【完結】精霊言語の通訳者

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆

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15・好きにしろよ

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 乗っていた馬車が、少し強めに揺れた。
 大好きな乳母に会う夢から覚めると、先ほどまで見ていた幸せな中身が飛んでいく。
 フェアルは二人がけの席に座りながら、隣にいるカームの半身に寄りかかっていた。
 その心地よさにぼんやりとしていたが、ふと冷静になると慌てて身を離し、壁に背中をつけて、狭いながらも距離をとる。

「なっ……んで、隣に、いるの!」
「これ、俺の家の馬車だけど」
「そうじゃなくて、乗った時は、向かいに……!」
「うたたねは構わないけどな。目の前で何回も何回も、うつらうつらとあちこちに頭をぶつけられる身になれよ。車内を血まみれにする気か」

 カームはそう文句を言いながら、向かいの席に移る。
 居眠り中のフェアルを支えるため、隣の席に移動していたらしい。

「あ、ありがとう。車内が血まみれにならなくて、よかった。カームも疲れているよね。少しは寝れた?」
「あの状況で寝られるか」
「えっ……どうして?」

 ぐっすりと眠りこけていたフェアルに意味は分からなったが、カームが不機嫌そうに目をそらしたので、それ以上は聞きにくい。
 ただ、カームが隣に来たのも、向かいに戻っていくのも、全て自分のことを思ってしてくれているのだと思うと、嬉しいはずなのに、なんだか物足りないような気持ちになって、正面に座るカームを見つめる。
 もっと寝ていれば、くっついていられたのに。
 フェアルのまなざしに気づき、カームは顎を片方のてのひらにのせて、頬を隠した。

「なんだよ。よこしまな目で見るな」
「えっ! どうしてわかったの!?」
「……あのな、何を考えているのかは知らないけど、俺の財布の中身に期待するなよ」

 カームはフェアルの胸の内を勘違いしていたようだったが、財布を空にした自覚のあるフェアルは曖昧に笑うと、言われたことをごまかすように窓の外を覗く。
 フェアルの住んでいた場所とよく似た、のどかな景色が広がっていた。小花の群生がそよ風になびき、蝶があちらこちらで舞っている。
 その先に、縦長の窓の付いた高い塔がそびえていた。
 瀟洒なブロンドの壁に対し、墨色の屋根が黒々と威圧感を放つ、美しさと機能の兼ね備えられた城だった。

「あのお城……」
「どうした」
「きれいだけど、怖い」
「怖い?」
「うん。このお城と比べたら……お父様のお城は、攻め込まれたら負けてしまいそう」
「ああ、キーリ城は今、宿屋経営の方面に力を注いでいるみたいだから。城を見れば、城主がわかるな」

 父の話題をきっかけに、フェアルはずっと言い出せなかったことを、ようやく口にした。

「あの、カーム、ごめんなさい」
「ん。なにが」
「私の家の領土から、古の森に誰かが侵入して、毒を捨てていたのかもしれない。私のお父様は身分の高い方の言うことは聞くだろうし、お金をいただけるのなら、なおさら……そういうところがあるから。あの森がどうなってしまうかなんて気にしていないのかもしれない。私もカームと一緒に過ごすまで、そんな風に考えたこともなかったの」
「そうか。だけどそれは、もう過去の話だろ」

 カームは窓の外を眺めながら、不敵な笑みを浮かべる。

「そんなこと気にしている暇もないくらい、これからやることがある。俺は誰にも想像つかないような早さで、あの森を元通りにするんだ」

 起こった過去ではなく、これから自分がすることを話すカームの声は、弾んでいた。

「それに俺たち、木と話して、直接盟約を結べたんだ。これから人の世界はきっと、今まで関わる方法が少なかった精霊たちと、関係を作っていく方向へ流れていく。俺はそこに先手を打てたような、そんな気分だよ」

 カームにつられて、フェアルは笑顔になる。
 カームはこれから、忙しくなるのだろう。
 フェアルも明るく聞いた。

「カームのお手伝い、私にもできる?」

 その言葉に、カームははっとしたように視線を落とした。

「フェアルはこれから、どうしたい?」

 妙に突き放すような言い方だった。
 思わぬ返事に、フェアルは言いよどむ。

「これから……? 私、カームの、」
「俺がいなかったら、どうする? したいこととか、ないのか」

 フェアルは黙り込む。
 これからずっと付き人として、できることをしていくものだとばかり思っていた。
 カームがいない生活など、考えてすらいない。

「急に言っても、わからないよな」

 その言い方に不安になる。
 答えを知らなくてはいけないような、聞きたくないような葛藤が、フェアルの内側でせめぎ合う。

「今日は疲れただろ。しばらく手伝いはいいからゆっくりして、自分のしたいことでも考えればいい。遠慮しないで、好きにしろよ」

 カームの表情から、笑顔は消えていた。
 フェアルは、木の幹のようになった自分の爪に視線を落とす。
 なにか、失敗してしまったのか。それとももう、森の問題が解決したので、自分の力は必要ないのか。
 迷惑なのか。
 父の機嫌で解雇された使用人たちのことを思い出すと、不安で胸がざわついた。

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