【完結】もしそこに、姫が

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆

文字の大きさ
9 / 10

9・焼け野

しおりを挟む
 視界が真っ暗になる。
 アロンの顔に、温かく重いものがおおいかぶさった。
 直後、魔物を切りつけたときとよく似た、嫌な音と振動が伝わる。
 清涼感のある花の香がよぎった。

 抑えがたい恐怖に突き動かされ、アロンはわめきながら力ずくで身体を起こした。
 アロンにおおいかぶさったエミリマの背中に、深々と剣が刺さっている。
 その身体から、恐ろしい勢いで生暖かいものが溢れていた。
 傷口を直視できない。
 それでもわかった。

 アロンの喉から喘鳴が漏れる。
 叫びだしたいのに声が出ず、助けを求めるように、周りを見回した。

 近衛騎士たちは、アロンを取り囲み、無言で見下ろしている。
 どうしてそんな、憐れむような顔で見ているのか、アロンは理解できなかった。
 拘束を解かれた自分が、エミリマを連れて逃げてもおかしくない状況なのに、彼らは手を緩めている。
 どうしてもう、嫌なことを終わらせたような顔をしているのか。
 意味がわからず、アロンはうわごとのように繰り返す。

「どうして……どうして……どうして」
「アロンのお母さんも、言ってた……じゃない」

 か細い声にはっとした。
 アロンの腕の中で、エミリマの動きを感じる。
 エミリマの指先が、いつくしむように、アロンの手に触れた。

「アロンの手は、働きもので、強くて、優しくて……人を助けてくれる、本当にいい手だって。そうなんだよ。大切な手なの」

 放心し、返事の出来ないアロンを勇気づけるように、エミリマはうっすらと笑う。

「生きて」
「……リ、マ」
「一緒に、行こうなんて、嘘……言わなくて、いい。いいの……。生きて」

 エミリマの身体から、すんと力が抜けた。

「……マ」

 かすれた声が、ようやく押し出される。
 堰を切ったように、アロンから悲鳴とも叫びともつかない声がふきあがった。

「……リマ! エミリマ! エミリマ!」

 焼けるような喉の痛みも気づかず、アロンは我を失ったように叫び続け、もう動かない人を抱きしめる。
 エミリマは相変わらず細く、そして濡れていた。
 名を呼び続けても、返事はない。
 動かない。
 熱い。

 背中が熱くて、どうしようもない。
 皮膚が炙られているようだった。

 周囲の近衛騎士たちがうめき、焼けるような苦しみに叫びはじめる。

「あ、熱い!」
「なんだ、この火は……!」

 熱いのは自分だけではないと気づき、アロンは現実に引き戻される。

 夜空には無数の火が、荒ぶる流れ星のように飛び交っている。
 それは近衛騎士たちの身体に食らいつき、地を燃やし、傍観しているアロンですら耐え難い灼熱で周囲を襲いつくしていた。

 燃えさかる騎士たちは悲鳴を上げて、河川敷から転がり、川へ飛び込みはじめる。
 アロンは放心状態のまま眺めていると、ちいさな手に腕を引かれた。

「アロン、こっち!」

 三角帽子をかぶった少女は、蒼白な顔色をしている。

「……ベル?」
「騒ぎが広がる前に、早く!」
「だけど、エミリマが……」
「……わかってる。だけど今はお願い。一緒に来て」
「え……無理だろ? エミリマを置いていけるわけない」
「アロン」
「それに俺、痛いんだ。全身が。無理だよ。動けない」
「……思い出して。エミリマは、アロンに生きてって言った」
「何言ってるんだ? エミリマが行かないなら、いないなら。行く意味ないだろ」

 淡々と呟くアロンの横面に、乾いた音が弾けた。
 平手打ちを食らわせたベルは、恐ろしいほど目をつり上げてアロンを睨む。

「甘ったれるな!」

 少女とは思えない、見のすくむような怒声だった。

「いい加減にしろ! そうやって自分の悲しみに酔って、エミリマの気持ちを踏みにじる気か! 私はあんたのことなんて、聞いていない! エミリマの話をしているんだ! 立て!」

 アロンは気づくとベルに手を引かれ、焼け野を走っていた。
 自分の意志なのか、ベルに引っ張られているせいなのかわからなかったが、腕の中にエミリマがいないことに気づく。

「後ろを見るな」

 何度も、たしなめられた。

 しかし一度だけ振り返った時に、見えた。
 エミリマの亡骸ではない。
 燃えさかる炎の中、無表情でたたずむ、姫が。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大好きな幼なじみが超イケメンの彼女になったので諦めたって話

家紋武範
青春
大好きな幼なじみの奈都(なつ)。 高校に入ったら告白してラブラブカップルになる予定だったのに、超イケメンのサッカー部の柊斗(シュート)の彼女になっちまった。 全く勝ち目がないこの恋。 潔く諦めることにした。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

投稿インセンティブで月額23万円を稼いだ方法。

克全
エッセイ・ノンフィクション
「カクヨム」にも投稿しています。

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

25年目の真実

yuzu
ミステリー
結婚して25年。娘1人、夫婦2人の3人家族で幸せ……の筈だった。 明かされた真実に戸惑いながらも、愛を取り戻す夫婦の話。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

処理中です...