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5・劣等感
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「カームって、私より子どもなの?」
「……ケンカ売ってるんだな」
「ちっ、違うの! はじめて会った時は、ふるまいも落ち着いていると思ったけれど、そういえばさっきから、ずいぶん若々しくくだけた感じに……」
「ああそうか。おまえまで、俺のことをガキ扱いするのか」
「待って、逆! カームは、落ち着いていて大人っぽいから、てっきり年上だと……」
しかしそれは離れで暮らす直前、17歳だった頃の感覚だった。
フェアルは自分がただ年だけを重ねてしまっている気がして、漠然と不安になる。
カームはつまらなさそうに、古びた革靴で、転がっている小石を蹴った。
「本当に、落ち着いた大人だったらいいとは思うけど。俺はこんなふうに感情的だし、この間17歳になったばかりで、まだ未成年だよ」
フェアルはようやく、カームが結納を払えなかったことを気にしている理由に気づいた。
貴族は成人でなければ、どれほど博識でも、能力が高くても、保護者の管理下に置かれた子どもでしかない。
フェアルは父が吐いた暴言と、その直後にカームが投げつけた札束を思い出す。
──まぁ、あんたには金、ないだろうがね。まだ若いみたいだし。
年齢を重ねたことに恐れを抱くフェアルでも、カームが自分の若さにじれていることは、なんとなく伝わった。
父に投げつけた大金も、彼の属するオッグス家の保護者から与えられる、おこづかいにあたるのだろう。
「だけど、カームは年齢に関係なく信頼されているから、家からあんな大金を渡されているんだと思うよ」
「知らないのか。オッグス家の男は代々ケチで有名なんだよ。こづかいなんて言ったら聞こえはいいけど、あれは兄貴に抵抗する権利もない状態で、いいように使われてようやく貯めたものだ。俺がボロくなった剣の新調とか、野宿も安心なくらい暖かいコートとか欲しいのを諦めて、コツコツ貯めた貴重な全財産なんだからな。今回は、金が理由で思ったようにできないのは、絶対嫌だったから、念のため財布に入れていたばかりに、つい……」
「そ、そうだったの? っ、ごめんなさい! 私を助けるために、ほぼ一文無しにさせてしまって!」
「フェアルを助けるなんて、俺、言ってないけど」
「え」
「なんか勘違いしてるみたいだけど。おまえ、呪われていないからな」
「そうなの? でも私、10年もあの離れで過ごしていただけだし、こんな姿で、知識も経験も体力もなくて……」
「過去は変えられないだろ。それは諦めろ」
気づかいのない正論に、フェアルはひるんだ。
「だけど私、どうやってお金を返済すればいいのか……」
「話せるんだろ、こいつと」
カームが肩にかけていたカバンを開けると、丸々と肥えた小動物が顔を出す。
手のひらサイズの身体と、つぶらな黒目、背中にみっちりとトゲが生えそろっている、この地域に生息するトープルカリアハリネズミだった。その愛らしさに、フェアルは目を輝かせる。
「アドバーグ様!」
仰々しい名前のハリネズミは、鈍い動きでカバンから這い出ると、フェアルの指先から腕へとかけあがり、たどり着いた肩でくつろぎはじめた。
カームはその様子を確認して、納得したようにうなずく。
「独りでぶつぶつ言っていたのは、こいつと話していたんだな」
「うん。たまに小窓から、声が聞こえることがあるの。それが、人の言葉ではないことも、なんとなくわかっていたけれど。今回はまさか、ハリネズミの王子様だったなんて、驚いた」
「やっぱり、ドライアドだな」
「ドライアド? それって小さいころ、絵本で見たことのある、あの木の精霊のこと?」
「ああ。フェアルは犬を探して森で迷った時、力のある木に気に入られて、仲間にされたんじゃないか。珍しいことだけど、昔からそういう事はあって、話もちらほら残ってたりする。知らないやつは、呪いだとか、うつるだとか、それらしい話に仕立てて騒ぐのには気をつけたほうがいいけど。ドライアドは人よりも3倍ほど長寿らしいし、考え方によっては悪くないだろ。あれ、でもそれだとそのハリネズミは、ドライアドの言葉……木の精霊言語を使っていたってことか。変なやつ」
「もしかして、カームが全財産を使って私を連れ出した理由って……この力に関係あるの?」
「それ、武器にしろよ」
「え?」
「武器になるだろ。俺、精霊言語の通訳者なんて、初めて会った」
カームはいたずらっ子のようににやりとする。
「俺は、そのハリネズミを古の森……フェアルの家のやつらは禁忌の森って呼んでたけど、あそこは俺の家側の領地で、200年前から境界線を明確にしてあることは言っておくからな。もう勝手に入るなよ。俺の兄貴なんかに知られたら、領地の侵入を建前に、国家問題として利用されるかもしれないぞ。あいつに関わるようなことは絶対するな」
「ご、ごめんなさい」
「それで、あの古の森だけど。兄貴が最近、様子が妙だってぼやくからさ。試しに行ってみたら、草木の状態は悪いし、生き物の死骸も多いというか、森自体の活気がないというか、確かに以前とは違う感じがした。そのハリネズミもその時倒れていて、何かの中毒みたいな症状だったから、拾ってきたんだ」
「カームがお世話したから、アドバーグ様はこんなに大きく、元気になったのね」
「それでもダイエットさせたんだぞ。ったく、大変だったよ。俺がきちんと食事や運動、睡眠時間まで配慮してやってるのに、餌が欲しくなったら騒ぐだけ騒いで、動こうともせずゴロゴロして、睡眠むさぼって……」
なかなか健康管理に厳しいカームは、人の言葉がわからないらしく、悪びれる様子のないハリネズミを横目でにらむ。
「まぁ、森で何かが起こっているとしても、原因がわかったわけではないからな。回復したこいつを森に帰す前に、念のため、隣接しているキーリ領土側からの状態も確認しておこうと思って、フェアルの住む領土まで来ていたけど……まさかハリネズミと話せるやつに会えるとはな。さっそくだけど、そのハリネズミがどうして倒れていたのか気になるから、聞いてみてくれよ」
「……ケンカ売ってるんだな」
「ちっ、違うの! はじめて会った時は、ふるまいも落ち着いていると思ったけれど、そういえばさっきから、ずいぶん若々しくくだけた感じに……」
「ああそうか。おまえまで、俺のことをガキ扱いするのか」
「待って、逆! カームは、落ち着いていて大人っぽいから、てっきり年上だと……」
しかしそれは離れで暮らす直前、17歳だった頃の感覚だった。
フェアルは自分がただ年だけを重ねてしまっている気がして、漠然と不安になる。
カームはつまらなさそうに、古びた革靴で、転がっている小石を蹴った。
「本当に、落ち着いた大人だったらいいとは思うけど。俺はこんなふうに感情的だし、この間17歳になったばかりで、まだ未成年だよ」
フェアルはようやく、カームが結納を払えなかったことを気にしている理由に気づいた。
貴族は成人でなければ、どれほど博識でも、能力が高くても、保護者の管理下に置かれた子どもでしかない。
フェアルは父が吐いた暴言と、その直後にカームが投げつけた札束を思い出す。
──まぁ、あんたには金、ないだろうがね。まだ若いみたいだし。
年齢を重ねたことに恐れを抱くフェアルでも、カームが自分の若さにじれていることは、なんとなく伝わった。
父に投げつけた大金も、彼の属するオッグス家の保護者から与えられる、おこづかいにあたるのだろう。
「だけど、カームは年齢に関係なく信頼されているから、家からあんな大金を渡されているんだと思うよ」
「知らないのか。オッグス家の男は代々ケチで有名なんだよ。こづかいなんて言ったら聞こえはいいけど、あれは兄貴に抵抗する権利もない状態で、いいように使われてようやく貯めたものだ。俺がボロくなった剣の新調とか、野宿も安心なくらい暖かいコートとか欲しいのを諦めて、コツコツ貯めた貴重な全財産なんだからな。今回は、金が理由で思ったようにできないのは、絶対嫌だったから、念のため財布に入れていたばかりに、つい……」
「そ、そうだったの? っ、ごめんなさい! 私を助けるために、ほぼ一文無しにさせてしまって!」
「フェアルを助けるなんて、俺、言ってないけど」
「え」
「なんか勘違いしてるみたいだけど。おまえ、呪われていないからな」
「そうなの? でも私、10年もあの離れで過ごしていただけだし、こんな姿で、知識も経験も体力もなくて……」
「過去は変えられないだろ。それは諦めろ」
気づかいのない正論に、フェアルはひるんだ。
「だけど私、どうやってお金を返済すればいいのか……」
「話せるんだろ、こいつと」
カームが肩にかけていたカバンを開けると、丸々と肥えた小動物が顔を出す。
手のひらサイズの身体と、つぶらな黒目、背中にみっちりとトゲが生えそろっている、この地域に生息するトープルカリアハリネズミだった。その愛らしさに、フェアルは目を輝かせる。
「アドバーグ様!」
仰々しい名前のハリネズミは、鈍い動きでカバンから這い出ると、フェアルの指先から腕へとかけあがり、たどり着いた肩でくつろぎはじめた。
カームはその様子を確認して、納得したようにうなずく。
「独りでぶつぶつ言っていたのは、こいつと話していたんだな」
「うん。たまに小窓から、声が聞こえることがあるの。それが、人の言葉ではないことも、なんとなくわかっていたけれど。今回はまさか、ハリネズミの王子様だったなんて、驚いた」
「やっぱり、ドライアドだな」
「ドライアド? それって小さいころ、絵本で見たことのある、あの木の精霊のこと?」
「ああ。フェアルは犬を探して森で迷った時、力のある木に気に入られて、仲間にされたんじゃないか。珍しいことだけど、昔からそういう事はあって、話もちらほら残ってたりする。知らないやつは、呪いだとか、うつるだとか、それらしい話に仕立てて騒ぐのには気をつけたほうがいいけど。ドライアドは人よりも3倍ほど長寿らしいし、考え方によっては悪くないだろ。あれ、でもそれだとそのハリネズミは、ドライアドの言葉……木の精霊言語を使っていたってことか。変なやつ」
「もしかして、カームが全財産を使って私を連れ出した理由って……この力に関係あるの?」
「それ、武器にしろよ」
「え?」
「武器になるだろ。俺、精霊言語の通訳者なんて、初めて会った」
カームはいたずらっ子のようににやりとする。
「俺は、そのハリネズミを古の森……フェアルの家のやつらは禁忌の森って呼んでたけど、あそこは俺の家側の領地で、200年前から境界線を明確にしてあることは言っておくからな。もう勝手に入るなよ。俺の兄貴なんかに知られたら、領地の侵入を建前に、国家問題として利用されるかもしれないぞ。あいつに関わるようなことは絶対するな」
「ご、ごめんなさい」
「それで、あの古の森だけど。兄貴が最近、様子が妙だってぼやくからさ。試しに行ってみたら、草木の状態は悪いし、生き物の死骸も多いというか、森自体の活気がないというか、確かに以前とは違う感じがした。そのハリネズミもその時倒れていて、何かの中毒みたいな症状だったから、拾ってきたんだ」
「カームがお世話したから、アドバーグ様はこんなに大きく、元気になったのね」
「それでもダイエットさせたんだぞ。ったく、大変だったよ。俺がきちんと食事や運動、睡眠時間まで配慮してやってるのに、餌が欲しくなったら騒ぐだけ騒いで、動こうともせずゴロゴロして、睡眠むさぼって……」
なかなか健康管理に厳しいカームは、人の言葉がわからないらしく、悪びれる様子のないハリネズミを横目でにらむ。
「まぁ、森で何かが起こっているとしても、原因がわかったわけではないからな。回復したこいつを森に帰す前に、念のため、隣接しているキーリ領土側からの状態も確認しておこうと思って、フェアルの住む領土まで来ていたけど……まさかハリネズミと話せるやつに会えるとはな。さっそくだけど、そのハリネズミがどうして倒れていたのか気になるから、聞いてみてくれよ」
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