40 / 55
40・一向に懐かない
しおりを挟む
レルトラスが黙っているのを見て、タリカは切なくなった。
「世界には美味しい食べ物が溢れてるのに、好きなものがないなんて寂しすぎる……」
「君もイリーネと同じ、食べ物が好きな部類なのか」
「エアさんだってそうだよ! 夜中にこそこそ隠れてスイーツ食べてるの、私知ってるんだからー」
「ああ。罪悪感との戦いに負ける禁断症状だと苦しんでいたけれど。深夜に怪談になりそうな声と物音を立てるのは、どうかと思うよ」
レルトラスはふと思いついたような顔をする。
「名前はエールにしようか」
「あれ。レルトラスさんお酒好きなの? 飲んでいるの見たことないから意外ー」
「いや。酒類は一度飲んだことがあるはずだけれど、よく覚えていないんだ。その後なぜかエアが館を禁酒にしてしまってね。イリーネはやって来た時、常に不満を垂れていたよ。この間出かけたときは、水分補給だと幸せそうに飲んでいたのがエールだったからね」
タリカは数日前、サヒーマの素材集めと頼んで二人にデートをさせてあげた、親切な自分の画策を思い出す。
相変わらず全く色気の感じられない様子ではあったが、二人とも楽しそうに帰って来て、サヒーマのための素材も手に入り、館も平和になり、企んだタリカとしても大満足だった。
「だけどレルトラスさんって、本当にイリーネのこと好きなんだね。ね、エール」
撫でてあげると、エールと名付けられたサヒーマは嬉しそうに目を細める。
「ああ、そうか。俺にも好きなものはあったね」
真顔で納得するレルトラスの無愛想さに、タリカも少し伝えておく気になった。
「えっとね、レルトラスさん……。そういう時はちょっとでも照れたりしないと、きっと伝わらないよー。イリーネって相当頭鈍いから」
「なるほどね。だからこんなにかわいがっていても、一向に懐かないのか」
「……多分、そのサヒーマを愛でるような言い方も、誤解をうんでると思うなー」
レルトラスは難しい顔をして物思いにふけった。
タリカも、基本的に横暴なレルトラスがイリーネに対してだけは、なかなか健気に尽くしてきた姿を知っているので、つい同情してしまう。
「相手の頭が鈍すぎて気づいてもらえないのも、さみしいね」
「いっそ跡形もなく燃やしてしまえたらと、時折思うよ」
この悪魔ならやりかねないと怯えつつも、タリカはいつも思っていたことをぽろりと零した。
「でもレルトラスさん、イリーネには乱暴しないね」
「怖いよ」
「え?」
「今までは無駄に余っている魔力を不便に感じたこともなかったけれど、治癒魔術の時に思い知ったよ。予想もしない形で傷つけることがあるってね。怖いよ」
複雑な真情をまっすぐ吐露されると、意外と熱血なタリカは治癒魔術をかけられたイリーネの悲惨な事件を、すっかり美談のように思い始めて、しきりに頷いた。
「こんなに大切に想ってくれてるのにー! イリーネの鈍い頭何とかして欲しいね、本当に! あの猛獣使い!」
「猛獣?」
「あっ、そこは私に答える勇気がないから拾わなくていいよ!」
タリカは失言からレルトラスの気を逸らそうとエールを抱き上げて、彼の側に置いてみる。
「サヒーマを上手に撫でることができるようになれば、イリーネも喜んでくれるよ! やさしくねー」
「そうか」
愛くるしいエールに向かって、レルトラスのわしづかむような手つきが迫る。
「待って!」
「どうしたんだい」
「レルトラスさん、さっきの話を思い出して。イリーネにはそんなことしないよね?」
「ああ、そうだったね。イリーネだと思えばいいのか」
その一言で心得たのか、レルトラスはエールをそっと抱き上げると、思いのほか慣れた手つきで首の回りを撫でてやる。
鈴の音と共に、エールが幸せそうに喉を鳴らしているのを見て、タリカはのみこみの良さに感嘆した。
「レルトラスさん、完璧だよー! ほら、この子レルトラスさんのこと好きになっちゃったねー」
エールは目を細めてレルトラスの身体に頬をすり寄せている。
「俺が撫でれば、イリーネもこうなるかい?」
「……えーと。確かにイリーネがこうしてくれたらかわいいとは思うんだけど」
「そうだろう」
「だけどほら、イリーネはノラ猫みたいなものだからなぁ」
「なかなか気を許さないのか。確かにはじめの頃は、ノラ猫のようにいつも館から出たがっていたよ」
「そうなの? うーん……イリーネってちょっと頑ななとこあるよね」
「弱いからだろう」
「弱いなら余計、ここにいたほうがいいのに」
「世界には美味しい食べ物が溢れてるのに、好きなものがないなんて寂しすぎる……」
「君もイリーネと同じ、食べ物が好きな部類なのか」
「エアさんだってそうだよ! 夜中にこそこそ隠れてスイーツ食べてるの、私知ってるんだからー」
「ああ。罪悪感との戦いに負ける禁断症状だと苦しんでいたけれど。深夜に怪談になりそうな声と物音を立てるのは、どうかと思うよ」
レルトラスはふと思いついたような顔をする。
「名前はエールにしようか」
「あれ。レルトラスさんお酒好きなの? 飲んでいるの見たことないから意外ー」
「いや。酒類は一度飲んだことがあるはずだけれど、よく覚えていないんだ。その後なぜかエアが館を禁酒にしてしまってね。イリーネはやって来た時、常に不満を垂れていたよ。この間出かけたときは、水分補給だと幸せそうに飲んでいたのがエールだったからね」
タリカは数日前、サヒーマの素材集めと頼んで二人にデートをさせてあげた、親切な自分の画策を思い出す。
相変わらず全く色気の感じられない様子ではあったが、二人とも楽しそうに帰って来て、サヒーマのための素材も手に入り、館も平和になり、企んだタリカとしても大満足だった。
「だけどレルトラスさんって、本当にイリーネのこと好きなんだね。ね、エール」
撫でてあげると、エールと名付けられたサヒーマは嬉しそうに目を細める。
「ああ、そうか。俺にも好きなものはあったね」
真顔で納得するレルトラスの無愛想さに、タリカも少し伝えておく気になった。
「えっとね、レルトラスさん……。そういう時はちょっとでも照れたりしないと、きっと伝わらないよー。イリーネって相当頭鈍いから」
「なるほどね。だからこんなにかわいがっていても、一向に懐かないのか」
「……多分、そのサヒーマを愛でるような言い方も、誤解をうんでると思うなー」
レルトラスは難しい顔をして物思いにふけった。
タリカも、基本的に横暴なレルトラスがイリーネに対してだけは、なかなか健気に尽くしてきた姿を知っているので、つい同情してしまう。
「相手の頭が鈍すぎて気づいてもらえないのも、さみしいね」
「いっそ跡形もなく燃やしてしまえたらと、時折思うよ」
この悪魔ならやりかねないと怯えつつも、タリカはいつも思っていたことをぽろりと零した。
「でもレルトラスさん、イリーネには乱暴しないね」
「怖いよ」
「え?」
「今までは無駄に余っている魔力を不便に感じたこともなかったけれど、治癒魔術の時に思い知ったよ。予想もしない形で傷つけることがあるってね。怖いよ」
複雑な真情をまっすぐ吐露されると、意外と熱血なタリカは治癒魔術をかけられたイリーネの悲惨な事件を、すっかり美談のように思い始めて、しきりに頷いた。
「こんなに大切に想ってくれてるのにー! イリーネの鈍い頭何とかして欲しいね、本当に! あの猛獣使い!」
「猛獣?」
「あっ、そこは私に答える勇気がないから拾わなくていいよ!」
タリカは失言からレルトラスの気を逸らそうとエールを抱き上げて、彼の側に置いてみる。
「サヒーマを上手に撫でることができるようになれば、イリーネも喜んでくれるよ! やさしくねー」
「そうか」
愛くるしいエールに向かって、レルトラスのわしづかむような手つきが迫る。
「待って!」
「どうしたんだい」
「レルトラスさん、さっきの話を思い出して。イリーネにはそんなことしないよね?」
「ああ、そうだったね。イリーネだと思えばいいのか」
その一言で心得たのか、レルトラスはエールをそっと抱き上げると、思いのほか慣れた手つきで首の回りを撫でてやる。
鈴の音と共に、エールが幸せそうに喉を鳴らしているのを見て、タリカはのみこみの良さに感嘆した。
「レルトラスさん、完璧だよー! ほら、この子レルトラスさんのこと好きになっちゃったねー」
エールは目を細めてレルトラスの身体に頬をすり寄せている。
「俺が撫でれば、イリーネもこうなるかい?」
「……えーと。確かにイリーネがこうしてくれたらかわいいとは思うんだけど」
「そうだろう」
「だけどほら、イリーネはノラ猫みたいなものだからなぁ」
「なかなか気を許さないのか。確かにはじめの頃は、ノラ猫のようにいつも館から出たがっていたよ」
「そうなの? うーん……イリーネってちょっと頑ななとこあるよね」
「弱いからだろう」
「弱いなら余計、ここにいたほうがいいのに」
10
あなたにおすすめの小説
『婚約破棄された聖女リリアナの庭には、ちょっと変わった来訪者しか来ません。』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
王都から少し離れた小高い丘の上。
そこには、聖女リリアナの庭と呼ばれる不思議な場所がある。
──けれど、誰もがたどり着けるわけではない。
恋するルミナ五歳、夢みるルーナ三歳。
ふたりはリリアナの庭で、今日もやさしい魔法を育てています。
この庭に来られるのは、心がちょっぴりさびしい人だけ。
まほうに傷ついた王子さま、眠ることでしか気持ちを伝えられない子、
そして──ほんとうは泣きたかった小さな精霊たち。
お姉ちゃんのルミナは、花を咲かせる明るい音楽のまほうつかい。
ちょっとだけ背伸びして、だいすきな人に恋をしています。
妹のルーナは、ねむねむ魔法で、夢の中を旅するやさしい子。
ときどき、だれかの心のなかで、静かに花を咲かせます。
ふたりのまほうは、まだ小さくて、でもあたたかい。
「だいすきって気持ちは、
きっと一番すてきなまほうなの──!」
風がふくたびに、花がひらき、恋がそっと実る。
これは、リリアナの庭で育つ、
小さなまほうつかいたちの恋と夢の物語です。
銀狼の花嫁~動物の言葉がわかる獣医ですが、追放先の森で銀狼さんを介抱したら森の聖女と呼ばれるようになりました~
川上とむ
恋愛
森に囲まれた村で獣医として働くコルネリアは動物の言葉がわかる一方、その能力を気味悪がられていた。
そんなある日、コルネリアは村の習わしによって森の主である銀狼の花嫁に選ばれてしまう。
それは村からの追放を意味しており、彼女は絶望する。
村に助けてくれる者はおらず、銀狼の元へと送り込まれてしまう。
ところが出会った銀狼は怪我をしており、それを見たコルネリアは彼の傷の手当をする。
すると銀狼は彼女に一目惚れしたらしく、その場で結婚を申し込んでくる。
村に戻ることもできないコルネリアはそれを承諾。晴れて本当の銀狼の花嫁となる。
そのまま森で暮らすことになった彼女だが、動物と会話ができるという能力を活かし、第二の人生を謳歌していく。
【完結】身分違いの恋をしてしまいました
金峯蓮華
恋愛
ナターリエは可もなく不可もないありふれた容姿の男爵令嬢。なのになぜか第2王子に身染められてしまった。殿下のことはなんとも思っていないが、恋人にと望まれれば断ることなどできない。高位貴族の令嬢達に嫌がらせをされ、悪い噂を流されても殿下に迷惑をかけてはならないと耐える日々。殿下からも、高位貴族令嬢達からの嫌がらせからもやっと解放されると思っていた卒業祝いの夜会で事件は起こった。
作者の独自の異世界のファンタジー小説です。
誤字脱字ごめんなさい。
ご都合主義です。
のんびり更新予定です。
傷ましい表現があるのでR15をつけています。
勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!
エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」
華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。
縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。
そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。
よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!!
「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。
ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、
「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」
と何やら焦っていて。
……まあ細かいことはいいでしょう。
なにせ、その腕、その太もも、その背中。
最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!!
女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。
誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート!
※他サイトに投稿したものを、改稿しています。
婚約破棄された没落寸前の公爵令嬢ですが、なぜか隣国の最強皇帝陛下に溺愛されて、辺境領地で幸せなスローライフを始めることになりました
六角
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、王立アカデミーの卒業パーティーで、長年の婚約者であった王太子から突然の婚約破棄を突きつけられる。
「アリアンナ! 貴様との婚約は、今この時をもって破棄させてもらう!」
彼の腕には、可憐な男爵令嬢が寄り添っていた。
アリアンナにありもしない罪を着せ、嘲笑う元婚約者と取り巻きたち。
時を同じくして、実家の公爵家にも謀反の嫌疑がかけられ、栄華を誇った家は没落寸前の危機に陥ってしまう。
すべてを失い、絶望の淵に立たされたアリアンナ。
そんな彼女の前に、一人の男が静かに歩み寄る。
その人物は、戦場では『鬼神』、政務では『氷帝』と国内外に恐れられる、隣国の若き最強皇帝――ゼオンハルト・フォン・アドラーだった。
誰もがアリアンナの終わりを確信し、固唾をのんで見守る中、絶対君主であるはずの皇帝が、おもむろに彼女の前に跪いた。
「――ようやくお会いできました、私の愛しい人。どうか、この私と結婚していただけませんか?」
「…………え?」
予想外すぎる言葉に、アリアンナは思考が停止する。
なぜ、落ちぶれた私を?
そもそも、お会いしたこともないはずでは……?
戸惑うアリアンナを意にも介さず、皇帝陛下の猛烈な求愛が始まる。
冷酷非情な仮面の下に隠された素顔は、アリアンナにだけは蜂蜜のように甘く、とろけるような眼差しを向けてくる独占欲の塊だった。
彼から与えられたのは、豊かな自然に囲まれた美しい辺境の領地。
美味しいものを食べ、可愛いもふもふに癒やされ、温かい領民たちと心を通わせる――。
そんな穏やかな日々の中で、アリアンナは凍てついていた心を少しずつ溶かしていく。
しかし、彼がひた隠す〝重大な秘密〟と、時折見せる切なげな表情の理由とは……?
これは、どん底から這い上がる令嬢が、最強皇帝の重すぎるほどの愛に包まれながら、自分だけの居場所を見つけ、幸せなスローライフを築き上げていく、逆転シンデレラストーリー。
【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し
有栖多于佳
恋愛
近代ヨーロッパの、ようなある大陸のある帝国王女の物語。
30才で断頭台にかけられた王妃が、次の瞬間3才の自分に戻った。
1度目の世界では盲目的に母を立派な女帝だと思っていたが、よくよく思い起こせば、兄妹間で格差をつけて、お気に入りの子だけ依怙贔屓する毒親だと気づいた。
だいたい帝国は男子継承と決まっていたのをねじ曲げて強欲にも女帝になり、初恋の父との恋も成就させた結果、継承戦争起こし帝国は二つに割ってしまう。王配になった父は人の良いだけで頼りなく、全く人を見る目のないので軍の幹部に登用した者は役に立たない。
そんな両親と早い段階で決別し今度こそ幸せな人生を過ごすのだと、決意を胸に生き直すマリアンナ。
史実に良く似た出来事もあるかもしれませんが、この物語はフィクションです。
世界史の人物と同名が出てきますが、別人です。
全くのフィクションですので、歴史考察はありません。
*あくまでも異世界ヒューマンドラマであり、恋愛あり、残業ありの娯楽小説です。
完【恋愛】婚約破棄をされた瞬間聖女として顕現した令嬢は竜の伴侶となりました。
梅花
恋愛
侯爵令嬢であるフェンリエッタはこの国の第2王子であるフェルディナンドの婚約者であった。
16歳の春、王立学院を卒業後に正式に結婚をして王室に入る事となっていたが、それをぶち壊したのは誰でもないフェルディナンド彼の人だった。
卒業前の舞踏会で、惨事は起こった。
破り捨てられた婚約証書。
破られたことで切れてしまった絆。
それと同時に手の甲に浮かび上がった痣は、聖痕と呼ばれるもの。
痣が浮き出る直前に告白をしてきたのは隣国からの留学生であるベルナルド。
フェンリエッタの行方は…
王道ざまぁ予定です
傷付いた騎士なんて要らないと妹は言った~残念ながら、変わってしまった関係は元には戻りません~
キョウキョウ
恋愛
ディアヌ・モリエールの妹であるエレーヌ・モリエールは、とてもワガママな性格だった。
両親もエレーヌの意見や行動を第一に優先して、姉であるディアヌのことは雑に扱った。
ある日、エレーヌの婚約者だったジョセフ・ラングロワという騎士が仕事中に大怪我を負った。
全身を包帯で巻き、1人では歩けないほどの重症だという。
エレーヌは婚約者であるジョセフのことを少しも心配せず、要らなくなったと姉のディアヌに看病を押し付けた。
ついでに、婚約関係まで押し付けようと両親に頼み込む。
こうして、出会うことになったディアヌとジョセフの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる