49 / 55
49・朽ちた神殿
しおりを挟む
石造りの神殿の奥から出てきた、癖毛の黒髪をした背の高い青年がイリーネを見下ろしている。
「ユヴィ……」
「やっぱりイリーネだ。どうしたの、全身傷だらけでひどい顔色じゃないか」
「ユヴィ、どうしよう……助けて」
酒場でタリカのことを教えてもらったまま会っていなかった幼い頃の友人を前に、イリーネは今までの張り詰めていた気持ちが緩み、泣きそうになる自分に耐えた。
「夜中にレルトラスとサヒーマたちが突然いなくなったの。もしかしたら、ガロ領主の手下に襲われたのかもしれない。だから追いかけてここまで来たけど、まだ見つけられないの。今は指輪まで解けて……もしかしたら、レルトラスが……」
ユヴィは恐怖に震えるイリーネの側で膝をついて、安心させるように肩を叩く。
「イリーネ、落ち着いて。彼はこの神殿の奥にいるし、サヒーマも一緒だよ」
「……いるの?」
「うん。事情を説明するから、行こう。手を貸すよ」
「いい。一人で歩ける」
「相変わらず、触られるの嫌いなんだな」
ユヴィは苦笑すると、案内するように神殿の奥へ足を向けたので、イリーネはふらつきながらも並んで歩く。
時折分かれ道が左右に現れても、ユヴィはイリーネに歩調を合わせながら迷わず突き進むので、目的の場所は一本道のようだった。
「イリーネの予想通り、サヒーマたちはガロ領主の手下に誘拐されかけてたよ。俺が見つけて、サヒーマたちはもらってここに連れて来たけどね。イリーネが迎えに来たしサヒーマたちは返すよ」
「そっか、良かった……。レルトラスは?」
「彼はサヒーマたちを捜していたらしくて、この神殿まで来てくれたんだ。サヒーマたちと奥にいる」
(とりあえず、レルトラスは生きてるんだ。エールも、他のサヒーマたちも……)
イリーネは指輪のとれた理由がまだ気になりつつも、とりあえず先ほどより気持ちが落ち着いてきた。
「だけどユヴィ……どうしてこんな山奥にいるの?」
「俺はここに住んでるんだよ」
「えっ。ラザレ領の外れにある、こんな朽ちた神殿に?」
イリーネはいつもユヴィが眠そうにしていた理由に思い当たった。
「もしかして、仕事のある日はこんな山奥から町まで通ってるの?」
「そうだよ。ここなら母さんといられるから」
「シモナの体調、良くないって言ってたもんね。サヒーマやレルトラスに会いに行ってから、様子見れるかな」
「うん。イリーネが来てくれたら喜んで、元気な母さんになってくれるかも」
(こんな山奥、静かすぎて不気味な感じもするけど、空気も澄んでるし体には良いのかな。町への買い出しとか不便だと思うけど、ユヴィはシモナのためならなんでもするようなところ、あったもんな)
イリーネは幼かったユヴィが母親に抱きついて幸せそうにしていた姿を思い出していると、ユヴィがちらりと目を向けてくる。
「イリーネ、久しぶりに会ったけど……また雰囲気変わったな。きれいになった」
ユヴィが少し気恥しそうに言うと、イリーネはあからさまに嫌な顔をした。
「私そんなに女くさい? 今は寝不足で山の中走って来たから結構汚いと思うんだけど……染料で肌を汚すだけじゃもう無理かな。顔の一部傷つけたり潰したりするのは、怖いからしたくないんだけど」
「おい、せっかく褒めてるんだから。少しは喜んでくれよ」
「あ、そっか。ごめん。嬉しいよ」
「適当に付け足すな。まぁ確かに、イリーネが小さい頃から危ない目に遭って来たのは知ってるから、気持ちもわかるけど」
「本当、ごめん。ユヴィがせっかく、ボロボロの私のこと和ませようとしてくれてるのに」
「そうだよ、俺にとってイリーネは昔から大切な人なんだ。だけどイリーネは相変わらず素っ気ないな。あの悪魔とサヒーマのことは、随分大切にしてるみたいだけど」
「う、うん……。ユヴィがタリカを紹介してくれたおかげもあって、サヒーマたちは元気になったよ。最近は結構、楽しくやってるんだ」
通路の先が少し開けて、奥に長い、薄暗い空間が現れる。
(何だろう。神聖な空気と不気味な感じが強くなったような……ここ、妙な気配がする)
未知の異様さを嗅ぎ取り、イリーネは入るのをためらっていると、空間の脇に年季の入った大きな檻が置かれていて、その中にサヒーマたちが閉じ込められていると気づいた。
現れたイリーネに反応して、一匹のサヒーマが鈴の音をさせながら前足で檻をひっかき、鳴いて呼ぶ。
「エール!」
「ユヴィ……」
「やっぱりイリーネだ。どうしたの、全身傷だらけでひどい顔色じゃないか」
「ユヴィ、どうしよう……助けて」
酒場でタリカのことを教えてもらったまま会っていなかった幼い頃の友人を前に、イリーネは今までの張り詰めていた気持ちが緩み、泣きそうになる自分に耐えた。
「夜中にレルトラスとサヒーマたちが突然いなくなったの。もしかしたら、ガロ領主の手下に襲われたのかもしれない。だから追いかけてここまで来たけど、まだ見つけられないの。今は指輪まで解けて……もしかしたら、レルトラスが……」
ユヴィは恐怖に震えるイリーネの側で膝をついて、安心させるように肩を叩く。
「イリーネ、落ち着いて。彼はこの神殿の奥にいるし、サヒーマも一緒だよ」
「……いるの?」
「うん。事情を説明するから、行こう。手を貸すよ」
「いい。一人で歩ける」
「相変わらず、触られるの嫌いなんだな」
ユヴィは苦笑すると、案内するように神殿の奥へ足を向けたので、イリーネはふらつきながらも並んで歩く。
時折分かれ道が左右に現れても、ユヴィはイリーネに歩調を合わせながら迷わず突き進むので、目的の場所は一本道のようだった。
「イリーネの予想通り、サヒーマたちはガロ領主の手下に誘拐されかけてたよ。俺が見つけて、サヒーマたちはもらってここに連れて来たけどね。イリーネが迎えに来たしサヒーマたちは返すよ」
「そっか、良かった……。レルトラスは?」
「彼はサヒーマたちを捜していたらしくて、この神殿まで来てくれたんだ。サヒーマたちと奥にいる」
(とりあえず、レルトラスは生きてるんだ。エールも、他のサヒーマたちも……)
イリーネは指輪のとれた理由がまだ気になりつつも、とりあえず先ほどより気持ちが落ち着いてきた。
「だけどユヴィ……どうしてこんな山奥にいるの?」
「俺はここに住んでるんだよ」
「えっ。ラザレ領の外れにある、こんな朽ちた神殿に?」
イリーネはいつもユヴィが眠そうにしていた理由に思い当たった。
「もしかして、仕事のある日はこんな山奥から町まで通ってるの?」
「そうだよ。ここなら母さんといられるから」
「シモナの体調、良くないって言ってたもんね。サヒーマやレルトラスに会いに行ってから、様子見れるかな」
「うん。イリーネが来てくれたら喜んで、元気な母さんになってくれるかも」
(こんな山奥、静かすぎて不気味な感じもするけど、空気も澄んでるし体には良いのかな。町への買い出しとか不便だと思うけど、ユヴィはシモナのためならなんでもするようなところ、あったもんな)
イリーネは幼かったユヴィが母親に抱きついて幸せそうにしていた姿を思い出していると、ユヴィがちらりと目を向けてくる。
「イリーネ、久しぶりに会ったけど……また雰囲気変わったな。きれいになった」
ユヴィが少し気恥しそうに言うと、イリーネはあからさまに嫌な顔をした。
「私そんなに女くさい? 今は寝不足で山の中走って来たから結構汚いと思うんだけど……染料で肌を汚すだけじゃもう無理かな。顔の一部傷つけたり潰したりするのは、怖いからしたくないんだけど」
「おい、せっかく褒めてるんだから。少しは喜んでくれよ」
「あ、そっか。ごめん。嬉しいよ」
「適当に付け足すな。まぁ確かに、イリーネが小さい頃から危ない目に遭って来たのは知ってるから、気持ちもわかるけど」
「本当、ごめん。ユヴィがせっかく、ボロボロの私のこと和ませようとしてくれてるのに」
「そうだよ、俺にとってイリーネは昔から大切な人なんだ。だけどイリーネは相変わらず素っ気ないな。あの悪魔とサヒーマのことは、随分大切にしてるみたいだけど」
「う、うん……。ユヴィがタリカを紹介してくれたおかげもあって、サヒーマたちは元気になったよ。最近は結構、楽しくやってるんだ」
通路の先が少し開けて、奥に長い、薄暗い空間が現れる。
(何だろう。神聖な空気と不気味な感じが強くなったような……ここ、妙な気配がする)
未知の異様さを嗅ぎ取り、イリーネは入るのをためらっていると、空間の脇に年季の入った大きな檻が置かれていて、その中にサヒーマたちが閉じ込められていると気づいた。
現れたイリーネに反応して、一匹のサヒーマが鈴の音をさせながら前足で檻をひっかき、鳴いて呼ぶ。
「エール!」
1
あなたにおすすめの小説
『婚約破棄された聖女リリアナの庭には、ちょっと変わった来訪者しか来ません。』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
王都から少し離れた小高い丘の上。
そこには、聖女リリアナの庭と呼ばれる不思議な場所がある。
──けれど、誰もがたどり着けるわけではない。
恋するルミナ五歳、夢みるルーナ三歳。
ふたりはリリアナの庭で、今日もやさしい魔法を育てています。
この庭に来られるのは、心がちょっぴりさびしい人だけ。
まほうに傷ついた王子さま、眠ることでしか気持ちを伝えられない子、
そして──ほんとうは泣きたかった小さな精霊たち。
お姉ちゃんのルミナは、花を咲かせる明るい音楽のまほうつかい。
ちょっとだけ背伸びして、だいすきな人に恋をしています。
妹のルーナは、ねむねむ魔法で、夢の中を旅するやさしい子。
ときどき、だれかの心のなかで、静かに花を咲かせます。
ふたりのまほうは、まだ小さくて、でもあたたかい。
「だいすきって気持ちは、
きっと一番すてきなまほうなの──!」
風がふくたびに、花がひらき、恋がそっと実る。
これは、リリアナの庭で育つ、
小さなまほうつかいたちの恋と夢の物語です。
銀狼の花嫁~動物の言葉がわかる獣医ですが、追放先の森で銀狼さんを介抱したら森の聖女と呼ばれるようになりました~
川上とむ
恋愛
森に囲まれた村で獣医として働くコルネリアは動物の言葉がわかる一方、その能力を気味悪がられていた。
そんなある日、コルネリアは村の習わしによって森の主である銀狼の花嫁に選ばれてしまう。
それは村からの追放を意味しており、彼女は絶望する。
村に助けてくれる者はおらず、銀狼の元へと送り込まれてしまう。
ところが出会った銀狼は怪我をしており、それを見たコルネリアは彼の傷の手当をする。
すると銀狼は彼女に一目惚れしたらしく、その場で結婚を申し込んでくる。
村に戻ることもできないコルネリアはそれを承諾。晴れて本当の銀狼の花嫁となる。
そのまま森で暮らすことになった彼女だが、動物と会話ができるという能力を活かし、第二の人生を謳歌していく。
【完結】身分違いの恋をしてしまいました
金峯蓮華
恋愛
ナターリエは可もなく不可もないありふれた容姿の男爵令嬢。なのになぜか第2王子に身染められてしまった。殿下のことはなんとも思っていないが、恋人にと望まれれば断ることなどできない。高位貴族の令嬢達に嫌がらせをされ、悪い噂を流されても殿下に迷惑をかけてはならないと耐える日々。殿下からも、高位貴族令嬢達からの嫌がらせからもやっと解放されると思っていた卒業祝いの夜会で事件は起こった。
作者の独自の異世界のファンタジー小説です。
誤字脱字ごめんなさい。
ご都合主義です。
のんびり更新予定です。
傷ましい表現があるのでR15をつけています。
勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!
エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」
華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。
縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。
そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。
よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!!
「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。
ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、
「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」
と何やら焦っていて。
……まあ細かいことはいいでしょう。
なにせ、その腕、その太もも、その背中。
最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!!
女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。
誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート!
※他サイトに投稿したものを、改稿しています。
婚約破棄された没落寸前の公爵令嬢ですが、なぜか隣国の最強皇帝陛下に溺愛されて、辺境領地で幸せなスローライフを始めることになりました
六角
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、王立アカデミーの卒業パーティーで、長年の婚約者であった王太子から突然の婚約破棄を突きつけられる。
「アリアンナ! 貴様との婚約は、今この時をもって破棄させてもらう!」
彼の腕には、可憐な男爵令嬢が寄り添っていた。
アリアンナにありもしない罪を着せ、嘲笑う元婚約者と取り巻きたち。
時を同じくして、実家の公爵家にも謀反の嫌疑がかけられ、栄華を誇った家は没落寸前の危機に陥ってしまう。
すべてを失い、絶望の淵に立たされたアリアンナ。
そんな彼女の前に、一人の男が静かに歩み寄る。
その人物は、戦場では『鬼神』、政務では『氷帝』と国内外に恐れられる、隣国の若き最強皇帝――ゼオンハルト・フォン・アドラーだった。
誰もがアリアンナの終わりを確信し、固唾をのんで見守る中、絶対君主であるはずの皇帝が、おもむろに彼女の前に跪いた。
「――ようやくお会いできました、私の愛しい人。どうか、この私と結婚していただけませんか?」
「…………え?」
予想外すぎる言葉に、アリアンナは思考が停止する。
なぜ、落ちぶれた私を?
そもそも、お会いしたこともないはずでは……?
戸惑うアリアンナを意にも介さず、皇帝陛下の猛烈な求愛が始まる。
冷酷非情な仮面の下に隠された素顔は、アリアンナにだけは蜂蜜のように甘く、とろけるような眼差しを向けてくる独占欲の塊だった。
彼から与えられたのは、豊かな自然に囲まれた美しい辺境の領地。
美味しいものを食べ、可愛いもふもふに癒やされ、温かい領民たちと心を通わせる――。
そんな穏やかな日々の中で、アリアンナは凍てついていた心を少しずつ溶かしていく。
しかし、彼がひた隠す〝重大な秘密〟と、時折見せる切なげな表情の理由とは……?
これは、どん底から這い上がる令嬢が、最強皇帝の重すぎるほどの愛に包まれながら、自分だけの居場所を見つけ、幸せなスローライフを築き上げていく、逆転シンデレラストーリー。
【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し
有栖多于佳
恋愛
近代ヨーロッパの、ようなある大陸のある帝国王女の物語。
30才で断頭台にかけられた王妃が、次の瞬間3才の自分に戻った。
1度目の世界では盲目的に母を立派な女帝だと思っていたが、よくよく思い起こせば、兄妹間で格差をつけて、お気に入りの子だけ依怙贔屓する毒親だと気づいた。
だいたい帝国は男子継承と決まっていたのをねじ曲げて強欲にも女帝になり、初恋の父との恋も成就させた結果、継承戦争起こし帝国は二つに割ってしまう。王配になった父は人の良いだけで頼りなく、全く人を見る目のないので軍の幹部に登用した者は役に立たない。
そんな両親と早い段階で決別し今度こそ幸せな人生を過ごすのだと、決意を胸に生き直すマリアンナ。
史実に良く似た出来事もあるかもしれませんが、この物語はフィクションです。
世界史の人物と同名が出てきますが、別人です。
全くのフィクションですので、歴史考察はありません。
*あくまでも異世界ヒューマンドラマであり、恋愛あり、残業ありの娯楽小説です。
完【恋愛】婚約破棄をされた瞬間聖女として顕現した令嬢は竜の伴侶となりました。
梅花
恋愛
侯爵令嬢であるフェンリエッタはこの国の第2王子であるフェルディナンドの婚約者であった。
16歳の春、王立学院を卒業後に正式に結婚をして王室に入る事となっていたが、それをぶち壊したのは誰でもないフェルディナンド彼の人だった。
卒業前の舞踏会で、惨事は起こった。
破り捨てられた婚約証書。
破られたことで切れてしまった絆。
それと同時に手の甲に浮かび上がった痣は、聖痕と呼ばれるもの。
痣が浮き出る直前に告白をしてきたのは隣国からの留学生であるベルナルド。
フェンリエッタの行方は…
王道ざまぁ予定です
傷付いた騎士なんて要らないと妹は言った~残念ながら、変わってしまった関係は元には戻りません~
キョウキョウ
恋愛
ディアヌ・モリエールの妹であるエレーヌ・モリエールは、とてもワガママな性格だった。
両親もエレーヌの意見や行動を第一に優先して、姉であるディアヌのことは雑に扱った。
ある日、エレーヌの婚約者だったジョセフ・ラングロワという騎士が仕事中に大怪我を負った。
全身を包帯で巻き、1人では歩けないほどの重症だという。
エレーヌは婚約者であるジョセフのことを少しも心配せず、要らなくなったと姉のディアヌに看病を押し付けた。
ついでに、婚約関係まで押し付けようと両親に頼み込む。
こうして、出会うことになったディアヌとジョセフの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる