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23 ガーデンパーティー
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レイナルトからガーデンパーティに誘われた翌日。
ミスティナはレイナルトと「婚約者の観光客設定」のまま、サミュエル・ファオネア辺境伯の居城にある美しい庭園に来ていた。
「サミュエルの開くパーティーは、食事も評判がいいと聞いていたが。期待できそうだな」
ファオネア辺境伯は領地に暮らす人々の交流や憩いの場を設けるため、毎月のように気軽に楽しめるパーティーを開催している。
今回も庭園の中にはいくつものごちそうがテーブルに並べられ、おいしそうに盛り付けられていた。
招かれた領民たちも普段よりおしゃれをして、食事や催し物を楽しんでいる。
少し離れたところには吟遊詩人が椅子に腰掛けて、自奏する弦楽器に伸びやかな声を響かせながら、ファオネア地方の民謡を歌っていた。
「レイ、私が休まず調合ばかりだから、気づかって連れてきてくれたんでしょう?」
「ティナが調合に夢中で、こうでもしないと俺にかまってくれないからな」
「そう言われてみると……」
「たまには、こういうのもいいだろ」
ミスティナはレイナルトの思いやりを感じて、近ごろの調合に没頭していた気持ちを切り替える。
「ありがとう。ライナスさんの解毒薬も順調だし、今は楽しむわ」
ミスティナは慣れた様子の領民たちにならい、テーブルへと向かった。
そしてチーズとドレッシングが美しく飾られたサラダや、具だくさんに煮込まれた香りのよいスープに目を留めると、レイナルトがさりげなく取ってくれる。
「おいしい!」
予想外の幸福にありつけたことに感動しつつ、ミスティナはふっくらとした丸パンや柔らかいローストビーフ、濃厚なティラミスと思うままに堪能していく。
「ふたりとも、楽しんでいますか?」
ミスティナは輪切りのオレンジが飾られたグラスを片手に、男の声へと振り返る。
ひと目で貴人だとわかる、身ぎれいな壮年の紳士がいた。
彼の瞳は深い泉のような青色をしている。
(はじめて会った方……よね?)
そのはずだが、男の顔立ちも雰囲気も、以前から知っているような親近感があった。
レイナルトがミスティナに男性を紹介する。
「ティナ、彼はこの地方を治める辺境伯、サミュエル・ファオネアだ。サミュエル、彼女は俺の婚約者」
レイナルトがファーストネームで呼ぶファオネア辺境伯は、真面目そうな笑顔で挨拶をする。
「はじめまして。私はサミュエル・ファオネアです」
(彼がこの領地を治めるファオネア辺境伯。控えめで誠実そうな雰囲気の方ね)
権力を得て高慢な態度を見せつけるヴィートン公爵夫妻とは、真逆の印象だ。
それにファオネア辺境伯は彼らと同じくらいの年齢のはずだが、ずっと若々しく感じられた。
「先にお伝えしますが、私はあなたの事情を知っています」
ファオネア辺境伯は周囲に気取られない程度に、声量を下げる。
「ミスティナ王女殿下、お会いできて光栄です」
ミスティナはドレスの裾をつまみ、淑女の礼で応じた。
「お初にお目にかかります。ファオネア辺境伯閣下のご温情で素敵な別荘で過ごせていること、感謝しております。ただ王女と呼ばれるのは目立ちすぎますので、どうぞミスティナとお呼びください」
「ではお言葉に甘えて……ミスティナ様、この町は満喫していますか?」
「もちろんです。空気も食事もおいしいですし、この町でレイから素敵な髪飾りも……あっ」
ミスティナは自分の髪に手を触れ、なにもないことを確認する。
黙り込んだその表情には動揺が浮かんでいた。
レイナルトはいたわるように、彼女の肩に手を添える。
「どうした?」
「私、昨日からレイと一緒にガーデンパーティーに行くことが楽しみで……そのことを考えながらぐっすり眠ってしまったの。そのまま髪飾りを寝台に置いてきたみたい」
ミスティナはしょんぼりと息をついた。
「レイがくれた髪飾り、着けようと思っていたのに……」
「取ってくるよ」
即答され、ミスティナは目を瞬いた。
「え、でもここから別荘までは距離が」
「すぐに戻る。行ってきてもいいだろう?」
レイナルトは頼むように聞いてくるので、ミスティナは目をしばたく。
(私が爆睡して髪飾りのことを忘れていたのに、レイは怒るどころか、どこか嬉しそうなのはなぜかしら)
ミスティナが戸惑いがちに頷くと、ファオネア辺境伯は門の方向を指差す。
「転移魔術の許可地点はあちらです」
「サミュエル、ティナを頼む」
「わかりました」
レイナルトは浮遊術を足元にまとわせ、俊敏な速度でその場を去った。
ファオネア辺境伯が口に手を当て、くすくすと笑う。
「レイナルト殿下のあんな態度を、私ははじめて見ましたよ。ミスティナ様が彼のことをずっと考えて、贈ったものを片時も離さなかった、と知って嬉しいのでしょうね」
「そうなんですか?」
「ええ。どうやらあなたのために髪飾りを取りに行くことも、他人に任せたくないようですから。殿下から妻に迎えたい人がいると聞いたときは、人を寄せ付けない彼らしくないと意外に感じていましたが……なるほど。先ほどから驚きのあまり、私の胃の調子がおかしいくらいです」
ファオネア辺境伯は、胃の辺りをさすりながら笑っている。
「それなら、これはいかがでしょうか」
ミスティナは忍ばせていた小瓶を取り出した。
レイナルトからガーデンパーティに誘われた翌日。
ミスティナはレイナルトと「婚約者の観光客設定」のまま、サミュエル・ファオネア辺境伯の居城にある美しい庭園に来ていた。
「サミュエルの開くパーティーは、食事も評判がいいと聞いていたが。期待できそうだな」
ファオネア辺境伯は領地に暮らす人々の交流や憩いの場を設けるため、毎月のように気軽に楽しめるパーティーを開催している。
今回も庭園の中にはいくつものごちそうがテーブルに並べられ、おいしそうに盛り付けられていた。
招かれた領民たちも普段よりおしゃれをして、食事や催し物を楽しんでいる。
少し離れたところには吟遊詩人が椅子に腰掛けて、自奏する弦楽器に伸びやかな声を響かせながら、ファオネア地方の民謡を歌っていた。
「レイ、私が休まず調合ばかりだから、気づかって連れてきてくれたんでしょう?」
「ティナが調合に夢中で、こうでもしないと俺にかまってくれないからな」
「そう言われてみると……」
「たまには、こういうのもいいだろ」
ミスティナはレイナルトの思いやりを感じて、近ごろの調合に没頭していた気持ちを切り替える。
「ありがとう。ライナスさんの解毒薬も順調だし、今は楽しむわ」
ミスティナは慣れた様子の領民たちにならい、テーブルへと向かった。
そしてチーズとドレッシングが美しく飾られたサラダや、具だくさんに煮込まれた香りのよいスープに目を留めると、レイナルトがさりげなく取ってくれる。
「おいしい!」
予想外の幸福にありつけたことに感動しつつ、ミスティナはふっくらとした丸パンや柔らかいローストビーフ、濃厚なティラミスと思うままに堪能していく。
「ふたりとも、楽しんでいますか?」
ミスティナは輪切りのオレンジが飾られたグラスを片手に、男の声へと振り返る。
ひと目で貴人だとわかる、身ぎれいな壮年の紳士がいた。
彼の瞳は深い泉のような青色をしている。
(はじめて会った方……よね?)
そのはずだが、男の顔立ちも雰囲気も、以前から知っているような親近感があった。
レイナルトがミスティナに男性を紹介する。
「ティナ、彼はこの地方を治める辺境伯、サミュエル・ファオネアだ。サミュエル、彼女は俺の婚約者」
レイナルトがファーストネームで呼ぶファオネア辺境伯は、真面目そうな笑顔で挨拶をする。
「はじめまして。私はサミュエル・ファオネアです」
(彼がこの領地を治めるファオネア辺境伯。控えめで誠実そうな雰囲気の方ね)
権力を得て高慢な態度を見せつけるヴィートン公爵夫妻とは、真逆の印象だ。
それにファオネア辺境伯は彼らと同じくらいの年齢のはずだが、ずっと若々しく感じられた。
「先にお伝えしますが、私はあなたの事情を知っています」
ファオネア辺境伯は周囲に気取られない程度に、声量を下げる。
「ミスティナ王女殿下、お会いできて光栄です」
ミスティナはドレスの裾をつまみ、淑女の礼で応じた。
「お初にお目にかかります。ファオネア辺境伯閣下のご温情で素敵な別荘で過ごせていること、感謝しております。ただ王女と呼ばれるのは目立ちすぎますので、どうぞミスティナとお呼びください」
「ではお言葉に甘えて……ミスティナ様、この町は満喫していますか?」
「もちろんです。空気も食事もおいしいですし、この町でレイから素敵な髪飾りも……あっ」
ミスティナは自分の髪に手を触れ、なにもないことを確認する。
黙り込んだその表情には動揺が浮かんでいた。
レイナルトはいたわるように、彼女の肩に手を添える。
「どうした?」
「私、昨日からレイと一緒にガーデンパーティーに行くことが楽しみで……そのことを考えながらぐっすり眠ってしまったの。そのまま髪飾りを寝台に置いてきたみたい」
ミスティナはしょんぼりと息をついた。
「レイがくれた髪飾り、着けようと思っていたのに……」
「取ってくるよ」
即答され、ミスティナは目を瞬いた。
「え、でもここから別荘までは距離が」
「すぐに戻る。行ってきてもいいだろう?」
レイナルトは頼むように聞いてくるので、ミスティナは目をしばたく。
(私が爆睡して髪飾りのことを忘れていたのに、レイは怒るどころか、どこか嬉しそうなのはなぜかしら)
ミスティナが戸惑いがちに頷くと、ファオネア辺境伯は門の方向を指差す。
「転移魔術の許可地点はあちらです」
「サミュエル、ティナを頼む」
「わかりました」
レイナルトは浮遊術を足元にまとわせ、俊敏な速度でその場を去った。
ファオネア辺境伯が口に手を当て、くすくすと笑う。
「レイナルト殿下のあんな態度を、私ははじめて見ましたよ。ミスティナ様が彼のことをずっと考えて、贈ったものを片時も離さなかった、と知って嬉しいのでしょうね」
「そうなんですか?」
「ええ。どうやらあなたのために髪飾りを取りに行くことも、他人に任せたくないようですから。殿下から妻に迎えたい人がいると聞いたときは、人を寄せ付けない彼らしくないと意外に感じていましたが……なるほど。先ほどから驚きのあまり、私の胃の調子がおかしいくらいです」
ファオネア辺境伯は、胃の辺りをさすりながら笑っている。
「それなら、これはいかがでしょうか」
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