【完結】精霊言語の通訳者

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆

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おまけ・新たな仕事

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 白い食器に盛られた、見た目にも舌にも楽しい料理を次々と空にしたフェアルは、小麦で作られた焼き菓子を頬張りながら、幸せそうに声を上げた。

「おいしかったぁ」

 山間にあるその店は、白木を基調とした素材で建てられていた。開放的な窓からは川のせせらぎと木々が一望でき、時折、様々な生き物たちが姿を見せてくれる。
 紹介してくれたノクタディットから事情を聞いているらしい店主は、フェアルとカームがやってくると、人の視線が気になりにくい、一番角の目立たない席に通してくれた。
 念のため、フェアルは緑の髪や、髪を飾るつたが隠れるように、つばの広い帽子をかぶったまま、運ばれてくる料理を堪能した。
 フェアルは焼き菓子にちりばめられた、香ばしい木の実の歯ごたえと、甘く素朴な余韻を充分に味わっていたが、ふと正面に座るカームの皿に目を止める。
 デザートの焼き菓子は、手を付けられていない。

「カーム、具合悪いの?」
「いや、別に」

 カームは相変わらず隙のない表情だったが、無防備な仕草でまぶたをこする。

「ただ、あまり寝てないから。少し眠い」
「だからお腹、空かないのかな」
「兄貴に言うなよ」
「え?」
「うるさいんだよ、あいつ。偏食で残すのはもったいないって」

 フェアルは何度か目をしばたく。
 言われてみると、カームは付け合わせのほんのり苦みのある山菜のマリネや、風味と酸味の強いチーズも残していた。

「ノクタディット様って、やっぱりお兄さんなんだね。カームの身体のことを考えて、食べて欲しいんだよ」
「違う。ただのケチだ。だから残したこと、兄貴に言うなよ」
「でも確かに、もったいない。こんなにおいしいのに」
「そう思えたら食べてる」
「だけど、どれも新鮮で、痛んでいない、腐っていない食べ物だよ?」
「何言ってんだ。当たり前だろ」

 カームは何気なく言ったが、古の森へ行く前後に食べた、味より日持ち優先の携帯食を、フェアルが目を輝かせて、おいしいおいしいと夢中で食べていたことを思い出す。

「……幽閉されている間、ずいぶんひどいものを食べさせられていたんだな」
「そうかな? でも、食べられる日は幸せだよ」
「それならフェアルのしたいことって、うまいものを食べることか」

 カームが半分冗談で笑うと、フェアルから笑顔が消えた。

「私、カームから言われたこと、考えたの。カームがいなかったら、何をしたいのか。自分のしたいこと」

 そのまま、フェアルは黙り込む。
 緊張しているのが伝わったのか、カームは気軽に言った。

「言えよ。どうせ、ろくでもないことなんだろ」

 フェアルの深刻な表情が、わずかに緩む。

「わかる?」
「さぁな。言ってみろよ」
「うん」

 フェアルは気を取り直すと、真剣な様子で頷いた。

「ないの」
「ん? 何がだよ」
「本当なの。私、したいこと、ないの」

 二人の間に、沈黙が落ちる。
 少し遠くの席から、誕生日会をしているらしい家族の笑い声が響いてきた。

「……それ、もったいぶって言う内容か」
「そんなつもりじゃ……。私、何も思いつかないって言ったら、呆れられると思って」
「よくわかってるな」
「でも、そうなの。だから今はカームのしたいことを手伝わせて欲しい。それに私、カームの付き人だし。たくさんお金払ってもらった分だけがんばるって、決めたの」
「払っているのは俺のはずだけどな。どうして決定権がフェアルに渡っているんだ」
「ダメかな?」
「せめて俺に選ばせろよ」
「……そっか。でももし、カームに断られたら……。そうだ。私、ノクタディット様にお願いして、お手伝いさせてもらうように頼んでみようかな」
「それだけはやめろ」

 即答されて、フェアルは納得いかないように聞き返す。

「どうして?」
「トモダチの話、覚えてるだろ」

 毒だんごを食べて命を落としたイタチのことを思い出し、フェアルは視線を落とすと、カームの残した甘い楕円の焼き菓子が目に映る。
 フェアルはふと、自分の胃の中に納まった、その香ばしい食べ物に混ぜられている成分を想像して、青ざめた。

「この焼き菓子、もしかして……!」
「安心しろ、ドライアドは害獣じゃない。そうじゃなくて、あいつの手伝いなんかしたら、それからの人生の大半を許せなくなると思った方がいい。まともなやつがやることじゃない」
「……例えば?」
「フェアルも知ってる、害獣の駆除。財政を圧迫しないように、毒殺とか、できるだけコストの低い方法でやる。嫌だろ」
「うん」

 フェアルがこっくりと頷くと、カームも続いてこっくり頷く。

「俺でも嫌だ。それに領土、城内の運営方針の差配、伝達。面倒くさそうだろ」
「うん」
「俺でも面倒くさい。それに、領内外の営利権の更新、交渉。難しそうだろ」
「うん」
「俺でも難しい。それに……」

 カームはふと、美しく澄んだフェアルの瞳に見つめられていることに気づく。
 フェアルの表情はあどけなかったが、それがかえって、柔らかな髪やなめらかな肌に不思議な雰囲気をかもし出させているのか、妙な色気がある。
 ノクタディットの不思議な笑みに、幾人もの女たちが翻弄されているのを幼いころから見てきたカームは、眉を寄せた。

「……危険だろ」
「え、危険なこともあるの?」
「ああ、あった。いいか、兄貴にはひとりで近づくなよ。何があっても、絶対ダメだからな」

 今までの手伝いの説明からも、フェアルはよほどのことなのだろうと想像して、素直に頷く。

「やっぱり私、カームのお手伝いにしたい」
「できるのか?」
「うん! できそうなお手伝い、作ってもらうって決めたの」
「だからどうして、決定権がフェアルに渡っているんだよ」
「いいの。私、がんばるから!」
「情熱を込めてわがまま言うな」
「言いたい!」
「言ってどうする」
「だって私……カームに、たくさん喜んでもらいたくて! あれ。だけど……」

 フェアルは言いよどむ。
 そして、食事中にも首に巻いている、使い古されたスカーフを両手で握りしめた。

「もしかしたら、迷惑……なの、かな」

 フェアルは目を伏せたまま、不安そうに黙っている。
 カームは呆れていることを隠さず、ため息をついた。
 そして自分の残した焼き菓子を指でつまみ、それをフェアルの柔らかい唇に押しつける。

「ほら、新たな仕事」

 フェアルはされるがまま、それを口の中にむかえ入れた。
 舌の上で、豊潤なバターの風味と、食欲をそそるほどよい甘み、そして焼けた小麦粉のさっくりとした軽やかな触感が広がる。
 つい、うっとりと食べはじめるフェアルを前に、カームは少し首を傾げたまま、満足そうに微笑んだ。

「兄貴に言うなよ」

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