14 / 22
14・許して
しおりを挟む
──許せないかもな。俺は今日のこと、きっと許せないよ。
あれは、誰に向けたものだったのか。
フェアルの脳裏に、喜んで毒だんごに食いつくイタチを見守る、少年の後ろ姿が浮かぶ。
その表情が、一度だけ見た、カームの無邪気な笑顔と重なると、フェアルの足が前に進まなくなった。
カームは気を取り直すように、明るい声を出す。
「つい、話したけど……聞かされて気分のいい話じゃなかったよな。さ、早く帰って、ガマ石……」
カームが振り返ると、フェアルは声を殺すように、全身で泣いていた。
あまりにもつらそうなその様子に、カームはすぐに、好き勝手しゃべったことを後悔した。
「悪い。フェアルが犬のことで、今が一番つらい時期だって、知ってたのに……。俺、余計なこと聞かせてた。本当に、ごめん」
「そんなこと、ない。私、知りたかった。カームがリリちゃんの出来事を許せないって言った理由、知りたかったの」
会った時から、そうだった。
フェアルが妹に姿を見られかけたとき、家族に疎まれて行き場がなかったとき。敬語に対する苛立ちから感情的な言い方をしたとき、嬉しさのあまり無遠慮に抱きしめたときも、カームはいつも、自分ではなくフェアルを優先して守ろうとしてくれていた。
「ようやく、わかったの。カームが、あんなに物知りで、一生懸命で、私を大切にしてくれたのは、カームが自分のことを許せないくらい、傷ついていたからだって」
そのやさしさが、今もカーム自身を責め続けている。
たとえ仕組まれたことだったとしても、カームがこの先ずっと、自分のしたことを許せないのだと思うと、フェアルの目の奥から熱いものがこみあげてきた。
「許して……」
「フェアル?」
「カームのこと、許して」
カームの表情が、さっと強張る。
反射的に拒絶しているのは、明らかだった。
それでもフェアルは、諦められない。
しかし、自分に何ができるのか、わからなくて、歯がゆくて、苦しい。
やるせなさに、涙が止まらない。
「フェアル、泣くなよ」
「泣くよ。カームは、私の大切な人なの。今の私を大切にしてくれる、たったひとりの人なの」
「ひとりって……そんなこと、」
「そうなの。私がこの姿になったせいで、大好きだった乳母のオリマは家を追い出されて、どこへ行ったのかもわからない。リリちゃんにも、もう会えない。私のせい……わかってる」
フェアルの嗚咽と共に、言葉がこぼれていく。
「だから私、カームが許してもらえるなら、なんでもするよ。するのに……私、考えられないから、何をすればいいのか、わからないから。悔しいの、悲しいの。ごめんなさい。私……いつもそう。何も、できない」
カームはフェアルの肩に手を伸ばしたが、抱きしめたことによる失敗を思い出し、その動きを止める。
宙でさまよう手が、何かに耐えるように握りしめられると、それはゆっくりと下ろされた。
フェアルのすすり泣きが、森の中に溶けていく。
カームの声がぽつりと落ちた。
「いいよ、もう」
フェアルは息を止めると、涙で濡れた顔のまま、カームを見上げる。
目の前にいるカームは、呆れているように見えたが、その声は穏やかだった。
「許すから。だから、もういい。泣かなくて、いい」
そう言うと、カームはフェアルの首に手を伸ばして、いびつに巻かれているスカーフをなおした。
「へたくそ」
「うん」
「これ、貸してやるから。巻く練習でもしておけよ」
「……くれないの?」
「こんなボロいやつ、あげるわけないだろ。いじめか」
スカーフを巻き終えると、カームとフェアルは、ゆっくりと森を進み始めた。
フェアルがほおずりをするようにスカーフで涙をぬぐうと、きれいにしてもらった形が、また少し崩れる。
カームは深々とため息をついた。
「ったく……おまえ、すごいわがままなんだな」
「そんなこと、言われたことない」
「いや、とんでもないだろ。自覚ないのか」
「うん」
カームは不満げに何かを言いかけたが、フェアルが舗装されていない地面にふらついたことに気づくと、すぐにその腕をとった。
「おい。歩きにくいんだから、足元気をつけろ」
「うん」
「俺、フェアルには敵わないな」
「うん」
そこで会話は途切れた。
カームに足元を確かめてもらいながら、フェアルは歩きなれない森を進む、自分たちの音に耳を澄ませる。
その音の森の中にしみていく気配が、耳に残った。
あれは、誰に向けたものだったのか。
フェアルの脳裏に、喜んで毒だんごに食いつくイタチを見守る、少年の後ろ姿が浮かぶ。
その表情が、一度だけ見た、カームの無邪気な笑顔と重なると、フェアルの足が前に進まなくなった。
カームは気を取り直すように、明るい声を出す。
「つい、話したけど……聞かされて気分のいい話じゃなかったよな。さ、早く帰って、ガマ石……」
カームが振り返ると、フェアルは声を殺すように、全身で泣いていた。
あまりにもつらそうなその様子に、カームはすぐに、好き勝手しゃべったことを後悔した。
「悪い。フェアルが犬のことで、今が一番つらい時期だって、知ってたのに……。俺、余計なこと聞かせてた。本当に、ごめん」
「そんなこと、ない。私、知りたかった。カームがリリちゃんの出来事を許せないって言った理由、知りたかったの」
会った時から、そうだった。
フェアルが妹に姿を見られかけたとき、家族に疎まれて行き場がなかったとき。敬語に対する苛立ちから感情的な言い方をしたとき、嬉しさのあまり無遠慮に抱きしめたときも、カームはいつも、自分ではなくフェアルを優先して守ろうとしてくれていた。
「ようやく、わかったの。カームが、あんなに物知りで、一生懸命で、私を大切にしてくれたのは、カームが自分のことを許せないくらい、傷ついていたからだって」
そのやさしさが、今もカーム自身を責め続けている。
たとえ仕組まれたことだったとしても、カームがこの先ずっと、自分のしたことを許せないのだと思うと、フェアルの目の奥から熱いものがこみあげてきた。
「許して……」
「フェアル?」
「カームのこと、許して」
カームの表情が、さっと強張る。
反射的に拒絶しているのは、明らかだった。
それでもフェアルは、諦められない。
しかし、自分に何ができるのか、わからなくて、歯がゆくて、苦しい。
やるせなさに、涙が止まらない。
「フェアル、泣くなよ」
「泣くよ。カームは、私の大切な人なの。今の私を大切にしてくれる、たったひとりの人なの」
「ひとりって……そんなこと、」
「そうなの。私がこの姿になったせいで、大好きだった乳母のオリマは家を追い出されて、どこへ行ったのかもわからない。リリちゃんにも、もう会えない。私のせい……わかってる」
フェアルの嗚咽と共に、言葉がこぼれていく。
「だから私、カームが許してもらえるなら、なんでもするよ。するのに……私、考えられないから、何をすればいいのか、わからないから。悔しいの、悲しいの。ごめんなさい。私……いつもそう。何も、できない」
カームはフェアルの肩に手を伸ばしたが、抱きしめたことによる失敗を思い出し、その動きを止める。
宙でさまよう手が、何かに耐えるように握りしめられると、それはゆっくりと下ろされた。
フェアルのすすり泣きが、森の中に溶けていく。
カームの声がぽつりと落ちた。
「いいよ、もう」
フェアルは息を止めると、涙で濡れた顔のまま、カームを見上げる。
目の前にいるカームは、呆れているように見えたが、その声は穏やかだった。
「許すから。だから、もういい。泣かなくて、いい」
そう言うと、カームはフェアルの首に手を伸ばして、いびつに巻かれているスカーフをなおした。
「へたくそ」
「うん」
「これ、貸してやるから。巻く練習でもしておけよ」
「……くれないの?」
「こんなボロいやつ、あげるわけないだろ。いじめか」
スカーフを巻き終えると、カームとフェアルは、ゆっくりと森を進み始めた。
フェアルがほおずりをするようにスカーフで涙をぬぐうと、きれいにしてもらった形が、また少し崩れる。
カームは深々とため息をついた。
「ったく……おまえ、すごいわがままなんだな」
「そんなこと、言われたことない」
「いや、とんでもないだろ。自覚ないのか」
「うん」
カームは不満げに何かを言いかけたが、フェアルが舗装されていない地面にふらついたことに気づくと、すぐにその腕をとった。
「おい。歩きにくいんだから、足元気をつけろ」
「うん」
「俺、フェアルには敵わないな」
「うん」
そこで会話は途切れた。
カームに足元を確かめてもらいながら、フェアルは歩きなれない森を進む、自分たちの音に耳を澄ませる。
その音の森の中にしみていく気配が、耳に残った。
16
あなたにおすすめの小説
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!
月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、
花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。
姻族全員大騒ぎとなった
過労死して転生したので絶対に働かないと決めたのに、何をしても才能がバレる件
やんやんつけバー
ファンタジー
過労死して異世界転生。今度こそ絶対に働かないと決めたのに、何をやっても才能がバレてしまう——。農村で静かに暮らすはずが、魔力、農業、医療……気づけば誰も放っておかない。チートで穏やか系の異世界スローライフ。
【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜
Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む
家具屋ふふみに
ファンタジー
この世界には魔法が存在する。
そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。
その属性は主に6つ。
火・水・風・土・雷・そして……無。
クーリアは伯爵令嬢として生まれた。
貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。
そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。
無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。
その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。
だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。
そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。
これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。
そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。
設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m
※←このマークがある話は大体一人称。
【完結】モブ令嬢のわたしが、なぜか公爵閣下に目をつけられています
きゅちゃん
ファンタジー
男爵家の三女エリーゼは、前世の記憶を持つ元社畜OL。社交界デビューの夜、壁際でひとりジュースを飲んでいたところを、王国随一の権力者・ヴァルナ公爵カイルにスカウトされる。魔法省の研究員として採用されたエリーゼは、三年間誰も気づかなかった計算の誤りを着任三日で発見。着々と存在感を示していく。一方、公爵の婚約候補と噂されるクロード侯爵令嬢セラフィーヌは、エリーゼを目障りに思い妨害を仕掛けてくるが...
冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます
里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。
だが実は、誰にも言えない理由があり…。
※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。
全28話で完結。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる