小説家由依千歳の徒然妖奇譚

杏西モジコ

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寂しがり屋の悪戯妖怪

2.

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 三軒先の中村さんの家は、由依の家と同じく平屋で大きな庭が目立ち、外で犬が飼われている家だった。犬種はみたところ柴犬あたりの雑種だが、穏やかそうな表情をしてはいるものの、吠えると迫力がありそうなのが見受けられる。
「今日は中村さんご夫婦、いらっしゃらないのでしょうかねぇ」
「さぁな。犬にでも聞けば良いだろ」
 由依はウーン、と小さく声を漏らしながら何かを考え始めた。先程の過去を視る能力を使うにはあの何だかよくわからない蝋燭が必要なのだろう。着流し姿にどてらを着たままの彼は、時折吹く冷たい風に身震いをしていた。
 ウンウンと唸りながらどんどんと由依は敷地内へ入って行く。根津が止めに入った頃はもう縁側に回りかけていた。
「おい、不法侵入だぞ」
「肇くん、おかしいと思わないですか?」
「アンタの頭ならいつもおかしいだろうけど、それがどうかしたのか」
「彼が鳴かないんです」
 由依が指をさした先にあるのは例の犬小屋だ。中ではこちらを不思議そうというよりは不安そうな顔で見上げる由依の天敵がいる。
「うんざりしているとか」
「まさか。私への愛情はあれだけと言うんですか?」
 しかし、由依が手を伸ばして頭を撫でてやるとそれをも受け入れる。確かにおかしい。あれほどギャンギャンと近所迷惑にもなるほど吠えていた犬が、こんなに急にしおらしくなるものなのか。由依が知らないうちに手懐けたとも考えたが、あいにくこの人はこんなナリでも売れっ子作家だ。サボることは確かに多くても、体力のないこの男に限って懐くまで犬と遊ぶ考えられない。
 根津は腕を組み、その場にしゃがみ込んで犬と目線を合わせた。
「悪いものでも食ったのか?」
 犬はクゥン、と切なそうに鳴き、相変わらずいつもよりも大人しい。根津も手を伸ばし犬の頭を優しく撫でてやる。伏せていた犬は気持ちよさそうに目を細めると、くわっと大きな欠伸をして姿勢を正し、お座りの形をとった。
「お、お前賢いな」
 根津が犬を構っている間、由依はキョロキョロと人様の家の庭をぐるぐると歩き回っていた。
「あぁ、もしかして……」
「おい。そろそろまずいだろ」
 由依が縁側から和室を覗き込んでいるのを見て根津が声をかけた。
「肇くん、大変です」
「なんだよ」
 大変という言葉を聞いて根津は由依に駆け寄った。由依と同じように庭から和室の様子を伺うが何ともない、というか何も感じ取れない。それもそうだ、根津には見えない何かを視る力などない。降参だという溜息と共に由依の方へ視線を向けると、眉を寄せて困った顔を向けてきた。
「何か感じ取れませんか?」
「いや、特に……。不快な感じはしねぇな」
 根津は素直に答えた。普段から妖が視える訳ではないが、根津も嫌な気配ぐらいは感じられる。しかし今日は特段そのような気配は感じなかった。
「ですよねぇ……。今回は結構、骨折り損になるかもしれません」
「はぁ?」
「あら、由依先生、いらしたんですか」
二人が犬小屋の方へ視線を向けると、紙袋を手に下げた中村百合子が立っていた。
「ここの奥さんですよ」
 根津に軽く耳打ちすると、由依は百合子に頭を下げた。彼女は性格も優しく、時々由依とお茶や世間話をする仲でもあった。
「すみません、勝手にお邪魔してしまいました。久々にワンコくんと目が合ってしまったもので」
「あらあら、そうでしたの。今、ちょうど由依先生のお宅へお裾分けしようと思って出てたところなんですよ」
「そうだったんですか。入れ違いでしたね。すみません、いつも」
根津は彼女と目が合うと軽く会釈をした。
「彼は私の友人、根津肇です。そういえば、今日ご主人は……」
「主人はこの時間、囲碁の集まりに行ってますよ」
「あぁ、そうでしたか」
 百合子は紙袋を由依に差し出した。中からふんわりと醤油の効いた香りがする。
「これ煮物です、たくさん作ったので」
「ありがとうございます。肇くん、百合子さんの煮物は絶品ですよ。これがまた熱燗との相性がまた最高なんです」
 百合子は嬉しそうに笑った。たしかに、この寒さと熱燗にはぴったりの肴だろう。
「百合子さん、寒い中ご足労をおかけしました。さぁ、中でお休みください。私たちも帰って仕事の続きをしないとですし」
「まぁ、休憩中でしたのね。先生もほどほどにお休みくださいな。それではまた」
 百合子はぺこりとまた頭を下げ、引き戸の玄関を開け、いそいそと中へ入っていった。
「肇くん、一度帰りますよ」
「……いいのか」
「微調整が必要ですからね。とりあえず熱燗で一杯やりましょう」
「昼間っからかよ……。原稿が先だ、忘れるなよ」
 鼻歌混じりに、スキップをしながら歩く由依の後ろを、呆れ顔で根津はゆっくりと追い、家に向かった。


 由依の家にもどると、由依は古くて分厚い書物を書斎から取り出して根津に渡した。
「埃っぽいな」
「あまり見ない資料でしたので」
 茶の間に移動をし、こたつのスイッチを入れる。根津が向かい合わせに座ろうとすると、由依がにこやかに「喉が渇きましたねぇ」と言ったため、根津は渋々と台所へ移動して行った。

 数分後、長くなると踏んだ根津が、保温ポットと急須に茶葉、そして二つの湯のみを持って不機嫌な顔しながら戻ってきた。
「熱燗を期待しましたが、肇くんはお仕事中でしたもんね」
 にこにこと嬉しそうに由依は声を掛け、こたつから出来るだけ出ないようにしながら、テレビの横にある戸棚からお茶請けになりそうなお菓子を取り出した。
「ったく……。で、話」
 根津はこたつに入りながら顎で本を指した。
「えぇ、実はこのページを見てほしいんです」
 由依がパラパラと本をめくる間、根津はポットからお湯をお茶っ葉の入った急須に注ぎ、湯のみにお茶を淹れた。湯のみを由依の前に置くと同時に、由依から本を手渡される。
「……座敷わらし?」
 開かれたページにはおかっぱ頭で赤い着物を着た女の子の絵が描かれている。歳は五、六歳といったところ。幼さが際立つが、不気味な雰囲気のある絵だった。
「えぇ。幸運を運ぶと言われ、良い妖として有名ですよね」
「あぁ。で、こいつがどうした?」
 由依は湯のみを両手で持ち、お茶を啜る。
「居たんですよ、先ほどの中村さんのお宅に」
「はぁ?」
「こんな感じの女の子が和室に座って遊んでいました」
 由依は、ふぅと一息つくと根津に向き直った。先ほど居たと言ったが根津には覚えがない。それはそうだ、視えていないのだから。
「彼女の遊び道具、何だと思います?」
「何って……そうだな、無難におはじきとか」
 真面目に答えた根津を目の前にして、由依はブハッと声を出して笑った。
「なんだよ」
「いえ、可愛いらしいと思いまして。彼女は妖ではありますが、イマドキの子ですよ」
「何が言いたい」
 根津は由依の含み笑いに腹立っている。
「先程、お茶を淹れて頂いている間に今朝渡された封筒の中を確認しました」
 由依は茶封筒を根津に渡した。受け取った根津は中の書類を取り出すと内容を確認する。取り出した書類は二枚。内容は最近多発しているこの近辺の不審な失せ物事件に関するメールを印刷したものと、メールに書いてあった失くなったとこの近辺で失くなったと騒がれている物を一覧化された書類だった。
 書面に記載されている失くなったと騒がれていたのは、用意した朝食や冷蔵庫のプリン、化粧品、お菓子や携帯ゲーム機や絵本、そして漫画に会社の書類や長靴。腕時計に、アクセサリーや洋服など、まったくといって統一性がない。
「ほぼ、一致していたんですよね」
 由依は湯のみに口をつける。
「何がだ」
「彼女が遊んでいたそばに散らばっていたのは、ここに書かれている物とほぼ一致していました。無い物もありましたが、まぁ、朝食やプリンに関しては食べてしまったと考えて間違いないでしょう」
「馬鹿も休み休み言えよ、籠って執筆ばかりしてると脳もお花畑になるのか?俺には妖は視えなくても、現実にある物なら視えるはずだぞ。少なくともゲーム機なんてあの場にはなかった」
「座敷わらしは妖です。彼女が触った物が、視える人にしか視えなくなる……その可能性もあります」
 由依はそう言ってまたお茶を啜った。だとしても、携帯ゲーム機の遊び方なんてどこでどうやって覚えるのだ。ひきつる顔をなんとか抑えようと根津は両手で顔を覆った。
「じゃあ、お前の小説はどうなる。結局、お前は何が盗まれたんだ?」
「……私の小説からは主人公の恋人です。言ったはずですよ、誘拐だって」
 由依はにこやかに答えた。コトンと、彼が置いた湯飲みの音が茶の間に響く。
「優しくて、慎ましやかで、主人公を支えてくれる現代にはみられない稀少な女性です。名前は春原咲と言います」
 春の原っぱに咲くなんて、とても綺麗な響きでしょう。にこやかに由依は言う。しかしそんなことは根津の耳には入らない。
「それを盗む意味がわからねぇ……。盗んだところで、ただの『言葉』だろうが」
 そう、言葉だ。いや、言い方を変えれば『文字』なのだ。彼女が他に盗んできた物とは形も違ければ、実態がない。そんな物をまずどうして欲しがるのかも、どうやって盗むのかも分からない。
「肇くんは座敷わらしについて何か知っていることは?」
 頭を抱える根津を見ながら、由依は静かに聞いた。根津は質問に対して首を横に振る。
「座敷わらしは別名口減らし……。口減しと言うのは、貧しさ故に育てられなくなった子どもを養子に出したり、捨ててしまうということです。つまり、彼女達座敷わらしは親に捨てられた子どもの妖。もしかしたら、私の小説に出てくるあの女性を母親に重ねたのかもしれません」
「自分を捨てた親と……か?」
「えぇ。彼女が亡くなった時代背景的に親も生きるために必死でしょうし……。子を憎む親などそれこそ稀でしょう。それこそ、泣く泣く手放すことになったとしたら……。優しいお母さんの傍に居たとも考えられます」
 二人して黙り込む。部屋には台所の冷蔵庫の音が響いた。再び根津が湯のみに口を付けると、変に遅れていた時計の秒針が、普段より大きめのカチっという音を立てて動いた。
「もしかして、これ」
 根津はハッとした顔で、時計に目を向けた。
「えぇ、たぶん。これは本当に悪戯の一種でしょう……。申し訳ないですが、後で直してください」
「ったく……」
 根津がゆっくり立ち上がり、掛け時計に手を触れる。古くて大きなつくりのその時計は、たしかに由依が持ち上げるには重すぎるようだ。
「後でで良いと言いましたのに……」
「忘れるとうるせぇからな。で、どうしたら原稿は元に戻せそうなんだ?」
 由依は根津の問いにわざとらしく腕を組んで唸った。
「試しに根津っちの一発芸と等価交換ってどうでしょうか?」
「時計壊すぞ」
「いやですね、冗談ですよ。そうですねぇ……ただ、問題が一つあるんです」
 根津は時計を抱えるようにしてその場に座り、腕時計の時間を確認しながら針を合わせる。
「問題って?」
「もしも彼女を怒らせてしまったら、中村さんのお宅が危ないんですよ。座敷わらしって幸運を運ぶ妖といって有名ですが、その逆に怒らせればその家は不幸に……って、出て行かせてもいけないって言うじゃないですか」
 こたつの真ん中に置かれたお茶請けの皿から饅頭を手に取り、封を切る。
「さっき言ってた等価交換はできねぇのか?」
「え、ネタがあるんですか?」
「違ぇよ。何か、そういう菓子とかじゃダメなのかっつー話だよ」
 根津はこたつテーブルに広げられたお茶請けのお菓子を指差した。由依は「あぁ!」と、驚いたような声を出したが、根津にはわざとらしく聞こえて眉間のシワをより一層深く寄せられただけだった。
「名案ですねぇ。ですが、それが欲しければもうとっくにどこかから持ち出しているでしょう」
「まぁ、そりゃそうか」
 根津は振り出しに戻ったな、と呟くと手元の時計に視線を落とす。
「あぁ、でも……」
 由依はお茶請けにあった饅頭を見ると、にこりと笑って根津の方へ向いた。
「ワンチャンというのを狙ってみましょう」
 悪戯っぽく笑った由依はこたつから出て、手に持っていた饅頭を根津の口元へ持っていく。空いている腕を根津の首に回して、口元に持っていった饅頭を根津の唇に当てては離した。
「あんまり若者ぶるなよオッサン」
「君も私と対して変わらないでしょう?」
 由依がもう一度、根津の唇と饅頭にキスをさせようとすると、根津は由依の腕を掴んで一口で饅頭を口の中に放り込んだ。
「甘っ」
「ふふふ、待てが出来ない子ですねぇ」
 由依が笑いながら離れると、根津はフン、と鼻で笑いながらジャケットのポケットに一つ饅頭を忍ばせた。



「作戦はこうです。我々がお菓子を先程のお礼にという形で中村さんのお宅へ行く。そしてお部屋に上がらせてもらって、私があの座敷わらしとお話をする……うん、我ながら完璧な作戦ですね」
「なぁ、それ俺いるか?お礼が理由ならアンタだけの方が怪しまれないだろ」
「この作戦にはオトリは必須ですよ。それに肇くんは私の助手的ポジションでしょう」
「そんな面倒なものになった覚えはねぇ」
 由依は根津の言い分を聞きもせず、茶の間の戸棚にしまい込んだ箱菓子を引っ張り出した。どれも『お歳暮』と書かれたのしが付いていた。送り主は出版社や雑誌の編集長やらの仕事関係者が多かった。根津は口をへの字に曲げたまま、渡された箱菓子を眺めた。
「貰い物の横流しかよ」
「無駄にするよりは良いでしょう。あ、その洋菓子は私が食べるのでダメですよ」
 根津が手に取った大きな缶をひょいと取り上げ、いそいそとしまい込んだ。
「太るぞ」
「肇くんは私のムチムチなところが好きなくせに」
「ンなこと言った覚えねぇよ」
 ガサっと大きな音を立てて、根津は雑に箱菓子を紙袋に入れ込んだ。
「これで釣れたらワケねぇな……」
「ふふふ。私に任せて下さい」
 ニコリと笑って由依は紙袋を根津に持たせた。


 由依と根津が中村宅へ向かったのは日が暮れてからだった。もう辺りは暗いというのにまだ外に出されたままの犬は相変わらず伏せっていて、二人が入ってきても吠えずに後ろ姿を見送っている。庭の方に灯りが漏れているため、今度は留守ではなさそうだ。
 由依が引き戸の玄関を開き、「ごめんください」と一声かけると、バタバタと足音を立て返事をしながら百合子が出てきた。玄関に立つ二人を見るとにこりと笑う。
「あら由依先生じゃありませんか。こんばんは」
「こんばんは。夕飯時に申し訳ございません」
「良いのよ、ついさっきすませてしまったところなの。どうしたんですか?」
「こちら、煮物のお礼です」
 由依が根津の持っていた紙袋を彼女に手渡した。
「以前、編集社からもらったんですけど、とても美味しかったのでお二人もぜひ」
「あらぁ、わざわざありがとうございます。良いのかしら」
 彼女は遠慮しながら頭を下げるが、声色はとて嬉しそうだった。すると、彼女は二人を中へ誘った。
「どうぞ。外は寒いですから暖まって帰りなさいな」
 根津は一歩足を引いた。知らないお宅に入り込むなんて面倒極まりない。由依だけでことを済ませればいい、そう思って由依の背中を軽く前へ押した。
「肇くん、百合子さんのお誘いですよ」
「……俺は仕事中なんで」
「原稿のためだと思ってください。これは仕事の一環です」
 華奢に見えて由依の力は、やはり成人男性と同等だ。根津は呆気なく引っ張られ、やむを得ない形で靴を脱いだ。
 軋む廊下を歩いて、居間に通されると、揺り椅子に揺られた白髪の目立ち始めた中村茂利が目を細めながら古書を読んでいた。
「あぁ、由依先生。これはこれは……。お久しぶりです」
「中村さん、相変わらずお元気そうですね。もう足の具合いは宜しいのですか?」
 根津は由依の横で軽く頭を下げ、茂利の足を見た。包帯などはされておらず、年齢とともに悪化した関節痛の類の話をしているようだった。
「それがですね、見てくださいよ。以前は杖が必要だったのに今は杖がなくても立ち上がることができるんです」
 そう言って茂利は揺り椅子から立ち上がって見せた。ふらふらすることなく立ち上がって、片足を軽く上げる動きまで見せる。
「中村さん、良かったじゃないですか!これでワンコくんのお散歩も奥様とご一緒に行ける様になったんですね」
 由依は手を叩いて喜んでいた。
「あぁ、それなんですけれど」
 百合子が台所から人数分の湯呑みと急須を持って入って来た。襖で仕切られた部屋は、少し開いただけでも冷気を感じる。
「何かあったんですか?」
「主人の足が良くなったことは嬉しいことなんですけど、同じ時期にあの子が家に寄り付かなくなってしまって……」
 百合子はお茶を淹れながら眉を寄せた。
「あの子って」
「うちで飼ってる犬です。さっきも外にいたでしょう。寒い時期だから夕方から中に入れたいのだけど、中に入るのをすごく嫌がるよつになってしまって。流石に寒さには耐えられる気がしないから、いつも夕食後に無理矢理家の中に入れてるんです」
 由依は目の前に置かれた湯呑みを受け取りお茶を啜った。
「お散歩も嫌がるんですか?」
「いや、散歩は跳ねるように喜ぶんだよ。勢いが良くて困るぐらいに」
 茂利の言葉に由依はピクリと眉を動かす。根津はその様子を黙って見ていると、不意に由依と目が合った。
「もうこんな時間。そろそろ中に入れないと……」
「また悪戯される前にな」
 百合子が立ち上がると同時に、茂利がボソリと呟いたのを根津は聞き逃さなかった。
「悪戯?」
「えぇ。最近、ウチのものではないものが和室に転がっていることがありまして。縁側から投げ入れられたんだと思うんですよ。話を聞けばご近所さんからは盗難の被害が出てるって言うし、犯人の悪戯なんでしょうけど……。そんな中、外に出したままにしておけないじゃないですか」
 百合子は肩をすくめながら、廊下へ続く襖を開けた。
「百合子さん、肇くんが手伝います」
「おい」
「悪いですよ」
「大丈夫です。こう見えて肇くんはここのワンコくんとお友達ですから」
 昼間に根津が撫でていたのを思い出した由依は適当なことを言った。
「そうなんですか?」
「あー……まぁ、ちょっとさっき」
「ですから、肇くんにお任せ下さい。ほら、行った行った」
「痛っ!おま、ったく……わかったよ」
 由依は根津の背中をバシンと叩くと、部屋から追い出した。ひらひらと手を振りながらその後ろ姿を見送り、由依は百合子と茂利に向き合って座り直す。
「さてと……。少しお二人にお聞きしたいことがあります」
「はぁ」
 外から犬の鳴き声が聞こえ、三人の視線も玄関の方に向けられたが、由依の咳払いで戻される。
「最近、ワンコくんの様子と足の具合以外に変わったことはありますか?あと、できれば悪戯で転がっていた物を覚えている限り教えて欲しいです」
 玄関の扉が開いて、ガチャンと大きな鍵を締める音が響いた。根津と犬がドタバタと玄関で騒いでいるのが聞こえる中、由依の表情はにこにこと変わらなかった。
「そうですねぇ……特には。運び込まれた物も別に高価な物が多い訳じゃなかったし……」
「あぁ、長靴や庭仕事用の帽子やら、子ども用のハンカチだったり、泥棒にしては盗む物がおかしいと思って、どっかの誰かが悪戯をしてるんだと思ってなぁ」
 茂利が眉間に皺を寄せながら答えた。
「見つけたものは交番に届けてはいるんですけどね。でもここ数日は悪戯も落ち着いて……」
 百合子は首を振った。この人が嘘を言っているようには見えず、由依は頷く。ハンカチや長靴、庭仕事用の帽子が失くなっていることに直ぐ気がつけないのはなんとなくわかる。それが今になって騒がれただけなのだろう。だが、ゲーム機や時計、アクセサリーなどは、値段が値段なだけにテレビのニュースで報道されるまで発展している。これに関しては運良く妖の力で人の目に見えなくなってしまっただけで、実際にはあの和室に転がったままだ。
 ウーン、と唸りながら腕を組み、茂利は言った。
「あとは孫が遊びにきている時と空気感が似ているというか、なんというか……。他の人がいるような……なぁ?」
「言われてみれば……なんでしょうかねぇ。やっぱり、泥棒か何かが近くに潜んでるのかしら」
 百合子は一瞬表情を曇らせる。由依はそうですか、と一言伝えると立ち上がって昼間あの座敷わらしを見かけた部屋の方角を指差した。
「そう言われてしまうと、何か気になりますねぇ。ちょっとお家の……できれば大きな和室を見てもよろしいでしょうか?」
「えぇ。先生なら構いません。お噂はかねがね伺っていますし。でも、悪い物でもいたら……」
「まぁ、物は試しです。この家から悪い気配はしていませんから、きっと泥棒ではないはずです。……肇くん、まだ遊んでるんですか?」
 玄関からバタバタと犬との攻防戦を終えたばかりの根津は、スーツのジャケットを正しながら舌打ちをした。その姿を見て、由依が笑う程彼の額に青筋が浮き出る。
「そのお顔、すごくイケメンですよ」
「うるせぇ」
 襖を開け、軋む廊下に足を踏み出す。玄関から居間までの廊下とは違い、縁側を通り昼間に覗き見た大きな和室へと続く。特段変わったことはないのだが、それは昼間からの話であり、何かが居るというのは間違いなさそうだった。
 和室の襖を開け、由依は中の様子を伺った。静かに畳へ足を踏み入れると、ガサガサっという音がはっきりと聞こえる。
「肇くん。私から離れないでください」
「そういうセリフこそ、イケメンに限るんだよ」
「はいはい」
 ガサガサという音だけが聞こえ、何の姿も見えない。明らかに近くにいるのに、それが何かもわからない。昼間は何の姿も見えなかった根津にさえ気配を感じ取れる。
「あ、あれ」
 ガサガサという音が途切れると、何か白い物が和室の押入れ前から現れた。根津が拾い上げると、それは由依の部屋に転がる丸まって放置された原稿用紙と同じような形になった紙だった。
「あれは……さっきの」
「あぁ、ここの夫婦に渡した菓子の包装用紙っぽいな」
「やはり美味しいものは分かるようですね」
 二人は何かの気配を感じ、ゆっくりとあたりを見回す。静まった部屋に置かれた時計の音だけが薄気味悪く響いた。
「埒があかないぞ」
「仕方ありませんね」
 そう言って由依は先程、菓子の包装用紙が投げ出された押入れを開けた。たくさんの布団と古びた衣装箱が積み重ねられているのが見えた。
「おい、どう見たって布団でギチギチだぞ」
「いいえ、ビンゴですよ」
「は?」
 そう言って由依はしゃがみながら押入れに向かって手を差し出す。根津には由依が何をしているのか全く分からなかった。
「危害を加えるつもりはありません。少し私とそこの大きなお兄さんと遊びませんか?」
「おい、何して」
「静かに。彼女が私の手を握るまで待っててください」
 根津はまた舌打ちをして言われた通り黙った。
「そのお菓子、持ってきたのは私達です。美味しかったでしょう。有名な銘菓なんですよ」
 由依は見えない何かに語り続ける。後ろで根津は腕を組み、その様子を静かに見守った。
「一人で遊ぶのもお菓子を食べるのも、味気ないのではないですか?良ければ私と遊びましょう。どうかお友達になってください」
 すると、由依の手に何かが触れた。ぎゅっと優しくその何かを握る。すると、根津の目にもはっきりと見えるように、裾が丈と合っていない赤い着物を着たおかっぱの少女が立っていた。手には、先程由依が中村夫婦に渡した食べかけの菓子を持っている。由依が彼女に笑いかけるが、彼女は警戒心からなのか、表情が変わらなかった。
「私は由依千歳です。本を書いていますので、先生とかちーたんとか呼ばれています」
「おい」
「こちらは根津肇くんです。顔は怖いですけど、心は優しい一昔前のヤンキーと同じ類です。肇くんと呼んであげてください」
「だから、一言余計だ」
 とは言いつつも、根津は溜息を吐くと、少女に向かって無表情のまま手を振った。
「お名前、言えますか?」
「……さや」
「さやさん、ですか?」
 さやと名乗った少女は少し考えながら頷いた。
「おい。時間大丈夫か。ここお前の家じゃないぞ」
 黙っているとこのまま話し込みそうな雰囲気を根津が割って入る。由依はその言葉で思い出した、という素振りを見せてさやに向き直った。
「今から私のお家に、遊びに来ませんか?」
「いいの?」
 少女の顔が先程よりも明るくなる。誘ってもらえたことが嬉しかったのだろう。
「えぇ。朝になったらここに帰って来れば良いんですから。さぁ、行きましょうか」
「うんっ」
 由依とさやはしっかりと手を繋ぎ、根津の待っている廊下へと出た。由依が彼女の頭を撫でるように二回ほど触ると、少女の姿は根津の目には見えなくなった。
「少しだけこのままでお願いします」
 由依の言葉に返すように、さやは繋いでいる手を握り返した。もちろん、根津にはその仕草や様子は見えていない。
「さて、帰ったら夕食にしましょう。まだ食べていないカップ麺があるんですよ」
「客にはもっとまともなものを出せ」
 根津は今日一番の溜息をついた。
「肇くんの手料理でも良いのですけれど」
「その前に原稿が先だ」
「意地悪ですねぇ。焦らせる男性は嫌われちゃいますよ」
 頬を膨らませて、根津の顔を覗き込む。鼻をピクリと動かして、根津はその膨らんだ両頬を片手で潰した。
「へーへー。精進しますよォ」
「りゃんぼうはよひてくだひゃい(乱暴は止してください)」
 根津は舌打ちをして、その手を離す。居間の前に着き、由依に強く視線を合わせた。
「わかってますよ。やんわりお伝えしますから。肇くんはやっぱり優しいですねぇ。両方の味方とは美味しいです」
「うるせぇよ」
 襖を開けて、にこりと由依は笑顔を作った。



「すみません、長居をして。お邪魔しました」
 玄関口で由依に続いて根津も頭を下げた。
「いいえ。でも由依先生お墨付きで幸運を呼ぶ精霊が居た、なんて嬉しいわ」
「そうだな、精霊様にもお礼をしないとだ」
 何も適当に対応をした訳でもなく、由依はきちんと二人に何を感じとったのかを伝えていた。変わったことと言えば、昼間から全く由依に向かって吠えることのなかった犬は煩いぐらいに吠え始めたことだった。茂利に叱られ、ぴんと立った耳と尻尾を垂れ下げて下を向かせてしまったのには申し訳ないと思ったが、きっと彼にはあの少女が見えていたのだろう。
「また来ますね。その、精霊さんのご様子を伺いに。夜より昼間の方が良い気がしますので」
「それはぜひ、よろしくお願いします」
 中村夫婦は揃って頭を下げた。
「では、本当にお邪魔しました」
 由依と根津は中村宅を後にした。
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