【完結】僻地がいざなう聖女の末裔

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆

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30・既視感

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 セレルのてのひらに守護獣の痙攣が伝わる。

 漆黒の霧が抜けてから、体色はほとんど白くなっていた。

 正常な色に近づいているはずだが、喉元からは妙に苦しげな唸りが漏れていて、次第にその巨体は蝕まれているように縮まりはじめる。

 セレルは不安に揺さぶられて叫んだ。

「ロラッド、どうしよう! このこ、すごく苦しそう……。それにどんどん小さくなってる!」

 ロラッドは黒霧の一角獣から目をそらさず、冷静に答える。

「病の部分が抜けて、その急激な変化が刺激になっているんだ。こっちは俺が世話するから、そっち頼むな」

「だけど……」

 セレルはどうすればいいのかわからずなおも迷っていると、会話が隙だと判断したのか、黒霧の一角獣がセレルに向かって跳びかかる。

 ロラッドはそれを許さず間合いを詰めると、腕を広げて黒霧の一角獣を抱きしめた。

 唸り声をあげた漆黒の牙がロラッドの首に食いつき、そのまま押し倒す。

 セレルから血の気が引いた。

「……ロラッド!」

 ロラッドは両腕で獣の首を抱きとめると、慣れた様子で笑う。

「元気なのはいいけどな。甘え方が乱暴すぎるんだよ。でも安心しろ。おまえの扱い方は、ちゃんと勉強しておいたからな」

 ロラッドが余裕の口ぶりで言いながら撫でると、黒霧のシルエットが揺らいだ。

 一角獣の形が砂のように崩れて降り注ぐと、それを吸収するかのようにロラッドの身体は漆黒に染まった。

 病を取り込んだとしか思えない姿に、セレルは目を見開いて息を止める。

 死が確定したような衝撃を受けていると、仰向けに倒れたロラッドが声を張った。

「助けるんだろ!」

 セレルは打たれたように思考をとり戻す。

 ロラッドの身の内でなにが起こっているのかは、うかがい知れない。

 しかし横たわったまま顔だけを向けてくるロラッドは、身の内に渦巻いているはずの苦しさをわずかにも見せず、いつものように笑いかけてくれた。

「言わなかったか? 英雄は勝利を収めるまで、死ねない呪いにかかってるんだよ」

 冗談で励ましてくれていることが伝わり、セレルははち切れそうな恐怖を無理やり押し込めて頷いた。

 守護獣にずっと触れていたので、今も微弱な力を送り続けていたが、再び精神を集中させてほのかに量を増やしてみる。

 しかし小さくなったその身体にはやはり強すぎるのか、わずかな力の加減ですら痙攣が起こって幾度も断念した。

 守護獣にかけた薬の影響をセレルも受けはじめている。

 すでに指先はしびれるように感覚を失い、意識も薄れていた。

 そうしている間も徐々に伝わってくる。

 守護獣の生命の弱りが。

 セレルの額に嫌な汗がにじんだ。

 力が入らない。

「負けるな」

 後ろで声がする。

 セレルが無理すればいつも心配してばかりだった声が、もう一度繰り返した。

「セレル、負けるな!」

 直後、大気を震撼させる轟音が響く。

 セレルが顔を上げると、涸れ森の木々に囲まれたその先の遠い青空に、噴水のように葉を茂らせた巨大なモモイモの葉が伸びていく。

 その生命力の勢いが波状するかのように、地面から振動が伝わってきた。

 大樹のようにそびえる植物を目に映しながら、セレルの脳裏にミリムとカーシェスの顔が浮かぶ。

 あの栄養剤の効果は一時的なものだったが、セレルは知っている。

 モモイモがある間なら、守護獣は本当に元気だった。

 今なら耐えられるはず。

 セレルは大きく息を吸うと、守護獣の腹に向けて再び意識を研ぎ澄ませる。

 先ほどまでのうかがうような力の込め方ではなかった。

 様子を見ながら徐々に、しかし確実に、手のひらが熱を持つほどに強く力をこめていく。

 思考はとっくに吹き飛んでいた。

 ただ手触りが変わっていく感覚はわかる。

 覚えがあった。

 ロラッドの怪我を治したとき、白亜空間転移のホールが出たときとよく似ている。

 セレルの全身が白い光に包まれた。

 意識が蒸発する。

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