【完結】浮気されても「婚約破棄はできない」と笑われましたが、プロポーズの返事は納得のいく形にしようと思います!

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆

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4・1 月夜の密会

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 ***

 邸館の窓に月明かりが差していた。
 その光だけを頼りに歩く音が、静かに響いている。
 階段に座っていたエルーシャは立ち上がり、やってきたその人影を迎えた。

「おかえり、ティアナ。眠っている子どもたちのために、足音を立てないようにしてくれてありがとう」

 ティアナはなにも言わない。
 無表情で、肩に大きめのカバンをさげている。

(相変わらずそっけないわね)

 それはいつものことだった。
 ティアナはこの邸館へ来てから、周囲の者を避けているような節がある。

 そのため浮気宣言を受けた夜会のことは忘れられない。
 ティアナがはじめて見せた「ロイ様~ぁ!」の媚び売りは、お腹を抱えて笑いたいくらいの怪演だった。

(そういえば、ティアナはロイエとデートをしてきたのよね)

 ティアナはすでに自室へ戻ろうとしていた。
 その動きにわずかな違和感を覚える。
 エルーシャはティアナの腕を取り、言葉に詰まった。

 ティアナはエルーシャが見たことのない、華やかなドレスを着ている。
 そして全身泥まみれだった。

「なにがあったの?」

「ご心配なく」

 エルーシャの顔色が変わったのを見て、ティアナは淡々と説明する。

「このドレスは、ロイエが頻繁に利用している商人の店で購入してもらいました。そのあと食事に連れて行ってもらい、夕暮れに北口運河で別れただけです」

(北口運河!?)

 エルーシャは出しかけた大声を、慌てて飲み込んだ。

「夕暮れに別れたって……もう日付が変わってるじゃない」

「徒歩で帰りました。ロイエは孤児を嫌がって、この邸館に近づきたがりませんから」

「だけどティアナは」

「気にすることはありません。私は帰りに厄介事に巻き込まれたくなかったので、彼の馬車に乗るつもりもありませんでした」

 ティアナは肩にさげていたカバンから、上質な外套を引っ張り出した。
 見覚えのあるデザインのそれは、魔獣にでも襲われたのかボロボロだった。

「その外套……」

「ロイエの物です。あきれるほど無防備な馬車だったので、夜盗に襲われたみたいですね。命は助かったようですが」

 ティアナはロイエと夕暮れに別れた。
 しかし彼女はそのあと、ロイエが夜盗に襲われたときの外套を持っている。

「まさかティアナ、あなたはロイエの次に、その夜盗に会った……というか、襲われたの?」

「はい。ぶっ飛ばしました」

 夜盗も後悔するほどの、見た目を裏切る武闘派だった。

「だから見た目は悲惨ですけど、怪我などもありません」

 確かにティアナの姿は汚れているが、大きな負傷などは見当たらない。

「だけど夜盗より手ごわい相手がいたみたいね」

 エルーシャは近くの部屋から歩きやすいスリッパを持ってくると、ティアナの前にそろえた。

「このスリッパははき心地がいいの。私のお気に入りよ」

 ティアナは壊れたハイヒールを脱ぎ捨て、それにはき替える。

「……ありがとう」

 彼女はそのまま自室へ足を向けた。
 しかしエルーシャは去りゆく手をそっとつかまえる。

「こっちよ。靴ずれの手当てをしなきゃ」

 エルーシャはティアナの手を引き、薬を保管している部屋へ向かった。
 ついてくる歩き方で、ティアナが痛む場所を庇っているとわかる。

「ねぇティアナ、遠慮をする必要はないと思うの。ロイエと一緒にいることがつらいのなら、私から『もうティアナとは会わせられない』って断ってもいい?」

「あなたがロイエに?」

「私なら平気よ、ロイエにはなにをされても慣れてるし、っ」

 思わぬ強さで手を握り返された。
 驚いて振り返ったエルーシャは言葉を失う。
 ティアナの瞳の奥で、激しい憎悪が揺らいでいた。

「ご心配なく。私には目的があります。そのためならなんでもします」

「……夜盗を拳で成敗するほどの武闘派だから、説得力あるわね」

 先ほど不意に握られた強さが、ティアナの思いのように手に残っている。
 彼女は普段から本心を見せようとしない。
 しかし今はわずかに、秘めていた未知の感情を覗かせていた。

(ティアナは助けたい人がいるのね)

 エルーシャは叔母から預かったフェンリルに乗り、とあることを調べていた。
 正解だった。
 ティアナがこの邸館へ来る前の事情も、おおよその見当をつけることができた。

(私の目的を叶えるには、ティアナの協力が必要よ)

 ティアナは自分の弱みをひた隠しにしている。
 それを誰かが気づいていると知れば、警戒してこの邸館を去る可能性もあった。

(慎重に言葉を選ぶ必要があるわ)

「ティアナ、私がこんなことを言うなんて今さらだけど」

「気にしないでください。私が選んだことです」

「そう? これからは靴ずれする前に、元々はいていた歩きやすい靴で帰ってきてね」

「あっ」

(やっぱりカバンにしまっていた靴にはき替えること、忘れていたのね)

 ティアナは意外と天然キャラだった。




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