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8・汚染
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「珍しいな。白く腐食している。そういえば、アドバーグの症状は、めまい、湿疹に腹痛、視界不良もあると言ってたな……。もしかして、マダラスナヘビの毒か?」
「毒? そういえばアドバーグ様は、おなかを壊していたけど」
「トープルカリアハリネズミはヘビも食べるから、それ系統の毒に耐性のあることが多い。ただ、マダラスナヘビは生息域が違って食べ慣れてはいないだろうし、軽い症状が出る可能性はあるけど……アドバーグの場合はどう考えても、食い過ぎだろ。あいつはともかく、濃度の強いマダラスナヘビの毒は誰にでも危険だ。フェアルの妹や、母親程度なら、問題なさそうだけどな」
「……妹と、お母様?」
「たぶんな」
意味が分からず、フェアルは聞き返す。
「どういうこと?」
「ああ、知らないのか。フェアルの国……ナトビマ東国では最近、服の色を鮮やかにする技術が注目されていて、衣類が高値で売れているんだよ。うちの領も仕入れていて、関税がかかるから割高なのに、結構人気もある。確かに発色はいいし、価格もそこまで高くないし、どうやって作ってるのか気になって調べてみたら、薄めたマダラスナヘビの毒で仕上げているらしいな」
「毒で仕上げって……それ、安全なの?」
「さぁな」
カームは淡々と言ったが、表情は暗かった。
「個人的は嫌いだけど、毒もやりようによっては薬にもなるから、無暗に恐れることもないだろ。原液を塗り込んでいるわけではないし、死人が出たって話も聞いたことはないな。まぁ、あれだけ売れていれば、多少の健康被害なら隠すかもしれないけど。でも、今回の問題はそこじゃない」
カームは難しい顔をしながら、腐食した木の実をいくつか、カバンの中にしまう。
「カーム、どういうこと? 私にもわかるように、教えて」
「染料として使ったら、毒まみれの排水が残るはずだ。それは一体どうやって処理しているんだろうな、ってことだよ」
「それはやっぱり……別の水に薄めたり、」
フェアルは言葉を切って、背後でせせらぐ水辺を振り返る。
何も知らずに見れば美しい眺めだったが、今は胸騒ぎがしていた。
「まさか……私の国の誰かが国境を越えて、隣の領地の森に毒を捨てた?」
微風が通ると、甘酸っぱい香りが立ち込める。
フェアルはめまいによろめき、老木に手をついた。
その木の幹から、脈打つような振動が響く。
『毒か……』
老いているというだけでは説明できない、覇気のない声が、触れている古木から伝わってくる。
「苦しいの?」
『あぁ、近ごろはずっとだ。私だけではない、木も、草も、土も水も……そしてそれらを食べている生き物たちも、体調を崩している。悪かったな、アドバーグ』
『まったくだ!』
歩き回っていたアドバーグは、気に入った食べ物を見つけられずにいるためか、苛立たしげに背中の針を何度もパッ、パッと広げてみせる。
『ワシはあの実を食べてから本当に、死にそうなくらいの苦しみを味わったのだぞ! 詫びにうまい木の実出せ! 出せ!』
『アドバーグ、わたしはあの時、実を食べるのはよせと言ったじゃないか。まったく、おまえはいい年をして食い意地が張っている……確か17歳だと言っていたが、それはおぬしの集落のハリネズミの平均寿命を越えているだろう。すこしは、落ち着け』
『年は関係ない! ワシはまだまだ、うまいものを食って生きるという気力で若々しさを保っておる! 見よ、この愛らしい目力!』
言葉はわからないのに、カームは呆れた様子でアドバーグを見る。
「何騒いでるんだ、こいつ」
「アドバーグ様は17歳で、トープルカリアハリネズミの平均寿命を越えているけど、若々しい食欲と気力と目力を自慢されているの」
「そんな同い年嫌だな。しかもハリネズミの年齢で考えれば大人ってことだろ……納得いかないんだけど」
『むむっ、カームのやつ。ワシは人語を理解しておらずとも、おまえが嫌味を言っていることはわかるぞ! まぁ、ワシのあふれて止まぬ魅力に嫉妬しているだけだろうがな!』
黒々とした目を輝かせ、アドバーグが足元で騒いでいる。
フェアルはそれがほほえましく思えて、つい笑いながらも、幹を撫でて老樹に語りかけた。
「もしかすると、ここに人が来て、何か捨てたりしたのを、見ませんでしたか?」
『そういえば……半年ほど前か。数人の男たちが時折、日の出る方角からやってきて、その水辺に液体を捨てていたな。そう考えると、ワシだけではなく、森の調子がおかしくなってきたのは、それからかもしれぬ』
予想していた答えだったが、フェアルの胸が痛んだ。
自分側の領地から、誰かが森に侵入し、毒を捨てている。そして、何も知らずに暮らしていく生き物たちが、どんどん弱り、場合によっては死んでいるのだろう。アドバーグも、カームに拾われなければ、何も知らずに木の実を食べ続けていたはずだ。
目の前で元気に動き回るハリネズミが、毒に侵されて動かなくなっていた可能性を想像すると、フェアルはいたたまれなくなる。
「カーム、どうにかして解毒できないの?」
「毒? そういえばアドバーグ様は、おなかを壊していたけど」
「トープルカリアハリネズミはヘビも食べるから、それ系統の毒に耐性のあることが多い。ただ、マダラスナヘビは生息域が違って食べ慣れてはいないだろうし、軽い症状が出る可能性はあるけど……アドバーグの場合はどう考えても、食い過ぎだろ。あいつはともかく、濃度の強いマダラスナヘビの毒は誰にでも危険だ。フェアルの妹や、母親程度なら、問題なさそうだけどな」
「……妹と、お母様?」
「たぶんな」
意味が分からず、フェアルは聞き返す。
「どういうこと?」
「ああ、知らないのか。フェアルの国……ナトビマ東国では最近、服の色を鮮やかにする技術が注目されていて、衣類が高値で売れているんだよ。うちの領も仕入れていて、関税がかかるから割高なのに、結構人気もある。確かに発色はいいし、価格もそこまで高くないし、どうやって作ってるのか気になって調べてみたら、薄めたマダラスナヘビの毒で仕上げているらしいな」
「毒で仕上げって……それ、安全なの?」
「さぁな」
カームは淡々と言ったが、表情は暗かった。
「個人的は嫌いだけど、毒もやりようによっては薬にもなるから、無暗に恐れることもないだろ。原液を塗り込んでいるわけではないし、死人が出たって話も聞いたことはないな。まぁ、あれだけ売れていれば、多少の健康被害なら隠すかもしれないけど。でも、今回の問題はそこじゃない」
カームは難しい顔をしながら、腐食した木の実をいくつか、カバンの中にしまう。
「カーム、どういうこと? 私にもわかるように、教えて」
「染料として使ったら、毒まみれの排水が残るはずだ。それは一体どうやって処理しているんだろうな、ってことだよ」
「それはやっぱり……別の水に薄めたり、」
フェアルは言葉を切って、背後でせせらぐ水辺を振り返る。
何も知らずに見れば美しい眺めだったが、今は胸騒ぎがしていた。
「まさか……私の国の誰かが国境を越えて、隣の領地の森に毒を捨てた?」
微風が通ると、甘酸っぱい香りが立ち込める。
フェアルはめまいによろめき、老木に手をついた。
その木の幹から、脈打つような振動が響く。
『毒か……』
老いているというだけでは説明できない、覇気のない声が、触れている古木から伝わってくる。
「苦しいの?」
『あぁ、近ごろはずっとだ。私だけではない、木も、草も、土も水も……そしてそれらを食べている生き物たちも、体調を崩している。悪かったな、アドバーグ』
『まったくだ!』
歩き回っていたアドバーグは、気に入った食べ物を見つけられずにいるためか、苛立たしげに背中の針を何度もパッ、パッと広げてみせる。
『ワシはあの実を食べてから本当に、死にそうなくらいの苦しみを味わったのだぞ! 詫びにうまい木の実出せ! 出せ!』
『アドバーグ、わたしはあの時、実を食べるのはよせと言ったじゃないか。まったく、おまえはいい年をして食い意地が張っている……確か17歳だと言っていたが、それはおぬしの集落のハリネズミの平均寿命を越えているだろう。すこしは、落ち着け』
『年は関係ない! ワシはまだまだ、うまいものを食って生きるという気力で若々しさを保っておる! 見よ、この愛らしい目力!』
言葉はわからないのに、カームは呆れた様子でアドバーグを見る。
「何騒いでるんだ、こいつ」
「アドバーグ様は17歳で、トープルカリアハリネズミの平均寿命を越えているけど、若々しい食欲と気力と目力を自慢されているの」
「そんな同い年嫌だな。しかもハリネズミの年齢で考えれば大人ってことだろ……納得いかないんだけど」
『むむっ、カームのやつ。ワシは人語を理解しておらずとも、おまえが嫌味を言っていることはわかるぞ! まぁ、ワシのあふれて止まぬ魅力に嫉妬しているだけだろうがな!』
黒々とした目を輝かせ、アドバーグが足元で騒いでいる。
フェアルはそれがほほえましく思えて、つい笑いながらも、幹を撫でて老樹に語りかけた。
「もしかすると、ここに人が来て、何か捨てたりしたのを、見ませんでしたか?」
『そういえば……半年ほど前か。数人の男たちが時折、日の出る方角からやってきて、その水辺に液体を捨てていたな。そう考えると、ワシだけではなく、森の調子がおかしくなってきたのは、それからかもしれぬ』
予想していた答えだったが、フェアルの胸が痛んだ。
自分側の領地から、誰かが森に侵入し、毒を捨てている。そして、何も知らずに暮らしていく生き物たちが、どんどん弱り、場合によっては死んでいるのだろう。アドバーグも、カームに拾われなければ、何も知らずに木の実を食べ続けていたはずだ。
目の前で元気に動き回るハリネズミが、毒に侵されて動かなくなっていた可能性を想像すると、フェアルはいたたまれなくなる。
「カーム、どうにかして解毒できないの?」
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