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第二次大戦回顧録 1942年 ミッドウェー海戦
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東京空襲はドゥーリトルではなドゥーロットだった。
ルーズベルト大統領が言ったことは的を射ていた。
空母ホーネットより発艦したドゥーリトル隊長以下B25爆撃機一六機による東京空襲は大きな成果を引き出した。
彼等は四月一八日の午後に出撃し夜間の奇襲爆撃を行う予定だったが、朝に日本軍の哨戒艇に発見されてしまった。そのため予定より七時間も早い午前八時より爆撃機の発艦を始めた。足の短い艦載機による攻撃を想定していた日本軍は六〇〇浬以上の遠距離から攻撃を仕掛けてくるなど想定外であり、易々と東京空襲を許した。
投下した爆弾の量は大した事は無かったが、それまで快進撃を続けていた日本軍に初めて有効な打撃、彼らの無敵神話へダメージを与えられた。
爆撃機の多くは中国に不時着しもう一つの目的である中国への爆撃機配備という目的は果たせずドゥーリトルは軍法会議を覚悟していたが、東京空襲とい言う成果だけで、しかも予想外の時間と遠距離攻撃を行った上では最上の成果だった。
投下した爆弾は各機五〇〇ポンド爆弾四発と物理的な打撃は殆ど無かったが精神的な打撃は大きかった。
日本軍は進撃を止め、東京防衛の為に前線に送るべき戦力を守備に置き、インド洋で暴れていた南雲部隊を呼び戻し、あのミッドウェーへ向かわせる事を強いたのだ。
さらに珊瑚海でも日本軍の暗号を解読した我々は機動部隊を待ち伏せ、軽空母一隻を撃沈、空母一隻を大破させた。我が方もレキシントンが撃沈され、ヨークタウンが大破したが、日本軍のポートモレスビー攻略を諦めさせた。
そしてその後のミッドウェーにおいて我らの強力な同盟国であるアメリカは日本軍の侵攻を食い止めた。
連合艦隊司令長官の山本は哨戒線を東方に広げ、本土の安全を守るために、更にハワイ攻略の橋頭堡としてミッドウェー攻略を考えていた。しかし、同時にアメリカ艦隊を引き寄せ撃滅するという目的を立ててしまった。
一つの目的に集中しなければならない軍事上の鉄則を著しく損なっていた。
更に陽動作戦として北方のアリューシャンへの侵攻計画も入れてしまい日本の連合艦隊が全力を参加させていても、ミッドウェーに向かう戦力は分散されてしまった。
そして我々が日本軍の暗号を解読したことはまだバレてはいなかった。
アメリカ海軍はミッドウェー侵攻を察知すると直ぐに機動部隊を派遣し待ち構えた。
南雲は待ち伏せされていることを知らずにミッドウェーへ計画通り攻撃隊を発艦させた。
予め攻撃を予期していたアメリカ軍は迎撃を開始、零戦に敗れるが対空火器の働きもあり基地は軽微な損害で済んだ。
そのため南雲は万が一、アメリカ機動部隊が出現したときに対応するべく魚雷を積み込んでいた残りの艦載機部隊に兵装転換とミッドウェー空襲を命じた。
その間にアメリカ軍は断続的にミッドウェーの航空隊が攻撃したがいずれも零戦によって撃墜されてしまった。
だが、彼等の働きは無駄では無かった。南雲の部隊を混乱させることに成功した。更にその攻撃の最中、アメリカ機動部隊発見の報告まで入ってきた。
この時の南雲の混乱はとてつもないことだっただろう。度重なる空襲の上に予想外の機動部隊の出現、兵装を転換してミッドウェーに向かおうとしている航空隊に、帰還する攻撃隊。
何を優先するべきかどのような命令を下すべきか情報が錯綜して下せなかった。
そのため南雲は山口提督の即時攻撃を却下し、攻撃隊を収容しその間に雷装に積み替えるという決断をしてしまう。
しかしその結果は無残だった。
攻撃隊が発艦しようとしたその時、ヨークタウンのSBDドーントレス艦爆一七機が赤城を襲った。
低空から雷撃機が何度も来ていたため零戦も迎撃の為に低空に下りていた。そのため上空の警戒は薄く、ドーントレスが攻撃するまで、最初の一発が赤城に命中するまで南雲部隊の誰も攻撃に気が付かなかった。
攻撃隊が発艦しようとしていたその時、攻撃隊の目の前の甲板に爆弾が落ちた。
三発の爆弾は飛行甲板と発艦待機中の攻撃隊に命中し爆発を起こした。機体は機動部隊攻撃の為武器と燃料を満載していたため手の付けられない程の大火災を起こした。
ドーントレスは全て赤城への攻撃に集中したために他の空母への攻撃は無かった。
そのため、他の三空母は指揮権を継承した山口提督により攻撃隊を発艦させ、赤城の敵を取るべくアメリカ機動部隊へ向かった。
そこへ、エンタープライズのドーントレス艦爆隊三二機が残った三隻の日本空母へ襲いかかった。
エンタープライズ隊は、燃料切れで引き返す直前で南西に向かう駆逐艦嵐を発見し、その先に南雲機動部隊が居ると予測し追跡していた。
しかし不幸なことに駆逐艦嵐は南雲機動部隊を攻撃したアメリカ潜水艦ノーチラスの潜望鏡を発見し撃退するために一時的に南西に向かっていただけだった。
当然エンターブライズ隊の先に南雲機動部隊は居らず、引き返していたがその途上で南雲機動部隊を発見した。
エンタープライズ隊は警戒していた日本軍の対空砲火を浴びながら攻撃を敢行した。
我らが大英帝国海軍のダイドー級巡洋艦を真似して作った綾瀬級防空巡洋艦や満月型防空駆逐艦の対空弾幕を受け、半数を失いつつも爆弾を投下。加賀と蒼龍の二隻に被害を与えた。
ハワイ奇襲以来、常勝無敵だった南雲機動部隊は一挙に三隻の空母を失ったのだ。
しかし、彼等の反撃の矢は既に放たれていた。発艦した八一機の攻撃隊はアメリカ機動部隊に殺到しヨークタウンを攻撃した。
強力な零戦二七機がヨークタウン上空の直掩機を撃墜し攻撃隊の道を開き殺到して行く。
雷撃機九機と急降下爆撃機九機の同時攻撃をヨークタウンは受け爆弾三発と魚雷二発を受け大破した。
それだけでも十分な成果だったが、攻撃隊の指揮官江草は冷静だった。
これまで南雲機動部隊に来襲した雷撃機の数からアメリカ機動部隊の空母の数が三隻で有ることを確信していた。
直ぐに周囲の索敵を命じると直ぐさま残りのエンタープライズとホーネットを発見。自ら攻撃に向かった。
悪魔的な飛行で対空砲火を掻い潜った江草とその部下達はホーネットに連続して爆弾を投下し発艦能力を奪った。そしてエンタープライズも被弾させ発艦不能にする。
こうして南雲機動部隊は三分の一の機体を失いつつもアメリカ軍機動部隊を無力化することに成功した。
残った攻撃隊は空母飛龍に収容されると直ぐに第二次攻撃隊を編成し発艦させ、ホーネットに集中攻撃した。攻撃を受けたホーネットはよく耐えたが、やがて沈んだ。
それでも山口は手を緩めること無く第三次攻撃隊を編成し出撃させるとヨークタウンを攻撃した。
ヨークタウンは乗員の奮闘もあり、この攻撃に耐えた。だが、翌朝近辺を哨戒中だった日本軍の潜水艦による雷撃で沈んだ。
南雲機動部隊は損害の大きさから、作戦を中止し無傷の飛龍と被害が少なく、元戦艦の防御力のため機関が無事だった加賀を残し、赤城と蒼龍を処分して撤退していった。
かくして太平洋戦争で転機となったミッドウェー海戦は終わった。
アメリカ軍は空母一隻撃沈、二隻大破と引き換えに日本軍の空母二隻撃沈、一隻を大破させた。
何より日本軍の侵攻を食い止めた意義は大きく、珊瑚海海戦の戦果を合わせ我々はようやく防衛戦を構築することが出来たのだった。
しかし守ってばかりでは勝つことは出来ない。自ら攻めに行かねば勝利は掴めない。ウォッチタワー作戦はそのための試金石であり我らの反撃の狼煙であった。
ルーズベルト大統領が言ったことは的を射ていた。
空母ホーネットより発艦したドゥーリトル隊長以下B25爆撃機一六機による東京空襲は大きな成果を引き出した。
彼等は四月一八日の午後に出撃し夜間の奇襲爆撃を行う予定だったが、朝に日本軍の哨戒艇に発見されてしまった。そのため予定より七時間も早い午前八時より爆撃機の発艦を始めた。足の短い艦載機による攻撃を想定していた日本軍は六〇〇浬以上の遠距離から攻撃を仕掛けてくるなど想定外であり、易々と東京空襲を許した。
投下した爆弾の量は大した事は無かったが、それまで快進撃を続けていた日本軍に初めて有効な打撃、彼らの無敵神話へダメージを与えられた。
爆撃機の多くは中国に不時着しもう一つの目的である中国への爆撃機配備という目的は果たせずドゥーリトルは軍法会議を覚悟していたが、東京空襲とい言う成果だけで、しかも予想外の時間と遠距離攻撃を行った上では最上の成果だった。
投下した爆弾は各機五〇〇ポンド爆弾四発と物理的な打撃は殆ど無かったが精神的な打撃は大きかった。
日本軍は進撃を止め、東京防衛の為に前線に送るべき戦力を守備に置き、インド洋で暴れていた南雲部隊を呼び戻し、あのミッドウェーへ向かわせる事を強いたのだ。
さらに珊瑚海でも日本軍の暗号を解読した我々は機動部隊を待ち伏せ、軽空母一隻を撃沈、空母一隻を大破させた。我が方もレキシントンが撃沈され、ヨークタウンが大破したが、日本軍のポートモレスビー攻略を諦めさせた。
そしてその後のミッドウェーにおいて我らの強力な同盟国であるアメリカは日本軍の侵攻を食い止めた。
連合艦隊司令長官の山本は哨戒線を東方に広げ、本土の安全を守るために、更にハワイ攻略の橋頭堡としてミッドウェー攻略を考えていた。しかし、同時にアメリカ艦隊を引き寄せ撃滅するという目的を立ててしまった。
一つの目的に集中しなければならない軍事上の鉄則を著しく損なっていた。
更に陽動作戦として北方のアリューシャンへの侵攻計画も入れてしまい日本の連合艦隊が全力を参加させていても、ミッドウェーに向かう戦力は分散されてしまった。
そして我々が日本軍の暗号を解読したことはまだバレてはいなかった。
アメリカ海軍はミッドウェー侵攻を察知すると直ぐに機動部隊を派遣し待ち構えた。
南雲は待ち伏せされていることを知らずにミッドウェーへ計画通り攻撃隊を発艦させた。
予め攻撃を予期していたアメリカ軍は迎撃を開始、零戦に敗れるが対空火器の働きもあり基地は軽微な損害で済んだ。
そのため南雲は万が一、アメリカ機動部隊が出現したときに対応するべく魚雷を積み込んでいた残りの艦載機部隊に兵装転換とミッドウェー空襲を命じた。
その間にアメリカ軍は断続的にミッドウェーの航空隊が攻撃したがいずれも零戦によって撃墜されてしまった。
だが、彼等の働きは無駄では無かった。南雲の部隊を混乱させることに成功した。更にその攻撃の最中、アメリカ機動部隊発見の報告まで入ってきた。
この時の南雲の混乱はとてつもないことだっただろう。度重なる空襲の上に予想外の機動部隊の出現、兵装を転換してミッドウェーに向かおうとしている航空隊に、帰還する攻撃隊。
何を優先するべきかどのような命令を下すべきか情報が錯綜して下せなかった。
そのため南雲は山口提督の即時攻撃を却下し、攻撃隊を収容しその間に雷装に積み替えるという決断をしてしまう。
しかしその結果は無残だった。
攻撃隊が発艦しようとしたその時、ヨークタウンのSBDドーントレス艦爆一七機が赤城を襲った。
低空から雷撃機が何度も来ていたため零戦も迎撃の為に低空に下りていた。そのため上空の警戒は薄く、ドーントレスが攻撃するまで、最初の一発が赤城に命中するまで南雲部隊の誰も攻撃に気が付かなかった。
攻撃隊が発艦しようとしていたその時、攻撃隊の目の前の甲板に爆弾が落ちた。
三発の爆弾は飛行甲板と発艦待機中の攻撃隊に命中し爆発を起こした。機体は機動部隊攻撃の為武器と燃料を満載していたため手の付けられない程の大火災を起こした。
ドーントレスは全て赤城への攻撃に集中したために他の空母への攻撃は無かった。
そのため、他の三空母は指揮権を継承した山口提督により攻撃隊を発艦させ、赤城の敵を取るべくアメリカ機動部隊へ向かった。
そこへ、エンタープライズのドーントレス艦爆隊三二機が残った三隻の日本空母へ襲いかかった。
エンタープライズ隊は、燃料切れで引き返す直前で南西に向かう駆逐艦嵐を発見し、その先に南雲機動部隊が居ると予測し追跡していた。
しかし不幸なことに駆逐艦嵐は南雲機動部隊を攻撃したアメリカ潜水艦ノーチラスの潜望鏡を発見し撃退するために一時的に南西に向かっていただけだった。
当然エンターブライズ隊の先に南雲機動部隊は居らず、引き返していたがその途上で南雲機動部隊を発見した。
エンタープライズ隊は警戒していた日本軍の対空砲火を浴びながら攻撃を敢行した。
我らが大英帝国海軍のダイドー級巡洋艦を真似して作った綾瀬級防空巡洋艦や満月型防空駆逐艦の対空弾幕を受け、半数を失いつつも爆弾を投下。加賀と蒼龍の二隻に被害を与えた。
ハワイ奇襲以来、常勝無敵だった南雲機動部隊は一挙に三隻の空母を失ったのだ。
しかし、彼等の反撃の矢は既に放たれていた。発艦した八一機の攻撃隊はアメリカ機動部隊に殺到しヨークタウンを攻撃した。
強力な零戦二七機がヨークタウン上空の直掩機を撃墜し攻撃隊の道を開き殺到して行く。
雷撃機九機と急降下爆撃機九機の同時攻撃をヨークタウンは受け爆弾三発と魚雷二発を受け大破した。
それだけでも十分な成果だったが、攻撃隊の指揮官江草は冷静だった。
これまで南雲機動部隊に来襲した雷撃機の数からアメリカ機動部隊の空母の数が三隻で有ることを確信していた。
直ぐに周囲の索敵を命じると直ぐさま残りのエンタープライズとホーネットを発見。自ら攻撃に向かった。
悪魔的な飛行で対空砲火を掻い潜った江草とその部下達はホーネットに連続して爆弾を投下し発艦能力を奪った。そしてエンタープライズも被弾させ発艦不能にする。
こうして南雲機動部隊は三分の一の機体を失いつつもアメリカ軍機動部隊を無力化することに成功した。
残った攻撃隊は空母飛龍に収容されると直ぐに第二次攻撃隊を編成し発艦させ、ホーネットに集中攻撃した。攻撃を受けたホーネットはよく耐えたが、やがて沈んだ。
それでも山口は手を緩めること無く第三次攻撃隊を編成し出撃させるとヨークタウンを攻撃した。
ヨークタウンは乗員の奮闘もあり、この攻撃に耐えた。だが、翌朝近辺を哨戒中だった日本軍の潜水艦による雷撃で沈んだ。
南雲機動部隊は損害の大きさから、作戦を中止し無傷の飛龍と被害が少なく、元戦艦の防御力のため機関が無事だった加賀を残し、赤城と蒼龍を処分して撤退していった。
かくして太平洋戦争で転機となったミッドウェー海戦は終わった。
アメリカ軍は空母一隻撃沈、二隻大破と引き換えに日本軍の空母二隻撃沈、一隻を大破させた。
何より日本軍の侵攻を食い止めた意義は大きく、珊瑚海海戦の戦果を合わせ我々はようやく防衛戦を構築することが出来たのだった。
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