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15 それより小豆
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「起きたか」
低く落ち着いた声が耳に届く。
目を開けると、すぐ目の前に黒曜石のような髪に月光を閉じ込めたような瞳。規格外の美貌が至近距離で見つめてきて、心臓に悪い。
私はなぜか、図書室の壁際のソファで、公爵に横抱きにされていた。
「なっ……なんでここに?」
「アルージュを探しに来た。テーブルに突っ伏したまま落ちかけていたから、支えただけだ。疲れているのだろう? 無理する前に俺に言え」
床に顔面から落ちる未来を想像して、ぞっとする。
「ありがとうございます」
私がホッとして表情を緩めると、公爵の整った顔に戸惑いが浮かぶ。
「……俺が怖くないのか?」
「え? 別に、拾ってくれただけでしょう? あなたこそ、悪喰の私に触って怖くないんですか?」
小説には狂月と書かれていた瞳が、ふっと柔らかな光を宿す。
「アルージュに触れていると、不思議と落ち着く」
そう言って、公爵は私の手の甲に自分の掌を重ねた。
(え……何その落ち着く理論。私、公爵からアロマ扱いされてる?)
そう思う一方で、ひとつ思い当たることがあった。
「もしかして私、眠ってる間に魔力を吸ってました?」
「ああ、そうだな」
やっぱり。普段は抑えているけれど、寝ている間は無意識だから自然とそうなってしまうようだ。
「じゃあ……エトワールと一緒に寝てるときに召喚が起きるのって、私がうっかり魔力を吸っているからでしょうか?」
「なるほど。悪喰でエトワールの魔力を消費し、召喚が発生する。アルージュの仮説はおそらく正しい」
つまり私が寝ている間に、エトワールの魔力ポイントを使っていた。
(悪喰で『MP消費』して、召喚を発動させていたってことね!)
前世のゲーム知識で原理はわかった。
「今までの様子からは、悪喰で召喚が起こっても問題ないと思います。自然体で過ごすのが、エトにとっても一番良いはずです」
「俺もそう思うが……」
公爵は静かに囁き、私を見つめる。無表情なのに、不思議と目を離せない。
「アルージュ、エトワールが大切なのはわかる。しかしお前が無理をする必要はない。一人で抱え込まず俺を頼れ」
「……? はい、ありがとうございます」
公爵の声には温かみがあって、張り詰めそうになる気持ちがふっと緩む。
ふと、このまま彼の腕の中で眠ってしまいたいような……
でもやっぱり、今はそれより小豆!
「あの、エトワールが小豆を……実は新しい食材を召喚したんです。それで、植物を一気に成長させる魔術を探しているんですけど」
「ああ、ある」
やっぱり!
◇
その夜。
月明かりに照らされた庭で、公爵が静かに魔法陣を展開した。
光の粒子がふわりと舞いあがり、地面から小豆が一斉に芽吹いていく光景は神秘的だった。
「私、魔術には詳しいつもりですけど……植物を成長させるなんて、初めて見ました」
「光魔術だからな」
「……え?」
耳を疑った。
光魔術は、直系の皇族しか扱えないはず。
(ということは、公爵って……皇族の血筋?)
もし表沙汰になったら、三大派閥の勢力図がひっくり返るような重大事実なんだけど。
「そういうの、隠した方がいいんじゃないですか?」
「ああ。お前しか知らない」
衝撃の事実をさらっと言うな、この人。
でも、それって……私のこと、けっこう信じてくれてるのかも。
(もちろん、和菓子スイーツのためだし黙ってるわ)
そう。私達の信頼は“あんこの共犯”ということだ。
「旦那様って、意外と食いしん坊ですよね」
思わず呟いた言葉に、公爵の無表情な口元がかすかに緩む。
「幼いころは食事を美味いと思ったことがなかった。だが、アルージュの料理で考えが変わった。そこで、頼みがある」
ああ、だから私を探して図書室に来たのね。
「アルージュの考案したケチャップやソースが完成したら、公爵領の事業として契約したい。収益の一部は学舎や孤児院に回し、あの味を子どもたちにも提供する。食を通して、生きる力を育てたい」
(……へぇ。人嫌いで冷徹だって噂される彼が、そんなことを考えていたのね)
けれど確かに、調味料の開発が進めば、食事が豊かになり、人の心にも温かさが生まれる。
もちろんお金も大事だ。
「わかりました。ただ、品はエトワールが召喚したものです。契約は私だけでなく、エトワールも同じ利益配分にしてください。そして本人が望まない限り、召喚を強要しない。それが条件です」
「ああ。明記しよう」
これで、私自身の収入も確保できる。
ということは、あんこの材料だって、気兼ねなく買える!
いくら公爵に生活費を出してもらえるとはいえ、甘味は本当に高価だから、買ってもらうと思うと気が引ける。
でも自分の収入だと思うと気楽なのよね。
(そうだわ。公爵領に一店舗しかないスイーツ店にも行きたいわね!)
公爵の彫像のように整った顔が、芽吹いた植物を見下ろす。
「この小豆は一気に収穫期まで育てられるが、どうする?」
「待ってください。小豆の芽が出て、花が咲いて、実がなる……その流れをエトワールに見せてあげたいんです」
「なるほど。そうしよう」
こうして私は夜ごと、公爵と庭へ向かった。
小豆は光魔術と月光の下ですくすく育ち、日ごとに背を伸ばしていった。
「おーっきく、なぁれっ!」
芽が伸びるたび、エトワールは無邪気な声を響かせ、ぴょんぴょん跳ねる。
その無邪気な声が庭いっぱいに響き、私まで笑顔になる。
近頃は体を動かすことも増えて、動きもしっかりしてきた。
そして調味料の改良、さらに念願のあんこ製作が開始!
たい焼き、三食だんご、水ようかん――
公爵夫人の作る和菓子スイーツの噂は、あっという間に評判となった。
それは公爵領だけでなく、帝都の貴族たちの間でも話題をさらった。
こうして“悪喰”と恐れられた私は“美食”のイメージに変わっていった。
◇
公爵家の暮らしがようやく落ち着いたころ。
思いがけない客が、邸を訪れた。
低く落ち着いた声が耳に届く。
目を開けると、すぐ目の前に黒曜石のような髪に月光を閉じ込めたような瞳。規格外の美貌が至近距離で見つめてきて、心臓に悪い。
私はなぜか、図書室の壁際のソファで、公爵に横抱きにされていた。
「なっ……なんでここに?」
「アルージュを探しに来た。テーブルに突っ伏したまま落ちかけていたから、支えただけだ。疲れているのだろう? 無理する前に俺に言え」
床に顔面から落ちる未来を想像して、ぞっとする。
「ありがとうございます」
私がホッとして表情を緩めると、公爵の整った顔に戸惑いが浮かぶ。
「……俺が怖くないのか?」
「え? 別に、拾ってくれただけでしょう? あなたこそ、悪喰の私に触って怖くないんですか?」
小説には狂月と書かれていた瞳が、ふっと柔らかな光を宿す。
「アルージュに触れていると、不思議と落ち着く」
そう言って、公爵は私の手の甲に自分の掌を重ねた。
(え……何その落ち着く理論。私、公爵からアロマ扱いされてる?)
そう思う一方で、ひとつ思い当たることがあった。
「もしかして私、眠ってる間に魔力を吸ってました?」
「ああ、そうだな」
やっぱり。普段は抑えているけれど、寝ている間は無意識だから自然とそうなってしまうようだ。
「じゃあ……エトワールと一緒に寝てるときに召喚が起きるのって、私がうっかり魔力を吸っているからでしょうか?」
「なるほど。悪喰でエトワールの魔力を消費し、召喚が発生する。アルージュの仮説はおそらく正しい」
つまり私が寝ている間に、エトワールの魔力ポイントを使っていた。
(悪喰で『MP消費』して、召喚を発動させていたってことね!)
前世のゲーム知識で原理はわかった。
「今までの様子からは、悪喰で召喚が起こっても問題ないと思います。自然体で過ごすのが、エトにとっても一番良いはずです」
「俺もそう思うが……」
公爵は静かに囁き、私を見つめる。無表情なのに、不思議と目を離せない。
「アルージュ、エトワールが大切なのはわかる。しかしお前が無理をする必要はない。一人で抱え込まず俺を頼れ」
「……? はい、ありがとうございます」
公爵の声には温かみがあって、張り詰めそうになる気持ちがふっと緩む。
ふと、このまま彼の腕の中で眠ってしまいたいような……
でもやっぱり、今はそれより小豆!
「あの、エトワールが小豆を……実は新しい食材を召喚したんです。それで、植物を一気に成長させる魔術を探しているんですけど」
「ああ、ある」
やっぱり!
◇
その夜。
月明かりに照らされた庭で、公爵が静かに魔法陣を展開した。
光の粒子がふわりと舞いあがり、地面から小豆が一斉に芽吹いていく光景は神秘的だった。
「私、魔術には詳しいつもりですけど……植物を成長させるなんて、初めて見ました」
「光魔術だからな」
「……え?」
耳を疑った。
光魔術は、直系の皇族しか扱えないはず。
(ということは、公爵って……皇族の血筋?)
もし表沙汰になったら、三大派閥の勢力図がひっくり返るような重大事実なんだけど。
「そういうの、隠した方がいいんじゃないですか?」
「ああ。お前しか知らない」
衝撃の事実をさらっと言うな、この人。
でも、それって……私のこと、けっこう信じてくれてるのかも。
(もちろん、和菓子スイーツのためだし黙ってるわ)
そう。私達の信頼は“あんこの共犯”ということだ。
「旦那様って、意外と食いしん坊ですよね」
思わず呟いた言葉に、公爵の無表情な口元がかすかに緩む。
「幼いころは食事を美味いと思ったことがなかった。だが、アルージュの料理で考えが変わった。そこで、頼みがある」
ああ、だから私を探して図書室に来たのね。
「アルージュの考案したケチャップやソースが完成したら、公爵領の事業として契約したい。収益の一部は学舎や孤児院に回し、あの味を子どもたちにも提供する。食を通して、生きる力を育てたい」
(……へぇ。人嫌いで冷徹だって噂される彼が、そんなことを考えていたのね)
けれど確かに、調味料の開発が進めば、食事が豊かになり、人の心にも温かさが生まれる。
もちろんお金も大事だ。
「わかりました。ただ、品はエトワールが召喚したものです。契約は私だけでなく、エトワールも同じ利益配分にしてください。そして本人が望まない限り、召喚を強要しない。それが条件です」
「ああ。明記しよう」
これで、私自身の収入も確保できる。
ということは、あんこの材料だって、気兼ねなく買える!
いくら公爵に生活費を出してもらえるとはいえ、甘味は本当に高価だから、買ってもらうと思うと気が引ける。
でも自分の収入だと思うと気楽なのよね。
(そうだわ。公爵領に一店舗しかないスイーツ店にも行きたいわね!)
公爵の彫像のように整った顔が、芽吹いた植物を見下ろす。
「この小豆は一気に収穫期まで育てられるが、どうする?」
「待ってください。小豆の芽が出て、花が咲いて、実がなる……その流れをエトワールに見せてあげたいんです」
「なるほど。そうしよう」
こうして私は夜ごと、公爵と庭へ向かった。
小豆は光魔術と月光の下ですくすく育ち、日ごとに背を伸ばしていった。
「おーっきく、なぁれっ!」
芽が伸びるたび、エトワールは無邪気な声を響かせ、ぴょんぴょん跳ねる。
その無邪気な声が庭いっぱいに響き、私まで笑顔になる。
近頃は体を動かすことも増えて、動きもしっかりしてきた。
そして調味料の改良、さらに念願のあんこ製作が開始!
たい焼き、三食だんご、水ようかん――
公爵夫人の作る和菓子スイーツの噂は、あっという間に評判となった。
それは公爵領だけでなく、帝都の貴族たちの間でも話題をさらった。
こうして“悪喰”と恐れられた私は“美食”のイメージに変わっていった。
◇
公爵家の暮らしがようやく落ち着いたころ。
思いがけない客が、邸を訪れた。
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