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47 エピローグ それぞれの結末

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 ヴィートン公爵はグレネイス帝国に不法入国した罪で拘束された後、ローレット王国の司法に引き渡される。
 それから半年ほどかけて調査が行われ、裁判では彼が犯してきた王国の私物化をはじめとする不正、グレネイス帝国への不当な攻撃が暴かれた。

 ローレット王国の国民たちは、隠されていた様々な事実を知ると怒りの声を上げる。
 特に敬愛する前国王と王妃の忘れ形見、ミスティナとアランに対する仕打ちは民への裏切りでもあった。
 ヴィートン公爵の罪は厳粛な判決の結果、爵位剥奪と財産没収の上、極刑が確定する。

 欲望のまま他者を搾取し続けた彼が地位や財産を失えば、残ったものなどなにもなかった。



 夫と同じころ、ヴィートン公爵夫人にも審判は下される。
 彼女はローレット王国では惚れ薬を扱う密売斡旋の罪、そしてグレネイス帝国ではファオネア辺境伯の令嬢誘拐の罪に問われていた。
 彼女は財産没収、そして多額の賠償金を労役で払うこととなり、今はローレットの監獄と呼ばれる過酷な鉱山地に送られている。

 彼女はファオネア辺境伯やフレデリカに会うこともなく、その生涯を終えることとなった。



 そしてヴィートン公爵夫妻の取り調べから、ローレット王国の財産横領や悪事隠蔽に加担した者たち、惚れ薬の密売人らが次々と摘発される。
 彼らも裁かれ、惚れ薬の密売の規制はいっそう厳しくなった。

 その内のひとりとして、ミスティナの元婚約者であるリレットも刑罰を受ける。

 彼は爵位と財産を没収され、辺境の地の魔獣討伐基地での危険な労役に服した。
 そんなリレットは近ごろ、黒々と塗りつぶされた夢ばかり見ている。
 それがもう会うことも声を聞くこともできない、忘れられないのに見えないミスティナの姿だと気づくのに、時間はかからなかった。

 彼は今さらになってミスティナへの想いに気づく。
 そしてようやく彼女をおとしめてきた過去を後悔したが、もう遅かった。
 彼は今夜も、あの不気味な闇の夢にうなされ続ける。



 不可解な結末を迎えたのは、ヴィートン公爵夫妻の娘であるクルーラだった。

 彼女はミスティナの命を奪おうとした罪でグレネイス帝国の裁判にかけられ、すでに極刑の判決を受けている。
 しかしローレット王国側ではアランをはじめ、彼女に惚れ薬の粗悪品を飲まされた数々の被害が明らかになった。
 彼女はグレネイス帝国からローレット王国でも罪を判じられることになる。

 その道中、クルーラの檻馬車は何者かに襲われて行方をくらませた。
 数日後、彼女は毒薬まみれの無惨な姿で発見される。
 奇妙なことに、クルーラは王都内で襲撃されたのだが、犯人の行方がまったくつかめないことだった。

 ローレット王国の人々は声をひそめて噂を交わす。

「犯人が誰かなんて、知っていても告げ口する者はいないよ。クルーラは王国の金で密売人から危険な薬を買い漁り、王都中にさまざまな毒を撒き散らしていたんだから……誰もが彼女を恨んでいるのさ」



 こうしてローレット王国を荒らしていた者たちは、それぞれの結末を迎えた。





 ***


 よく晴れたその日。
 ミスティナは馬車に揺られながら皇城に向かっている。
 彼女は数日前から侍女のリンやメイドたちの手で磨きあげられ、甘く柔らかな香りをまとっていた。
 華やかな緋色のドレスも、結い上げた月色の髪も、彼女の気品と色気を絶妙に引き立てている。

「レイ、さっきからこっちを見すぎじゃない?」

 隣に座るレイナルトは帝国の紋章入りの正礼装をしている。
 彼は名画の一枚絵のように気品のあるたたずまいで微笑んだ。

「仕方がないだろう。君はいつも美しいけれど、今日は特別だ」

「ありがとう。たしかに今日は婚約式だから、みんなもすごく張り切ってくれたの……って、やっぱり見すぎじゃない?」
 
「ティナから目を離したくない」

「それは不便ね。違う雰囲気のほうがよかったかしら」

「訂正する。たとえ君がどんな姿でも、目を離したくない」

 レイナルトの相変わらずの一途さに、ミスティナはただただ感心する。

「だけどレイは本当に律儀ね。求婚した相手に対して一途に想い続けてくれるんだもの」

「律儀?」

「だって政略結婚なのに、ここまで誠実に私のことを大切にしてくれるんだから」

 ミスティナの何気ない言葉に、レイナルトはかすかに眉根を寄せた。

「ティナ、まさかとは思うが……。俺の君に対する想いは、政略結婚を成功させるためだけだと考えているわけではないな?」

「えっ。違うの?」

 あっけらかんとした言い方だった。
 レイナルトはしばし言葉を失い、ふと笑い出す。

「残念ながら、俺はそんなに器用ではない。ただ君に惚れている」

「えっ、でも……レイは惚れ薬を飲んでいないのよね?」

 ミスティナはうかがうように、彼の緋色の瞳を覗き込んだ。

「それが本当なら、わからなくなってきたわ。どうしてレイが、私のことをそこまで……」

「やはり覚えていないのか」

「なんのこと?」

 レイナルトは視線をそむけ、そのまま黙っている。
 ミスティナは少し身を乗り出し、彼の顔を覗き込んだ。

「知りたいわ」

 ミスティナの瞳が興味から輝いている。
 レイナルトは降参のように苦笑した。

「グレネイス帝国の皇帝が代替わりしたとき、俺が身を隠していたことは気づいているだろう」

「レイが先代の皇帝を討って、今の皇帝陛下に皇位を譲るためよね?」

「そこまで気づいていたのか。あのとき俺はローレット王国の辺境の地で、気のいい女性の世話になった」

 その上品な老齢の女性は、ボロボロの旅装で現れたレイナルトを見たことがあったのか、帝国の皇太子だと気づいたらしい。
 しかしなにも言わず、行くあてがないのならと彼女の邸館に誘った。

「そこでしばらく過ごしていたが。俺は夜の庭で偶然、彼女の孫娘に会った」

 孫娘は気さくに声をかけてきて、弟の行方を案じて眠れなくなったと言う。
 そのため気を紛らわせるために夜の庭に出ては、魔灯の明かりで花の図鑑を読んでいると笑った。
 ティナと名乗るその娘に名を尋ねられ、レイナルトはとっさに帝国ではありふれた仮名を使う。

(ローレット王国の辺境、不眠の孫娘、夜の庭……)

 記憶の中に、月夜の下にたたずむ青年が浮かんでくる。
 暗闇でおぼろげにしか確認できなかったその姿が、レイナルトと重なった。

「私が不眠のとき、おばあ様の夜の庭に現れた青年……ライナスはあなただったのね!?」

「やはり忘れていたのか」

「だってまさかライナスが、逃亡中の帝国の皇太子だったなんて……」

 あのときのミスティナは弟の行方がわからないこともあり、心の中は常にざわついていた。
 自分とはなにも関係のない、誰かと話がしたい。
 ライナスとはそんな思いから言葉を交わしたが、彼が想像もしないような殺伐とした日々を淡々と語るので、何度も度肝を抜かれることとなった。

(ライナスは身内で命のやり取りをしたり、戦地で勝ち続けたり、とんでもない境遇の青年だったけれど……。言われてみるとレイのことだわ)

 当時のミスティナは迷っていた。

 祖母の館で厳しい監視を受けながら、静養を続けるのか。
 王女としての再起と弟の行方を模索するため、王宮に戻るか。

 ライナスは多くを語らなかったが、その実直さは悩んでいたミスティナを惹きつけた。
 
――あなたはまっすぐな人なのね。私もそんな風になれるかしら。……ううん、なるって決めたわ!

 ミスティナは翌日、フレデリカの待つ王宮へと戻ることにした。
 それから腐ることなく、民のために執務を粛々とこなし、アランを救い出す好機をうかがい続ける。
 帝国の皇太子から密書が送られてきたのは、そんなときだった。

「まさかレイ、夜の庭で会ったあと、私のことをずっと捜していたの?」

「ああ。君は一度会ったきり、もうあの庭に来なかっただろう。ティナは弟のことが心配で眠れないと言っていたから、どうにか瀕死のアランを見つけたが正解だったな。君の事情も知ることができた」

「もしかして、レイがあんなに無茶をしてアランを助けようとしてくれていたのは……」

「ティナの喜ぶ顔が見たかった」

 レイナルトが少し照れくさそうに微笑む。
 ミスティナは胸が熱くなり、しかしわからなくなった。

「どうして、そこまでして……」

「君は俺の過去を聞いたとき、けなしも恐れもしなかっただろう? それが不思議だった。救われたような気もした。俺は弟を案じて眠れない君を、俺のことをそのまま受け入れる君を、もっと知りたかった。この切実な思いがなにか、またティナに会えばわかる気がした」

 そして密書で呼んだミスティナと再会を果たしたとき、レイナルトはその正体を知った。

「俺は君を愛したい。いや、君しか愛することはない」

「レイ……私」

「わかっている。ティナがそういう感情に苦手意識があることは。だから君の気持ちが整うのを待つさ。君は俺の大切な婚約者だ。傷つけたくない」

 レイナルトは思いを伝えるように、ミスティナの額に口づけを落とした。
 それをきっかけに婚約パーティーの行われたあの日、バルコニーで唇を重ねたことを思い出す。

(でもあのときは生きるか死ぬかのような精神状態だったから、正直よく覚えていないのよね……)

 だが彼から触れられるのは嫌ではなかった。
 むしろ幸せを与えられている証拠のように感じる。

「……レイ。私はね、あなたと会って変わったと思うの」

 ミスティナ自身も、まだ恋をする感覚はよくわかっていない。

(前世の記憶の影響で、恋愛はもうこりごりだと思ったけれど。クルーラを見て気づいたもの。惚れ薬はただの中毒症状だったのよ。恋ですらなかったわ)

 そうだとすれば、ミスティナは前世から初恋も知らない。

(でも今、その相手を選べたら……)

 ミスティナは今も自分を見守るような眼差しを投げかけてくるレイナルトを見つめた。
 そしてにこりと微笑む。

「私は愛するのなら、レイがいいわ。まっすぐなあなたが好きだもの」

 そして彼へと静かに顔を寄せていく。
 レイナルトはその意味に気づくと一瞬硬直したが、なにも言わずにまぶたを閉じた。
 馬車の進む音が響く。

「――待って!」

 ミスティナは助けを求めるように、レイナルトの胸元にしがみついた。
 彼女の顔は見たことがないほど真っ赤になっている。
 そのことに気づいたレイナルトは目を見開いたが、彼女を落ち着かせようとその背を撫でた。

「……ティナ、」

「あ、あらっ? こんなはずでは……もっと自然にできると思ったの! でも胸がどきどきして、ど、どうしよう……。あのねレイ、もう少し……もう少しだけ待って!」

 ミスティナはますます熱くなる顔を両手でおおい、今まで知らなかった感情に動揺している。
 はじめて見るその様子に、レイナルトは幸せそうに笑った。

「もちろん何年でも待つよ。あの王子とは違って、しようとはしてもらえたしな」

 しばらく深呼吸していると、ミスティナの顔のほてりも少しずつ引いてくる。
 レイナルトのてのひらはずっと、ミスティナの背をいたわるように撫で続けていた。
 その感覚が愛おしく思えて、ミスティナは両手で顔をおおったまま微笑む。

「……でもあなたは変わったわね」

「なんの話だ」

「だってあれをずっと持っていたのに、今回は私の心を奪ったりしなかったもの」

「今回は? ……やはりなんの話かわからないのだが。だが俺が変わったのなら、それはティナに会えたからだろう。君が言ってくれたように、俺も君にふさわしくありたい」

 その言葉に、ミスティナの中で呪縛のように絡みついていた前世が遠い過去のものとなっていく。

(そうね。もう私たちは前世のときと違って惚れ薬に縛られていない。これからの関係を築けばいいんだわ)

 ミスティナは自分の顔をおおっていた両手を避ける。
 引き合うように眼差しが重なると、ふたりはどちらからともなく唇を重ねていた。

(大丈夫、今の私にはレイがいるから)

 時を越えて巡り合ったふたりの恋は、まだはじまったばかり。





<おしまい>

 最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました!
 少しでも楽しんでいただけていたら幸いです。
 では、またいつか!

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