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26・容態
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セレルがロラッドと畑に戻ると、やはりあの巨大なモモイモの葉はこつ然と消えていた。
二人を出迎えたミリムは明らかに気落ちしていて、さんさんと注ぐ日差しを背にうつむいている。
「一瞬のことでした。突然巨大化したときと同じように突然退縮して、いつもの大きさになってしまいました」
ミリムの脇には、店主のいない酒場から調達したらしい大きな樽がいくつもあり、カーシェスはそれをせっせと並べている。
セレルは念のため聞いた。
「ミリム、あの……こんなに樽を集めて、かくれんぼでもするの?」
「セレルまで私に父上と同じく幼稚な遊びを押し付けるのですか。栄養剤を作っていたのです」
「……短期間過ぎない?」
「仕込みを終えたところです。明朝まで熟成させれば完成です」
それでも早すぎる多すぎると思ったが、指摘しにくいくらいミリムの声は沈んでいた。
「でもこの栄養剤は持続効果がないようです。また改良すればいいのですが、私は期待しすぎていたので深々と落ち込んでいます」
「ミリム……」
セレルがかける言葉も出ずにいるとカーシェスは明るく樽を叩いた。
「明日はセレルが浄化モモイモを作ってくれるから、また地道にやっていけばいいさ! それに天才に失敗はつきものだからな! 生きていればまた明日挑戦するだけだ! がっかりするな!」
気ままに笑うカーシェスに、珍しくミリムの瞳が怒りに染まる。
「私だって、がっかりくらい、します!」
一喝すると、あたりはしんと静まった。
ミリムは不満げに口を閉ざし、カーシェスも驚いたのか目を丸くしている。
なかなかの険悪さがたちこめる中、今までおとなしくしていたロラッドは知らん顔で話題を変えると、先ほどセレルと交流していた守護獣の変化と様子について一通り説明をした。
カーシェスは大人の対応なのかそれともなにも考えていないのか、いつものように「ミリムの栄養剤でできた巨大モモイモが土地にも守護獣にも良かったんだな!」と騒ぎ立てたので、セレルは気が気ではなかったが、ミリムもあれ以上怒りを表に出すことはなく難しい顔をして一つ質問する。
「しかしなぜ、守護獣は薬草を吐いてしまったのですか?」
「薬草程度でも体が受け付けないほど弱っているんだろうな」
「では薬などは一切飲めないのでしょうか」
「加減が難しくて死ぬかもな」
物騒な言葉に反応して、セレルがロラッドに詰め寄った。
「それなら……薬を飲まないまま、次第に治るのを待つしかないの?」
「いや」
ロラッドはきっぱりと否定的に首を振る。
「もう石化は完全に解けているみたいだし、この間俺がさんざん痛い目に合わせたから。あのまま衰弱して死ぬだろうな」
思いもよらない宣告にセレルは愕然とする。
「……だけど、さっきまであんなに元気だったのに。機嫌もよさそうで。襲ってくるどころか、私に撫でられて嬉しそうにしていて。見た目もきれいになっていて……」
セレルは前向きな材料を必死に探したが、ミリムは言いにくそうに目を伏せる。
「私は長い間この土地で暮らしていたので、正直守護獣の容態について驚いていません。おそらく父上もそうでしょう。セレルが寝込んでいる間、土地はさらに傷んでいるようにも思えたので、守護獣の容態が悪化していると知り納得しました」
カーシェスは樽に両腕を乗せて寄りかかりながら、ロラッドを見た。
「だけどな、守護獣がいなくなったらこの土地はどうなるんだ?」
「病んだ守護獣がいなくなれば、土地がその影響を受けて悪化したり汚染されることは無くなる。守護のない土地もあるけど、もし欲しいなら新しい獣や精霊を見つければいい」
三人が未来について話すのを、セレルは遠い出来事のように聞いていた。
いい天気だというのに、寒空にされされているかのように心がじんじんと凍えている。
「待ってよ……あのこ、助けられないってこと?」
セレルは周りを見回したが誰も答えなかった。
真夜中もとっくに過ぎていたが、外に出ると思いのほか明るい。
眠れずにいたセレルは静かな闇の中、畑のそばをひとり散歩しながら澄んだ夜空を見上げる。
ちりばめられた星々を引き立て役に、満月がさえざえと輝いていた。
それがあのつぶらな一角獣の瞳や額の石と重なり、セレルは見ていられなくなる。
一角獣のことをみんなが諦めているのは知っていた。
それでもセレルの中に、一つの可能性が浮かんでは沈んでいく。
「あれ。俺のこと待ってたの?」
聞き慣れた声に振り返ると、なぜかロラッドが明かりの灯らない家を背景に立っていた。
腰に短剣をさげて上着を身につけているだけなのに、彼は相変わらずの風格でなかなか様になっている。
こんな時間にどこかへ出かけるつもりなのだろうか。
セレルの心の波立ちなど気づいていないのか、ロラッドはいつものように微笑みながら手を差し伸べてきた。
「そうだ。発作予防してよ」
思わぬ言葉にセレルの表情がふと緩む。
「いいの?」
「セレル。嬉しいのはわかるけど、ちぎれんばかりにしっぽをふらなくていいよ」
セレルはまばたきして一呼吸置くと、ようやく意味がわかったのかすぐ顔を真っ赤にした。
「……っ、ふってない! というか、ついていない! あと犬じゃない!」
「ああごめん。人見知りの猫だっけ」
「ロラッド! からかうのは私の心の準備が整っているときにしよう!」
「予定調和って俺としては盛り上がりにかける気がして」
「……その謎のこだわり、迷惑なんだけど」
二人を出迎えたミリムは明らかに気落ちしていて、さんさんと注ぐ日差しを背にうつむいている。
「一瞬のことでした。突然巨大化したときと同じように突然退縮して、いつもの大きさになってしまいました」
ミリムの脇には、店主のいない酒場から調達したらしい大きな樽がいくつもあり、カーシェスはそれをせっせと並べている。
セレルは念のため聞いた。
「ミリム、あの……こんなに樽を集めて、かくれんぼでもするの?」
「セレルまで私に父上と同じく幼稚な遊びを押し付けるのですか。栄養剤を作っていたのです」
「……短期間過ぎない?」
「仕込みを終えたところです。明朝まで熟成させれば完成です」
それでも早すぎる多すぎると思ったが、指摘しにくいくらいミリムの声は沈んでいた。
「でもこの栄養剤は持続効果がないようです。また改良すればいいのですが、私は期待しすぎていたので深々と落ち込んでいます」
「ミリム……」
セレルがかける言葉も出ずにいるとカーシェスは明るく樽を叩いた。
「明日はセレルが浄化モモイモを作ってくれるから、また地道にやっていけばいいさ! それに天才に失敗はつきものだからな! 生きていればまた明日挑戦するだけだ! がっかりするな!」
気ままに笑うカーシェスに、珍しくミリムの瞳が怒りに染まる。
「私だって、がっかりくらい、します!」
一喝すると、あたりはしんと静まった。
ミリムは不満げに口を閉ざし、カーシェスも驚いたのか目を丸くしている。
なかなかの険悪さがたちこめる中、今までおとなしくしていたロラッドは知らん顔で話題を変えると、先ほどセレルと交流していた守護獣の変化と様子について一通り説明をした。
カーシェスは大人の対応なのかそれともなにも考えていないのか、いつものように「ミリムの栄養剤でできた巨大モモイモが土地にも守護獣にも良かったんだな!」と騒ぎ立てたので、セレルは気が気ではなかったが、ミリムもあれ以上怒りを表に出すことはなく難しい顔をして一つ質問する。
「しかしなぜ、守護獣は薬草を吐いてしまったのですか?」
「薬草程度でも体が受け付けないほど弱っているんだろうな」
「では薬などは一切飲めないのでしょうか」
「加減が難しくて死ぬかもな」
物騒な言葉に反応して、セレルがロラッドに詰め寄った。
「それなら……薬を飲まないまま、次第に治るのを待つしかないの?」
「いや」
ロラッドはきっぱりと否定的に首を振る。
「もう石化は完全に解けているみたいだし、この間俺がさんざん痛い目に合わせたから。あのまま衰弱して死ぬだろうな」
思いもよらない宣告にセレルは愕然とする。
「……だけど、さっきまであんなに元気だったのに。機嫌もよさそうで。襲ってくるどころか、私に撫でられて嬉しそうにしていて。見た目もきれいになっていて……」
セレルは前向きな材料を必死に探したが、ミリムは言いにくそうに目を伏せる。
「私は長い間この土地で暮らしていたので、正直守護獣の容態について驚いていません。おそらく父上もそうでしょう。セレルが寝込んでいる間、土地はさらに傷んでいるようにも思えたので、守護獣の容態が悪化していると知り納得しました」
カーシェスは樽に両腕を乗せて寄りかかりながら、ロラッドを見た。
「だけどな、守護獣がいなくなったらこの土地はどうなるんだ?」
「病んだ守護獣がいなくなれば、土地がその影響を受けて悪化したり汚染されることは無くなる。守護のない土地もあるけど、もし欲しいなら新しい獣や精霊を見つければいい」
三人が未来について話すのを、セレルは遠い出来事のように聞いていた。
いい天気だというのに、寒空にされされているかのように心がじんじんと凍えている。
「待ってよ……あのこ、助けられないってこと?」
セレルは周りを見回したが誰も答えなかった。
真夜中もとっくに過ぎていたが、外に出ると思いのほか明るい。
眠れずにいたセレルは静かな闇の中、畑のそばをひとり散歩しながら澄んだ夜空を見上げる。
ちりばめられた星々を引き立て役に、満月がさえざえと輝いていた。
それがあのつぶらな一角獣の瞳や額の石と重なり、セレルは見ていられなくなる。
一角獣のことをみんなが諦めているのは知っていた。
それでもセレルの中に、一つの可能性が浮かんでは沈んでいく。
「あれ。俺のこと待ってたの?」
聞き慣れた声に振り返ると、なぜかロラッドが明かりの灯らない家を背景に立っていた。
腰に短剣をさげて上着を身につけているだけなのに、彼は相変わらずの風格でなかなか様になっている。
こんな時間にどこかへ出かけるつもりなのだろうか。
セレルの心の波立ちなど気づいていないのか、ロラッドはいつものように微笑みながら手を差し伸べてきた。
「そうだ。発作予防してよ」
思わぬ言葉にセレルの表情がふと緩む。
「いいの?」
「セレル。嬉しいのはわかるけど、ちぎれんばかりにしっぽをふらなくていいよ」
セレルはまばたきして一呼吸置くと、ようやく意味がわかったのかすぐ顔を真っ赤にした。
「……っ、ふってない! というか、ついていない! あと犬じゃない!」
「ああごめん。人見知りの猫だっけ」
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