【完結】精霊言語の通訳者

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆

文字の大きさ
22 / 22

おまけ・新たな仕事

しおりを挟む
 白い食器に盛られた、見た目にも舌にも楽しい料理を次々と空にしたフェアルは、小麦で作られた焼き菓子を頬張りながら、幸せそうに声を上げた。

「おいしかったぁ」

 山間にあるその店は、白木を基調とした素材で建てられていた。開放的な窓からは川のせせらぎと木々が一望でき、時折、様々な生き物たちが姿を見せてくれる。
 紹介してくれたノクタディットから事情を聞いているらしい店主は、フェアルとカームがやってくると、人の視線が気になりにくい、一番角の目立たない席に通してくれた。
 念のため、フェアルは緑の髪や、髪を飾るつたが隠れるように、つばの広い帽子をかぶったまま、運ばれてくる料理を堪能した。
 フェアルは焼き菓子にちりばめられた、香ばしい木の実の歯ごたえと、甘く素朴な余韻を充分に味わっていたが、ふと正面に座るカームの皿に目を止める。
 デザートの焼き菓子は、手を付けられていない。

「カーム、具合悪いの?」
「いや、別に」

 カームは相変わらず隙のない表情だったが、無防備な仕草でまぶたをこする。

「ただ、あまり寝てないから。少し眠い」
「だからお腹、空かないのかな」
「兄貴に言うなよ」
「え?」
「うるさいんだよ、あいつ。偏食で残すのはもったいないって」

 フェアルは何度か目をしばたく。
 言われてみると、カームは付け合わせのほんのり苦みのある山菜のマリネや、風味と酸味の強いチーズも残していた。

「ノクタディット様って、やっぱりお兄さんなんだね。カームの身体のことを考えて、食べて欲しいんだよ」
「違う。ただのケチだ。だから残したこと、兄貴に言うなよ」
「でも確かに、もったいない。こんなにおいしいのに」
「そう思えたら食べてる」
「だけど、どれも新鮮で、痛んでいない、腐っていない食べ物だよ?」
「何言ってんだ。当たり前だろ」

 カームは何気なく言ったが、古の森へ行く前後に食べた、味より日持ち優先の携帯食を、フェアルが目を輝かせて、おいしいおいしいと夢中で食べていたことを思い出す。

「……幽閉されている間、ずいぶんひどいものを食べさせられていたんだな」
「そうかな? でも、食べられる日は幸せだよ」
「それならフェアルのしたいことって、うまいものを食べることか」

 カームが半分冗談で笑うと、フェアルから笑顔が消えた。

「私、カームから言われたこと、考えたの。カームがいなかったら、何をしたいのか。自分のしたいこと」

 そのまま、フェアルは黙り込む。
 緊張しているのが伝わったのか、カームは気軽に言った。

「言えよ。どうせ、ろくでもないことなんだろ」

 フェアルの深刻な表情が、わずかに緩む。

「わかる?」
「さぁな。言ってみろよ」
「うん」

 フェアルは気を取り直すと、真剣な様子で頷いた。

「ないの」
「ん? 何がだよ」
「本当なの。私、したいこと、ないの」

 二人の間に、沈黙が落ちる。
 少し遠くの席から、誕生日会をしているらしい家族の笑い声が響いてきた。

「……それ、もったいぶって言う内容か」
「そんなつもりじゃ……。私、何も思いつかないって言ったら、呆れられると思って」
「よくわかってるな」
「でも、そうなの。だから今はカームのしたいことを手伝わせて欲しい。それに私、カームの付き人だし。たくさんお金払ってもらった分だけがんばるって、決めたの」
「払っているのは俺のはずだけどな。どうして決定権がフェアルに渡っているんだ」
「ダメかな?」
「せめて俺に選ばせろよ」
「……そっか。でももし、カームに断られたら……。そうだ。私、ノクタディット様にお願いして、お手伝いさせてもらうように頼んでみようかな」
「それだけはやめろ」

 即答されて、フェアルは納得いかないように聞き返す。

「どうして?」
「トモダチの話、覚えてるだろ」

 毒だんごを食べて命を落としたイタチのことを思い出し、フェアルは視線を落とすと、カームの残した甘い楕円の焼き菓子が目に映る。
 フェアルはふと、自分の胃の中に納まった、その香ばしい食べ物に混ぜられている成分を想像して、青ざめた。

「この焼き菓子、もしかして……!」
「安心しろ、ドライアドは害獣じゃない。そうじゃなくて、あいつの手伝いなんかしたら、それからの人生の大半を許せなくなると思った方がいい。まともなやつがやることじゃない」
「……例えば?」
「フェアルも知ってる、害獣の駆除。財政を圧迫しないように、毒殺とか、できるだけコストの低い方法でやる。嫌だろ」
「うん」

 フェアルがこっくりと頷くと、カームも続いてこっくり頷く。

「俺でも嫌だ。それに領土、城内の運営方針の差配、伝達。面倒くさそうだろ」
「うん」
「俺でも面倒くさい。それに、領内外の営利権の更新、交渉。難しそうだろ」
「うん」
「俺でも難しい。それに……」

 カームはふと、美しく澄んだフェアルの瞳に見つめられていることに気づく。
 フェアルの表情はあどけなかったが、それがかえって、柔らかな髪やなめらかな肌に不思議な雰囲気をかもし出させているのか、妙な色気がある。
 ノクタディットの不思議な笑みに、幾人もの女たちが翻弄されているのを幼いころから見てきたカームは、眉を寄せた。

「……危険だろ」
「え、危険なこともあるの?」
「ああ、あった。いいか、兄貴にはひとりで近づくなよ。何があっても、絶対ダメだからな」

 今までの手伝いの説明からも、フェアルはよほどのことなのだろうと想像して、素直に頷く。

「やっぱり私、カームのお手伝いにしたい」
「できるのか?」
「うん! できそうなお手伝い、作ってもらうって決めたの」
「だからどうして、決定権がフェアルに渡っているんだよ」
「いいの。私、がんばるから!」
「情熱を込めてわがまま言うな」
「言いたい!」
「言ってどうする」
「だって私……カームに、たくさん喜んでもらいたくて! あれ。だけど……」

 フェアルは言いよどむ。
 そして、食事中にも首に巻いている、使い古されたスカーフを両手で握りしめた。

「もしかしたら、迷惑……なの、かな」

 フェアルは目を伏せたまま、不安そうに黙っている。
 カームは呆れていることを隠さず、ため息をついた。
 そして自分の残した焼き菓子を指でつまみ、それをフェアルの柔らかい唇に押しつける。

「ほら、新たな仕事」

 フェアルはされるがまま、それを口の中にむかえ入れた。
 舌の上で、豊潤なバターの風味と、食欲をそそるほどよい甘み、そして焼けた小麦粉のさっくりとした軽やかな触感が広がる。
 つい、うっとりと食べはじめるフェアルを前に、カームは少し首を傾げたまま、満足そうに微笑んだ。

「兄貴に言うなよ」

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!

月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、 花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。 姻族全員大騒ぎとなった

過労死して転生したので絶対に働かないと決めたのに、何をしても才能がバレる件

やんやんつけバー
ファンタジー
過労死して異世界転生。今度こそ絶対に働かないと決めたのに、何をやっても才能がバレてしまう——。農村で静かに暮らすはずが、魔力、農業、医療……気づけば誰も放っておかない。チートで穏やか系の異世界スローライフ。

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

【完結】モブ令嬢のわたしが、なぜか公爵閣下に目をつけられています

きゅちゃん
ファンタジー
男爵家の三女エリーゼは、前世の記憶を持つ元社畜OL。社交界デビューの夜、壁際でひとりジュースを飲んでいたところを、王国随一の権力者・ヴァルナ公爵カイルにスカウトされる。魔法省の研究員として採用されたエリーゼは、三年間誰も気づかなかった計算の誤りを着任三日で発見。着々と存在感を示していく。一方、公爵の婚約候補と噂されるクロード侯爵令嬢セラフィーヌは、エリーゼを目障りに思い妨害を仕掛けてくるが...

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

処理中です...