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21・物でつろうとしてみる
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イリーネはレルトラスの部屋の扉に向かって声を張った。
「ねぇ、レルトラスって好きなものって何? 私、これから出かけるし、おみやげに持って帰るよ。何がいい?」
声も魔術の乱発の音も返ってこない。
その沈黙が事実を語っている気がして、イリーネはふと、言いようのない寂しさを感じた。
(レルトラスには、何もないのか)
イリーネがうつむいたその時、扉の奥から声が聞こえる。
「出かけるのなら旅装束で行くといい」
思わぬ許可が出て、イリーネは勢いよく顔を上げた。
「いいの?」
「ああ。イリーネがエアの用意する服装を危険だと言っていた意味は、ようやくわかったからね。余計な虫どもが寄ってくるのは不愉快だし」
(虫なんか寄って来たっけ? なんのこと言いたいのかはよくわからないけど)
「いいならそうするよ。さ、エア。私の服返して!」
イリーネは一人の外出や服装の自由という思わぬ制限の緩和に明るい声を出したが、エアは神妙な顔をして黙り込んでる。
「エア、聞いてる? 私の服、返して!」
一回り大きな声で催促すると、エアはようやく気が付いた。
「あ、はい……。ただいま」
エアは言われるまま服を取りに飛び立ったが、ふと振り返る。
それからしばらく迷っていたが、言いにくそうにぽつりぽつりと言葉を零した。
「イリーネ様……あの、私はひとつだけ、レルトラス様の好きなものに思い当たったのですが……」
それを聞いて、イリーネの表情がぱっと華やいだ。
「え、何だろう。高いの? それなら少しお金持っていこうかな。もし売っていなくても、盗って来れるものならそうするし、遠慮せずに言って!」
「いいえ、あの……」
エアは何かを言いかけたたまま黙り込んだが、そのまま意味深に微笑む。
「すみません。やはり気のせいでした。イリーネ様がご無事に帰って来て下さるだけで十分ですね。それが一番レルトラス様も喜ばれますよ」
「言いかけてやめるの? そういうことされると、もやもやするんだよなぁ」
イリーネは不満そうだったが、エアも答える素振りを見せない。
「さぁ、お召し物を準備しますね!」
そう笑顔でかわして、イリーネの服を取りに飛び立った。
*
酒場の扉を開くと、染みついたヤニの匂いが充満している。
昼下がり、まだ客がほとんどいないことを良しとして、カウンターでひとり手酌で飲んでいるやる気のない酒場の店主を確認すると、イリーネはまっすぐに向かった。
「あごひげ店主、ユヴィって名前の栄養管理士が昼間にいるって聞いたんだけど、来てない?」
店主はイリーネに気づくと蓄えたひげを撫でながら、挨拶代わりににやりとした。
「ああ、イリー坊主か」
店主はくすんだ色の染料で顔を汚した普段着のイリーネを少年だと思っているのか、いつも坊主と呼んでくる。
「久しぶり過ぎて、人さらいに遭っていたのかと心配してたぞ」
「そんなへましないよ」
「過信は良くねぇな。近ごろ物騒になって来てな。この領や隣のガロ領でも、身寄りのない者や体の弱いものが次々にいなくなる話を聞く。坊主も気をつけろ」
「ふぅん。そうする」
(確かに私、身寄りもいないし。身体も弱体化した所を悪魔に捕まったばかりだった。他人事じゃないな)
「そうそう。坊主の探しているユヴィならさっき来たばかりだ……ほら」
店主は木製のテーブルが等間隔に並べられた店内の奥を指し示す。
壁際に置かれたソファの上に、ひょろりと背の高い男が腕で顔をおおうように横たわっていた。
「あいつ、昼間の酒場で酔っぱらって……相当暇なの?」
「いや……ユヴィの奴、何しているのかは知らないけどいつも疲れていてな。客を待っている間は仮眠だって、暇さえあればああやって寝てるぞ」
(そういえば、シモナの体調に問題があるって言ってたっけ。大変なのかな)
イリーネの浮かない表情に、店主は赤ら顔で再びグラスに注いだ酒を煽る。
「坊主、ユヴィはいつもああだ。用があるなら気にせず起こせ」
「そうするけど……あれで客なんてつくのかな」
「それは余計な心配だ。ああ見えて、ユヴィは人気あるぞ。気取ってないから男どもはくだらない話もできると言うし、女は親身に悩みを聞いてもらえるから相談しやすいってな」
「確かに、ユヴィはそういうとこあるかもね」
「ねぇ、レルトラスって好きなものって何? 私、これから出かけるし、おみやげに持って帰るよ。何がいい?」
声も魔術の乱発の音も返ってこない。
その沈黙が事実を語っている気がして、イリーネはふと、言いようのない寂しさを感じた。
(レルトラスには、何もないのか)
イリーネがうつむいたその時、扉の奥から声が聞こえる。
「出かけるのなら旅装束で行くといい」
思わぬ許可が出て、イリーネは勢いよく顔を上げた。
「いいの?」
「ああ。イリーネがエアの用意する服装を危険だと言っていた意味は、ようやくわかったからね。余計な虫どもが寄ってくるのは不愉快だし」
(虫なんか寄って来たっけ? なんのこと言いたいのかはよくわからないけど)
「いいならそうするよ。さ、エア。私の服返して!」
イリーネは一人の外出や服装の自由という思わぬ制限の緩和に明るい声を出したが、エアは神妙な顔をして黙り込んでる。
「エア、聞いてる? 私の服、返して!」
一回り大きな声で催促すると、エアはようやく気が付いた。
「あ、はい……。ただいま」
エアは言われるまま服を取りに飛び立ったが、ふと振り返る。
それからしばらく迷っていたが、言いにくそうにぽつりぽつりと言葉を零した。
「イリーネ様……あの、私はひとつだけ、レルトラス様の好きなものに思い当たったのですが……」
それを聞いて、イリーネの表情がぱっと華やいだ。
「え、何だろう。高いの? それなら少しお金持っていこうかな。もし売っていなくても、盗って来れるものならそうするし、遠慮せずに言って!」
「いいえ、あの……」
エアは何かを言いかけたたまま黙り込んだが、そのまま意味深に微笑む。
「すみません。やはり気のせいでした。イリーネ様がご無事に帰って来て下さるだけで十分ですね。それが一番レルトラス様も喜ばれますよ」
「言いかけてやめるの? そういうことされると、もやもやするんだよなぁ」
イリーネは不満そうだったが、エアも答える素振りを見せない。
「さぁ、お召し物を準備しますね!」
そう笑顔でかわして、イリーネの服を取りに飛び立った。
*
酒場の扉を開くと、染みついたヤニの匂いが充満している。
昼下がり、まだ客がほとんどいないことを良しとして、カウンターでひとり手酌で飲んでいるやる気のない酒場の店主を確認すると、イリーネはまっすぐに向かった。
「あごひげ店主、ユヴィって名前の栄養管理士が昼間にいるって聞いたんだけど、来てない?」
店主はイリーネに気づくと蓄えたひげを撫でながら、挨拶代わりににやりとした。
「ああ、イリー坊主か」
店主はくすんだ色の染料で顔を汚した普段着のイリーネを少年だと思っているのか、いつも坊主と呼んでくる。
「久しぶり過ぎて、人さらいに遭っていたのかと心配してたぞ」
「そんなへましないよ」
「過信は良くねぇな。近ごろ物騒になって来てな。この領や隣のガロ領でも、身寄りのない者や体の弱いものが次々にいなくなる話を聞く。坊主も気をつけろ」
「ふぅん。そうする」
(確かに私、身寄りもいないし。身体も弱体化した所を悪魔に捕まったばかりだった。他人事じゃないな)
「そうそう。坊主の探しているユヴィならさっき来たばかりだ……ほら」
店主は木製のテーブルが等間隔に並べられた店内の奥を指し示す。
壁際に置かれたソファの上に、ひょろりと背の高い男が腕で顔をおおうように横たわっていた。
「あいつ、昼間の酒場で酔っぱらって……相当暇なの?」
「いや……ユヴィの奴、何しているのかは知らないけどいつも疲れていてな。客を待っている間は仮眠だって、暇さえあればああやって寝てるぞ」
(そういえば、シモナの体調に問題があるって言ってたっけ。大変なのかな)
イリーネの浮かない表情に、店主は赤ら顔で再びグラスに注いだ酒を煽る。
「坊主、ユヴィはいつもああだ。用があるなら気にせず起こせ」
「そうするけど……あれで客なんてつくのかな」
「それは余計な心配だ。ああ見えて、ユヴィは人気あるぞ。気取ってないから男どもはくだらない話もできると言うし、女は親身に悩みを聞いてもらえるから相談しやすいってな」
「確かに、ユヴィはそういうとこあるかもね」
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