24 / 47
24 赤ずくめの婦人
しおりを挟む
「どうぞ。私が作った胃薬です」
ミスティナは毒が入っていないことを証明するため、一粒飲んでからファオネア辺境伯へ渡す。
「なんて準備のいい……これは助かります」
胃弱らしいファオネア辺境伯は持っていたグラスで、さっそく薬を飲んだ。
「ミスティナ様は祖国のローレット王国から帝国へ来て、慣れないことも多いでしょう。私は命の恩人でもあるレイナルト殿下のため、そしてミスティナ様のためにも協力を惜しむつもりはありません。どのようなことでも遠慮せずお伝えください」
「ありがとうございます。ファオネア辺境伯は、魔病を患うライナスさんの治療に協力してくれているんですよね? 彼が療養する地下室を貸していると聞きました」
「ライナス……? ああ、そうです。ミスティナ様は彼の治療薬を作る材料を集めるため、我が領へ来たと聞きましたが」
「はい。ファオネア辺境伯が滞在と採取をお許しくださったので、調合は順調です。もう少しで完成します」
「もう少しで!? 本当にそんなことが可能なんですか?」
「はい。私は古代語も神話語も読めるので。古い時代の薬術に関する知識で調合しているんです」
ミスティナは今は失われている調合の技術を再現していることを説明する。
ファオネア辺境伯は自領で採れる薬草についての質問も交えながら、熱心に聞いた。
「レイナルト殿下からミスティナ様がすばらしい知識と技術をお持ちだとうかがっていたのですが、まさかそんなことができるなんて……おや。先ほどの胃薬は即効性があるようです」
ふたりは楽しそうに、薬術で作った胃薬の話で盛りあがる。
そんなミスティナの背中に、とげとげしい女性の声が投げつけられた。
「あら嫌だ! サミュエル様にまとわりついているはどんな女狐かと思ったけれど……まだデビュタントを迎えたばかりの小娘にしか見えないわ!」
ミスティナは振り返る。
するとドレスや口紅、装飾品まで真っ赤に着飾った女性がずかずかと詰め寄ってきた。
「サミュエル様は数多の良縁を断り続けて、ずっと後妻を迎えていないのよ! そんな彼の事情も知らず、若さを武器に図々しく言い寄るのはやめなさい!」
(後妻? 事情? 言い寄る?)
ミスティナには女性の怒っている理由はわからなかったが、以前オレンジを運んであげた老婦人が、ファオネア辺境伯の前妻についてこぼしていたことを思い出す。
「小娘なんかに、サミュエル様の深い心の傷は癒せないわ!」
赤ずくめの婦人は相変わらず、他人の個人的な事柄をぺらぺらとまくし立てた。
当人のファオネア辺境伯は困ったように、しかしきっぱりと言う。
「ご婦人、彼女にそのような意図はありません。言いがかりはおやめください」
「まぁサミュエル様、小娘をかばうつもりですか!? あなたは前妻のことがまだ忘れられないのでしょう? わたくしはあなたのことを心配しているだけです!」
「どうか私のことはお気になさらず……」
ミスティナは彼が、胃のあたりを手で押さえていることに気づいた。
「ファオネア辺境伯、先ほど渡した胃薬をもう一錠いかがですか?」
「おお、名案です」
「これは身体に負担なく調子を整えてくれるので、気軽に摂取しても問題ありませんよ」
「おやつ感覚ですね! それは心強い。味も甘くておいしいので、つい手が伸びてしまいそうです」
「ふふ、胃薬をおやつ代わりにしようとする人は初めて会いました」
「いやいや、この胃薬をおやつにすれば人生が変わりますよ!」
ふたりは父娘のような親しさで笑い合うが、赤ずくめの婦人は嫉妬に目をつり上げた。
「なによ、傷心のサミュエル様にベタベタといやらしい娘だこと! 立場をわきまえなさい! サミュエル様は前妻に裏切られてから、傷ついているのよ!」
「つまりご婦人はファオネア辺境伯に縁談を申し込んで、後妻は予定していないと拒否されたのですか?」
「!」
赤ずくめの婦人は図星だったのか、顔まで真っ赤になった。
「そ、それは不躾な憶測です!」
「他人のデリケートな事情を大声でまくしたてるほうが、不躾ではありませんか」
赤ずくめの婦人は否定できない屈辱感に肩を震わせ、自分の主張を通そうとするように声を荒げる。
「ひどい言いがかりよ! わたくしはただ、サミュエル様をお助けしたくて、尽くしたくて……! 愛する人の傷ついた心を癒して差し上げたいだけです! それなのにあなたのような小娘が横入りしてくるなんて、迷惑だと言っているのよ!!」
「ご安心ください。ファオネア辺境伯様は、賢明で誠実なお方です」
「なによ! 小娘に言われなくても、そのことはわたくしが一番知っています!」
「では彼があなたの求婚を断ったのは、理由があるからではありませんか?」
「そ、それは彼のひどい前妻のせいです! 前妻は結婚前から金持ちの愛人をしていたあばずれ女です! あの女のせいで傷ついているからに決まっています!」
「では傷ついている方にこれ以上、胃を痛ませるようなことはしない方がいいのではありませんか。私は彼の過去について知りませんが、あなたに対してははっきりと『私のことはお気になさらず』と明言したのを聞きました」
そのとき、ミスティナの髪に緋色の髪飾りが留められた。
ミスティナは毒が入っていないことを証明するため、一粒飲んでからファオネア辺境伯へ渡す。
「なんて準備のいい……これは助かります」
胃弱らしいファオネア辺境伯は持っていたグラスで、さっそく薬を飲んだ。
「ミスティナ様は祖国のローレット王国から帝国へ来て、慣れないことも多いでしょう。私は命の恩人でもあるレイナルト殿下のため、そしてミスティナ様のためにも協力を惜しむつもりはありません。どのようなことでも遠慮せずお伝えください」
「ありがとうございます。ファオネア辺境伯は、魔病を患うライナスさんの治療に協力してくれているんですよね? 彼が療養する地下室を貸していると聞きました」
「ライナス……? ああ、そうです。ミスティナ様は彼の治療薬を作る材料を集めるため、我が領へ来たと聞きましたが」
「はい。ファオネア辺境伯が滞在と採取をお許しくださったので、調合は順調です。もう少しで完成します」
「もう少しで!? 本当にそんなことが可能なんですか?」
「はい。私は古代語も神話語も読めるので。古い時代の薬術に関する知識で調合しているんです」
ミスティナは今は失われている調合の技術を再現していることを説明する。
ファオネア辺境伯は自領で採れる薬草についての質問も交えながら、熱心に聞いた。
「レイナルト殿下からミスティナ様がすばらしい知識と技術をお持ちだとうかがっていたのですが、まさかそんなことができるなんて……おや。先ほどの胃薬は即効性があるようです」
ふたりは楽しそうに、薬術で作った胃薬の話で盛りあがる。
そんなミスティナの背中に、とげとげしい女性の声が投げつけられた。
「あら嫌だ! サミュエル様にまとわりついているはどんな女狐かと思ったけれど……まだデビュタントを迎えたばかりの小娘にしか見えないわ!」
ミスティナは振り返る。
するとドレスや口紅、装飾品まで真っ赤に着飾った女性がずかずかと詰め寄ってきた。
「サミュエル様は数多の良縁を断り続けて、ずっと後妻を迎えていないのよ! そんな彼の事情も知らず、若さを武器に図々しく言い寄るのはやめなさい!」
(後妻? 事情? 言い寄る?)
ミスティナには女性の怒っている理由はわからなかったが、以前オレンジを運んであげた老婦人が、ファオネア辺境伯の前妻についてこぼしていたことを思い出す。
「小娘なんかに、サミュエル様の深い心の傷は癒せないわ!」
赤ずくめの婦人は相変わらず、他人の個人的な事柄をぺらぺらとまくし立てた。
当人のファオネア辺境伯は困ったように、しかしきっぱりと言う。
「ご婦人、彼女にそのような意図はありません。言いがかりはおやめください」
「まぁサミュエル様、小娘をかばうつもりですか!? あなたは前妻のことがまだ忘れられないのでしょう? わたくしはあなたのことを心配しているだけです!」
「どうか私のことはお気になさらず……」
ミスティナは彼が、胃のあたりを手で押さえていることに気づいた。
「ファオネア辺境伯、先ほど渡した胃薬をもう一錠いかがですか?」
「おお、名案です」
「これは身体に負担なく調子を整えてくれるので、気軽に摂取しても問題ありませんよ」
「おやつ感覚ですね! それは心強い。味も甘くておいしいので、つい手が伸びてしまいそうです」
「ふふ、胃薬をおやつ代わりにしようとする人は初めて会いました」
「いやいや、この胃薬をおやつにすれば人生が変わりますよ!」
ふたりは父娘のような親しさで笑い合うが、赤ずくめの婦人は嫉妬に目をつり上げた。
「なによ、傷心のサミュエル様にベタベタといやらしい娘だこと! 立場をわきまえなさい! サミュエル様は前妻に裏切られてから、傷ついているのよ!」
「つまりご婦人はファオネア辺境伯に縁談を申し込んで、後妻は予定していないと拒否されたのですか?」
「!」
赤ずくめの婦人は図星だったのか、顔まで真っ赤になった。
「そ、それは不躾な憶測です!」
「他人のデリケートな事情を大声でまくしたてるほうが、不躾ではありませんか」
赤ずくめの婦人は否定できない屈辱感に肩を震わせ、自分の主張を通そうとするように声を荒げる。
「ひどい言いがかりよ! わたくしはただ、サミュエル様をお助けしたくて、尽くしたくて……! 愛する人の傷ついた心を癒して差し上げたいだけです! それなのにあなたのような小娘が横入りしてくるなんて、迷惑だと言っているのよ!!」
「ご安心ください。ファオネア辺境伯様は、賢明で誠実なお方です」
「なによ! 小娘に言われなくても、そのことはわたくしが一番知っています!」
「では彼があなたの求婚を断ったのは、理由があるからではありませんか?」
「そ、それは彼のひどい前妻のせいです! 前妻は結婚前から金持ちの愛人をしていたあばずれ女です! あの女のせいで傷ついているからに決まっています!」
「では傷ついている方にこれ以上、胃を痛ませるようなことはしない方がいいのではありませんか。私は彼の過去について知りませんが、あなたに対してははっきりと『私のことはお気になさらず』と明言したのを聞きました」
そのとき、ミスティナの髪に緋色の髪飾りが留められた。
応援ありがとうございます!
7
お気に入りに追加
1,215
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる