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3・千年後の世界
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逃げるに決まってるじゃない。
そのための代償……多少の痛みだって甘んじて受けるわ。
私はためらいなく魔力を暴発させる意思として、彼の首筋にてのひらを置いた。
「あの塔にいなければ、魔力は存分に出せるの。次はさっきの暴発程度で済まないわ」
そう脅すと、彼は平然としている。
それどころか、口の端を少し上げて余裕の笑みを浮かべた。
「へぇ……逃げるためなら、自分の痛みもためらわないのか」
「そうね。犠牲を恐れていては、何も手に入れられないもの」
「驚いたよ。その細身に随分と度胸を詰めこんでいるんだな」
「目的を遂げる力もあるわ」
「だけどいいのか? どう考えてもこのまま俺を失うより、今の状況を把握したほうが得策だろ。例えば、ここがどこなのか、自分の身に何が起こっていたのか……他にも知りたいことはないのか?」
私たちは睨み合う。
悔しいけれど、彼の言う通りだ。
「あなたは誰なの?」
「俺はレオル。レオル・イグリースだ。お前は……ティメリエ王国のフィリシア王女、だろ?」
やはり私を知っているらしい。
少し話し方がぎこちないし、異国の人だと思うけれど、もしかして国の使いで私の死体を確認しに来たのかしら。
それとも追加の毒を持っているとか、他の刑を執行しに来たとか……。
自然と険しくなった私の表情に気づいて、レオルと名乗った男は先ほどまでの鋭い眼差しを少し和らげた。
「誤解するな。お前を傷つけるつもりはない」
「そうかもしれないわね」
冷静に思い直せば、私が脅した時に彼は剣の柄に手を伸ばさなかった。
「体は大丈夫なのか?」
「毒ならさっき解毒薬らしい葉を食べたの。だけど急に体が固まって気を失ってしまってたから、もうダメだと思ったけれど……今は平気みたい」
「毒?」
「そうよ。あなた、私がフィリシアだと知ってここにいるのに、さっき毒を飲んだことは知らないの?」
「初めて聞いた。一体なぜ?」
「なぜって……」
質問するのがいつの間にか私からレオルになっているけれど、私は彼に今までのこと──魔法を使えないことや、練習をしていたら空砲のように魔力が暴発するようになったこと、そのせいで天災を起こしているとされて薬殺刑を受けたけれど、猫のディノからもらった謎の葉を食べて、先ほど失っていた意識を取り戻したこと──を淡々と話した。
つもりだったのだけど、レオルの寒色の瞳に激情が宿り、「は? ありえないだろ」「ひどすぎるだろ!」「さっきの力で国ごと全部ぶっ飛ばせばいいだろ!」と猛烈と怒り続けるので、なかなか進まなかった。
「レオルって、意外と感情的なのね……」
「お前のことだからだろ。やっと謎が解けたけど」
「? どういうこと?」
レオルはそれには答えず、悩ましげに頭をかいている。
「あーこんなに腹立ったの十三年ぶりだ。今からでも乗り込んで、ひと暴れ出来ればいいのに」
まだ言ってる。
だけどレオルが自分のことのように怒ってくれるのを見ていたら、今まで当然だと思っていたもやもやが晴れて、少しスッキリした気がする。
「怒ってくれてありがとう。なんだか気持ちが軽くなったわ。だからもういいのよ」
「良くない」
レオルは納得できないように一言吐くと、その瞳から怒りが抜けていき、悲しげな色に変わった。
「助けに行ってやれなくて、ごめんな」
その切実な響きに私は戸惑うけれど、平静を装ってなんとか言葉を押し出す。
「レオルが気にすることないのよ。それに私が今知りたいのは、死んだはずの私は目覚めた後、よくわからない場所にいて、なぜかあなたに捕まっている、ってことなの」
「今までのことはともかく、そっちは運が良かったかもな。お前が何の葉を食べたのかはわからないけれど、ひとつ言えることがある。おそらくお前はずっと石化していて、先ほどそれが解けたんだ」
「どういうこと?」
「俺が塔に入った時、石像がひとつ置いてあった。あまりにも精巧で損傷がないから、つい夢中になって観察していたけど……突然、人のような体温を持って動き出した。それがお前だ」
そういえば、ディノからもらった謎の葉でとてつもなく体がカチコチになったけれど、あれは石化する葉だったのかしら。
「石化が解けたということは、私、助かったのね。それってつまり……」
突然、レオルの首に触れたままだった手を彼に取られて、私は言葉をつぐんだ。
相当の剣の習練を積んだことがわかる、硬いてのひらをしている。
「お前が話しているティメリエ王国は、およそ千年前に存在したと言われている。俺の言っている意味、わかるか?」
「千年前……」
そのための代償……多少の痛みだって甘んじて受けるわ。
私はためらいなく魔力を暴発させる意思として、彼の首筋にてのひらを置いた。
「あの塔にいなければ、魔力は存分に出せるの。次はさっきの暴発程度で済まないわ」
そう脅すと、彼は平然としている。
それどころか、口の端を少し上げて余裕の笑みを浮かべた。
「へぇ……逃げるためなら、自分の痛みもためらわないのか」
「そうね。犠牲を恐れていては、何も手に入れられないもの」
「驚いたよ。その細身に随分と度胸を詰めこんでいるんだな」
「目的を遂げる力もあるわ」
「だけどいいのか? どう考えてもこのまま俺を失うより、今の状況を把握したほうが得策だろ。例えば、ここがどこなのか、自分の身に何が起こっていたのか……他にも知りたいことはないのか?」
私たちは睨み合う。
悔しいけれど、彼の言う通りだ。
「あなたは誰なの?」
「俺はレオル。レオル・イグリースだ。お前は……ティメリエ王国のフィリシア王女、だろ?」
やはり私を知っているらしい。
少し話し方がぎこちないし、異国の人だと思うけれど、もしかして国の使いで私の死体を確認しに来たのかしら。
それとも追加の毒を持っているとか、他の刑を執行しに来たとか……。
自然と険しくなった私の表情に気づいて、レオルと名乗った男は先ほどまでの鋭い眼差しを少し和らげた。
「誤解するな。お前を傷つけるつもりはない」
「そうかもしれないわね」
冷静に思い直せば、私が脅した時に彼は剣の柄に手を伸ばさなかった。
「体は大丈夫なのか?」
「毒ならさっき解毒薬らしい葉を食べたの。だけど急に体が固まって気を失ってしまってたから、もうダメだと思ったけれど……今は平気みたい」
「毒?」
「そうよ。あなた、私がフィリシアだと知ってここにいるのに、さっき毒を飲んだことは知らないの?」
「初めて聞いた。一体なぜ?」
「なぜって……」
質問するのがいつの間にか私からレオルになっているけれど、私は彼に今までのこと──魔法を使えないことや、練習をしていたら空砲のように魔力が暴発するようになったこと、そのせいで天災を起こしているとされて薬殺刑を受けたけれど、猫のディノからもらった謎の葉を食べて、先ほど失っていた意識を取り戻したこと──を淡々と話した。
つもりだったのだけど、レオルの寒色の瞳に激情が宿り、「は? ありえないだろ」「ひどすぎるだろ!」「さっきの力で国ごと全部ぶっ飛ばせばいいだろ!」と猛烈と怒り続けるので、なかなか進まなかった。
「レオルって、意外と感情的なのね……」
「お前のことだからだろ。やっと謎が解けたけど」
「? どういうこと?」
レオルはそれには答えず、悩ましげに頭をかいている。
「あーこんなに腹立ったの十三年ぶりだ。今からでも乗り込んで、ひと暴れ出来ればいいのに」
まだ言ってる。
だけどレオルが自分のことのように怒ってくれるのを見ていたら、今まで当然だと思っていたもやもやが晴れて、少しスッキリした気がする。
「怒ってくれてありがとう。なんだか気持ちが軽くなったわ。だからもういいのよ」
「良くない」
レオルは納得できないように一言吐くと、その瞳から怒りが抜けていき、悲しげな色に変わった。
「助けに行ってやれなくて、ごめんな」
その切実な響きに私は戸惑うけれど、平静を装ってなんとか言葉を押し出す。
「レオルが気にすることないのよ。それに私が今知りたいのは、死んだはずの私は目覚めた後、よくわからない場所にいて、なぜかあなたに捕まっている、ってことなの」
「今までのことはともかく、そっちは運が良かったかもな。お前が何の葉を食べたのかはわからないけれど、ひとつ言えることがある。おそらくお前はずっと石化していて、先ほどそれが解けたんだ」
「どういうこと?」
「俺が塔に入った時、石像がひとつ置いてあった。あまりにも精巧で損傷がないから、つい夢中になって観察していたけど……突然、人のような体温を持って動き出した。それがお前だ」
そういえば、ディノからもらった謎の葉でとてつもなく体がカチコチになったけれど、あれは石化する葉だったのかしら。
「石化が解けたということは、私、助かったのね。それってつまり……」
突然、レオルの首に触れたままだった手を彼に取られて、私は言葉をつぐんだ。
相当の剣の習練を積んだことがわかる、硬いてのひらをしている。
「お前が話しているティメリエ王国は、およそ千年前に存在したと言われている。俺の言っている意味、わかるか?」
「千年前……」
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