくれる、本当にいい手だって。そうなんだよ。大切な手なの」
放心し、返事の出来ないアロンを勇気づけるように、エミリマはうっすらと笑う。
「生きて」
「……リ、マ」
「一緒に、行こうなんて、嘘……言わなくて、いい。いいの……。生きて」
エミリマの身体から、すんと力が抜けた。
「……マ」
かすれた声が、ようやく押し出される。
堰を切ったように、アロンから悲鳴とも叫びともつかない声がふきあがった。
「……リマ! エミリマ! エミリマ!」
焼けるような喉の痛みも気づかず、アロンは我を失ったように叫び続け、もう動かない人を抱きしめる。
エミリマは相変わらず細く、そして濡れていた。
名を呼び続けても、返事はない。
動かない。
熱い。
背中が熱くて、どうしようもない。
皮膚が炙られているようだった。
周囲の近衛騎士たちがうめき、焼けるような苦しみに叫びはじめる。
「あ、熱い!」
「なんだ、この火は……!」
熱いのは自分だけではないと気づき、アロンは現実に引き戻される。
夜空には無数の火が、荒ぶる流れ星のように飛び交っている。
それは近衛騎士たちの身体に食らいつき、地を燃やし、傍観しているアロンですら耐え難い灼熱で周囲を襲いつくしていた。
燃えさかる騎士たちは悲鳴を上げて、河川敷から転がり、川へ飛び込みはじめる。
アロンは放心状態のまま眺めていると、ちいさな手に腕を引かれた。
「アロン、こっち!」
三角帽子をかぶった少女は、蒼白な顔色をしている。
「……ベル?」
「騒ぎが広がる前に、早く!」
「だけど、エミリマが……」
「……わかってる。だけど今はお願い。一緒に来て」
「え……無理だろ? エミリマを置いていけるわけない」
「アロン」
「それに俺、痛いんだ。全身が。無理だよ。動けない」
「……思い出して。エミリマは、アロンに生きてって言った」
「何言ってるんだ? エミリマが行かないなら、いないなら。行く意味ないだろ」
淡々と呟くアロンの横面に、乾いた音が弾けた。
平手打ちを食らわせたベルは、恐ろしいほど目をつり上げてアロンを睨む。
「甘ったれるな!」
少女とは思えない、見のすくむような怒声だった。
「いい加減にしろ! そうやって自分の悲しみに酔って、エミリマの気持ちを踏みにじる気か! 私はあんたのことなんて、聞いていない! エミリマの話をしているんだ! 立て!」
アロンは気づくとベルに手を引かれ、焼け野を走っていた。
自分の意志なのか、ベルに引っ張られているせいなのかわからなかったが、腕の中にエミリマがいないことに気づく。
「後ろを見るな」
何度も、たしなめられた。
しかし一度だけ振り返った時に、見えた。
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