25 / 31
25・症状
しおりを挟む
一角獣は体を震わせ、地べたに伏した。
「苦しいの?」
もしかすると、食べさせた薬草が悪かったのだろうか。
セレルは少しでも楽になればと背中をさすってみる。
しかし症状は悪化の一途をたどるように、先ほどまでの柔らかな毛色はくすみ、みるみるうちに黒ずんでいく。
「どうしよう。私、こんなことになるなんて……ごめん。ごめんね」
セレルの悲痛な声色に一角獣は弱々しく視線を上げると、相手を安心させようとするかのように顔をすり寄せてくる。
その様子が痛々しくて、セレルはいたたまれなくなった。
「いいよ。私はだいじょうぶだから……お願い。無理、しないで……」
言いながら、セレルはミリムが自分を頑なに休ませようとしてくれたこと、カーシェスが少なくなってしまったモモイモを食べさせようと持ってきてくれたことが浮かんできて、再び涙が溢れてくる。
自分が無理をするたびに周りの人がどれほどつらい思いをしていたのか。
少し考えればわかることだった。
ロラッドの怪我を治すため、セレルは気を失ってしばらくの間まともな生活もできないほど衰弱したのだ。
セレルに会いに行けないほど、触れるのを避けるほど、ロラッドを傷つけていたのだと今さらになって知る。
低い獣の唸り声にセレルは我に返った。
一角獣は以前の醜い漆黒に変貌していて、全身から不快感をにじませている。
さっと飛びのいたセレルに猶予を与えず、漆黒の巨体は俊敏な動きで距離を詰めた。
牙を剥く獣の顔面に冷たい飛沫がかかる。
守護獣はひるんだかと思うとそばの廃墟の陰から現れたロラッドに気づき、悲鳴のように一声あげて逃げ出していく。
セレルはロラッドの手にある、ミリムが使っているものと同じかわいい熊型の瓶に目を向けた。
「あの子に、なにをかけたの?」
「清涼系の香草を混ぜた、ただの冷たいハーブティーだよ。驚かせようと思ったんだけどあいつ、そんなことよりも俺を見て迷いなく逃げていったな」
「だけどあの子、さっきまでは元気だったの。でも私が薬草食べさせたら急に苦しみだして……」
「いや、それは違う。原因はおそらく巨大化したモモイモの消失だ」
ロラッドが顔を畑の方角にやると見間違いではなかったらしく、やはりあのモモイモは見えなかった。
「俺もなにが起こったのかはわからないから、戻ってからあいつらに聞くけど。さっきまではあの巨大化したモモイモが土地に良い作用を起こして、それが一時的に守護獣の姿を戻すほどの回復につながったんじゃないか」
「じゃあ前みたいな黒色に戻ったのは、大きなモモイモが無くなって土地の浄化が弱まったせい?」
「多分な。俺はセレルと守護獣の様子を見ていてそう思った」
「見ていたの?」
「……ああ、まあ。一角獣の様子が以前と違ったから観察したかったんだ。でも俺はさんざん痛い目に合わせたから、出て行けば逃げられるだろ? だから建物の陰に隠れてた。ちょうど驚かせられそうなハーブティーも持ってるし、もし襲ってきたとしてもセレルを連れて逃げるくらい楽勝だから。それに、楽しそうだったからな」
「うん。楽しかった」
セレルの目は先ほどの悲しみを忘れられず潤んでいたが、一角獣とのひとときを思い出して笑顔が戻ってくる。
それを見てロラッドも少し表情を緩めた。
「畑に戻って、あの巨大モモイモのこと聞いてくるか」
「うん」
ロラッドが普段通り話してくれることもあり、セレルはほっとする。
自分と一角獣のやりとりを邪魔しないように観察と言いながら見守ってくれたところにも、ロラッドらしい思いやりを感じた。
「苦しいの?」
もしかすると、食べさせた薬草が悪かったのだろうか。
セレルは少しでも楽になればと背中をさすってみる。
しかし症状は悪化の一途をたどるように、先ほどまでの柔らかな毛色はくすみ、みるみるうちに黒ずんでいく。
「どうしよう。私、こんなことになるなんて……ごめん。ごめんね」
セレルの悲痛な声色に一角獣は弱々しく視線を上げると、相手を安心させようとするかのように顔をすり寄せてくる。
その様子が痛々しくて、セレルはいたたまれなくなった。
「いいよ。私はだいじょうぶだから……お願い。無理、しないで……」
言いながら、セレルはミリムが自分を頑なに休ませようとしてくれたこと、カーシェスが少なくなってしまったモモイモを食べさせようと持ってきてくれたことが浮かんできて、再び涙が溢れてくる。
自分が無理をするたびに周りの人がどれほどつらい思いをしていたのか。
少し考えればわかることだった。
ロラッドの怪我を治すため、セレルは気を失ってしばらくの間まともな生活もできないほど衰弱したのだ。
セレルに会いに行けないほど、触れるのを避けるほど、ロラッドを傷つけていたのだと今さらになって知る。
低い獣の唸り声にセレルは我に返った。
一角獣は以前の醜い漆黒に変貌していて、全身から不快感をにじませている。
さっと飛びのいたセレルに猶予を与えず、漆黒の巨体は俊敏な動きで距離を詰めた。
牙を剥く獣の顔面に冷たい飛沫がかかる。
守護獣はひるんだかと思うとそばの廃墟の陰から現れたロラッドに気づき、悲鳴のように一声あげて逃げ出していく。
セレルはロラッドの手にある、ミリムが使っているものと同じかわいい熊型の瓶に目を向けた。
「あの子に、なにをかけたの?」
「清涼系の香草を混ぜた、ただの冷たいハーブティーだよ。驚かせようと思ったんだけどあいつ、そんなことよりも俺を見て迷いなく逃げていったな」
「だけどあの子、さっきまでは元気だったの。でも私が薬草食べさせたら急に苦しみだして……」
「いや、それは違う。原因はおそらく巨大化したモモイモの消失だ」
ロラッドが顔を畑の方角にやると見間違いではなかったらしく、やはりあのモモイモは見えなかった。
「俺もなにが起こったのかはわからないから、戻ってからあいつらに聞くけど。さっきまではあの巨大化したモモイモが土地に良い作用を起こして、それが一時的に守護獣の姿を戻すほどの回復につながったんじゃないか」
「じゃあ前みたいな黒色に戻ったのは、大きなモモイモが無くなって土地の浄化が弱まったせい?」
「多分な。俺はセレルと守護獣の様子を見ていてそう思った」
「見ていたの?」
「……ああ、まあ。一角獣の様子が以前と違ったから観察したかったんだ。でも俺はさんざん痛い目に合わせたから、出て行けば逃げられるだろ? だから建物の陰に隠れてた。ちょうど驚かせられそうなハーブティーも持ってるし、もし襲ってきたとしてもセレルを連れて逃げるくらい楽勝だから。それに、楽しそうだったからな」
「うん。楽しかった」
セレルの目は先ほどの悲しみを忘れられず潤んでいたが、一角獣とのひとときを思い出して笑顔が戻ってくる。
それを見てロラッドも少し表情を緩めた。
「畑に戻って、あの巨大モモイモのこと聞いてくるか」
「うん」
ロラッドが普段通り話してくれることもあり、セレルはほっとする。
自分と一角獣のやりとりを邪魔しないように観察と言いながら見守ってくれたところにも、ロラッドらしい思いやりを感じた。
12
あなたにおすすめの小説
聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~
白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。
王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。
彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。
#表紙絵は、もふ様に描いていただきました。
#エブリスタにて連載しました。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから
渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。
朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。
「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」
「いや、理不尽!」
初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。
「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」
※※※
専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり)
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
叶えられた前世の願い
レクフル
ファンタジー
「私が貴女を愛することはない」初めて会った日にリュシアンにそう告げられたシオン。生まれる前からの婚約者であるリュシアンは、前世で支え合うようにして共に生きた人だった。しかしシオンは悪女と名高く、しかもリュシアンが憎む相手の娘として生まれ変わってしまったのだ。想う人を守る為に強くなったリュシアン。想う人を守る為に自らが代わりとなる事を望んだシオン。前世の願いは叶ったのに、思うようにいかない二人の想いはーーー
【完結】ロザリンダ嬢の憂鬱~手紙も来ない 婚約者 vs シスコン 熾烈な争い
buchi
恋愛
後ろ盾となる両親の死後、婚約者が冷たい……ロザリンダは婚約者の王太子殿下フィリップの変容に悩んでいた。手紙もプレゼントも来ない上、夜会に出れば、他の令嬢たちに取り囲まれている。弟からはもう、婚約など止めてはどうかと助言され……
視点が話ごとに変わります。タイトルに誰の視点なのか入っています(入ってない場合もある)。話ごとの文字数が違うのは、場面が変わるから(言い訳)
奥様は聖女♡
喜楽直人
ファンタジー
聖女を裏切った国は崩壊した。そうして国は魔獣が跋扈する魔境と化したのだ。
ある地方都市を襲ったスタンピードから人々を救ったのは一人の冒険者だった。彼女は夫婦者の冒険者であるが、戦うのはいつも彼女だけ。周囲は揶揄い夫を嘲るが、それを追い払うのは妻の役目だった。
婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!
みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。
幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、
いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。
そして――年末の舞踏会の夜。
「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」
エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、
王国の均衡は揺らぎ始める。
誇りを捨てず、誠実を貫く娘。
政の闇に挑む父。
陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。
そして――再び立ち上がる若き王女。
――沈黙は逃げではなく、力の証。
公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。
――荘厳で静謐な政略ロマンス。
(本作品は小説家になろうにも掲載中です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる