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13・思い出
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「カームの言葉、アドバーグ様に通じていたね」
「あいつの言ってること、通訳しなくていいからな」
「ミミズ持ってきて欲しいって」
「だからそれ、訳す価値ないだろ。言葉を無駄に使うな」
「そういえば、カームの血筋はケチなんだっけ」
「ああそうだよ。これでわかっただろ」
フェアルは石を握りしめて、にっこりとほほえむ。
アドバーグと会話ができないのは残念だったが、自分から声をかけられると思うと、別れの寂しさが紛れるような気がした。
「私、カームが言ってくれたこと……私の力を武器にしろって。少しだけ、わかった気がする。きちんと、お手伝いできたかな? できていたら、いいな」
「ああ。フェアルがいなければ、こんなに早い解決は望めなかった」
その一言で、フェアルは嬉しくなったが、カームの様子に気づくと、その思いが冷えるように静まっていく。
「カーム?」
「それだけじゃない。本当は俺、この森に来たくなかったけど、フェアルとアドバーグが騒ぐから、少し、気が紛れて助かった」
何気ない口調だったが、それが余計に、沈んだ感情を伝えてくる。
カームは再び、気にしていない風に言った。
「俺は昔、この森で遊ぶのが好きだったんだ。うるさいことを言うやつも、勘違いしてくるやつも、媚びてくるやつもいないし」
フェアルは今まで、知的で切れ者な少年時代のカームを思い描いていたが、それはすぐに、高圧的な先生に皮肉げな態度を取り、自慢の好きな同級生に正論を投げつけ、下心で近づいてくる女子の腹の内を軽蔑する、嫌味な少年に取って代わる。
「カーム……なじめない子だったんだね。ちょっと、わかるかも」
「それ、どういう意味だ。言ってみろよ」
「カームが家や学校を離れた後は、この森でのびのび、逃げ回る動物をしつこく追い回したり、木の枝を持って冒険ごっこをしたり、果物を見つけたら食べたりしていたんだろうなって、思ったの」
ほぼ正解だったため、カームは面白くなさそうに別解を加える。
「逃げ回る動物は、そのうちおびき寄せたりもするようになった」
「おびき寄せる……悪者?」
「よくわかったな。親切心だったから、余計たち悪い。あいつらには、悪いことをした」
「あいつら?」
「ああ。誰かが勝手に捨てたのか、イタチのつがいがこの森にやってきたことがあったんだ」
また面白くなさそうに言うと、カームは息をついた。
「愛嬌のある顔をしているわりに、追い回すのもためらうくらい凶暴でさ、今まで森に棲んでいた動物たちも、無残に食われ放題で、目の前でイタチがハリネズミを貪っているのを見たときは、かなりショックだった。あいつらに森の動物をできるだけ食べないで欲しいけど、でも、腹が空くのはわかるから、よさそうな餌を調べて持っていったりするようになったんだ。そのうちに、俺のことは警戒しているけど、餌は食べるようになって。一匹だけ、まだ幼獣だったやつが、結構懐いてくれた。柔らかい毛に触れた時は、本当に感動したな。勝手に『トモダチ』って名前つけて……なんだよその顔。わかってるよ。言わなくていいからな」
ふざけた口ぶりだったが、フェアルはカームが倒れたアドバーグを拾った後、一生懸命世話を焼いている様子が浮かんできて、彼の生き物に対する思いが伝わってくる気がした。
「楽しそう」
「楽しかったよ。でも、みんな死んだ」
フェアルは老木から聞いた、カームが森へ行かなくなったことを思い出す。
自然と身体が強張り、てのひらを握りしめていた。
「どうして」
「毒だんご、持って行ったから」
「どうして……」
「喜ぶと思った」
フェアルの脳裏に、懐いてきたイタチたちに餌をあげようと、目を輝かせて森に分け入っていく少年が浮かんだ。
「酷かったよ。吐きながらのたうち回って、そのうちに身体が異常にむくんできて、痙攣して、動かなくなった。俺、酷いことをした。したんだ」
語尾の重みが、自分のしたことを責めているようだった。
「前の日の夜に……イタチ専用のだんごだって、兄貴が言うから。俺、深く考えないで、勝手に持って行った……後で、狂暴なイタチが近隣の領土で被害を出していて困っている話も、害獣だって言われていたことも、思い出したけど。遅いよな。あれが毒だろうと薬だろうと、もう、俺にできることが何もなかったのは、間違いない」
フェアルは水辺の汚染物質を調べたときのカームが、驚くほど毒や解毒に詳しかったことに思い出す。
目の前で奪った命を取り戻すことができなかったとしても、カームは自分のしたことを、イタチに与えたものを、調べずにはいられなかったのだ。
「でも、カームが知っていたから、すぐに水辺の汚染の原因がわかった。毒を浄化する方法だって、見つかったよ」
「ああ、そうだな」
カームは同意したが、目は慰めを受け付けるつもりがないように、フェアルを見なかった。
その孤独な眼差しが、犬のリリとの再会を墓前で果たした後につぶやいた、カームの言葉を思い出させる。
「あいつの言ってること、通訳しなくていいからな」
「ミミズ持ってきて欲しいって」
「だからそれ、訳す価値ないだろ。言葉を無駄に使うな」
「そういえば、カームの血筋はケチなんだっけ」
「ああそうだよ。これでわかっただろ」
フェアルは石を握りしめて、にっこりとほほえむ。
アドバーグと会話ができないのは残念だったが、自分から声をかけられると思うと、別れの寂しさが紛れるような気がした。
「私、カームが言ってくれたこと……私の力を武器にしろって。少しだけ、わかった気がする。きちんと、お手伝いできたかな? できていたら、いいな」
「ああ。フェアルがいなければ、こんなに早い解決は望めなかった」
その一言で、フェアルは嬉しくなったが、カームの様子に気づくと、その思いが冷えるように静まっていく。
「カーム?」
「それだけじゃない。本当は俺、この森に来たくなかったけど、フェアルとアドバーグが騒ぐから、少し、気が紛れて助かった」
何気ない口調だったが、それが余計に、沈んだ感情を伝えてくる。
カームは再び、気にしていない風に言った。
「俺は昔、この森で遊ぶのが好きだったんだ。うるさいことを言うやつも、勘違いしてくるやつも、媚びてくるやつもいないし」
フェアルは今まで、知的で切れ者な少年時代のカームを思い描いていたが、それはすぐに、高圧的な先生に皮肉げな態度を取り、自慢の好きな同級生に正論を投げつけ、下心で近づいてくる女子の腹の内を軽蔑する、嫌味な少年に取って代わる。
「カーム……なじめない子だったんだね。ちょっと、わかるかも」
「それ、どういう意味だ。言ってみろよ」
「カームが家や学校を離れた後は、この森でのびのび、逃げ回る動物をしつこく追い回したり、木の枝を持って冒険ごっこをしたり、果物を見つけたら食べたりしていたんだろうなって、思ったの」
ほぼ正解だったため、カームは面白くなさそうに別解を加える。
「逃げ回る動物は、そのうちおびき寄せたりもするようになった」
「おびき寄せる……悪者?」
「よくわかったな。親切心だったから、余計たち悪い。あいつらには、悪いことをした」
「あいつら?」
「ああ。誰かが勝手に捨てたのか、イタチのつがいがこの森にやってきたことがあったんだ」
また面白くなさそうに言うと、カームは息をついた。
「愛嬌のある顔をしているわりに、追い回すのもためらうくらい凶暴でさ、今まで森に棲んでいた動物たちも、無残に食われ放題で、目の前でイタチがハリネズミを貪っているのを見たときは、かなりショックだった。あいつらに森の動物をできるだけ食べないで欲しいけど、でも、腹が空くのはわかるから、よさそうな餌を調べて持っていったりするようになったんだ。そのうちに、俺のことは警戒しているけど、餌は食べるようになって。一匹だけ、まだ幼獣だったやつが、結構懐いてくれた。柔らかい毛に触れた時は、本当に感動したな。勝手に『トモダチ』って名前つけて……なんだよその顔。わかってるよ。言わなくていいからな」
ふざけた口ぶりだったが、フェアルはカームが倒れたアドバーグを拾った後、一生懸命世話を焼いている様子が浮かんできて、彼の生き物に対する思いが伝わってくる気がした。
「楽しそう」
「楽しかったよ。でも、みんな死んだ」
フェアルは老木から聞いた、カームが森へ行かなくなったことを思い出す。
自然と身体が強張り、てのひらを握りしめていた。
「どうして」
「毒だんご、持って行ったから」
「どうして……」
「喜ぶと思った」
フェアルの脳裏に、懐いてきたイタチたちに餌をあげようと、目を輝かせて森に分け入っていく少年が浮かんだ。
「酷かったよ。吐きながらのたうち回って、そのうちに身体が異常にむくんできて、痙攣して、動かなくなった。俺、酷いことをした。したんだ」
語尾の重みが、自分のしたことを責めているようだった。
「前の日の夜に……イタチ専用のだんごだって、兄貴が言うから。俺、深く考えないで、勝手に持って行った……後で、狂暴なイタチが近隣の領土で被害を出していて困っている話も、害獣だって言われていたことも、思い出したけど。遅いよな。あれが毒だろうと薬だろうと、もう、俺にできることが何もなかったのは、間違いない」
フェアルは水辺の汚染物質を調べたときのカームが、驚くほど毒や解毒に詳しかったことに思い出す。
目の前で奪った命を取り戻すことができなかったとしても、カームは自分のしたことを、イタチに与えたものを、調べずにはいられなかったのだ。
「でも、カームが知っていたから、すぐに水辺の汚染の原因がわかった。毒を浄化する方法だって、見つかったよ」
「ああ、そうだな」
カームは同意したが、目は慰めを受け付けるつもりがないように、フェアルを見なかった。
その孤独な眼差しが、犬のリリとの再会を墓前で果たした後につぶやいた、カームの言葉を思い出させる。
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