【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆

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17 予想外の使い方

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「みんな、来ないでっ!」

 私はポケットから取り出したとっておきの武器――虫よけスプレーを、オーナーの顔めがけて噴射した。

 シューッ!!

「ぎゃああぁっ!」

 オーナーは両手で顔を押さえ、床にひっくり返る。
 虫用だけど、悪党にも効果抜群みたい。

 私は窓を開けて深呼吸した。
 ちょっと煙たいけど、助かった。

「アルージュ!」

 駆け込んできた公爵が、すぐそばまで歩み寄ってくる。
 低い声に焦りがにじんでいた。

「旦那様、ご安心ください。署名はしていません。この契約書に不正が――」

「心配しているのは契約書じゃない。お前のことだ」

 私の手首に、彼の指がそっと触れる。
 あ、そういう意味ね。

「つかまれたところがちょっと赤くなっただけです。多分、あちらのほうがつらいと」

「目がっ、目があぁぁっ!!」

 床で転げ回るオーナーの体に、氷の鎖が絡みつく。
 公爵の魔術陣が展開され、室内の空気が一瞬で張り詰めた。
 風が巻き起こり、契約書がひらりと彼の手元に収まる。

 魔力を注ぐと、墨のような光が滲み、不正の文言が浮かび上がる。
 言い逃れできない証拠だ。

「騎士団に突き出せ」

 その一声で、執事長と従者がすばやく動き、オーナーは連行されていった。

 静寂が戻る中、公爵の視線が私の手にあるスプレー缶へと落ちる。

「……護身用の魔道具を持っていたのか」

「これ、魔道具じゃなくて虫よけスプレーなんです」

「虫よけ?」

「はい。今朝エトが召喚したものです」

 エトワールと外で遊ぶことが増えて、虫が多くて困っていたせいかもしれない。
 今回は予想外の使い方だったけれど、おかげで助かった。

「つまり、エトが私を守ってくれたんです!」

 胸を張って説明する。
 公爵は一瞬だけ目を伏せ、なにか言いかける。
 そして私の少しだけ赤くなった手首をそっと包んだ。

「エトワールのように役に立てず、すまなかった……」

「え? そんなことありません。旦那様は契約書の不正を見破ってくれて助かりました」

 でも公爵は肩を落として、なぜか悔しそうに見える。

「……これからは、エトワールを見習う」

「見習う? エトは素敵な子ですけど、旦那様は旦那様のままでいいと思いますよ。私、これからエトのところに行ってきますね」

「部屋まで送る」

「でも、もう安全ですし」

「念のためだ」

 詐欺オーナーは追放されたから、執務に戻ってもいいのに。
 公爵は当たり前のように隣を歩く。

 歩幅は私に合わせてゆっくりで、廊下を歩く間もさりげなく肩に手を添えて支えてくれる。
 別に、段差とかはないんだけど。
 過保護にもほどがある。

 つい最近まで私を避ける夫を待ち続け、泣き暮らしていたのに……もうずっと昔のことに思える。
 自然と口元が緩んだ。

(もしかして、旦那様だったら……私が呼べば、来てくれるかもしれない)

 子供部屋の扉を開ける。
 エトワールは笑顔で振り返ると、とことこ駆け寄ってきた。

「おかぁしゃま! おいちいおはなち、おわり?」

「エト~っ!」

 ぎゅっと抱きしめると、子供らしい甘い香りに心がほっこりする。
 詐欺オーナーの一件で荒んでいた心が癒されるわ……

「おかぁしゃま、げんきない? エト、なでなでちてあげる」

 ちいさな手で私の頭を撫でてくれる……っ、天使!
 この子、世界で一番優しい天使よっ!!

(……ん?)

 ふと視線を感じて振り返ると、まだ公爵が扉のところに立って、こちらをじっと見つめていた。

「旦那様、どうしました?」

「……なるほどな」

 公爵は静かに歩み寄り、私の頭をそっと撫でる。

(え、この撫で方……まさか、エトを見習っている?)

 呆気にとられている私の視界の端で、なぜかエトワールと遊んでいた侍女がニヤニヤしていた。

   ◇

 後日。
 広々とした食堂で、私は公爵と向かい合って食事をしていた。
 背後には執事長や侍女たちが控えている。

 今日は料理人たちが完成させた調味料を使って、私が考案した新メニューの試食だ。

「ケチャップは、こちらのパスタの隠し味に使っています。フライドポテトには直接つけて食べてください。トンカツはソースをからめて、トンカツバーガーにしてみました」

「どれも手軽で子供にも好まれそうだ。なにより味がいい」

 公爵は完璧な礼儀作法のまま、しかし驚くほどの速さで皿を空にしていく。
 試食用とはいえ、スープやサラダもつけてけっこうな量なのに。
 公爵の口元にふっと笑みが浮かぶ。

「アルージュの考案したトンカツやオムライスは、すでに学舎や孤児院で祝いのメニューとして提供されて好評だ。食事を嫌がっていた子供たちの改善も見られる。お前の功績だ」

(よかった。これで塩味だけの世界とはおさらばね!)

 だけど、調味料事業がここまで早く広がるなんて思ってもみなかった。
 利益も出ているし。
 このままいけば、あんこの材料一生分は楽勝だ。

 とはいえ、さすがにそれはやめておく。
 想像以上の額で、他の使い道を考えてなかった。

「そういえば、あの詐欺のオーナーはどうなりましたか?」

「アクトゥは教会裁判にかけられ、財産はすべて没収された。詐欺の被害者には贖罪料が支払われる。もちろん、アルージュにも」

 公爵の低い声とともに、室内の魔力が一気に張りつめた。
 窓ガラスがかすかに震え、背後で執事長が胃のあたりを押さえて目を伏せる。

(……アクトゥが贖ったもの、お金だけじゃないわね)

 聞いたところによると、公爵は珍しく自ら審問に同行し、教会領にまで赴いたらしい。
 公爵夫人――つまり彼の妻が被害者になりかけた以上、罰金だけで終わる話ではなかったのだろう。

「もう二度と、あの男が姿を現すことはない」

 それ以上、公爵は何も語らなかった。

 詐欺オーナーの末路はなんとなく察した。
 気になるのは……

「公爵領の菓子店は、なくなってしまったんですか?」

「現状ではそうなる」

「そんな……」

 私は膝の上で両手をぎゅっと握りしめる。

(領内で唯一のスイーツ店が消えるなんて! これじゃあ、スイーツ難民が出てしまうじゃない!!)

 公爵は麗しい顔を曇らせ、視線を落とす。

「しかし菓子は社交や祝い事に欠かせない。あの店が潰れれば雇用も失われ、領内の失職者も急激に増えるだろう。そのため新しい経営者を探しているが、まだ見つかっていない。アクトゥのせいで公爵領の甘味事業の印象が悪化していることに加えて、甘味は原材料のコストの高さから利益を出すのが困難なためだ」

「それなら、私がやります」

 きっぱり告げると、公爵はほんの少しだけ目を見開き、珍しく言葉を詰まらせた。

「……本気か?」

「ええ」

 近ごろ、貴族夫人や子供たちのお茶会に誘われることが増えていた。
 私の甘味に興味を持ってもらえるのは嬉しいけれど、毎回手作りの菓子を作るのは限界がある。

「公爵領から甘味がなくなるなんて、そんなの認められません!」

 調味料事業の資金もあるし。

(もうこうなったら、公爵領のスイーツ革命、私が起こすわ!!)

 私は手始めに、アクトゥが残した例の菓子店へ向かった。
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