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19・来客
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「それなら、ちょうどよかったな」
聞き覚えのある声に、フェアルは耳を疑った。
離れの中へ入ってきた人影は、思っていたよりもすらりと長身で、手足が長く、使いこまれた旅装束をまとっている。
フェアルを見下ろすその人は、年齢よりもずっと大人びた笑みを浮かべる、凛とした美貌の青年だった。
「……どうして、ここに」
驚きで言葉が続かないフェアルに、カームはあっけらかんと言う。
「解毒の手配は終わったから、様子を見に来た」
たった一晩、会わずに過ごしただけだというのに、胸の底から震えるほどの安堵がこみあげる。
フェアルの目に透明の液体が浮かんだことに気づき、カームは表情を少し引き締めた。
「だから行くなって言ったのに。ずいぶん、酷い目にあったみたいだな」
「違うの。カームが来てくれたから。私、気持ちが緩んで……」
それ以上は言葉にならず、フェアルはぽろぽろと涙をこぼしはじめる。
「お、おい。だから、泣くなよ」
やはりこういう状況の扱いがわからないらしく、カームが明らかに狼狽していると、彼の背後から別の若い男が現れた。
男は落ち着いた黒系の色でまとめられた、貴族らしい格式のある衣装を、今らしさを損なわずに品よく着こなしている。
彼は優しげな顔立ちに、隙のない笑みをたたえながらカームを見ると、その目を楽しげに細めた。
「カーム、相変わらず口は生意気だけど、その人には弱いんだな。うろたえすぎだろ」
「なっ……なんだ、おまえか。それに、今来るか? 来るなよ」
「来るよ。キーリ領主に呼ばれたのは僕で、カームは勝手にやってきただけだからね」
「……そうだよ。ああそうですよ。俺なんか気にせず、好きにすればいいだろ」
「そうさせてもらうよ」
男はそう言って、フェアルに視線を移す。
うっすらと笑みを浮かべた甘い顔立ちの中に、知的な落ち着きがある。
「フェアル、我が領地にある古の森のために献身してくれていたようだね。ありがとう」
「我が領地……ということは、もしかしてオッグス領の領主……カームのお兄様ですか?」
「そうだよ。ノクタディット・アドレ・オッグスだ。長いからノクタでいいよ。よろしく」
若き領主は、穏やかにほほ笑む。
カームと兄弟なのだろうが、二人はあまり似ていないというのが、フェアルのノクタディットに持った第一印象だった。
しかしすぐ、フェアルは重要な事情を思い出す。
「……あっ、ノクタディット様! 古の森に入るために、父がドライアドである私を誰かに引き渡そうとしています。もしかすると、森に毒が投棄されるかもしれないのです」
「ああ、君には謝らなくてはいけないことをしたと思っている」
「……え? どういうこと、ですか?」
突然の謝罪に、フェアルは目をしばたいた。
ノクタディットは、聞き取りやすい話し方で、事情を説明する。
「カームが君を連れ出した時、君の姿は目立ったみたいで、すぐ噂になったんだよ。それを聞いて、僕はドライアドだと確信したので、君の父上……キーリ様に君の力を借りたいと使いを出したのだけどね。僕より先に、カームが森の事情を解決してくれたことは、さっきあいつから聞いたよ。諸々の手配が終わったこともね」
「では、父が森の様子を調べるために私を引き渡そうとした相手は……」
「僕だよ」
フェアルは状況を飲み込みながら、おそるおそる聞く。
「……では、私の国側から森に毒を不法投棄する人が、私を引き取りに来たというのは、私の勘違いで……」
「紛らわしくて、すまなかったね」
「いえ。私の方こそ、勝手に思い込んで……」
フェアルは恥ずかしさのあまり、その場に座り込む。
頭の中は真っ白になりながらも、出てくる言葉が、一つだけあった。
「よかった」
それだけだった。
本当に、勘違いでよかった。
フェアルは緊張が解けたのか、すぐに立ち上がれそうにないほど、全身に力が入らない。
ノクタディットはフェアルに視線を合わせて屈む。
「フェアル。君は僕たちの森を助けてくれた。老樹との盟約……迷路のことも聞いた。君のおかげだよ。感謝している」
「それは、違います」
力の抜けたフェアルだったが、思いのほかはっきりとした声で否定した。
「私は通訳をしただけです。森の問題に気づいて取り組んだのは、カームです」
ノクタディットは、意外そうに目を開いたが、すぐいつもの笑みを浮かべ、後ろのカームに振り返る。
「ずるいなカーム。妬けるじゃないか」
「なっ、何のことだよ。変な言い方するな。黙れよ」
「そんなこと言われると、うずうずするな」
「だからやめろって、もうしゃべるな!」
「あーあ。おまえのかわいい言い訳を聞きたいけど、な」
「おい、兄貴」
「わかってるよ。僕が退屈なことを先に片づけておく必要があるって。ですよね、キーリ様」
聞き覚えのある声に、フェアルは耳を疑った。
離れの中へ入ってきた人影は、思っていたよりもすらりと長身で、手足が長く、使いこまれた旅装束をまとっている。
フェアルを見下ろすその人は、年齢よりもずっと大人びた笑みを浮かべる、凛とした美貌の青年だった。
「……どうして、ここに」
驚きで言葉が続かないフェアルに、カームはあっけらかんと言う。
「解毒の手配は終わったから、様子を見に来た」
たった一晩、会わずに過ごしただけだというのに、胸の底から震えるほどの安堵がこみあげる。
フェアルの目に透明の液体が浮かんだことに気づき、カームは表情を少し引き締めた。
「だから行くなって言ったのに。ずいぶん、酷い目にあったみたいだな」
「違うの。カームが来てくれたから。私、気持ちが緩んで……」
それ以上は言葉にならず、フェアルはぽろぽろと涙をこぼしはじめる。
「お、おい。だから、泣くなよ」
やはりこういう状況の扱いがわからないらしく、カームが明らかに狼狽していると、彼の背後から別の若い男が現れた。
男は落ち着いた黒系の色でまとめられた、貴族らしい格式のある衣装を、今らしさを損なわずに品よく着こなしている。
彼は優しげな顔立ちに、隙のない笑みをたたえながらカームを見ると、その目を楽しげに細めた。
「カーム、相変わらず口は生意気だけど、その人には弱いんだな。うろたえすぎだろ」
「なっ……なんだ、おまえか。それに、今来るか? 来るなよ」
「来るよ。キーリ領主に呼ばれたのは僕で、カームは勝手にやってきただけだからね」
「……そうだよ。ああそうですよ。俺なんか気にせず、好きにすればいいだろ」
「そうさせてもらうよ」
男はそう言って、フェアルに視線を移す。
うっすらと笑みを浮かべた甘い顔立ちの中に、知的な落ち着きがある。
「フェアル、我が領地にある古の森のために献身してくれていたようだね。ありがとう」
「我が領地……ということは、もしかしてオッグス領の領主……カームのお兄様ですか?」
「そうだよ。ノクタディット・アドレ・オッグスだ。長いからノクタでいいよ。よろしく」
若き領主は、穏やかにほほ笑む。
カームと兄弟なのだろうが、二人はあまり似ていないというのが、フェアルのノクタディットに持った第一印象だった。
しかしすぐ、フェアルは重要な事情を思い出す。
「……あっ、ノクタディット様! 古の森に入るために、父がドライアドである私を誰かに引き渡そうとしています。もしかすると、森に毒が投棄されるかもしれないのです」
「ああ、君には謝らなくてはいけないことをしたと思っている」
「……え? どういうこと、ですか?」
突然の謝罪に、フェアルは目をしばたいた。
ノクタディットは、聞き取りやすい話し方で、事情を説明する。
「カームが君を連れ出した時、君の姿は目立ったみたいで、すぐ噂になったんだよ。それを聞いて、僕はドライアドだと確信したので、君の父上……キーリ様に君の力を借りたいと使いを出したのだけどね。僕より先に、カームが森の事情を解決してくれたことは、さっきあいつから聞いたよ。諸々の手配が終わったこともね」
「では、父が森の様子を調べるために私を引き渡そうとした相手は……」
「僕だよ」
フェアルは状況を飲み込みながら、おそるおそる聞く。
「……では、私の国側から森に毒を不法投棄する人が、私を引き取りに来たというのは、私の勘違いで……」
「紛らわしくて、すまなかったね」
「いえ。私の方こそ、勝手に思い込んで……」
フェアルは恥ずかしさのあまり、その場に座り込む。
頭の中は真っ白になりながらも、出てくる言葉が、一つだけあった。
「よかった」
それだけだった。
本当に、勘違いでよかった。
フェアルは緊張が解けたのか、すぐに立ち上がれそうにないほど、全身に力が入らない。
ノクタディットはフェアルに視線を合わせて屈む。
「フェアル。君は僕たちの森を助けてくれた。老樹との盟約……迷路のことも聞いた。君のおかげだよ。感謝している」
「それは、違います」
力の抜けたフェアルだったが、思いのほかはっきりとした声で否定した。
「私は通訳をしただけです。森の問題に気づいて取り組んだのは、カームです」
ノクタディットは、意外そうに目を開いたが、すぐいつもの笑みを浮かべ、後ろのカームに振り返る。
「ずるいなカーム。妬けるじゃないか」
「なっ、何のことだよ。変な言い方するな。黙れよ」
「そんなこと言われると、うずうずするな」
「だからやめろって、もうしゃべるな!」
「あーあ。おまえのかわいい言い訳を聞きたいけど、な」
「おい、兄貴」
「わかってるよ。僕が退屈なことを先に片づけておく必要があるって。ですよね、キーリ様」
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