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67・一緒に
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「レシピ契約のことだけど」
「え、ええ」
「明日、フロイデン達の前の時間が少し空いているから、オルドーとリシアの方の契約を先にまとめるか?」
それがレオルの自信の無さとどう関係があるかはわからなかったけれど、とりあえず嬉しい話題なので心を込めて頷く。
「もちろん行きたいわ。後はオルドー様と会えるタイミングだけだとわかっていたから、準備だって完璧よ」
「そのことだけど、リシアはひとつ、足りないものがあるのに気づかないか?」
「えっ……」
何かしら。
まさか準備不足だっただなんて。
先ほどからのレオルの様子もあり、私は急に不安になった。
「ごめんなさい。私、レシピの完成に浮かれていて全く気付かなかったわ」
「やっぱりな」
レオルはその続きをためらうように目を伏せたけれど、ふと思い切ったように、私をまっすぐ見つめた。
「リシアは転居してから、この国の籍がないんだよ。そのことに関してはもちろん、オルドーや宰相がうまくやってくれるから心配ないんだけど。契約する時の名字、俺のいる?」
私は目をぱちぱちとしばたいた。
それってつまり、レオルと同じ名字になるってことで。
お揃いで。
千年前と同じ意味なら、つまり、その……。
「私でいいのかしら」
「リシアしかいないだろ」
そういえば、契約の話をするたびに何かを言いかけていたのは、その話をしたかったのかもしれない。
だけど実感がわかなくて、確かめるように見つめると、レオルは私の視線に気づいたのか、ふいと顔を背けてしまった。
横顔が気恥ずかしそうに見えるけれど、気のせいではないわよね。
それにこんなに緊張した様子のレオルを見るなんて……いつもと逆になったような心地になるわ。
「レオルでも、ためらうことや恥ずかしいことがあるのね」
「おい、からかうな」
少し、レオルの悪癖の理由が分かった気がする。
私は我慢できなくなり、レオルの手に触れた。
会った時、暴発の刺激でてのひらが擦り切れていた私の手を、レオルがこうしてマジックハーブで包んでくれたことを思い出す。
もしかしてレオルも、動揺している私に対して、いつもこんな気持ちでいてくれたのだとしたら。
今更のように愛しさがこみあげてきて、包んだ手に自然と力がこもる。
「私、帰ったら名字を書く練習をするわ」
返事をすると、それまで緊張していたレオルの表情から、張り詰めたものが抜けた。
「いいのか?」
「レオルこそいいの?」
私は初めて会った時のように、彼の首筋に手のひらを置いた。
「私、あなたのこと、絶対逃がさないわよ」
「逃が……せめて離さないにしてくれ」
「逃がさないわ」
言い張った後、私たちは一緒に笑う。
「俺もそうだよ」
ふと、繋いだ手をレオルが強く握り返してきた。
「ここまで来たら、俺もリシアのこと逃がす気ないな」
「受けて立つわ」
「いいのか? 今まで大変だった千年分、甘やかしてやるから」
私は予想外の宣言に心臓が跳ね上がったけれど、試すような笑みを向けられているので屈するわけにもいかず、動揺を押し込めて頷く。
「ま、負けないわ、っ!」
宣言と同時に私はレオルに手を引かれ、彼の胸の中にすっぽり収められた。
レオルの指先が慈しむように、私の頭を撫でていく。
「そんな、気負わなくていいよ。俺がいるんだから」
な、なんてこと。
早速胸焼けするほど甘やかされているわ……。
そして情けないことに、相変わらず身体が震えるほどドキドキして、いつものようにすぐ降伏したくなるけれど。
それ以上に伝えたい思いが湧いてきて、私はそっと、彼の身体に腕を回した。
「レオルだって、そうよ。私のことを大切にしようと、ひとりで気負わなくてもいいわ。あなたには私がいるもの」
沈黙の後、レオルは返事の代わりに私の頭に頬を寄せる。
「そうだったな」
どこか無防備な声色が嬉しくて、私は抱きしめる腕に力をこめた。
私たち、一緒にいてもいいのよね?
というより、いると決めたわ。
「おめでとうにゃーん」
ディノがケーキのおかわりでも欲しそうな猫なで声で祝福してくれた。
私たちは自然と顔を上げて、それぞれの瞳に絶え間なく降り注ぐ流星を映す。
また一つ、ルネに話すことが出来た。
────────────────────────────
なんとか、ここにたどり着きました。
このお話も相変わらず変な人物がうろついていたり、読んでいて気づかれたと思いますが、ふざけ過ぎた気もします…。
話の展開なども膨らませきれていないシーンが諸々あったと思いますが、拙い話に最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました!
「え、ええ」
「明日、フロイデン達の前の時間が少し空いているから、オルドーとリシアの方の契約を先にまとめるか?」
それがレオルの自信の無さとどう関係があるかはわからなかったけれど、とりあえず嬉しい話題なので心を込めて頷く。
「もちろん行きたいわ。後はオルドー様と会えるタイミングだけだとわかっていたから、準備だって完璧よ」
「そのことだけど、リシアはひとつ、足りないものがあるのに気づかないか?」
「えっ……」
何かしら。
まさか準備不足だっただなんて。
先ほどからのレオルの様子もあり、私は急に不安になった。
「ごめんなさい。私、レシピの完成に浮かれていて全く気付かなかったわ」
「やっぱりな」
レオルはその続きをためらうように目を伏せたけれど、ふと思い切ったように、私をまっすぐ見つめた。
「リシアは転居してから、この国の籍がないんだよ。そのことに関してはもちろん、オルドーや宰相がうまくやってくれるから心配ないんだけど。契約する時の名字、俺のいる?」
私は目をぱちぱちとしばたいた。
それってつまり、レオルと同じ名字になるってことで。
お揃いで。
千年前と同じ意味なら、つまり、その……。
「私でいいのかしら」
「リシアしかいないだろ」
そういえば、契約の話をするたびに何かを言いかけていたのは、その話をしたかったのかもしれない。
だけど実感がわかなくて、確かめるように見つめると、レオルは私の視線に気づいたのか、ふいと顔を背けてしまった。
横顔が気恥ずかしそうに見えるけれど、気のせいではないわよね。
それにこんなに緊張した様子のレオルを見るなんて……いつもと逆になったような心地になるわ。
「レオルでも、ためらうことや恥ずかしいことがあるのね」
「おい、からかうな」
少し、レオルの悪癖の理由が分かった気がする。
私は我慢できなくなり、レオルの手に触れた。
会った時、暴発の刺激でてのひらが擦り切れていた私の手を、レオルがこうしてマジックハーブで包んでくれたことを思い出す。
もしかしてレオルも、動揺している私に対して、いつもこんな気持ちでいてくれたのだとしたら。
今更のように愛しさがこみあげてきて、包んだ手に自然と力がこもる。
「私、帰ったら名字を書く練習をするわ」
返事をすると、それまで緊張していたレオルの表情から、張り詰めたものが抜けた。
「いいのか?」
「レオルこそいいの?」
私は初めて会った時のように、彼の首筋に手のひらを置いた。
「私、あなたのこと、絶対逃がさないわよ」
「逃が……せめて離さないにしてくれ」
「逃がさないわ」
言い張った後、私たちは一緒に笑う。
「俺もそうだよ」
ふと、繋いだ手をレオルが強く握り返してきた。
「ここまで来たら、俺もリシアのこと逃がす気ないな」
「受けて立つわ」
「いいのか? 今まで大変だった千年分、甘やかしてやるから」
私は予想外の宣言に心臓が跳ね上がったけれど、試すような笑みを向けられているので屈するわけにもいかず、動揺を押し込めて頷く。
「ま、負けないわ、っ!」
宣言と同時に私はレオルに手を引かれ、彼の胸の中にすっぽり収められた。
レオルの指先が慈しむように、私の頭を撫でていく。
「そんな、気負わなくていいよ。俺がいるんだから」
な、なんてこと。
早速胸焼けするほど甘やかされているわ……。
そして情けないことに、相変わらず身体が震えるほどドキドキして、いつものようにすぐ降伏したくなるけれど。
それ以上に伝えたい思いが湧いてきて、私はそっと、彼の身体に腕を回した。
「レオルだって、そうよ。私のことを大切にしようと、ひとりで気負わなくてもいいわ。あなたには私がいるもの」
沈黙の後、レオルは返事の代わりに私の頭に頬を寄せる。
「そうだったな」
どこか無防備な声色が嬉しくて、私は抱きしめる腕に力をこめた。
私たち、一緒にいてもいいのよね?
というより、いると決めたわ。
「おめでとうにゃーん」
ディノがケーキのおかわりでも欲しそうな猫なで声で祝福してくれた。
私たちは自然と顔を上げて、それぞれの瞳に絶え間なく降り注ぐ流星を映す。
また一つ、ルネに話すことが出来た。
────────────────────────────
なんとか、ここにたどり着きました。
このお話も相変わらず変な人物がうろついていたり、読んでいて気づかれたと思いますが、ふざけ過ぎた気もします…。
話の展開なども膨らませきれていないシーンが諸々あったと思いますが、拙い話に最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました!
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