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その名は玉虫
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「やあ、だいぶできてきているね」
忠弥の元に義彦が訪れたのは、風洞実験が順調に進んでいる時だった。
「ええ、試作一号機が間もなく出来ます」
出来たばかりの格納庫で忠弥が製作していたのは、滑空飛行用の試作一号機だった。
ロープで固定して強風の中を飛ばして飛行特性を確認するのが、この機体の目的だった。
忠弥の目指すのは動力機による世界初の有人飛行操縦であり、操縦できない飛行機など巨大な紙飛行機に等しい。
自分で乗って操作出来るか確認する必要があり、動力無しで飛べるか。飛んでも機体が壊れないか、バランスを崩して墜落しないかを確認するのが目的だ。
「名前を決めたそうだね」
「ええ、飛行機の名前は玉虫です。虫のように小さいですが、いずれ航空機の歴史に玉のような存在として残る事から名付けました」
と忠弥は言ったが実際は違う。
前の世界の日本でライト兄弟に先立って日本人が設計した飛行機械の名前だ。理論と設計は完璧で後は実際に製作するだけだったが、上官に提案したら不要だと言われ実現しなかった。
その後も研究を続けたが、ライト兄弟の初飛行を知り研究を中止した。その後会社を興して財をなしたとき、郷土の陸軍大将と会談で飛行機を設計していたことを話し、後で将軍は部下に検証させたところ、飛行可能と判定された。
そしてもし飛んでいれば世界初の快挙だったと残念がった。
そして提案を却下した上官も自分の非を認めて本人に謝罪したところが多少は救いだ。
その時、名付けられた飛行機の名前は玉虫型飛行器だ。
忠弥はその事を飛行機の歴史で知り、何時か玉虫の名を飛行機に名付けようと決めていた。
この世界で最初に飛ぶ飛行機の名前にピッタリだった。
そのことは忠弥の記憶の中にしかないので別の説を作り出して言っている。だが忠弥は先人の無念を忘れないように胸に刻んでいる。
「こいつで飛ぶのか」
「はい、エンジンを載せるのは二号機か、三号機になりますが、こいつで飛びます」
本当はエンジンを載せたいが、残念なことにエンジン開発が遅れている。
自動車用のエンジンは、タイヤで地上で走ることを前提にしているため、重い上に出力が低い。
できるだけ重量を軽くして高い出力で速度を出す必要のある飛行機に使うには文字通り力不足だ。
そのため、エンジンに関しては一から作っている。
その開発が困難なのは義彦も理解していたが、軽量高出力のエンジンは自動車へも応用が出来る。軽量小型化したエンジンを積めば、車の性能は上がる。
エンジンは非常に重い部品なので軽量化するだけでも、かなりの性能改善が見込めるし、将来、独自の自動車ブランドを立ち上げたい義彦にとってもエンジン生産の経験は非常に重要だと感じており、自由にさせていた。
「いきなりか」
それでも動力なしに空を飛ばすという忠弥の言葉に驚いた。
「動力無しで飛ぶことになれておく必要があります。ぶっつけ本番はやりたくありません」
もう一つの目的に忠弥の操縦技能取得と飛行経験を持たせるという目的もあった。
実際に操縦するとき、初めて飛行機を操縦すると墜落する可能性が有る。
計算上や模型で失速や操縦性を推定することは出来るがいずれも机上だ。
そして計算や文字では分からない、実際に体験しなくては分からないことが世の中には確実にある。
操縦や操作などその部類だろう。ネジやボルトを締めるにしても、きちんと締めたかどうか確信が持てるまで、何年も緩むことの無い締め方を習得するには経験が必要だ。
そのためにも、第一号の実験機で実際に飛んで確かめたい。
初めはエンジンと人間の代わりに錘を付けて地上からタコのように止めて地上からワイヤーで制御することになる。
だが、安全を確認すれば忠弥が乗り込み、実際に操縦することになる。
「……それは良かった。……飛行場所は決まったのかい?」
歯切れ悪く義彦は尋ねた。
「はい、模型飛行機を飛ばしていた、この近くの台地の上に作ります」
忠弥が飛行場所を決めたのは実家に近いからだけでは無かった。
村の周りで気象観測を行っていて、あの台地はほとんど同じ方向から風が吹いていることを知った。特に冬は一日中、同じ方向から風が吹いており、変わることはほぼ無い。
飛行機が飛ぶには向かい風に向かって走る方が必要な速度は小さくて済むし、気流の乱れが少ないのなら安定した飛行が出来る。
だからこそ模型飛行機の滑空実験に使っていたのだ。将来、自分が実機を飛ばす際に、慣れておくために。飛ばすのに最適な場所の気象情報を得るために。
慣れ親しんだ最高の離陸場所で飛ばすのは当然だった。
そして、強風が吹くという事は、試作した一号機を凧のように飛ばすのにも最適だった。
だから必ず飛ぶと忠弥は信じていたし、そのために製作の作業に没頭していた。
その姿を見て義彦は珍しく躊躇いの表情を浮かべたが、意を決して伝えた。
「実は読んで貰いたい記事があるんだが」
「? 何でしょう」
今朝届いたばかりの朝刊を義彦は忠弥に見せた。
怪訝な顔をしたが忠弥だったが、やがて見出しが目に入ると目を大きく開き、次いでひったくるようにその新聞を奪った。
そして、一面に書かれた記事の内容を読んだ。
新大陸にてメイフラワー合衆国科学協会会長のダーク氏、製作したフライングランナー号によって人類初の有人動力飛行に成功
忠弥の元に義彦が訪れたのは、風洞実験が順調に進んでいる時だった。
「ええ、試作一号機が間もなく出来ます」
出来たばかりの格納庫で忠弥が製作していたのは、滑空飛行用の試作一号機だった。
ロープで固定して強風の中を飛ばして飛行特性を確認するのが、この機体の目的だった。
忠弥の目指すのは動力機による世界初の有人飛行操縦であり、操縦できない飛行機など巨大な紙飛行機に等しい。
自分で乗って操作出来るか確認する必要があり、動力無しで飛べるか。飛んでも機体が壊れないか、バランスを崩して墜落しないかを確認するのが目的だ。
「名前を決めたそうだね」
「ええ、飛行機の名前は玉虫です。虫のように小さいですが、いずれ航空機の歴史に玉のような存在として残る事から名付けました」
と忠弥は言ったが実際は違う。
前の世界の日本でライト兄弟に先立って日本人が設計した飛行機械の名前だ。理論と設計は完璧で後は実際に製作するだけだったが、上官に提案したら不要だと言われ実現しなかった。
その後も研究を続けたが、ライト兄弟の初飛行を知り研究を中止した。その後会社を興して財をなしたとき、郷土の陸軍大将と会談で飛行機を設計していたことを話し、後で将軍は部下に検証させたところ、飛行可能と判定された。
そしてもし飛んでいれば世界初の快挙だったと残念がった。
そして提案を却下した上官も自分の非を認めて本人に謝罪したところが多少は救いだ。
その時、名付けられた飛行機の名前は玉虫型飛行器だ。
忠弥はその事を飛行機の歴史で知り、何時か玉虫の名を飛行機に名付けようと決めていた。
この世界で最初に飛ぶ飛行機の名前にピッタリだった。
そのことは忠弥の記憶の中にしかないので別の説を作り出して言っている。だが忠弥は先人の無念を忘れないように胸に刻んでいる。
「こいつで飛ぶのか」
「はい、エンジンを載せるのは二号機か、三号機になりますが、こいつで飛びます」
本当はエンジンを載せたいが、残念なことにエンジン開発が遅れている。
自動車用のエンジンは、タイヤで地上で走ることを前提にしているため、重い上に出力が低い。
できるだけ重量を軽くして高い出力で速度を出す必要のある飛行機に使うには文字通り力不足だ。
そのため、エンジンに関しては一から作っている。
その開発が困難なのは義彦も理解していたが、軽量高出力のエンジンは自動車へも応用が出来る。軽量小型化したエンジンを積めば、車の性能は上がる。
エンジンは非常に重い部品なので軽量化するだけでも、かなりの性能改善が見込めるし、将来、独自の自動車ブランドを立ち上げたい義彦にとってもエンジン生産の経験は非常に重要だと感じており、自由にさせていた。
「いきなりか」
それでも動力なしに空を飛ばすという忠弥の言葉に驚いた。
「動力無しで飛ぶことになれておく必要があります。ぶっつけ本番はやりたくありません」
もう一つの目的に忠弥の操縦技能取得と飛行経験を持たせるという目的もあった。
実際に操縦するとき、初めて飛行機を操縦すると墜落する可能性が有る。
計算上や模型で失速や操縦性を推定することは出来るがいずれも机上だ。
そして計算や文字では分からない、実際に体験しなくては分からないことが世の中には確実にある。
操縦や操作などその部類だろう。ネジやボルトを締めるにしても、きちんと締めたかどうか確信が持てるまで、何年も緩むことの無い締め方を習得するには経験が必要だ。
そのためにも、第一号の実験機で実際に飛んで確かめたい。
初めはエンジンと人間の代わりに錘を付けて地上からタコのように止めて地上からワイヤーで制御することになる。
だが、安全を確認すれば忠弥が乗り込み、実際に操縦することになる。
「……それは良かった。……飛行場所は決まったのかい?」
歯切れ悪く義彦は尋ねた。
「はい、模型飛行機を飛ばしていた、この近くの台地の上に作ります」
忠弥が飛行場所を決めたのは実家に近いからだけでは無かった。
村の周りで気象観測を行っていて、あの台地はほとんど同じ方向から風が吹いていることを知った。特に冬は一日中、同じ方向から風が吹いており、変わることはほぼ無い。
飛行機が飛ぶには向かい風に向かって走る方が必要な速度は小さくて済むし、気流の乱れが少ないのなら安定した飛行が出来る。
だからこそ模型飛行機の滑空実験に使っていたのだ。将来、自分が実機を飛ばす際に、慣れておくために。飛ばすのに最適な場所の気象情報を得るために。
慣れ親しんだ最高の離陸場所で飛ばすのは当然だった。
そして、強風が吹くという事は、試作した一号機を凧のように飛ばすのにも最適だった。
だから必ず飛ぶと忠弥は信じていたし、そのために製作の作業に没頭していた。
その姿を見て義彦は珍しく躊躇いの表情を浮かべたが、意を決して伝えた。
「実は読んで貰いたい記事があるんだが」
「? 何でしょう」
今朝届いたばかりの朝刊を義彦は忠弥に見せた。
怪訝な顔をしたが忠弥だったが、やがて見出しが目に入ると目を大きく開き、次いでひったくるようにその新聞を奪った。
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