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13・善良なならず者
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***
「痛っ!」
イリーネの手は電撃を受けたような痺れを感じて弾かれた。
触れたのは、館の隅にある普段使われていない窓だったが、ここにも魔術がかけられているらしい。
予測はしていたのでかすめる程度の刺激だったが、それでも指の腹はじんじんと病んだ。
「あいつの魔術壁、隙ないのか……」
イリーネは痛む指先を撫でながらぼやくと、異変に気付いたエアがすぐに飛んでくる。
「イリーネ様、数日間似たようなことの繰り返しなのですから、そろそろ諦めて下さい。あの類い稀な能力を持ったレルトラス様に監視されている状態で脱出は無理です!」
「やってみたら、案外うまくいくかもよ」
「無理です! 仮にそうだとしても、毒の後遺症で体力が落ちてしまったのでしょう。運よく逃げ出せたとしても、その指輪をつけている限りすぐ見つけ出されますよ。ここで療養されるのはイリーネ様のためでもあります!」
悔しいほどの正論に、イリーネはふてくされた様子であてがわれている部屋へ戻ると、寝台の上に突っ伏した。
後を追ってきたエアは納得してもらいたい一心で訴える。
「……イリーネ様が来てから、レルトラス様はとても楽しそうです」
「ふーん」
「イリーネ様は、どうでしょうか」
「居心地悪いね」
「私にできることなら、改善します! なんなりとお申し付け下さい!」
「エアには感謝してるよ。だけど私自身の問題だから」
イリーネはため息をついた。
(そうなんだよな。弱体化したまま放り出されるのも危険だけど、あいつと一緒にいるとなんだか苦しいような落ち着かないような……なんだろう。逃げ出したくなる)
思い悩んだイリーネを見守るエアの表情は、気がかりで曇っている。
「イリーネ様がそこまで外に出たい理由は、やはりご家族の方が心配なのですか」
「父親はいないよ。母さんもどこか行っちゃった。ひとり気まま」
「では、外で何かしたいことでもあるのですか」
「……別に。採取とか狩猟とか探索とか、いつものこと」
相変わらずの素っ気ない態度に、エアはやはり心配になる。
「いつもとは……イリーネ様はまだお若いのにご家族の協力もなく、ひとりでそのように生計をたてられているのですね」
「まぁね。私は義賊だから」
「義賊、ですか」
あまり聞き慣れない響きに、エアはつぶらな瞳をぱちくりさせる。
「それは……庶民を苦しめて富を得たものから盗んだ品を、貧しいものたちに分け与える方のことでしょうか」
「本当はそうらしいけど」
「イリーネ様は?」
「私の知っている義賊はね、多くを持っているものから分けてもらって、それを必要な人に渡す架け橋の役目だって、母さんに教えてもらった。例えば浄蜜虫が蓄えた浄蜜を分けてもらって、それを猛毒に侵されているレルトラスに渡す、ということ」
「なるほど……。イリーネ様のお母様も、義賊なのでしょうか」
「そうだよ。まぁ、母さんはあまり自分のことを話す人ではなかったけれど、人目を避けて生活していたから、何かやらかしたんだろうね。それで母さんも私が似たような生き方になることは予想してたのかな。だから私があまり変な方向に進まないように、義賊という響きが道しるべになるようにって、そう教えてくれたのかもしれない」
淡々と語り終えたイリーネが仰向けになって高い天蓋を見上げていると、さめざめとしたすすり泣きが聞こえてくる。
家族の絆の話に弱いエアは鼻を赤くして、嗚咽を漏らしながら泣いていた。
「事情はあるようですが……お母様の思いが伝わり、イリーネ様もこんな風に善良なならず者に育って……」
微妙にずれた感動をしているエアは鼻をすすっていたが、いきなり力強く拳を握り締めた。
「わかりました! 私がレルトラス様にイリーネ様の望みをお伝えしてきます!」
「えっ、解放してくれるの?」
上体を飛び起こしたイリーネの話を聞かず、エアは小さな羽を羽ばたかせて部屋を出て行く。
「痛っ!」
イリーネの手は電撃を受けたような痺れを感じて弾かれた。
触れたのは、館の隅にある普段使われていない窓だったが、ここにも魔術がかけられているらしい。
予測はしていたのでかすめる程度の刺激だったが、それでも指の腹はじんじんと病んだ。
「あいつの魔術壁、隙ないのか……」
イリーネは痛む指先を撫でながらぼやくと、異変に気付いたエアがすぐに飛んでくる。
「イリーネ様、数日間似たようなことの繰り返しなのですから、そろそろ諦めて下さい。あの類い稀な能力を持ったレルトラス様に監視されている状態で脱出は無理です!」
「やってみたら、案外うまくいくかもよ」
「無理です! 仮にそうだとしても、毒の後遺症で体力が落ちてしまったのでしょう。運よく逃げ出せたとしても、その指輪をつけている限りすぐ見つけ出されますよ。ここで療養されるのはイリーネ様のためでもあります!」
悔しいほどの正論に、イリーネはふてくされた様子であてがわれている部屋へ戻ると、寝台の上に突っ伏した。
後を追ってきたエアは納得してもらいたい一心で訴える。
「……イリーネ様が来てから、レルトラス様はとても楽しそうです」
「ふーん」
「イリーネ様は、どうでしょうか」
「居心地悪いね」
「私にできることなら、改善します! なんなりとお申し付け下さい!」
「エアには感謝してるよ。だけど私自身の問題だから」
イリーネはため息をついた。
(そうなんだよな。弱体化したまま放り出されるのも危険だけど、あいつと一緒にいるとなんだか苦しいような落ち着かないような……なんだろう。逃げ出したくなる)
思い悩んだイリーネを見守るエアの表情は、気がかりで曇っている。
「イリーネ様がそこまで外に出たい理由は、やはりご家族の方が心配なのですか」
「父親はいないよ。母さんもどこか行っちゃった。ひとり気まま」
「では、外で何かしたいことでもあるのですか」
「……別に。採取とか狩猟とか探索とか、いつものこと」
相変わらずの素っ気ない態度に、エアはやはり心配になる。
「いつもとは……イリーネ様はまだお若いのにご家族の協力もなく、ひとりでそのように生計をたてられているのですね」
「まぁね。私は義賊だから」
「義賊、ですか」
あまり聞き慣れない響きに、エアはつぶらな瞳をぱちくりさせる。
「それは……庶民を苦しめて富を得たものから盗んだ品を、貧しいものたちに分け与える方のことでしょうか」
「本当はそうらしいけど」
「イリーネ様は?」
「私の知っている義賊はね、多くを持っているものから分けてもらって、それを必要な人に渡す架け橋の役目だって、母さんに教えてもらった。例えば浄蜜虫が蓄えた浄蜜を分けてもらって、それを猛毒に侵されているレルトラスに渡す、ということ」
「なるほど……。イリーネ様のお母様も、義賊なのでしょうか」
「そうだよ。まぁ、母さんはあまり自分のことを話す人ではなかったけれど、人目を避けて生活していたから、何かやらかしたんだろうね。それで母さんも私が似たような生き方になることは予想してたのかな。だから私があまり変な方向に進まないように、義賊という響きが道しるべになるようにって、そう教えてくれたのかもしれない」
淡々と語り終えたイリーネが仰向けになって高い天蓋を見上げていると、さめざめとしたすすり泣きが聞こえてくる。
家族の絆の話に弱いエアは鼻を赤くして、嗚咽を漏らしながら泣いていた。
「事情はあるようですが……お母様の思いが伝わり、イリーネ様もこんな風に善良なならず者に育って……」
微妙にずれた感動をしているエアは鼻をすすっていたが、いきなり力強く拳を握り締めた。
「わかりました! 私がレルトラス様にイリーネ様の望みをお伝えしてきます!」
「えっ、解放してくれるの?」
上体を飛び起こしたイリーネの話を聞かず、エアは小さな羽を羽ばたかせて部屋を出て行く。
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